月は変わらず照らしてくれる、あの日々も、今も
薄闇の空間に、燃えるような赤い瞳。
キースとカイの眼前に、剣を構えたレーヴィがいた。
「レーヴィ!? どういうことだ!?」
キースの問いにレーヴィは答えない。
タッ!
レーヴィは、剣を突き刺すようにカイに向け、そのまま突進してきた。
ガンッ!
キースは構えた剣でレーヴィの剣をねじ伏せ、体当たりしてレーヴィの体ごと壁に押しあてた。
ドンッ!
「お前、カイを狙ったのか!?」
「…………」
「なぜ俺じゃなくカイを!?」
レーヴィは答えず、キースを睨み付けた。
ドッ!
「くっ……!」
レーヴィの肘打ちがキースの腹に直撃する。レーヴィは、一瞬ひるんだキースを切りつけようとするが、キースは素早く飛び下がる。レーヴィの剣は虚空に光の軌跡を残すのみとなった。
キンッ!
ふたたび突進し、ぎりぎりと剣を合わせるキースとレーヴィ。
「レーヴィ! なにをするんだ!? お前は味方じゃなかったのか!?」
「……アタシは、信念で生きている! なにものにも属さない……!」
「信念!?」
思わずキースは叫ぶ。
「お前の信念は、味方のふりをして近づき、不意打ちを仕掛けるってことなのか!?」
レーヴィは、キースの言葉を消し去ろうとするように、激しく首を振った。
「違う……! 世界にとって害悪となるものを、アタシは排除する! そのためには、手段を選ばない! それだけよ!」
カッ!
キースがレーヴィの剣を弾く。しかし、レーヴィは剣を振るうことをやめない。
ギンッ!
剣がぶつかり合う。
「世界にとって害悪となるもの……!? なんのことだ!?」
キースの問いに、レーヴィではなくカイが叫んでいた。
「俺の存在自体が、世界にとって害になると、レーヴィ、あなたはそう考えているのですか!?」
「そうよ……!」
カッ!
キースが、力任せにレーヴィの剣を弾いた。レーヴィの剣は、その手から離れ、音を立てながら床に落下した。
「むっ……!」
すぐさま剣を拾おうと手を伸ばすレーヴィ。
ガッ!
キースは剣を持っていない左手の拳で、レーヴィの顔を殴りつけた。
「お前は……! お前はカイのなにを知っている!? ふざけたことを言うな!」
キースはレーヴィの襟首をつかんで乱暴に引き寄せ、怒鳴りつけた。
「お前は、カイの苦悩を知っているのか!?」
「……カイの、苦悩……?」
「キース!」
「カイは、なにも言わない! でも、俺は知っている! カイが、自分の存在についていつも疑問を抱いていたことを! 自分がこの世界にいていいのかと、自分を否定的に考えていたことを……!」
「キース……?」
「あの、靴屋のとき! そして、吟遊詩人の歌のとき! カイ、お前はそんなことを思っていたのだろう!?」
「キース……!」
キースが叫んだ瞬間、カイはキースの言葉を思い出していた。
『だから、カイは変なこと考えるなよ! 靴は靴、剣は剣! そして、カイはカイなんだからな! 魂持ってるからって、天に帰る必要なし!』
『俺らのいる間は帰るな! 少なくとも、俺がいるうちは、ちゃんとこの世にいなさい! お前は、俺の大切な相棒なんだからな!』
キースのまっすぐな、青い瞳。
「カイは、心を持ってるんだ……! 俺たちと同じ、魂を持っているんだ……! 『世界にとって害悪となるものを排除する』!? 誰に、そんな権利があるんだ!? 『世界にとっての害悪』、そんな基準、いったい誰が決めるんだ!? スノウラー山の戦いの後、ずっとカイは眠り続けていた……! カイは、自分がボロボロになるまで、そこまで人間のために戦ってくれたんだぞ……! 全身全霊で人間に仕えてくれる、そんなカイのどこが害になるっていうんだ!? もし、カイの存在が危険だというなら、カイを扱う人間に問題があるだけだろう!?」
「……人間の魔法で創られた、不自然な力よ……。彼に自覚があってもなくても、きっと危険な歪みをもたらすわ……」
「カイは、創られた不自然な力なんかじゃねえ!」
キースの握られた拳が震える。
「俺の大切な相棒だ!」
「キース……!」
「カイは、俺たちと同じように、唯一無二の魂を持って生まれてきた……! お前、生きているってことが、どういうことかわかってんのか!?」
レーヴィは、ただ黙ってキースの青い瞳を見つめていた。澄んだ瞳。青い空のように、深い海のように、広大なエネルギーを秘めた青色――。
「誰でも支え合い、影響し合い、生きている――! 皆それぞれが、世界にとってかけがえのない大切な存在なんだ! そして、魂は、過去、未来と時を超え、受け継がれていく……! カイは、子孫を残すことはないけれど、ひいじーさんから俺に受け継がれた! カイの心や体を傷つけようとするやつは、俺が絶対許さねえ!」
レーヴィの赤い瞳から、ぎらぎらとした強い光が消えていた。キースは、ため息をつき、レーヴィから手を離す。
「だいたいだなあっ!」
キースは、レーヴィの鼻先に人差し指を突き立てた。
「なーんでテメエが人類代表、世界代表みてえなこと勝手な論理でほざいてんだよ!? 未来を予言する力のある北の巫女様は、ひとっこともそんなこと言ってねーじゃん! 世界にとって危険なら、とっくに北の巫女様が言ってるだろーっ!? 起きてもいねえ危機を、勝手に騒いでんじゃねえ!」
キースは、そこでニヤリと笑う。
「まー……。たとえ、北の巫女さんが『カイは危険な存在だから始末しろ』って言ったとしても、俺は従わねーけどね」
「キース!」
「カイ! なーに怒った顔してんだよ! 俺は、世界を守りたいけど、それ以上にお前を守りたいんだよ! しょーがないよねえ! 人間だもの! 理屈がどうこうよりも、自分の身内や仲間のほうを、守りたいし大切にしたいよねえ!」
カイは首を振り、ため息をつく。
「……とんだ救世主ですね」
「まあね。その肩書き、身の丈に合ってないと俺も思うよ」
カイは、静かにレーヴィの傍らに歩み寄った。
「……レーヴィ」
「……カイ……。アタシを、殺していいわよ……」
レーヴィは力なくうなだれた。
「……俺が、もし俺の力を悪用しようとするものの手に落ちるなら、俺は自らを封印します。ラーシュ兄さんがそうしたように。俺は、決して誰にも抜くことの出来ない、使うことの出来ない、ただの金属の塊になります」
「…………」
カイは、レーヴィに優しく微笑みかけた。
「……レーヴィさんは、本当に心が綺麗なんですね」
「え……?」
脇で聞いていたキースも思わず「え!?」の口になっていた。
「エリアスさんが、そう教えてくださいました。レーヴィさんは、心からこの世界のことを考えてらしたのですね――」
「…………」
「でも、大丈夫です……! レーヴィさん! 俺たちきょうだいは皆、世界を、人々を守ろうと考えてるんです! 決して、人々の敵に回ることはありません……!」
「カイ……」
レーヴィの真紅の瞳に、涙が溢れていた。
「アタシ……。アタシは……、イーヴァルじーさんの血を受け継いでいる……! エリアス兄さんは、イーヴァルじーさんの教えを忠実に守ることで世界を守ろうと考えている……。でも、アタシは……! あなたを殺すことが世界を守ることに繋がると今まで信じて……!」
「えっ……! イーヴァルさん……!? あの、イーヴァルさんですか!?」
懐かしい名前に、カイは顔を輝かせた。
「そうよ……。アタシとエリアス兄さんはイーヴァルじーさんの……」
カイはレーヴィの手を取った。
「イーヴァルさんには、大変お世話になりました! レーヴィさん……! ありがとうございました……!」
「カイ! なに礼なんか言ってんだよ!? そいつはお前を殺そうとした……」
「レーヴィさん! よろしければ、俺たちの力になってくださいませんか……?」
「へっ!? なに言ってんだ!? カイ!?」
「あのときの、イーヴァルさんのように――!」
カイはレーヴィに、遠いあの日々の戦友、イーヴァルの姿を重ねていた。
「一緒に戦ってくれませんか……?」
「カイ……!」
レーヴィとキースは同時に叫んでいた。レーヴィは、歓喜の声で。キースは、驚愕した声で。
「アタシ……、あなたを殺さなくてもいいの……?」
「レーヴィ、てっめえ、なーにふざけたこと言ってんだよ!? それじゃあまるで、カイに殺してくれって頼まれたみたいな言いようじゃねーかっ!」
「もちろんです……! レーヴィさん……! もう、一人で背負わなくていいんですよ……!」
「カイーッ!」
なんだかおかしな方向に行っている、キースは納得がいかない。
「アタシ……! 本当に、本当に……! カイ、あなたに憧れていたの……! 子どものころから、ずっと……! あなたのこと、大好きだった……!」
「レーヴィさん……」
「なーにーっ!? わっけわかんねーんですけど!?」
思わぬ告白に、叫ぶキース。「ずっと憧れていた」という話は、カイに近づくための単なる口実かと思っていたのだ。
「アタシ、もう、あなたのこと、嫌いにならなくて、憎まなくてもいいのね……!」
ええーっ!? と内心引く、キースとカイ。
「ええと……。はい。よくわかりませんが、たぶん、いいです。たぶん……」
「カイ……!」
ひし、とレーヴィはカイに抱きついた。
えーと……。
これで、よかったのかな、よかったんだよね、たぶん、とキースとカイは目と目で会話をする。なにか、ちょっと方向が違う気もする、と思いながら。
「ごめんなさい……! カイ……! 本当に、ごめんなさい……!」
「……俺には謝らなくていいのか……?」
レーヴィはキースまで殺そうという勢いだった。キースは、ぼんやりと自分の拳を見つめた。まあ、さっき力一杯レーヴィの顔を殴ってしまったから、おあいこかなあなどと考える。
「キースさん……!」
いつの間にか、エリアスが来ていた。
「大丈夫ですか!? どこか、お加減でも……?」
席を立ってだいぶ時間が経つので、心配して様子を見にきたのだ。
キース、カイ、レーヴィはそれぞれ顔を見合わせた。
「いやあ! まったく……! レーヴィのトイレが長くってさあー! 個室空くの待ってたんだよー!」
「ちょっ……! なに言ってんのよ!?」
思わずキースに突っかかるレーヴィ。
「なーんて! 冗談、冗談! レーヴィがここに来てて、なんかイーヴァルさんの話なんか始めちゃったから、昔話に花が咲いちゃったみたいでさあ! なあ! カイ!」
「あっ……! はい……! エリアスさん、イーヴァルさんには本当によくしていただき……、ありがとうございました!」
「ああ! そうだったのですか! そういえば、まだ曽祖父のことはお話ししておりませんでしたね……!」
「そんなわけで! 俺はこれから、もよおしてくるよー!」
キースはなにごともなかったかのように、トイレに向かう。
「キース……!」
レーヴィがキースに駆け寄る。
「ありがとう……!」
キースにだけ聞こえるように礼を言った。
「いやあ……。まー、色々あるね! とりあえず、改めてよろしく……! レーヴィ!」
「……よろしく……! キース……!」
カイは、レーヴィの剣をエリアスから見えないように隠していた。
「カイ殿……? どうかされましたか……?」
「いいえ……! またイーヴァルさんに会えたようで、嬉しいです……!」
「こちらこそ、曽祖父が本当にお世話になりました……!」
窓の外には丸い月が出ていた。
カイは月を見上げ、キースの言葉を思い出していた。
『魂は、過去、未来と時を超え、受け継がれていく』
縁も、また受け継がれていく――。
月は変わらず照らしてくれている、遠いあの日々も、今も。
レーヴィの自分に対する想いはなんだかちょっと違う気もするけれど、カイは月に向かって微笑みを返した。
よろしくお願いします……! レーヴィさん……!




