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旅男! 作者:吉岡果音

第十五章 目的地、ノースカンザーランド

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エリアスとレーヴィ

 それは、エリアスとレーヴィ兄弟がまだ幼かったころ。ノースカンザーランド、北の神殿近くの小さな村。
 カエデの木の葉が風にそよいでいる、ある明るい日差しの朝のことだった。
 エリアス、レーヴィの兄弟は、父のもとで剣術の練習を行っていた。

「エリアス、レーヴィ。よくお聞き。もし北の巫女様の予言の『受け継ぐ者』が訪れたら、剣士としてよくお仕えするんだよ」

 エリアスとレ―ヴィの父は、そう言って幼い我が子たちの頭を撫でた。
 エリアスとレーヴィは、大きくてあたたかい父の手を頼もしく思いながら、父の顔をまっすぐ見上げた。

「父様。『受け継ぐ者』ってどんな人ですか?」

 兄のエリアスが尋ねた。

「さあ。それはわからない。ただ、これは、一部の者にしか知らされていないことだが、北の巫女様のお話によると、『受け継ぐ者』はすでにこの世に誕生しているそうだ……! それも、お前たちとちょうど同じくらいの年のころとのことだ」

「えっ! 僕たちと同じくらいの年齢……!」

 エリアスとレーヴィは顔を見合わせ、にっこりと笑った。

「エリアス、レーヴィ。喜んでばかりはいられないぞ。『受け継ぐ者』が予言通り現れたということは、世界を破滅に導く魔法使いも現れたということなのだからな」

「世界を破滅に導く……!」

 父は、とても厳しい目をしていた。エリアスとレーヴィは改めて姿勢を正す。

「北の巫女様の予言は、ごく一部の者にしか伝えられていない。決して口外してはならないのだ。この話は、お前たちだけの胸に秘めておくんだぞ」

「はい!」

 エリアスとレーヴィは揃って返事をした。父の話がとても重要な秘密であることが、幼い心にもちゃんと伝わっていた。

「父様。ところで、『受け継ぐ者』であるかどうか、どうしたらわかるのでしょう」

 レーヴィが尋ねた。

「『受け継ぐ者』は、『滅悪の剣』を持ち、ペガサスと妖精を従えているという」

「『めつあくのけん』……?」

「『滅悪の剣』とは特別な魔法の剣。人間と同じ心を持ち、人の姿になることが出来る」

「えっ……! 人の姿に……!」

 そんな不思議なことがあるのか、思わずエリアスとレーヴィは、それぞれ自分が手にしている木刀を眺めた。

「そうだ。イーヴァルおじい様……、お前たちからすると、ひいおじい様の話では、人の姿になった『滅悪の剣』は、背丈は低いが黒い髪で黒い瞳の、大変美しい青年であったそうだ」

「イーヴァルひいおじい様は、伝説のスノウラー山の怪物討伐のとき、『滅悪の剣』を扱う『エース』という青年と共に戦ったそうですね?」

 エリアスが、瞳を輝かせながら父に尋ねる。曽祖父のスノウラー山の怪物討伐は、エリアスにとっても誇りであり、心躍る大好きな話だった。

「うむ。そうだ。大変な戦いであったが、皆一致団結して挑んだ。そのおかげで、この国の現在の平和な暮らしがあるのだ――」

 エリアスは唇をきゅっと結んで大きくうなずき、手にした木刀を強く握りしめる。自分も、曽祖父や祖父、父のような立派な剣士になって国や世界を守りたい、そう心の中で誓っていた。

「父様! 『滅悪の剣』の話、もっと教えてください!」

 レーヴィは、美しく不思議な青年の話に惹きつけられていた。もっと「滅悪の剣」について知りたいと思った。

「『滅悪の剣』の名前は『カイ』といい、姿かたちだけでなくその心根もとても清らかで美しかったという。ペガサスは、翼も体も純白で、『ルーク』という名前が付けられているそうだ。妖精は桃色の髪と桃色の瞳をした女の子で、『ユリエ』という名前だったそうだ。『カイ』も『ルーク』も『ユリエ』も、そして『滅悪の剣』の主人であった『エース』という青年も、皆ほがらかで優しく、とても楽しい者たちだった、大変よい仲間でありよき友だった、とイーヴァルおじい様は話して聞かせてくれていたものだったよ」

「『カイ』……、『滅悪の剣』……」

 レーヴィは、独りうわ言のように呟いた。
 父は、「滅悪の剣」のことだけでなく、「ルーク」や「ユリエ」や「エース」の話もしてくれたが、レーヴィの心には、強く深く「カイ」のことだけが刻まれていた。

「不思議な魔法の、美しい青年――」

 レーヴィは自分の木刀を見つめる。もし、自分が真剣を手にしたら、どんな感じなのだろう、そう想像した。そして――、もしそれが「滅悪の剣」だったら……?
 レーヴィは、心が沸き立つのを感じた。柔らかな頬は上気し、赤い瞳が熱を帯びて輝いていた。

「『カイ』……」

 幼いレーヴィは、まるで恋に落ちてしまったかのように、その名を呟いていた。



 エリアスとレーヴィの剣術の上達は、目覚ましいものがあった。

「レーヴィ! 大人になったら父様やおじい様、ひいおじい様のように騎士団に入ろうな!」

 少年になったエリアスは、白い歯を見せて明るく笑った。

「うん! そうだね! エリアス兄さん!」

 二人は、剣術の練習を終え、草原に体を投げ出して寝転んだ。二人の少年の額には、光る汗。草いきれ、吹き抜ける風が心地よかった。

「空が、高いなあ!」

 青い空を瞳に映すエリアス。

「こんなとこに寝てたら、虫に刺されちゃうね!」

 そう言って、くすくす笑いながらも、レーヴィは起き上がろうともしない。

「……北の巫女様の魔法使いって、どんなやつなんだろう」

 寝ころんだまま、自分の剣を自分の顔の上に掲げるようにして、エリアスが呟く。

「『強大な力を持つ魔法使いが『知恵の杯』と『退魔の杖』を手にし、世界を破滅に導く』って、北の巫女様の予言なんだよね」

 レーヴィは、流れる雲を見ていた。雲は、刻々と形を変え、留まることを知らない。

「魔法使いが『知恵の杯』と『退魔の杖』を手にしなければ、予言を回避出来るってことだよな」

「…………」

 レーヴィは思う。なぜ、その魔法使いとやらは『知恵の杯』と『退魔の杖』というものを手にしようと思うのだろう、と。

「どうせなら、『滅悪の剣』が欲しいよね!」

 レーヴィは自分の剣を、寝そべったままの状態で振り回す。

「レーヴィは、『滅悪の剣』の話が大好きだもんなあ!」

「うん! 手にしてみたい! それから、話もしてみたい! どんな声でどんな話しかたなのか、聞いてみたい!」

 レーヴィは、とても楽しそうに笑った。

「『受け継ぐ者』と一緒に来るんだから、いずれ会えるよ」

「楽しみーっ!」

 まるで憧れの君に会うようなはしゃぎぶりのレーヴィ。エリアスは、ちょっぴり複雑な面持ちで弟の輝く笑顔を眺める。薄々、今までも感じていたことだが、弟は、弟でありながらもどうも――、女性のような心を持っているようだ、と。でも、それはレーヴィの持って生まれた性質であり、エリアスはたった一人の兄として、レーヴィの成長をあたたかく見守っていた。

「……どうして、人には欲があるのかな」

 エリアスがぽつりと呟いた。

「え……?」

「『知恵の杯』と『退魔の杖』。不思議で強力な魔法の道具……。北の巫女様の最初の予言では、魔法使いはいつ現れるかわからないとされていた。きっと、この強い魔法の力を欲しがる人間は、いつでも出てくる可能性があるってことなんだろうな――」

「え……」

 レーヴィは、剣を振り回す手を止めた。雲は流れ続ける。

「『世界を破滅に導く』って、一人の人間が強い力を持つことで、世界の均衡を崩してしまうということなんだろうな」

「一人の人間が……。それは……、もしかして……。『杯』と『杖』を手にするのが、魔法使いでなくても起きるかもしれないってこと……?」

 レーヴィは、予言の魔法使いを特別な存在だと思っていた。まるで、絵本や物語に登場する定番の悪者のような。でも、力を欲しがる気持ちは、誰にでも潜んでいるものかもしれない――、予言の魔法使いは、特別な一人ではないのかもしれない――! 誰でもなりうるものかもしれない、それは、もしかしたら、自分だって――! レーヴィは、剣を持つ自分の手が、いつの間にか震えているのに気が付いた。

「うん。それはわからないけどね……。でも、人間に欲がなければ、そんな恐ろしい予言はなかったんだろうな……」

 いつの間にか太陽は傾き始め、夕闇が迫っていた。

「さあ! レーヴィ! もう帰ろう!」

 エリアスは元気よく立ち上がり、体のあちこちに付いた草や葉や土をはらった。

「今日の晩御飯、なんだろうな!」

 エリアスは、笑顔でレーヴィに手を差し伸べた。レーヴィを立ち上がらせると、今度はレーヴィの体に付いた草葉をはらってやる。
 金色の夕日。優しい兄。自分たちを待っているであろう、湯気の立つ美味しいスープ。
 この日、レーヴィを取り囲む世界は、安らぎとあたたかさで満ちていた。

「……世界の均衡……。欲があるから、悪いことが起きる……」

 レーヴィは、兄の背中を見つめながら呟く。

「『滅悪の剣』……」

 レーヴィは、自分が焦がれていた剣の名を呼んでみる。
 レーヴィは、首を振った。

 世界を滅ぼすのは、欲なんだ……! 強い力があるから、欲が引き寄せられるんだ……!

 レーヴィは、拳を握りしめた。

 人間が生み出した強い力……! そんなものがあるから、悪いことが起きるんだ……!

 レーヴィの赤い瞳に、いつの間にか涙がにじんでいた。

「滅悪の剣」……、カイ……! 今はあるべきところで、仕えるべき主人のもとで穏やかに過ごしているのかもしれない……。でも、でも……! きっと、あなたの存在も、いつか世界の均衡を壊す……! あなたの強い力を欲する誰かがきっとこの世界に災いをもたらす……!

 レーヴィは夕空に誓う。

「それなら……! アタシが……! アタシの手で……!」

 夕日に向かって歩く兄の背は、にじんで見えた。
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