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旅男!  作者: 吉岡果音
第十六章 北の神殿
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コマヤカサン

「レーヴィ。ちょっと付き合え。北の神殿に着く前に、確認したいことがある」


 次の町での夕食後、キースがレーヴィに小声で話し掛けた。


「なあに? いきなり」


「お前と話がしたい」


「……いいわよ」


 皆が不審に思わないよう、さりげなくキースとレーヴィは席を立つ。


「エリアス。みんな。ちょっとレーヴィと出掛けてくる。いいだろ?」


「俺も行きます」


 カイも席を立った。


「カイ。お前は――」


「俺も同行します」


 カイは、はっきりとした口調で言い切った。キースは腕組みをし、少し考えるそぶりをみせたが、うなずいた。


「……んー。そうだな。そのほうが、いいか」


 キース、レーヴィ、カイは外に出た。

 街灯が、雪の積もった道に柔らかな光を投げかけていた。


「寒いわねえ。息が真っ白」


 レーヴィがわざと大げさに息を吐く。息が白い煙のように広がって消えた。


「必殺、純白の吐息―! ふふ、アタシ、魔法使いみたいでしょー!」


 レーヴィは、くるくるとダンスを踊るように、回りながら歩く。


「と、いうより酔っ払いみたいだぞ」


 キースがちょっと呆れながら笑う。


「あ! キース! 言ったわねー!」


「おめーは魔法使いなんつー崇高なもんじゃねー。飲んだくれの酔っ払いー!」


「まだ飲んでないもーん! キースのばーか」


 レーヴィはキースに向かって、べーっと、舌を出した。


「……どこに行く気ですか」


 ふざけて小突き合うレーヴィとキースに、カイが冷静に質問する。


「ああ。そうだな、あの店にでも入るか」


 キースは、灯りが漏れる酒場の、重い木の扉を押した。

 店内は薄暗く、落ち着いた雰囲気だった。小さなステージに、四人の楽団がいて穏やかな曲調の音楽を奏でていた。

 一人グラスを傾ける客、二人きりのテーブルでゆっくりと濃密な時間を紡ぎ合う恋人たち、カウンターに座り店主と語らう客、演奏に聞き入る老夫婦、客たちはそれぞれの夜のひとときを楽しむ。


「かんぱーい! って、雰囲気じゃなさそうね。今更」


 キースの真剣な表情を見つめながら、レーヴィがグラスのふちを指でなぞる。琥珀色の液体が、密やかに揺れた。


「……なあ。あのときのことなんだが――」


 キースは、まっすぐレーヴィの真紅の瞳を見つめた。


「あのとき……。お前は本気でカイを殺そうとし、阻止しようとした俺をも殺そうとした――。お前は、俺が予言の救世主と知っているのに、俺を葬り去ろうとしたんだ。北の巫女の予言を、その重要性を熟知しているはずなのに、あのときお前は少しもためらわなかった」


「…………」


 楽団の演奏が沈黙に、溶けあうように流れてくる。


「レーヴィ。お前にとって、予言の救世主とは、なんだ……?」


 レーヴィの指が止まる。深紅の瞳は店内の照明のせいか、よりいっそう深い赤に染まったように見えた。


「……ふふ」


 レーヴィのルージュで彩られた唇から、低い笑い声が漏れた。


「……なにがおかしい」


「……アタシごときに殺されちゃうようじゃあ、救世主として、失格ってことよ」


 レーヴィの顔に浮かぶ、挑戦的な笑み。


「なに……?」


「アタシの攻撃で死んじゃうようじゃあ、それだけの器ってこと。だったら、アンタの役をアタシがやればいいって話」


「なんだって!?」


 レーヴィは、さっと自分の髪を手で後方に流し、足を組んだ。


「……まあ、アンタのほうこそ、本気でかかってきたから、アタシもアンタに向かっていかざるをえなかったってとこもあるけど」


 レーヴィはテーブルの上にひじをついて手を組み、その上に顎を乗せてキースを睨み付け笑う。


「キース。アンタは、アタシに余裕で勝った。そのうえ、アタシのことを認めてくれた。悔しいけど――」


 レーヴィは、グラスを掲げた。


「……アンタは、力でも、心でも、救世主としての器があるわ」


「レーヴィ……!」


「……ちょっとムカつくけどね」


 レーヴィは笑い、一気に酒を飲み干した。


「……それはお互い様だろう」


「あら。言ってくれるわね」


「レーヴィさん」


 今まで黙っていたカイが口を開いた。


「もし、俺とキースを倒していたら――。どうするつもりだったんですか?」


「……選ばれた者じゃない、アタシたち、普通の人間の力だけで予言の魔法使いと戦う。予言なんかに振り回されない、何者でもないアタシたちの力で立ち向かう。そして新しい未来を切り開く――!」


「もしかして、レーヴィさんは、俺以外のきょうだいのことも――」


 レーヴィの瞳が、赤く燃える――。


「ええ。あなたたち魔法の道具はすべて、葬り去るつもりだった。まあ、『清めの鈴』は悪用される恐れがないから、放っておいても構わないけど」


「レーヴィ!」


 思わず、キースが大声を出し立ち上がりそうになる。カイがキースの腕を掴み、椅子に座らせた。


「……そんなに興奮しないでよ。今はそんなこと考えてないわ」


 これだから野蛮人は、とレーヴィは首を振る。


「カイ。あなたは本当に人間みたいね。キースの気持ち、よくわかったわ」


 レーヴィの笑みから、とげとげしさが消えていた。

 レーヴィは、そっとカイの手を両手で包んだ。


「あたたかい手……。あなたは、生きてる。きっと、セシーリアやコンラード、ラーシュも同じね」


 レーヴィは、「魔法の道具」とは呼ばず、一人一人の名を呼んだ。セシーリア、コンラード、ラーシュ。一人一人、まるで顔を思い浮かべるように――実際は、レーヴィはセシーリア以外を見たことがないのだけれど――、ゆっくりとその名前を呼んだ。


「……はい……!」


 カイは笑顔でうなずく。

 レーヴィは、遠い少年の日を思い出していた。

 自分に手を差し伸べ、草原から立ち上がらせてくれた兄、エリアスの手を。

 あたたかで、優しい手を。


「……アタシが港町に住んでいた理由は、歌手になるためじゃない」


「レーヴィさん……?」


「カイ。あなたを真っ先に見つけ、始末するため。そして、エリアス兄さんや両親から離れるため――」


「レーヴィさん……」


 レーヴィは、空のグラスに目を落とす。


「いつも、同じ夢を見たわ……」


「同じ、夢……?」


「ええ、カイ。あなたとアタシ、二人で踊る夢」


「え……」


「真っ暗な宮殿で、クラシカルなダンスを踊るの。あなたとアタシ、二人だけ。まだ会ったこともないのに、なぜかカイ、あなただってアタシは思ってる。そのうち、あなたはいなくなり、アタシは一人ぼっちになる。そして、アタシの手はいつの間にか血まみれになっている――」


「レーヴィさん……」


「アタシは、ただ自分の血塗られた両手を見つめ続ける――。そんな夢よ」


 音楽が、聴こえる。柔らかな、弦の音。


「でも――。今はもう違う」


 レーヴィは、笑顔だった。


「昨日見た夢。その夢では、カイ、あなただけじゃなく、みんなで一緒にダンスを踊っていたわ。明るい、日の光の下、大きな木の下で。キース。アンタもいたわね。みんな踊ってた。そのうち、拍手が聞こえてきた。観客は、アタシが歌ってた店の常連さんたち。それから、知らない大勢の人たち――」


「へえ。俺も出てたんだ」


「キース。アンタの踊りは下手くそだったけどね」


「なにおう!?」


 キースは納得がいかない、という顔をする。レーヴィは声を立てて笑った。


「なんだか、嬉しかったわ」


「レ―ヴィさん――」


「皆と力を合わせる。起こってもいない未来を見つめ続けるのではなく、今を大切にする。それでよかったのよね――」


 レーヴィは嬉しそうにそう呟いた。


「期待してるわよ。救世主さん。アンタの働きぶりを――!」


「俺のほうこそ、てめえの活躍、あてにしてるぜ!」


 キースとレーヴィは笑い合い、互いのグラスをぶつけ合った。


「……って、テメー! 酒、全然入ってねーじゃねーかよ!? すみませーん! こいつの酒、お代わりお願いしまーす!」


 キースは従業員に向け、ぶんぶんと手を振る。


「ちょっと! こんな大人の雰囲気の店で、なに品のない頼みかたしてんのよ! この野蛮人!」


「ああ!? せっかくテメーの酒を頼んでやろーとしてんのに、なに食ってかかってんだよ!? 俺の細やかな優しさがわからんのか!? このドアホ!」


「アンタに『細やか』って言葉は似合わないわ! 『細やか』に失礼よ! 謝りなさいよ! 『細やか』に!」


「『細やか』に謝れって、『細やか』ってどこの生き物だよ!? どこにいんだよ、そんなもん! 俺は、どこに向かって謝ればいいんだよ!?」


「どこでもいいから、謝んなさいよ! このガサツ男!」


「ああ、そーですか! はいはい、俺はガサツですよ! はい、『細やか』さん、ごめんなさーい!」


「キース! レーヴィさん! 二人とも! いい加減にしてください! 他のお客さんやお店のかたがたに迷惑ですよ!」


 誰よりも大声で、カイが叫んでいた。

 二時間ほど、その店で飲んだであろうか。キース、レーヴィ、カイは皆のいる宿屋へ戻る。


「……話せて、よかったよ」


 キースが呟く。雪がゆっくりと空から舞い降りる。


「うん! そうね……! ありがとう――」


 レーヴィは、手を空に向け、手のひらに雪を迎え入れた。雪はゆっくりと溶けて消えた。


「なかなか、楽しかったしな!」


「お店には、ちょっと迷惑だったでしょうけど」


 笑顔のキースに、ちょっぴりバツが悪そうなカイ。どう考えても一番の大声はカイだった。


「キース。今度は、アーデルハイトちゃんと二人きりで飲んだら?」


 からかうようにレーヴィは笑う。


「アタシはカイと二人で飲むー!」


 レーヴィはカイに腕を絡ませる。


「なんで俺なんですかー!」


 レーヴィは、カイの腕を取り、ダンスを踊るようにリードしながら歩く。


「はは。そーだな! 今度は俺とアーデルハイトで飲みに繰り出しちゃおー! お前ら二人、仲良くなー!」


「キース! 止めてくださいよー!」


 純白に包まれていく夜の町に、カイの悲痛な声がこだまする。

 その晩、レーヴィは夢を見た。

 皆で、手を取り合ってダンスを踊る夢。繋ぐあたたかな手。エリアス兄さんと、カイと、キース。それから、みんな。軽快に、楽しく踊る。キースはやっぱり、下手くそな踊りだったけど。

 拍手喝采。あたたかな日差し。

 もう、あの夢は見ない。




 ノースカンザーランド、とある森の中。

 密かにそれは生きていた。

 身を隠すようにして暮らす、とある生き物。

 身の回りを、美しいもので飾り、美しいものを美しく食べる。

 とても美しい生き物。


「ごめんなさーい」


 遠くの誰かから、謝られたような気がした。

 なんだか、ガサツな若いニンゲンの声。

 生き物は、首をかしげた。


 なぜ、ニンゲンが自分に謝っているのだろう……?


 しかし、その生き物は詮索しない。自分の身を守りつつ、静かに自分の営みを続けるだけだ。

 その生き物の名は、「コマヤカ」という――。

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