再会
宿屋の食堂は、大勢の宿泊客で賑わう。
「みんな、遅くなってごめんなさい。色々挨拶回りが長引いちゃって」
レーヴィも夕食の席についた。
「レーヴィ。そういえばお前、顔が少し……?」
さっきは薄暗い廊下で気が付かなかったが、食堂の明るい照明の下でレーヴィの頬が赤く腫れていることにエリアスは気付く。不審に思い、すぐさまレーヴィに尋ねた。
「えっ!? アタシの顔が綺麗だって!? 兄さん、なにを今更……! それを言うなら『少し』じゃなく、『とても』でしょう!?」
頬に手を当て隠しながら、レーヴィが叫んだ。
「……誰かに殴られたのか?」
レーヴィの顔を、心配そうに覗き込むエリアス。
「……うーん。まあね。ちょっと熱血漢のバカにね」
「熱血漢のバカ?」
「うん……。ええとね、アタシがしばらく実家に戻ることをそいつに伝えたら、『目を覚ませ! あの店で歌を歌うことがお前にとって大切なことだったんだろう!?』っていきなりやられちゃったんだー! なんかねえ、そいつ、アタシが失恋かなんかで傷心して田舎に引きこもるんだって勝手に思いこんじゃったみたい! ふふ……。人の話も聞かないで手を出すなんて、まったく、困った男よねえ!」
肩をすくめ、とっさに嘘をつくレーヴィ。「熱血漢のバカ」というくだりで、思わずカイが吹き出し、キースが即座にカイを肘で小突く。
「お前を殴るなんて、よほどの……」
少し驚いたようにエリアスが呟く。
「……バカでしょう? こんなに麗しいアタシの顔に……!」
レーヴィは、さっと自分の赤く長い髪をすくって後方に流し、自信たっぷりの笑みを浮かべ椅子の上で足を優雅に組み替えた。
「……いや。よほど腕の立つ、強い男だな」
「兄さん! どこに感心してるのよう! アタシの美しさについては無視!? あっ! カイのグラスが空いてるじゃない! さっ、飲んで飲んで!」
エリアスは、レーヴィの剣術、武術の腕前を熟知している。いくら親しい相手の予測不能の反応だったとしても、普通の男がレーヴィの顔に鮮やかな一撃を加えることは出来ないとわかっている。レーヴィは笑ってごまかしつつ、カイのグラスに酒を注ぐ。
「ありがとうございます。レーヴィさん」
葡萄色の液体が輝きながらグラスに滑り込んでいく。カイも笑顔でレーヴィのグラスに酒を注ぎ返す。
「レーヴィ! カイにどんどん注いでやって! こいつ、酒の好き嫌いはねーから!」
キースも屈託のない笑顔でレーヴィに話し掛ける。
「……キースにも注いであげるー! これ、とっても美味しくておすすめのワインなのよねー! アタシも大好きで自分の家でも常備してるくらいー」
「おっ! ありがと、レーヴィ!」
カイもキースも、なにごともなかったかのように振舞った。レーヴィは皆にわからないようにさりげなく、カイとキースに目配せと微笑みで感謝の気持ちを伝えた。カイとキースも静かに微笑みを返す。
酒宴は和やかに、楽しく過ぎていく。エリアスとレーヴィ兄弟、そしてエリアスの部下のレオとトーレ、皆おおいに話し、笑い、飲んだ。それぞれがキースたちと打ち解け合い、親睦会のような夕食となった。
「アタシもカイと同じ部屋がいい!」
夜も更け、そろそろ就寝しようというとき、レーヴィが叫んだ。
「だめだっ!」
キースとエリアスが同時に叫んでいた。
「ええーっ? どうしてえ? それくらい、いいじゃない!」
「絶対、だめだっ!」
キースとエリアスは声を揃えた。
「積もる話があるんだからあ、カイと一緒の部屋にして?」
「ツモらない! ツモらない! 話は普通に昼間にすればいいだろう!」
キースとエリアスは同時に叫び、思わず顔を見合わせた。
「……エリアス。なんだか気が合いそうだねえ」
「……キースさんもそう思います?」
意見が一致していた。
「そこの二人! なにそこで意気投合してるのよう! キースはアーデルハイトちゃんと同室でいいじゃない! で、エリアス兄さんたち騎士団組が同室、宗徳とミハイルが同室で、アタシとカイが一緒の部屋! ユリエちゃんは……、うーん、かわいいから、アタシとカイの部屋でも許してあげる! 予定より一室増えちゃうけど、たぶん一個くらい空き部屋あるでしょーっ?」
キースとアーデルハイトが同室、というくだりで、アーデルハイトは顔が真っ赤になってしまった。ちなみに、キースも思いっきり赤面して固まっている。
「レーヴィ! 当然お前は予定通り我々と同室だっ!」
「エリアス兄さん、なんでええ!? ちゃんと大人しくしてるからあー!」
エリアスは、レーヴィの襟首を掴んで引きずっていく。
「では! 皆さん、おやすみなさい!」
エリアスは一同に爽やかな笑顔を残し、レーヴィを引きずったまま部屋に入っていった。レオとトーレは一連のやり取りを聞かなかったことにして、キースたちに挨拶をし、顔を「無」の表情にして部屋に続く。さすがに、上司の弟のキャラクターについて、部下としてはなにもツッコみようがない。
「じ、じゃあ、私たちももう部屋で休むわ……。おやすみなさい!」
ユリエを連れ、アーデルハイトは自分たちの部屋に向かう。しかし、アーデルハイトは先ほどの動揺を隠せないのか、右手と右足が一緒に出る変な歩きかただった。
ぽかあんと見送る、残されたキースとカイと宗徳とミハイル。
「……なんだか嵐のように去っていきましたね」
苦笑するミハイル。
「なんだったんだ……、今のやり取り……」
呆然とする宗徳。
「もう遅いですし……。僕たちも、部屋に戻りましょう」
ミハイルと宗徳は、気を取り直して廊下を歩き出した。
「カイ……」
赤面していたキースだったが、冷静さを取り戻していた。
「なんでしょう、キース」
「レーヴィとの一戦で、気が付いた」
「え」
カイは、キースの顔を見つめた。キースの顔が、戦士の顔に戻っていた。
「……今まで、シーグルトっちが相手で圧倒的に負けてたから気が付かなかったけれど、俺、ちゃんと成長していたみたいだ」
「! そうですね! 確かに、以前よりもさらに動きに無駄がなく、スピードが増していました」
『……昨日と今日、今日と明日は同じようでまったく違う。信じる心を捨てるな』
キースは、シーグルトの言葉を思い出していた。毎日毎日同じような鍛錬。同じような敗北。しかし、シーグルトとの対戦で着実に感覚も技も磨かれていた。
「体力が回復してきただけじゃない……。俺……。ちゃんと、強くなってたんだ……」
キースもカイも、レーヴィが相当な剣の使い手であることを感じ取っていた。それでも、キースはレーヴィの剣筋を読み、力でもスピードでも上をいっていた。
「それに、シーグルトっちのこの剣、本当に軽いな。もちろん、カイ、お前のほうがしっくりくるし攻撃力もはるかに高いが、この剣はこの剣で、もっと――」
「試してみたいですか?」
「うん……! 明日の早朝、ちょっと素振りでもしてみようかな。もっと感覚を掴んでみたい……!」
「俺も付き合いますよ」
「じゃあ、また朝の鍛錬、してくるか!」
ニッと笑顔を交わし、うなずき合う。キースとカイも、ミハイルと宗徳の後に続き部屋に戻る。
カイは、一瞬だけレーヴィの同室提案発言を思い出したが、首を振って頭から追い出した。レーヴィがなにを企んでいるか想像すると恐ろしい、自分を殺そうとすることはもう絶対にないだろうけれど、あれは絶対自分の心身にとって健やかな提案ではない、とカイは思う。
「……同室にならなくってよかった……」
カイは密かにエリアスに感謝していた。
肌に突き刺さる冷気。まだ月や星のきらめきが支配する空の下、キースとカイは宿屋を抜け出し、通りを並んで歩く。足元の雪は固く凍り、吐く息は白く形を残す。
「今日も寒いなあ!」
「晴れていてよかったですね」
初めての町、あてもなく歩く。剣の素振りが出来る広場を探して。
「素振りくらいしか出来ないだろうから、俺一人でもよかったんだけど……」
キースが少し申し訳なさそうにカイを見やる。
「やはり、単独行動は危険です。いざとなったとき、俺は剣にすぎませんが、それでもあなたを一人にするわけにはいきません」
「……ありがとう」
「いえ。あなたの傍にいることが、俺の役目です」
立派な塀で囲まれた屋敷の角を曲がる。民家がまばらに並んでいたが、しばらく歩くと、公園が見えてきた。
「よし! あの公園に行ってみよう!」
公園のほうに、一歩足を踏み出した。
ゴゴゴゴゴ……!
不意に、通常の寒さとは違う冷気を感じた。強い冷気。体というより、心に突き刺さるような尋常ではない圧倒的な威圧感――。
「まっ……、まさか……!?」
キースとカイには覚えのある感覚だった。
薄闇の向こう、黒い大きな影――。
「……ギルダウス……!」
軍服に身を包んだ魔族――、ギルダウスが立っていた。




