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旅男!  作者: 吉岡果音
第十五章 目的地、ノースカンザーランド
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月は変わらず照らしてくれる、あの日々も、今も

 薄闇の空間に、燃えるような赤い瞳。

 キースとカイの眼前に、剣を構えたレーヴィがいた。


「レーヴィ!? どういうことだ!?」


 キースの問いにレーヴィは答えない。


 タッ!


 レーヴィは、剣を突き刺すようにカイに向け、そのまま突進してきた。


 ガンッ!


 キースは構えた剣でレーヴィの剣をねじ伏せ、体当たりしてレーヴィの体ごと壁に押しあてた。


 ドンッ!


「お前、カイを狙ったのか!?」


「…………」


「なぜ俺じゃなくカイを!?」


 レーヴィは答えず、キースを睨み付けた。


 ドッ!


「くっ……!」


 レーヴィの肘打ちがキースの腹に直撃する。レーヴィは、一瞬ひるんだキースを切りつけようとするが、キースは素早く飛び下がる。レーヴィの剣は虚空に光の軌跡を残すのみとなった。


 キンッ!


 ふたたび突進し、ぎりぎりと剣を合わせるキースとレーヴィ。


「レーヴィ! なにをするんだ!? お前は味方じゃなかったのか!?」


「……アタシは、信念で生きている! なにものにも属さない……!」


「信念!?」


 思わずキースは叫ぶ。


「お前の信念は、味方のふりをして近づき、不意打ちを仕掛けるってことなのか!?」


 レーヴィは、キースの言葉を消し去ろうとするように、激しく首を振った。


「違う……! 世界にとって害悪となるものを、アタシは排除する! そのためには、手段を選ばない! それだけよ!」


 カッ!


 キースがレーヴィの剣を弾く。しかし、レーヴィは剣を振るうことをやめない。


 ギンッ!


 剣がぶつかり合う。


「世界にとって害悪となるもの……!? なんのことだ!?」


 キースの問いに、レーヴィではなくカイが叫んでいた。


「俺の存在自体が、世界にとって害になると、レーヴィ、あなたはそう考えているのですか!?」


「そうよ……!」


 カッ!


 キースが、力任せにレーヴィの剣を弾いた。レーヴィの剣は、その手から離れ、音を立てながら床に落下した。


「むっ……!」


 すぐさま剣を拾おうと手を伸ばすレーヴィ。


 ガッ!


 キースは剣を持っていない左手の拳で、レーヴィの顔を殴りつけた。


「お前は……! お前はカイのなにを知っている!? ふざけたことを言うな!」


 キースはレーヴィの襟首をつかんで乱暴に引き寄せ、怒鳴りつけた。


「お前は、カイの苦悩を知っているのか!?」


「……カイの、苦悩……?」


「キース!」


「カイは、なにも言わない! でも、俺は知っている! カイが、自分の存在についていつも疑問を抱いていたことを! 自分がこの世界にいていいのかと、自分を否定的に考えていたことを……!」


「キース……?」


「あの、靴屋のとき! そして、吟遊詩人の歌のとき! カイ、お前はそんなことを思っていたのだろう!?」


「キース……!」

 

 キースが叫んだ瞬間、カイはキースの言葉を思い出していた。


『だから、カイは変なこと考えるなよ! 靴は靴、剣は剣! そして、カイはカイなんだからな! 魂持ってるからって、天に帰る必要なし!』


『俺らのいる間は帰るな! 少なくとも、俺がいるうちは、ちゃんとこの世にいなさい! お前は、俺の大切な相棒なんだからな!』


 キースのまっすぐな、青い瞳。


「カイは、心を持ってるんだ……! 俺たちと同じ、魂を持っているんだ……! 『世界にとって害悪となるものを排除する』!? 誰に、そんな権利があるんだ!? 『世界にとっての害悪』、そんな基準、いったい誰が決めるんだ!? スノウラー山の戦いの後、ずっとカイは眠り続けていた……! カイは、自分がボロボロになるまで、そこまで人間のために戦ってくれたんだぞ……! 全身全霊で人間に仕えてくれる、そんなカイのどこが害になるっていうんだ!? もし、カイの存在が危険だというなら、カイを扱う人間に問題があるだけだろう!?」


「……人間の魔法で創られた、不自然な力よ……。彼に自覚があってもなくても、きっと危険な歪みをもたらすわ……」


「カイは、創られた不自然な力なんかじゃねえ!」


 キースの握られた拳が震える。


「俺の大切な相棒だ!」


「キース……!」


「カイは、俺たちと同じように、唯一無二の魂を持って生まれてきた……! お前、生きているってことが、どういうことかわかってんのか!?」


 レーヴィは、ただ黙ってキースの青い瞳を見つめていた。澄んだ瞳。青い空のように、深い海のように、広大なエネルギーを秘めた青色――。


「誰でも支え合い、影響し合い、生きている――! 皆それぞれが、世界にとってかけがえのない大切な存在なんだ! そして、魂は、過去、未来と時を超え、受け継がれていく……! カイは、子孫を残すことはないけれど、ひいじーさんから俺に受け継がれた! カイの心や体を傷つけようとするやつは、俺が絶対許さねえ!」


 レーヴィの赤い瞳から、ぎらぎらとした強い光が消えていた。キースは、ため息をつき、レーヴィから手を離す。


「だいたいだなあっ!」


 キースは、レーヴィの鼻先に人差し指を突き立てた。


「なーんでテメエが人類代表、世界代表みてえなこと勝手な論理でほざいてんだよ!? 未来を予言する力のある北の巫女様は、ひとっこともそんなこと言ってねーじゃん! 世界にとって危険なら、とっくに北の巫女様が言ってるだろーっ!? 起きてもいねえ危機を、勝手に騒いでんじゃねえ!」


 キースは、そこでニヤリと笑う。


「まー……。たとえ、北の巫女さんが『カイは危険な存在だから始末しろ』って言ったとしても、俺は従わねーけどね」


「キース!」


「カイ! なーに怒った顔してんだよ! 俺は、世界を守りたいけど、それ以上にお前を守りたいんだよ! しょーがないよねえ! 人間だもの! 理屈がどうこうよりも、自分の身内や仲間のほうを、守りたいし大切にしたいよねえ!」


 カイは首を振り、ため息をつく。


「……とんだ救世主ですね」


「まあね。その肩書き、身の丈に合ってないと俺も思うよ」


 カイは、静かにレーヴィの傍らに歩み寄った。


「……レーヴィ」


「……カイ……。アタシを、殺していいわよ……」


 レーヴィは力なくうなだれた。


「……俺が、もし俺の力を悪用しようとするものの手に落ちるなら、俺は自らを封印します。ラーシュ兄さんがそうしたように。俺は、決して誰にも抜くことの出来ない、使うことの出来ない、ただの金属の塊になります」


「…………」


 カイは、レーヴィに優しく微笑みかけた。


「……レーヴィさんは、本当に心が綺麗なんですね」


「え……?」


 脇で聞いていたキースも思わず「え!?」の口になっていた。


「エリアスさんが、そう教えてくださいました。レーヴィさんは、心からこの世界のことを考えてらしたのですね――」


「…………」


「でも、大丈夫です……! レーヴィさん! 俺たちきょうだいは皆、世界を、人々を守ろうと考えてるんです! 決して、人々の敵に回ることはありません……!」


「カイ……」


 レーヴィの真紅の瞳に、涙が溢れていた。


「アタシ……。アタシは……、イーヴァルじーさんの血を受け継いでいる……! エリアス兄さんは、イーヴァルじーさんの教えを忠実に守ることで世界を守ろうと考えている……。でも、アタシは……! あなたを殺すことが世界を守ることに繋がると今まで信じて……!」


「えっ……! イーヴァルさん……!? あの、イーヴァルさんですか!?」


 懐かしい名前に、カイは顔を輝かせた。


「そうよ……。アタシとエリアス兄さんはイーヴァルじーさんの……」


 カイはレーヴィの手を取った。


「イーヴァルさんには、大変お世話になりました! レーヴィさん……! ありがとうございました……!」


「カイ! なに礼なんか言ってんだよ!? そいつはお前を殺そうとした……」


「レーヴィさん! よろしければ、俺たちの力になってくださいませんか……?」


「へっ!? なに言ってんだ!? カイ!?」


「あのときの、イーヴァルさんのように――!」


 カイはレーヴィに、遠いあの日々の戦友、イーヴァルの姿を重ねていた。


「一緒に戦ってくれませんか……?」


「カイ……!」


 レーヴィとキースは同時に叫んでいた。レーヴィは、歓喜の声で。キースは、驚愕した声で。


「アタシ……、あなたを殺さなくてもいいの……?」


「レーヴィ、てっめえ、なーにふざけたこと言ってんだよ!? それじゃあまるで、カイに殺してくれって頼まれたみたいな言いようじゃねーかっ!」


「もちろんです……! レーヴィさん……! もう、一人で背負わなくていいんですよ……!」


「カイーッ!」


 なんだかおかしな方向に行っている、キースは納得がいかない。


「アタシ……! 本当に、本当に……! カイ、あなたに憧れていたの……! 子どものころから、ずっと……! あなたのこと、大好きだった……!」


「レーヴィさん……」


「なーにーっ!? わっけわかんねーんですけど!?」


 思わぬ告白に、叫ぶキース。「ずっと憧れていた」という話は、カイに近づくための単なる口実かと思っていたのだ。


「アタシ、もう、あなたのこと、嫌いにならなくて、憎まなくてもいいのね……!」


 ええーっ!? と内心引く、キースとカイ。


「ええと……。はい。よくわかりませんが、たぶん、いいです。たぶん……」


「カイ……!」


 ひし、とレーヴィはカイに抱きついた。


 えーと……。


 これで、よかったのかな、よかったんだよね、たぶん、とキースとカイは目と目で会話をする。なにか、ちょっと方向が違う気もする、と思いながら。


「ごめんなさい……! カイ……! 本当に、ごめんなさい……!」


「……俺には謝らなくていいのか……?」


 レーヴィはキースまで殺そうという勢いだった。キースは、ぼんやりと自分の拳を見つめた。まあ、さっき力一杯レーヴィの顔を殴ってしまったから、おあいこかなあなどと考える。


「キースさん……!」


 いつの間にか、エリアスが来ていた。


「大丈夫ですか!? どこか、お加減でも……?」


 席を立ってだいぶ時間が経つので、心配して様子を見にきたのだ。

 キース、カイ、レーヴィはそれぞれ顔を見合わせた。


「いやあ! まったく……! レーヴィのトイレが長くってさあー! 個室空くの待ってたんだよー!」


「ちょっ……! なに言ってんのよ!?」


 思わずキースに突っかかるレーヴィ。


「なーんて! 冗談、冗談! レーヴィがここに来てて、なんかイーヴァルさんの話なんか始めちゃったから、昔話に花が咲いちゃったみたいでさあ! なあ! カイ!」


「あっ……! はい……! エリアスさん、イーヴァルさんには本当によくしていただき……、ありがとうございました!」


「ああ! そうだったのですか! そういえば、まだ曽祖父のことはお話ししておりませんでしたね……!」


「そんなわけで! 俺はこれから、もよおしてくるよー!」


 キースはなにごともなかったかのように、トイレに向かう。


「キース……!」


 レーヴィがキースに駆け寄る。


「ありがとう……!」


 キースにだけ聞こえるように礼を言った。


「いやあ……。まー、色々あるね! とりあえず、改めてよろしく……! レーヴィ!」


「……よろしく……! キース……!」


 カイは、レーヴィの剣をエリアスから見えないように隠していた。


「カイ殿……? どうかされましたか……?」


「いいえ……! またイーヴァルさんに会えたようで、嬉しいです……!」


「こちらこそ、曽祖父が本当にお世話になりました……!」


 窓の外には丸い月が出ていた。

 カイは月を見上げ、キースの言葉を思い出していた。


『魂は、過去、未来と時を超え、受け継がれていく』


 縁も、また受け継がれていく――。

 月は変わらず照らしてくれている、遠いあの日々も、今も。

 レーヴィの自分に対する想いはなんだかちょっと違う気もするけれど、カイは月に向かって微笑みを返した。


 よろしくお願いします……! レーヴィさん……!


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