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旅男!  作者: 吉岡果音
第十六章 北の神殿
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ヘンテコスリッパの似合うひと。

 しゅっ。しゅっ。しゅっ。


 かすかに聞こえる、衣擦れのような音。


 ――なんの音だろう……?


 目を開けようと思ったが、頭がどんよりとしていて、夢うつつの状態からなかなか抜け出せない。

 キースが重いまぶたをなんとか開けると、アーデルハイトの心配そうな顔が見えた。


「キース。具合はどう……?」


 アーデルハイトは、キースの額の汗をタオルでそっと拭った。


「大丈夫ですか……?」


 隣には、カイもいた。


「ありがとう……。あれ……? 俺……、なんで寝てるんだっけ……?」


「あ! キースさん! お加減はいかがですか?」


 セシーリアが、キースの横たわるベッドの傍に駆け寄る。


 しゅ、しゅ、しゅ。


 ――あれ。この変な音。


 キースは、セシーリアの足元を見た。どうも、そこから音がするようだ――。


「……変わった履物だなあ!」


 セシーリアは、スリッパを履いていた。しかし、それはただのスリッパではない。そのスリッパは、周り一面にモップのようなものがついていた。


「すごいでしょう? これ、履いて歩くだけで部屋中お掃除出来ちゃうという、とっても素晴らしいスリッパなんですよ!」


 セシーリアは、自分のスリッパを指差しながら誇らしげに答える。さっきの謎の音は、お掃除スリッパの音だった。


「へーえ! お掃除出来ちゃうスリッパかあ!」


「はい! お掃除出来ちゃうスリッパです!」


「…………」


「…………」


 笑顔のキース。笑顔のセシーリア。一瞬、奇妙な沈黙が流れた。


「あっ! あれっ! 君はセシーリア!?」


 今会話しているのはセシーリアだったのだと、今更認識するキース。


「はい! 改めまして……、お会い出来て本当に嬉しいです! キースさん!」


「夢じゃ、ないんだ――」


 夢でしか会ったことのないセシーリア。ついに、実際に目の前にし、そして会話を交わしていた。


「夢を、信じてくださってありがとうございます……!」


 セシーリアは、キースの瞳をまっすぐ見つめ微笑みを浮かべた。


「そして、カイ兄さんのこと、よくしてくださり本当にありがとうございます!」


「いやいや、どっちかってゆーと、俺のほうがカイに世話になったってゆーか……」


「そうね」


 キースの謙遜の言葉を、思いっきり肯定してうなずくアーデルハイト。カイもうなずいていた。


「おいおい、アーデルハイト、カイ! なんだよ、揃ってその反応!」


 三人とも、顔を見合わせ笑う。弾ける笑い声で、室内が明るく満たされる。


「よかった……! お顔の色もよいようですし、キースさんの元気な笑顔が見られて安心いたしました……!」


 セシーリアは、胸に手を当て安堵の表情を浮かべた。アーデルハイトとカイも、微笑みを交わす。


「あれ……? そういえば、みんなは……? そもそも、俺、なんで寝てたんだっけ?」


「キースは、高い熱を出して突然倒れてしまったのよ。ヘリヤ女王陛下たちや他の皆は、北の巫女様や神官さんたち、それから北の神殿騎士団長さんたちとお話ししていると思うわ」


 アーデルハイトが説明してくれた。


「北の神殿騎士団長……!」


「ああ、そうです、北の巫女様と北の神殿騎士団長のオッド様が、キースさんとお話ししたいとおっしゃっておりました」

 

 北の神殿騎士団長の名は、「オッド」というんだ、とキースはまだぼんやりとした頭で理解する。

 それから、ハッとした。急に頭が冴えてきた。


「やべえ! それじゃ、俺、偉い人たちを待たせちゃってるんだ! のん気に寝てる場合じゃねえっ!」


 キースは急いでベッドから立ち上がった。


「いえ、そんなに急がなくても……! キースさん、お疲れでしょうから、もう少し横になっていたほうが……」


「大丈夫だよ! もう、へーき、へーき! セシーリア! 北の巫女様や騎士団長さんのいるとこへ案内してくれ!」


「あっ! キースさん……!」


 セシーリアが、部屋を出ようとするキースを呼び止めた。


「せっかくですから、これを履いてみてはいかがですか?」


 セシーリアは、微笑みながらお掃除スリッパを差し出した。




 しゅ、しゅ、しゅ。


「んー。これは、大発明だねえ!」


 発明王のホルガーじーさんにも見せてあげたい、キースはそう思った。発明の分野がだいぶ違うけれど。


「キースさんの履いているのは、最新式なんですよ。『お掃除スリッパデラックスクライマックスマックスマッスル』っていいます」


「へえー、よくわかんねーけど、なんともマキシマムだねえ!」


「はい! とってもマキシマムです!」


「……キース。セシーリア。意味不明なんですけど」


 ため息をつきつつ、カイが呟く。

 大きな窓からオレンジ色の穏やかな光が降り注ぐ。すっかり夕方になっているようだった。気付かぬ間にだいぶ眠っていたんだな、キースはマキシマムなスリッパの音をさせながら歩く。


「あ! キースさん! もう起きても大丈夫なのですか?」


 北の巫女が、廊下の向こうから歩いてきていた。その隣には、背が高く細身の男性が付き従うように並ぶ。その男性の肌は浅黒く、金色の瞳をし、髪は白く長い。髪は純白ではあったが、眼光の鋭さ、そして引き締まった肌から年齢は三十代くらいに見えた。白い髪は白髪ではなく、生まれ持った髪色のようだ。


「北の巫女様、北の神殿騎士団長オッド様!」


 セシーリアは、二人を見て立ち止まり、一礼する。


「えっ! この人が北の神殿騎士団長……!」


「おお。キース様、初めまして。私が北の神殿騎士団長、オッドと申します」


 オッドはキースたちに自己紹介をし、深々と頭を下げた。低くよく通る声だった。


「エリアスたちが大変お世話になりました。ありがとうございます――」


「いやいや、お世話をしたとゆーより、むしろ俺のほうがお世話になったとゆーか……」

 

 謙遜しつつ、キースはハッとした。この場面見たことあるかも、と。これは、デジャヴ、つまり既視感というやつか、と思った。でも、単純についさっき同じ状況が起きただけ、自分で言った同じような謙遜を再び述べただけだった。キースは振り返り、アーデルハイトを見た。きっとアーデルハイトはここで「そうね」と言うに違いない、と思った。そしてそれからカイを見た。カイはうなずくに違いない、と。そして一同笑い合う。そうすればさっきの場面のまるまる再現である。

 しかし、アーデルハイトが「そうね」というわけもなく、カイがうなずくこともなかった。


「あれ!? アーデルハイト、そこで同意しないの!?」


 話が違う、と思うキース。話が違う、という話もないのだが。普通に考えれば、アーデルハイトが初対面の騎士団長を前にし、軽口のようなものを言うわけがなかった。

 キースはそこでまたハッとし、ある結論にたどり着く。


「アーデルハイトが『そうね』と言わない――! て、ことは……。俺は、本当にエリアスたちを世話したということでいいのか――」


「なんでそんな結論に至るのよ!?」


 さすがにアーデルハイトがツッコミを入れた。


「ははは! やはりキース様は面白いおかただ……!」


 オッドは愉快そうに笑った。豪快な笑い声が廊下に響く。


「おっと、大変失礼いたしました。キース様が、想像以上にユニークな感覚をお持ちのようだったので、つい楽しい気持ちになってしまいました」


 オッドは、興味深いといった面持ちでキースを見つめる。 


「そう? それはよかった!」


 キースの言葉に、居合わせた一同、なにがよかったんだろう、と疑問に思う。単純に、キースは「楽しい気持ちになるのはいいことだ」と思っているだけだった。


「キースさん。本当に、来てくださってありがとうございます」


 北の巫女が、改めて深い感謝の気持ちを表す。

 北の巫女、オッド、セシーリアの感謝と期待の熱い視線が、自分に注がれているのをキースは感じていた。

 キースは、脳細胞を総動員して、失礼のないよう敬語を駆使しつつ自分の気持ちを正直に伝えようと思ったが、なかなか文章としてまとまらなかった。

 ついにキースはなにか言わねば、と意を決し、頭をかきつつ率直な気持ちを述べた。


「……なんだか、礼を言われっぱなしだなあ! まだ、なにも解決してないんだけどね。礼を言われるのは、すべてが解決してからでいいよ――。とはいっても、無事解決出来るかどうか保証は出来ないけどね」


「キース!」


 率直すぎる言葉に、思わずアーデルハイトがキースの袖を引っ張る。


「……正直、俺は自分が選ばれた『救世主』なんて特殊な存在だとは思えない。あまり期待されても応えられるかどうかわからない」


「キース……!」


「でも、俺は俺の出来る限りを尽くしたいと思っている。俺を特別扱いして持ち上げることも、称えるようなこともしなくていいよ。ただ、俺は俺の最善を尽くす」


 キースは、北の巫女とオッドを見つめた。キースの青い瞳に、真剣な光が宿っていた。

 キースは、深く頭を下げた。


「そのために、皆さんも、俺に協力してください! 力の足りない俺を、どうかよろしくお願いします……!」


 オレンジ色の光が皆を包んでいた。皆、キースを見つめていた――。


「はっはっはっはっはっ!」


 笑い声が響き渡る。オッドだった。


「キース様……! 貴殿は本当に気持ちのいいおかただ……! 正直で、まったくおごることもない……! こうしてお話し、貴殿のお人柄に触れることが出来たこと、大変嬉しく思います……!」


 オッドは、キースに右手で握手を求めた。キースは、握手に応じた。キースが握手をすると、オッドはそのうえに自分の左手を重ね、固い握手を交わした。


「キース様! こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします!」


 それから、オッドは北の巫女に向き直った。


「北の巫女様。当初の予定では、今後も引き続き、エリアスとレオとトーレが、キース様たちご一行を警護せよというご指示でしたが――」


 オッドは、北の巫女に頭を下げた。


「北の神殿騎士団長オッド、この私もキース様たちと共に行動し、キース様ご一行をお護りすることを、どうぞお許しください……!」


「オッド様……!」


 セシーリアが、驚きの声を上げた。騎士団長のオッドから北の巫女へ直接懇願するという、異例の申し出だった。


「その代わりと言ってはなんですが、今後はレオとトーレが北の神殿の警護に当たるということでいかがでしょう……?」


「オッド……」


 北の巫女は、オッドの金色の瞳をまっすぐ見つめる。


「……本来ならば、そのような決めごとは、神官の皆にも通さねばならないことですが――」


「北の巫女様……!」


 北の巫女は、にっこりと微笑んだ。


「許可します……! だって、頭の固い神官の皆に話をすれば、許可が下りるのに何年かかるかわからなくなりますものね! それに――」


 北の巫女はキースの履いている「お掃除スリッパデラックスクライマックスマックスマッスル」を見やった。


「やっぱり、こんなにヘンテコなスリッパが似合うような立派なおかたには、騎士団長クラスの優秀な人材を付けないと、逆に失礼に値しますわ――!」


 北の巫女は、茶目っ気たっぷりにウインクした。

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