結束
『セシーリア!』
夕方、宿屋に到着して早々、カイがセシーリアの心に呼びかけた。
『こんばんは! カイ兄さん! 北の神殿騎士団の皆様との旅は順調ですか?』
セシーリアが、笑顔で返事をした。距離が近くなってきているため、互いの交信もより鮮明になり、実際に目の前で会話しているような感覚となっていた。
『うん。皆、いい人たちだし、北の神殿に向かって順調に進んでいるよ。セシーリアに、三つ報告があるんだ!』
カイは、一人廊下に出ていた。実際に目の前にあるのは、冷たい窓ガラスだが、カイの意識にはセシーリアの生き生きとした姿がある。セシーリアの明るい笑顔。カイの顔にも自然と微笑みが浮かぶ。
『カイ兄さん! 私もカイ兄さんにご連絡することがあるのです!』
『連絡すること? なんだ?』
『フレデリクさんが、そちらに向かっております』
『え? フレデリクさんが?』
『はい。フレデリクさんたちの強いご要望で、三手に分かれて主要な港や検問所の警護に参加なさりたいとのことでした。年長のベルトルドさんと年少のハンスさんが東へ、イデオンさんとアンネさんごきょうだいが西へ、そしてフレデリクさんが、カイ兄さんたちの入港した港へ向かうことになりました。それで今、フレデリクさんがそちらの方角へ進んでいるところです』
『そうだったのか!』
『もちろん、フレデリクさんたちには、北の神殿騎士団の優秀なメンバーも同行しております。それから、北の神殿騎士団以外の国直轄の軍や国家認定の魔法使いや退魔士の皆さんは、それぞれ直近の検問所や港ですでに常時待機しております』
『港に向かっているフレデリクさんとは、途中で会えるだろうか?』
『明日カンザという大きな町に到着予定とのことです。そこの「スノードロップ」という宿屋で皆さんをお待ちするとのことです』
『そうか! じゃあ、その宿屋へ向かえばいいんだな』
『はい!』
『セシーリア。フレデリクさんに、よろしく伝えてくれ』
『はい! 魔法使いのフレデリクさんには、夢の中でなくとも遠距離交信出来ますので、カイ兄さんたちもそちらに向かうとのこと、早速伝えておきますね』
セシーリアは、にっこりと微笑んだ。
『カイ兄さんのご報告は、なんでしょう?』
『ああ、そうそう! まず一つ目の報告だけど――、今日、宗徳さんが、ずっと探していたお姉さんと会えたんだ!』
『まあ……! 本当に……? なんと素晴らしい日でしょう!』
宗徳が姉を探すためにノースカンザーランドを目指していたことを、すでにカイはセシーリアに話していた。セシーリアは、奇跡のような吉報を聞き、胸の前で手を組み、頬をばら色に輝かせた。
『しかも、宗徳さんのお姉さんは、なんと、「北の巫女様」だったんだ……!』
『ええっ! そうだったんですか!』
セシーリアは、驚きと感動で声を大きく弾ませた。
『その人は、「みつ」さんというお名前だ』
『えっ! あの「みつ」様――!』
懐かしい主人の名前に、セシーリアの瞳はきらきらと輝く。
『やはり、宗徳さんに似ていたよ』
『そうですか……! みつ様は、故国に弟がいると私に話してくださっておりました――! 幼い弟を残してきてしまったことが、心残りだと胸を痛めておいででした……。ついに、ついに念願かなって弟さんにお会い出来たのですね――!』
セシーリアは、胸がいっぱいになった様子で、銀の瞳を潤ませていた。カイは、黙ってうなずいた。
『それから、もう一つの報告なんだけど――。エリアスさんの弟の、レーヴィさんも同行することになったよ』
カイは、レーヴィのことを報告するのを忘れていた。カイの許容範囲を飛び超え、あまりにも強烈な印象すぎて、それどころではなかったというのが本音である。
『まあ! そういえば、エリアスさんの弟さんは、港町で歌手としてご活躍されているとお聞きしておりましたが……! ご一緒に北の神殿までいらっしゃることになったのですね……!』
『うん。それが、エリアスさんとは違って、レーヴィさんは、とても……』
カイが、そう言いかけたときだった。
「カーイ! さっきから一人で、なーにやってんの?」
「うわあっ!」
突然、カイの背後から現れたレーヴィが、勢いよく抱きついてきた。
『カイ兄さんっ? どうなさいまして!?』
急に、カイがじたばたしはじめたので、セシーリアはなにかあったのかと動揺する。あくまでカイとセシーリアの交信なので、セシーリアの瞳にはレーヴィの姿は映らない。
「レッ、レーヴィさん! なにを……!」
「うふふふふ。周りには誰もいない。やっと、二人きりになれたわね――」
レーヴィは、ここぞとばかりにカイを抱きしめ、離そうとしない。
「や、やめてくださいっ!」
『カイ兄さん? いったいどうなさったのです?』
「レーヴィさん! 離してっ!」
どどどどど。
カイは、レーヴィの腕の中から逃れようと身をくねらせ、なんとか脱出成功し、そのまま廊下をひた走る。目の端に、「廊下は走らないでください」という張り紙が見えたが、構わずカイは疾走する。
「カイー! なーんで逃げるのー?」
「逃げますよっ! なんですか、その怪しい手つきは!?」
レーヴィは鬼気迫る笑みを浮かべながら、カイを追い回す。カイに向かって伸ばしたその手は、なにかをまさぐるような不審な動き――。廊下には、「不審な動きはやめましょう」との張り紙があった。
『カイ兄さん! 大丈夫ですか!?』
『セシーリア! レーヴィさんは、エリアスさんと違って、とっても……』
『とっても……?』
『とっても、キャラが濃い――!』
カイはセシーリアに向かって、心の中で絶叫していた。「変態です」と叫びたかったが、イーヴァルさんのひ孫、エリアスさんの弟、ということで、気遣いから「キャラが濃い」という表現にとどめた。廊下にはちょうどよく「変態厳禁」という注意喚起の張り紙。
「なーにやってんだ。お前ら」
キースが、レーヴィの襟首を掴みあげた。廊下には「襟首注意」の謎の張り紙。
「ああん! せっかくカイと仲よくしようとしてたのにー!」
レーヴィは不満そうに口を尖らせた。
「別に仲悪くねーだろ。なにを今更」
呆れ顔のキース。
「もっと親睦を深めたいのよう!」
「全速力で逃げるやつを、追いかけまわすのが親睦を深めたいやつのやることか」
「追いかけるのが、愛よ! 愛! アタシは、愛の狩人!」
赤く長い髪を後ろにさっと流し、意味不明に胸を張るレーヴィ。
「なにをわけのわからんことを!」
キースがレーヴィにヘッドロックをかける。レーヴィは即座に、キースの足を踵で踏みつけ応酬する。
「いってえ! なにすんだ、てめえ!」
「それはこっちのセリフよ、この野蛮人!」
今度は、キースとレーヴィの追いかけっこになった。
『……ええと。どこまで話したっけ――』
走り去るキースとレーヴィの後ろ姿をカイはぼんやりと眺め、この追いかけっこに愛はあるのか、と疑問に思う。ああ、無駄なことを考えてしまった、とカイは気を取り直し、セシーリアと交信再開した。
『……二つ目のご報告は、キャラが濃い、というお話でしたね』
『ああ、そうそう。濃いんだ。それはさておき、三つ目の報告だけど――』
レーヴィの話は「さておかれて」しまった。
『ギルダウスに遭遇した』
『えっ……!』
セシーリアの美しい顔に、緊張が走る。
『大丈夫だ。ひとまず対決はまぬがれた。ギルダウスは、俺たちではなくシーグルトさんに会おうと地上界へ現れたんだ。ギルダウスは、シーグルトさんの死に関係していなかった。シーグルトさんの訃報に、とても驚いていた』
『そうだったのですか……』
『どうやら、クラウスたち、魔族側は一枚岩ではないようだ。それぞれ強大な力を有する強敵だが、中身はバラバラのような気がする。我々の勝機は、そこにあるかもしれない』
『カイ兄さん――。どうかくれぐれもお気をつけて』
『うん……。セシーリアも、北の巫女様にしっかりお仕えし、お守りするんだぞ』
『はい……!』
カイは、セシーリアとの交信を終えた。
おそらく、近日中にフレデリクといったん合流する。目指す北の神殿もそう遠くないはず。結束を強めるこちら側に対し、バラバラに思える敵陣営。決して油断はならないが、きっと、この結束が強みとなるはず――。カイは、窓の外、白い山並みの向こうへ隠れようとする太陽の光をまっすぐ見つめていた。
「カイー! 捕獲成功―!」
いつの間にかまた背後に現れたレーヴィに、カイは羽交い絞めにされていた。
「うわあああ! だから、そーゆー親睦は要りませんって!」
「愛を深め、結束を強めるのー!」
「そーゆー結束は、要りませんー!」
カイは、レーヴィの絡みつく腕から身を離すように体を屈め、そのまま背負い投げにした。
「いっぽーん!」
キースがすかさず判定をする。見事な結束だった。




