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旅男!  作者: 吉岡果音
第十六章 北の神殿
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黒の森と、北の神殿

 朝からずっと、雪が降っていた。一行は、陸路をとる。

 目の前には、昼前というのに暗い森。

 凍り付いた木々の枝は、人の侵入を拒んでいるように見えた。


「この森は、『黒の森』と呼ばれています。この森を越えた山の頂上に、北の神殿があります」


 エリアスがキースたちに説明する。


「えっ? この森の先? なんか、すげえ不気味な森なんだけど、そんなとこの近くに神殿があんの?」


 思わずキースが尋ねた。そこは、悪天候ではなく快晴の昼間であっても、きっと暗く寂しい雰囲気なのではないか、どこか足を踏み入れるのをためらわせるような不気味な森だった。


「陰と陽のバランスのように、聖地の周りに闇の地帯がある、そういうことはあるものですよ」


 ミハイルがエリアスの代わりに答えた。


「へえ、そーゆーこともあるのか。もしかして、ここ、『魔』の気も強い?」


 キースは、この森はあの「山の主」のいた山に似ている、そう肌で感じていた。


「はい。おそらく、ここは魔物が多く出没する森ではないかと――」


「ミハイル殿。その通りです。ここは、危険な森です。北の神殿に、我々北の神殿騎士団が配備されているのも、そういった事情があるためです」


 ミハイルの言葉にうなずくエリアス。改めて気を引き締める一同だったが、キースは平然としていた。


「へー。エリアス。そーなんだ。『清めの鈴』がいても、ここは完全には清められねーんだな」


「スノウラー山の怪物のときとは話が違いますからね。もともと自然の『気』や『磁場』の関係上、そのような状態になっているので、清めてもすぐに元の状態に戻ってしまうのです」


 今度はカイが説明した。エリアスとミハイルもうなずく。


「強い光の下には、色濃い影が生まれる、そういうことか……!」


 一同は、「黒の森」に足を踏み入れた。




 ガンッ! ザッ! ザザザッ!


 森の奥から、激しい音が聞こえる。

 硬いものを斬る剣の金属音と、雪の積もった大地を駆ける音。


「! あっちに誰かいるっ!」


 ガアアアアッ!


 獣の咆哮。


「魔物と、戦っているのか!?」


 キースたちは、音の聞こえるほうに向かって走る。


「なかなか斬れん! 硬いな!」


 金髪で青い瞳の少年が、剣を振るいながら叫んでいた。


「全身硬いウロコで覆われています! お気をつけて!」


 黒髪を無造作に後ろに束ねた背の高い青年も、剣を振るいながら叫ぶ。

 二人の剣の使い手に対し、魔物は四頭いた。

 魔物は小型の熊のような姿で、全身硬質なウロコで覆われていた。ウロコの表面は、まるで鏡のようだった。ウロコの一つ一つが光を反射し、目をくらませる効果も持っているようだった。


「それぞれのウロコが光りやがる! まったく、やりずらいな!」


 少年が叫びながら剣を構える。


「大丈夫かっ!? 俺たちも助太刀するぜっ!」


 キースが、二人のもとへ駆けつけた。キースの手には「滅悪の剣」が握られている。


「…………!」


 少年と背の高い青年は、一瞬キースを見て驚いた顔をした。


「……それは助かるな! 少々、苦戦していた!」


 少年は、快活な笑顔を見せた。

 キースも少年に笑顔を返してから、魔物に意識を集中する。


 ――確かに、剣を阻むウロコだ……! ウロコの間を狙うか……!


 動いたとき、きっと重なり合うウロコにも隙間が出来る。一瞬のうちにキースはそう判断した。

 キースは、「滅悪の剣」を構え、まっすぐ魔物に突き進む。


 ガンッ!


「くそっ! 狙いがずれたか!」


 キースは、ウロコとウロコの間を突き刺すつもりだったが、ウロコの光に眩惑され、剣筋がずれていた。


 ガンッ! ガンッ!


 宗徳、エリアス、レーヴィ、レオ、トーレ、そして背の高い青年と少年、それぞれも魔物に対して剣を振るう。しかし、硬いウロコの前に、剣は弾き返されるばかりだった。


「聖なる山の風の精霊……! 我に力を……!」


 ミハイルが、天高く杖を掲げた。

 風が、杖の先端に渦巻くように集まってくる。


「竜の風、魔の者どもを吹き払え……!」


 ミハイルが、地面に向かって杖の先を打ち付けた。


 ゴウウウウウッ!


 風が、走る。

 木々の間を通り抜け、強い風が魔物にだけ直撃した。四頭の魔物は、激しい風にあおられ、腹を見せるようにして倒れる。魔物の腹部にはウロコはなく、皮膚が露出していた――。


 ザッ!


 少年が、素早く魔物に剣を突き立てた。


「仕留めたぞ……!」


 ミハイルの風の攻撃は、物理的な衝撃だけでなく、確実に魔物の魔力も奪っていた。残り三頭は、弱々しく立ち上がる。


「我は扉を開く! 魔の者よ! 汝の住まう魔の国へ帰れ!」


 アーデルハイトが呪文を叫んだ。一頭の魔物が、虚空に吸い込まれるようにして消えた。


 ガウウウウウッ!


 一頭が、宗徳に向かって牙を向く。大きく裂けた口には、鋭く長い牙が並ぶ。

 宗徳の目に、鋭い光が宿る。自分の刃を向けるべき、ただ一点を狙う――。


 ガッ!


 宗徳は、魔物の口中に刀を突き刺した。


「シダびんたっ!」


 妖精のユリエが、宗徳の刀によって貫かれた魔物に平手打ちをくらわせ、とどめを刺した。


 とどめ……。「びんた」なんだ……。

 

 一同、なんとなくユリエの強さに感心する。

 最後の一頭。一番大きな体躯をした一頭が、キースに突進する。


 ――ウロコの間……! ここだ……!


 時間が、止まったようだった。ウロコのない腹部でなくとも、キースには見えた。ウロコとウロコの間。魔物の、弱い部分。


 ザッ!


「滅悪の剣」は狙った一点を貫いた。


 ――やった……!


「シダ往復びんたっ!」


 ぱんぱんっ!


 森の中にびんたの音がこだまする。しかも往復。


「ちゃんと、とどめ刺したよ!」


 ガッツポーズのユリエ。


 なんか、シュールだな……。


 一同、なんとなく微妙な気持ちになる。

 魔物はすべて、光りながら消滅した。

 森に、静寂が帰ってきた。


「へ……!」


 背の高い青年が、少年のもとに叫びながら駆け寄ろうとした。しかし、少年は急いで首を振った。

 青年は、少年の様子に気が付き、口ごもった。


 へ……?


 青年は、「へ」と言いかけてやめた。

 キースたちは、「へ」の言葉の続きはなんだろう、と思う。

 まさか、「屁」じゃ、ないよな……、別に臭くないし、そう考えたのはキースだけだが。


「え、ええと……。ヘンリク様。お怪我などなさいませんでしたか……?」


「案ずるな。サンデール。わしは無事じゃ。それより……、皆さん、本当にありがとうございました」


 ヘンリクと呼ばれた少年は、皆に向かって頭を下げた。


「いやいや! そんな、俺たちに頭を下げなくても! ここは、危険な森らしーからねえ! みんな無事でよかった、よかった!」


 キースは、ヘンリクとサンデールに向かって、屈託のない笑顔を向けた。


「ところで……、皆さんは、もしかして、北の神殿に向かっていらっしゃるのですか?」


 青の瞳を輝かせ、ヘンリクが尋ねた。


「ああ、そうだよ! この先にあるっていうからねえ、もしかして、ヘンリクちゃんたちも?」


 キースの「ヘンリクちゃん」という言葉に、少しサンデールが眉をひそめたように見えた。一瞬の反応だったが、感覚の鋭いレーヴィとアーデルハイトは少し引っかかるものを感じた。それは女性的な観察眼、とでもいうのだろうか。


「ヘンリクちゃんも一緒なのー?」


 にこにこと明るい笑顔のユリエ。ちなみにユリエも女性だが、彼女の観察眼は恋愛方面にのみ働くようで、サンデールの表情についてはなにも疑問に思わなかった。


「はい! そうです! わしもサンデールも、北の神殿に行くところだったのです」


「ヘンリクちゃん、自分のこと『わし』って言うんだねえ! 面白ーい! なんだかいいねえ! 私も、自分のこと『たか』って呼ぼうかなあ?」


 ユリエ、その「鷲」じゃない!


 一同、そこにはしっかり反応した。


「また手強い魔物が出るかもしれないし、どうせなら、一緒に行こう!」


 キースが明るい声で、ヘンリクとサンデールに提案する。


「それは誠にありがたい! ぜひご一緒させてください!」


 ヘンリクが笑顔でうなずき、サンデールがヘンリクの反応を待ってから、皆にお辞儀をした。


「行こうー! 『わし』と『たか』と『とんび』と『ふくろう』と『チョウゲンボウ』、ええと、それからなんにしよう、まあ、なんでもいっか! みんな、みんなで一緒に行こうー!」


 楽し気に鳥の名前を叫び、拳を上げるユリエ。


 誰が「とんび」で誰が「ふくろう」なんだ……。そして、「チョウゲンボウ」ってなんなんだ――。


 その鷲じゃないんだけど、と思いつつ、一同は鳥類にしばし思いを馳せる。

「チョウゲンボウ」とは、小型の猛禽類である。




 そこは、特別な山だった。

 先ほどの森とは正反対の清浄な空気。辺りは開けていて、明るい光に満たされていた。自然と背筋が伸びるような不思議な感覚。人々から、神域と呼ばれるところだった。

 見上げたその先に、白い壮麗な建物があった。


「あそこが、北の神殿……!」


 踏みしめる雪が、柔らかな音を立てる。

 ペガサスやドラゴン、翼鹿を引き連れ、キースたちは、神殿の階段を昇って行く。

 キースは、白く輝く大きな門をくぐった。




「カイ兄さん! ユリエちゃん! ルーク!」


 美しい銀の瞳を輝かせ、銀の髪の乙女が叫んだ。「清めの鈴」のセシーリアだった。


「セシーリア!」


 妖精のユリエが、セシーリアのもとへまっすぐ飛んでいき、抱きついた。ペガサスのルークも駆け寄り、セシーリアに頬をすり寄せた。セシーリアは、ユリエとルークに輝く笑顔を返してから、皆のほうへ視線を戻す。


「へ……!」


 一同を見たセシーリアが叫んだ。


 へ……?


 セシーリアは、「へ」と叫んでいた。


 また、「へ」……?


 ヘンリクとサンデール以外の一同が首をかしげた。

 きっと、セシーリアはヘンリクを知っていて、それでヘンリクの名前を呼ぼうとしたのだろう、一同はすぐにそう理解した。が、セシーリアの驚きで満たされた大きな瞳を見ていると、なんとなく違和感を覚えた。それほどまでに意外な来訪なのか、と疑問に思う。

 まさか、本当に「屁」じゃないだろうなあ、そうキースが考えたときだった。


「陛下……!」


 セシーリアは、そう叫ぶとひれ伏した。


 え……? 陛下……!?


 キースたちは、振り返る。

 少年ヘンリクは、微笑んでいた。

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