キースの旅
「陛下ぁっ!?」
キースが叫ぶ。驚きのあまり、声が裏返ってしまっていた。
目の前にいる、まだあどけない面差しの少年。「陛下」という言葉からは程遠い――。
「陛下、ですと!?」
北の神殿騎士団副団長エリアスも、目を丸くした。エリアスは、改めてヘンリクを見つめた。
「ああ……! もしかして……!」
エリアスはヘンリクの顔に、見覚えがあることに気が付いた。
ふいに、記憶がよみがえる。
あれは、王族の十歳の誕生日を祝う、特別な行事。
遠目ではあったが、確かに、喜ばしい舞台の中央にいたのは――。
「あなた様は……、ヘリヤ王女!?」
エリオスの記憶の中の王女ヘリヤは、長く美しい金の髪の、気品あふれる少女。しかし、目の前にいる子どもは、その凛々しい服装といい、短く切られた髪といい、活発な少年にしか見えない。
「ふふ。そうじゃ。騙して悪かったな。私の名は、ヘンリクではなく、ヘリヤじゃ」
「王女……!」
皆、一斉にひれ伏した。
「王女とは知らず……! ご無礼をお許しください……!」
ヘリヤ王女は、エリアスの言葉に首を振る。
「いやいや。皆、どうか顔を上げてくれ。そんなふうにかしこまれては、話も出来ん」
「え、いいの?」
真っ先に、キースが立ち上がった。
「キ、キース!」
口調を改めないキースを、アーデルハイトがたしなめる。
「ははは! よいのじゃ! 普通に話してもらったほうが、助かる」
ヘリヤ王女が楽しそうに笑う。
「どうして、王女様がここに……?」
ヘリヤ王女は、自分よりはるかに背の高いキースをまっすぐ見上げた。
「『予言の救世主』がどんな人物か知りたかったからな。サンデールをお供に、秘密裏にここに来た。初めからわしの身分を明かしてしまえば、皆の素の姿が見えにくくなると思ってな。予定では北の神殿に先に着き、神殿で皆を迎えるつもりだったが、まさかあのような厄介な魔物に遭遇するとは。でも、すぐにわかった。剣を持ち、勇敢で心優しい青年。お前が『受け継ぐ者』、キースであると――!」
ヘリヤ王女と従者サンデールは、改めてキースに向かって敬意を表し一礼した。
「ち、ちょっと待ってください! 俺なんかに頭を下げなくとも!」
さすがに慌てるキース。まさか、王女自ら自分に会いに来てくれるとは、しかも、自分に対して頭を下げるなど、とても信じられない光景だった。
「あれ!? もしかして、素性を隠すためだけに、わざわざ短い髪にして男の子みたいな恰好を!?」
まさか、一国の王女が普段から少年のような短い髪をしているとは思えない。
「いや……。これは、対外的なもののためでもある」
「対外的?」
「実は、三か月前、わしの父上――、国王が亡くなった――」
「えっ!?」
キースはもとより、ノースカンザーランドの国民であるエリアスやレーヴィたちも驚きの声を上げた。
「この事実は、まだ公表していない」
「だから、王女ではなく陛下と――!」
セシーリアは、ヘリヤを王女ではなく陛下と呼んでいた。北の巫女やセシーリアは国王の崩御を知っていたのか、とキースは気付く。
「そうじゃ。ごく一部の者たちのみで、戴冠の儀式は済ませた。しかし、わしがまだこのように幼すぎること、そして男ではないことから、この事実は伏せてある。国が乱れぬようにな。現在、父王の影武者が父王の代わりをしている」
「そうだったのですか――」
「今は、予言の魔法使い、魔族の者どもがノースカンザーランド、そしておそらくこの地上世界を狙っている非常に危険な状況。国民や、他国民へ不安を与えないよう、わしはしばらくの間、国王の隠し子『ヘンリク王子』としてふるまうつもりじゃ」
「なんてことだ……! こんな、不穏な時期に国王がお亡くなりになるとは――」
キースは思わず呟いていた。
ヘリヤは、悲しそうに微笑んだ。
「不穏な時期だから、だと思う。父は、天命であったとは思うが、なにか偶然とは思えない気がする。まつりごとが変わるのは、きっと、大きな変わり目だからなのだと思う」
「ヘリヤ女王陛下――。なんてお悔やみ申し上げればよいか――」
この危機的な状況に、頼れる父を亡くし悲しむ間もなく、少女の身でありながら一国を背負っていかねばならない、その途方もない重圧や不安や悲しさを想像すると、キースは言葉が見つからない。
「ありがとう。本当は、父王に会わせてやりたかったな。こんな頼りない子どもで申し訳ない」
「そんな……! ヘリヤ女王陛下は立派な一国の王です……! 俺のほうこそ、なんだか残念な救世主で、ほんと申し訳ないっ!」
大きな悲しみの中にいながら、王族らしい堂々とした風格を保つ、まだ少女のヘリヤを、なんとか褒めてあげたくて、キースは叫んでいた。
ヘリヤは、少し首をかしげた。
「そなたは、残念……、なのか……?」
「はいっ! 残念です!」
「どういった点が……?」
「はいっ! 行動思考すべてにおいて、なんだかとても残念ですっ!」
ヘリヤが皆の顔を見渡すと、皆、ちょっと笑いをこらえつつ、うなずいていた。
「イケメンですけどね!」
キースは慌てて、いらない自己申告を付け足す。
「なるほど。そういうところが、残念なんだろうな」
ヘリヤとサンデールも、大きくうなずいた。
白い石で造られた北の神殿は、神殿の中も輝く陽光で満たされていた。
「ようこそいらっしゃいました……! キース、そして皆さん!」
広間の中央で迎えてくれたのは、北の巫女だった。
豊かな金の巻き毛、星空のような青い瞳、なめらかな白い肌。十代後半の若い女性と思われた。
「ヘリヤ女王陛下、サンデール。またお会い出来て光栄です――!」
北の巫女は、ヘリヤとサンデールにも敬意を表した特別な挨拶をした。
「あなたが、北の巫女様――!」
日の光にきらめく金の髪、清らかな純白の衣装。まるで、天からの使者のようだ、そうキースは思った。
「はるばる、遠い国からよくいらっしゃいましたね。心より、お礼を申し上げます」
「お会い出来て、光栄です……!」
「数々の危険な出来事に遭遇したと聞いております。本当に大変な旅でしたね……」
キースは、北の巫女の言葉を聞きつつ、なんだかめまいを覚えていた。北の巫女のまとう白のドレスが、奇妙に眩しすぎる気がした。
「いえ……、危険なこと以上に、色々素晴らしい出会いや興味深い体験が、出来まして、それにその、大変な旅というよりこれからのほうが大変だと思う次第で、えーと……」
ざわざわと、寒気もしてきた。
「……キース?」
隣に立つ、アーデルハイトがキースの顔を覗き込む。
キースの顔色が、悪くなっていた。冷や汗もかいている。
「キース! 大丈夫!? なんだか顔色が……!」
「えーと。それで……、その……。あれ……?」
目の前の、北の巫女がぼやけて見える。視点が定まらない――。
――あれ……? なんだか、俺……。気持ち、悪いかも……。
ばったーん!
キースは、床に倒れ込んでいた。
「キースッ! 大丈夫っ!?」
アーデルハイトがキースの額に手を当てる。すごい熱が出ていた。
「大変……! 熱が……!」
「……うーん。王様が、一人、王様が、ふたーり、北の巫女様が、さんにーん、北の巫女様が、よにーん……」
うわ言のように呟くキース。アーデルハイトは、叫んだ。
「……これは、きっと、知恵熱だわ!」
「知恵熱っ!?」
キースは、女王陛下と北の巫女、いっぺんに位の高い人物、格の高い人物に出会い、そのストレスと緊張から発熱していた――。
キースは、夢を見ていた。
夢の中のキースは、ちょうど、ヘリヤくらいの年のころの少年だった。
キース少年は、村を取り囲む山並みを眺めていた。
「あの山の向こうに広がる世界は、どうなっているんだろう?」
空は高く、そびえる山々も高い。
「自分は、どこまで行けるんだろう……?」
それは、キース少年にとって、物理的にどこまで移動できるのか、人生の歩みとしてどこまで行けるのか、その両方の意味合いを持つ疑問だった。
かたわらには、ひいじーさんの剣。
「なあ、」
キース少年は、仲良しの「剣」に話しかける。
「ひいじーさんみたいに、いろんな国を旅してみたい! いろんなこと経験して、いろんなひとに会ってみたい……! 偉い人や、面白い人や、普通の人、変な人、たくさんのひとに会ってみたい!」
「……あなたは、どんなひとになりたいですか?」
突然、「剣」が話しかけてきた。
「俺……?」
「はい。あなたの望む道をあなたは歩み、あなたが目指すひとに、あなたはなります」
「そーなの?」
「ひとは、自分の意思で運命を切り開くことが出来ます」
そうなのか? とキースは疑問に思う。
「でも、なりたいようになれないひとも、大勢いると思うよ? むしろ、なりたい自分になってるひとのほうが、断然少ないと思うよ?」
「希望の扉を開けることが出来なくても、次の扉が開きます」
「扉……?」
「自分の心次第で、周りの景色は変わります」
「それは、なりたい自分になってるってこと?」
「近づけることは可能です。現在の自分に、理想に似た輝きを見出すことも可能です」
俺のなりたい自分って、どんな自分なんだろう、キースは首をかしげる。
――「救世主」になりたいって、思ったことはないんだけどな――。
夢の場面は変わり、キースは隣町の食堂で働いていた。
「キース。残念だけど、この店はもう閉めることにしたんだ――」
店主が、キースに謝っていた。
「えっ!? マジで!?」
「すまない。家族の都合で、どうしてもこの町を離れなくてはならないんだ――。今までありがとう。お前は、とてもいい料理人になれるよ」
「料理人!?」
料理は好きだし得意だったが、自分が店主となり食堂を経営するというと、なんだかピンとこなかった。
――俺、料理人、なりたいのか……?
次に働いたのは、雑貨店。
「キース。すまないねえ。今まで一生懸命働いてくれてたんだけど――。もう、店を閉めることにしたよ――」
店主のおばあさんが、申し訳なさそうにキースに告げる。
「ええっ!? まだ一年も勤めてないけど!?」
「体の調子がどうにも……。遠くに嫁いだ娘が、一緒に暮らそうって言ってくれてるんでねえ……」
――俺……。これから、どうしようか――。
なにになりたいか、なにをやりたいか、よくわからなかった。
とりあえず、勤められるところで働いた。次に働いたところは、もともと短期の仕事だったので、また次の仕事を探すことになった。
――まさか、この田舎で、剣で食っていけるわけないしなあ――。
兄たちは、結婚している。親と、兄夫婦との同居。
家族仲は良く、楽しい暮らしではあった。
――でも、俺も、そろそろこの家を出なくちゃなあ――。
『助けてください――』
そんなころ、セシーリアの夢を見たんだ、そうキースは夢の中で思い出す。
――人助けをする、それが俺のなりたい自分なのかなあ――?
よくわからなかった。でも、自分を必要としているひとが、たぶん、いる。そう思った。
自分に向け、なにかの扉が開いた、そう感じていた。
「よし! 行ってみよう……! なりたいものがわからない、でも、行動していくうちになにかが見えてくるかもしれない――!」
空は、金色だった。
金色の空に、金魚が泳いでいた。
紫色の山を、セクシーな恐竜がまたいでいく。
――さすが、俺の夢……!
旅の疲れもあった。キースは北の神殿の一室のベッドで眠り続けていた。




