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旅男! 作者:吉岡果音

第十五章 目的地、ノースカンザーランド

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水際作戦

『カイ兄さん! 昨日、フレデリクさんたちが北の神殿にいらっしゃいました!』

 大型船から、ノースカンザーランドの大陸の輪郭が見えてきたころ、「清めの鈴」のセシーリアが、カイに交信してきた。

『そうか……! フレデリクさんたちが……!』

 キースたち一行より先に進んでいたフレデリク一行が、北の神殿に到着していた。

『フレデリクさんに、「受け継ぐ者」のキースさんたちと一緒にアーデルハイトさんもこちらに向かっているとお話ししましたら、大変驚いていらっしゃいましたよ』

『うん。そうだろうな……。フレデリクさんは、教え子のアーデルハイトさんも、クラウスを追って旅に出たとは思わなかっただろうから――』

『はい……』

 クラウスが「知恵の杯」を盗み出した後、二人が偶然出会っていたことを、フレデリクは知らない。

『それから、カイ兄さんたちの旅の間遭遇した出来事すべてと、カイ兄さんがご存知の情報すべてを、フレデリクさんたちにお伝えしました』

『そうか! ありがとう』

 クラウスの背後に、魔族がいること――それは、国を滅ぼされた魔族の王女ビネイア、ビネイアに仕える総司令官ギルダウス、ミミアという従者、少なくとも三人――、そして、クラウスや魔族たちが襲撃をかけてきたということ、キースはギルダウスとの戦いで瀕死の重傷を負い、順調に回復しているが万全ではないということなど、カイから聞いた情報すべてを、セシーリアはフレデリクたちに伝えていた。
 ちなみに、「旅の間遭遇した出来事すべて」というが、もちろんそこには「かっこいいパンツのじーさん」や「三つの村の合同祭」、「宿屋の宿子」、「迷宮福袋の店主」など、もろもろの奇天烈な情報は入っていない。それは、カイがセシーリアに伝えていないからである。もしセシーリアに伝えていたら、嬉々としてセシーリアはフレデリクたちにそれらの話を詳細に語り始め、まったく無用な情報群まで漏れなく皆で共有する羽目になったことであろう。フレデリクやイデオンやアンネやハンスはともかく、冗談を好まないベルトルドがそれらの不条理な話を聞いたら、卒倒するところである。危ないところだった。カイの水際作戦成功である。

『セシーリア。フレデリクさんたちは、クラウスに関する新しい情報をなにかご存知だっただろうか?』

『いえ……。残念ながら、なにも……。ただ、フレデリクさんのいとこのイデオンさんのご推測なのですが、クラウスはどうも、国境検問所を強化していたネクスター国を避け、遠回りのルートをとっているようです。魔法によって気配を消しているクラウスですが、イデオンさんによると、探索の魔法の手応えが、ある地点から変わったとのこと。ノースカンザーランドへ向かう通常の最短ルートではない行路をとっているらしいです』

『なるほど……。そうだったのか……』

『クラウスがノースカンザーランドへ着くのは、カイ兄さんたちよりだいぶ遅くなると思われます。しかも、クラウスがどの国から出国するかわからず、どの港を使うかもわかりません』

 キースの曽祖父エースのように、ノースカンザーランドに隣接している隣国から、陸路での入国になるおそれもある。剣術を磨くため、あてもなく世界中旅をしていたエースは、バルイナ王国からではない他国からノースカンザーランドのある大陸に渡っていた。

『そうか……。それでは、港を完全に封鎖するという方法は使えないな』

『はい……。今後、すべての港やすべての国境検問所の警護を強化する予定ですが、広範すぎて水際作戦としては現実的に難しいかもしれません……』

『なんにせよ、強大な力を秘めた「予言の魔法使い」だ……。こちらがどのような対策をとろうとも、難なく突破してくるだろうな――』

『はい……』

 セシーリアもカイも、真剣な表情でうなずき合う。

『……ところで、カイ兄さん!』

 突然、セシーリアが明るい声で話しかける。

『ん?』

『皆さん、食べ物の好き嫌いはおありでしょうか?』

 セシーリアが無垢な笑顔で尋ねてきた。

『……唐突な質問だなあ!』

 今までの会話と打って変わった妹の平和な質問に、カイは面食らう。

『なにが起こるかわからない、こんなときこそ、小さな楽しみを大切にすべきだと私は思います! 私、皆さんを、とびきりのご馳走でおもてなししたいのです!』

 セシーリアは弾ける笑顔でそう主張した。

『うん。そうだね……! ありがとう……! セシーリア!』

 妹の優しい気持ちに、カイは自然と笑顔になっていた。

『ええと。皆、特に食べ物で嫌いなものはないようだったよ。ああ、ユリエはアップルパイが大好物だな。皆もアップルパイは好きなようだよ』

 ユリエに洗脳されて、と付け加えようかとも思ったが、それは言わないでおいた。それに、全員、謎の「アップルパイレベル」が千レベル上昇済みである。

『アップルパイですね! わかりました!』

 張り切る様子のセシーリア。セシーリアが料理をするわけではないのだが、今にも作り出しそうな雰囲気だった。

『あ! セシーリア!』

『なんでしょう? カイ兄さん』

 にこにことしながら小首を傾げ、セシーリアが聞き返す。

『いくら全員アップルパイが好きだからって、食べ物全部アップルパイっていうのはやめてくれよ』

『えっ……!』

 セシーリアは口に手を当て、当惑した表情をした。

『……なんだ、その絶句は』

『アップルパイごはんにアップルパイお味噌汁、アップルパイの姿煮にアップルパイのお漬物、アップルパイのデザートまで今構想に入っていたのに……!』

『……アップルパイは、アップルパイのデザートだけでいいよ……』

 セシーリアの壮大な構想を、水際で止めた。



「キースさん。皆さん。どうかお気をつけて、よい旅をなさってください――!」

「本当に、ありがとう……! 船長……! 船長も、乗組員の皆さん、海の民の末裔の皆さんも、どうかお元気で……!」

 キースをはじめ、皆、船長や乗組員、海の民の末裔たち、一人一人と固い握手を交わした。

「キースさん……! キースさんがピンチのときには、我々が助けに馳せ参じます……!」

 海の怪物との戦いの際、キースが助けた弓の使い手が叫んだ。

「ありがとう……! 百人力、千人力だな……!」

 バルイナ王国の海辺で暮らす彼らと実際再会することは、おそらくないのではないかとキースは思う。しかし、キースの無事を強く願ってくれる、助けに駆けつけようと考えてくれるその気持ちが嬉しかった。キースの胸に、熱いものがこみ上がる。
 船が、ノースカンザーランドの港に接岸した。
 キースたちは、降り際に船のほうを振り返り、手を振る。

「本当に、ありがとう……! それじゃ、帰り道、また会う日まで……!」

「また会う日まで……!」

 船旅との別れ。大型船は、雲間からの光を浴び、金属の輝きを返してくれた――。
 船を降りる乗客たちも、皆キースたちの姿を見ると挨拶をしてくれた。
 乗船中、会話を交わしたことのある乗客もそうでない乗客も、怪物と戦ってくれたキースたちに皆深く感謝の意を表し、道中の無事を祈ってくれた。

「皆さん……! ご丁寧にありがとう……! 皆さんもどうかお元気で……!」

 キースたちはしばらく、人の輪に囲まれていた。

 ――こんなにも大勢の人たちが、俺たちの無事を祈ってくれている……!

 キースは、一歩踏み出した。積もった雪に、足跡がひとつ付く。

 ――ここが、旅の目的地……! ノースカンザーランド……!

 ちらほらと、雪が舞っていた。しかし、寒さは感じない。
 人々の、あたたかい心に触れて――。人々の想いが、胸の奥から力強く温めてくれているような気がした。

「きゅうー」

 ふいに、キースの耳元で鳴くゲオルク。キースは耳元にかかったゲオルクの白い息に、驚いて振り向く。

「ああ! ゲオルク! ゲオルクのこと、あまり構ってあげられなかったな!」

「きゅーっ!」

「ああ! よしよし! ゲオルク! いい子いい子!」

 甘えるゲオルクと取っ組み合いのようになって遊ぶキース。

「こ、こらっ! ゲオルク! これから入国の手続きをするんだからっ! 遊んでないの! それから、キースもっ! そんな、本気で遊んでる場合じゃ……!」

 雪まみれになって遊ぶキースとゲオルクをたしなめるアーデルハイト。ペガサスのルークは、ゲオルクと夢中で遊ぶ主人を、呆れるでもなくただ普通に見つめている。別に、普段と変わらないよくある光景なのだ。「キースあるある」である。
 楽しそうに騒ぐ一団――というより、キースとゲオルクだけなのだが――を、国境検問所の窓から見つめている男たちがいた。

「あらあ……。楽しそうねえ……」

「傍に、純白のペガサスがいる……。ということは、あ、あれが……。『受け継ぐ者』の一行……!」

 レーヴィとエリアスだった。

「まさか……、あのドラゴンと全力で遊んでる男が『受け継ぐ者』ってことは、ないだろうな……!?」

 動揺するエリアス。

「黒髪で背の低い……、あれが……! カイ……!」

 レーヴィは、カイに視線を止めた。狙いを定めた捕食者のような、鋭く赤い瞳――!

「……背の低い黒髪の男はカイ。ということは、『受け継ぐ者』は、あのダークブラウンの髪の男かな……? それとも、栗色の髪のちょっと小柄な男……」

 エリアスは、宗徳かミハイルを「受け継ぐ者」だと思いたかった。うんうん、きっとそうだ、そうに違いない、あんなふざけた男のわけがない、と一人で納得しようとしていた。そんなちょっとした混乱の中にいたので、隣のレーヴィのただならぬ様子には気付かない――。

「『滅悪の剣』……、カイ……! ついに……、ついに会えた……!」

 燃え盛る炎のような深紅の瞳。レーヴィは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
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