変わっていたことが、変わっていない
キースたち一行がカンザに着いたのは、フレデリクたちの到着より一日遅れの昼過ぎだった。
雪が少しちらついていたが、町を貫く広くまっすぐな通りは、大勢の人で賑わっている。
「この町は、ほんとに大きな町ね」
様々な店が軒を並べる。アーデルハイトが、赤い扉の雑貨屋に目をとめた。ショウウィンドウには、かわいい金の髪の人形が飾られていた。人形は、人形の体の大きさに対してちょっと大きめな本を胸に抱えている。まるで、大切な宝物のようにしっかりと本を抱え、人形の瞳は、美しいアイスブルーの色――。
『アーデルハイト! 見て! これ! お父さんが買ってきてくれたんだ!』
アーデルハイトは、幼いクラウスの笑顔を思い出していた。
「…………!」
アーデルハイトは首を振り、ショウウィンドウから離れる。人形は、幸せそうな笑顔だった。永遠の、完結した幸せの中、人形は微笑んでいる――。
「アーデルハイト君!」
後ろから、懐かしい声がした。アーデルハイトが急いで振り返ると、茶色の髪、銀の眼鏡をかけた中年紳士が立っていた。
「えっ!? フレデリク先生!」
懐かしい、変わらぬ師の姿。
「もしかして皆さん、もうそろそろこの町に到着するころかと思いまして、一人で町を散策してみたのです――」
「フレデリク先生……! お久しぶりで……」
アーデルハイトが駆け寄り、挨拶を言い終えないうちに、フレデリクは突然雪の積もったレンガ道に両手をついた。
「アーデルハイト君! そして、みなさんっ……! 本当に申し訳ございませんでした!」
フレデリクは道端で土下座、勢いよく頭を下げた。カタン、と小さな音がしたが、それは眼鏡が地面に触れた音のようだった。
「先生っ! なにやってるんですか!」
通りを歩く人々は、なにごとかと好奇の眼差しで見つめる。
「本当に、私の管理が甘かったせいで――」
「先生! 頭をお上げください!」
アーデルハイトは慌てて叫んだ。
「え。そうしたほうがよいですか?」
フレデリクは、素直に頭だけ上げた。まるで、甲羅から首をもたげた亀のようだった。
「頭だけでなくお顔もお上げください!」
「そうですか?」
フレデリクはアーデルハイトを見上げた。
「先生! 眼鏡がずれてます!」
「え。やっぱり? なんか見えにくいと――」
フレデリクは眼鏡を直した。
「ああ。これでもう大丈夫です。なんでも見えますよ」
「先生! お立ちになってください!」
「え。立ったほうがいいですか? ああ、そうですね。通りでこうしていては、通行の邪魔ですね」
フレデリクは、迷惑がかからないように、と立ち上がった。
「先生! 服に雪がついてます!」
「え。あ。本当ですねえ。まあ、雪が積もってますから、それはそうでしょうねえ」
フレデリクはアーデルハイトに指摘されて初めて、服についた雪を手で払う。雪で服が濡れてしまうことは、フレデリクにとってなんでもない、他愛もないごく些細なことのようだった。
なんなんだ、この人は――。
アーデルハイト以外の面々は、フレデリクの少しばかり奇妙な言動に度肝を抜かれていた。
フレデリクの眼鏡の奥の瞳は、悲しい色をしていた。
「……アーデルハイト君。辛い旅になりましたねえ――」
フレデリクは、まっすぐアーデルハイトを見つめて呟く。
いきなり核心に踏み込むっ!?
一同、ふたたび度肝を抜かれた。登場早々土下座の謝罪、それで面食らっているうちに挨拶や自己紹介をすっ飛ばしていきなり話の本題、デリケートな部分に切り込んできたフレデリクに、皆すっかり戸惑ってしまっていた。
それから、フレデリクはカイのほうを向いた。
「君がカイ君ですね? 背が低いからすぐにわかりました。そちらの背の低いかたは、背が低いですが黒髪じゃないから、ミハイル君ですね」
そこ、強調する!?
一同みたびの度肝抜かれ、である。
「……はい。フレデリクさん。俺が、カイです」
カイは、フレデリクに頭を下げ、一歩歩み寄った。「背が低い」連発発言は、気にしないことにした。
「カイ君……! ラーシュ君のこと……、本当にすみません……」
フレデリクの目には、涙があふれていた。
え。今度は泣いてる! 気持ちはわかるけど、ちょっと、いきなり過ぎない!?
カイ以外の一同は、また意外性にパンチを食らわされた思いだった。皆、フレデリクのキャラクターというか、感情や意思表現のテンポがつかめず距離感をはかりかねていた。
「フレデリクさん――、ラーシュ兄さんが本当にお世話になりました」
「カイ君――。彼を、守り切れず本当にすみません――」
カイは静かに首を振った。
「いえ……。フレデリクさんのことは、兄から聞いております。俺が、眠りの中にいたから信号程度の交信しか出来ませんでしたが、兄からの交信から、フレデリクさんにとてもよくしていただいていたこと、また、兄がフレデリクさんをとても信頼していたこと、フレデリクさんのもとでとてもよい日々を送っていたことを、常々感じておりました」
信号程度の交信を送り合っていたカイとラーシュだったが、カイには伝わっていた。ラーシュの穏やかであたたかな日々を、喜びとともに感じていた。
「ですから、フレデリクさんには感謝しております――!」
「カイ君――」
「兄の救出のため、旅に出てくださってありがとうございます! 辛い旅になりますが、世界のためにも共に戦いましょう――!」
「ありがとう――! カイ君――!」
アーデルハイトも、微笑んでいた。
「フレデリク先生。辛いばかりの旅ではありませんでした。だって……、かけがえのない大切なひとたちと出会えましたから――!」
フレデリクは、改めて皆の顔を見渡した。
「眩しい光を放つ――、君がキース君ですね。一応魔法学校の教師をしていた私ですから、それくらいは感じますよ」
「え? は……、はい。俺がキース……」
キースが一歩前に出て、挨拶をしようとした言葉をさえぎり、フレデリクはふたたび口を開く。
「それから、カイ君でもないミハイル君でもないということで君が宗徳君。君は、どこをどう見ても立派な妖精だから、ユリエ君。そしてセシーリア君のお話からすると、残りのひとかたまりのかたがたが、北の神殿騎士団と弟君ですね」
残りのひとかたまりのかたがた……!?
一同、呆気に取られていた。なんという雑な対人認識。カイでもないミハイルでもないから宗徳、という結論も雑である。
「なるほど。皆さん本当によい顔をされている。アーデルハイト君。この旅でよい仲間と巡り会えたのですね――」
「は、はい……! 先生――!」
雑な認識方法については聞き流し、アーデルハイトは力強くうなずいた。
「そうですか……! 皆さん、私はフレデリクです。おやおや。なんだか自己紹介がだいぶ遅れてしまいましたね。でもどうぞ、お見知りおきを」
「よ、よろしく! フレデリク先生!」
なんだかキースも調子が狂っていた。ふだんなら、押せ押せタイプのキースであるが、すっかりペースを乱されている。
「さて……。お互いの顔合わせも済んでしまいましたね」
「は!?」
フレデリクの言葉の真意が掴めず、キースが聞き返していた。
「それじゃあ、同じ宿に泊まる必要もないかもしれませんね」
「はあ!?」
「皆さん、私は明日の早朝『スノードロップ』を発ちます。皆さんは、これからどうぞご自由にお過ごしください。では、解散、ですね」
そう一方的に告げると、フレデリクは頭を下げた。また、眼鏡がずれた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、先生! あとなんか、話し合いとか打ち合わせとか、なんかねーの!?」
たまらずキースが叫ぶ。
「とくに、ありませんよね? 私は港の警護にあたりますし、皆さんは北の神殿に向かってらっしゃいますし……」
「そ、それはそうだけど……! せっかく、合流したんだからさあ! そ、それに、えーと、戦術とか情報とか、なんかこう、もっと話し合うなにかが……!」
「あるんですか」
真顔で問いかけるフレデリク。
「あ、あるかもよ!? たぶん!」
あるんですか、と訊かれるとないような気もしてきたが、とりあえずキースは勢いでうなずく。
「そうですか……! それじゃあ、皆さんもご一緒に『スノードロップ』に向かいましょう! ご案内いたします!」
フレデリクは、にこやかに笑った。
キースは、アーデルハイトに小声で話しかける。
「フレデリク先生って、こーゆー人なのか……?」
「ええ……。昔から、少し変わっていたわ……」
「なるほど……。変わっていたところが、変わっていないのか……」
フレデリクは、すたすたと歩き始めていた。
「我が道を堂々と行く男――! 素敵だわ……!」
え!?
一同、振り返る。
レーヴィの赤い瞳が、熱を帯びて輝いていた。
変わり者が、ここにもいた――!
一同、震え上がった。




