受け継がれる血
「いよいよ、ノースカンザーランドか……!」
船の客室のペッドの上で、宗徳が呟いた。宗徳の手には、以前したためた姉への手紙。
「宗徳。お姉さんに早く会えるといいな」
キースが柔らかな笑顔で声を掛けた。
「ありがとう」
宗徳は少しはにかみ、封筒に自分で書いた「みつ様」という宛名の文字をそっと指先で触れてから、懐にしまった。
「ええと。カイ」
キースはカイのほうに向き直った。
「なんでしょう」
「港に、迎えの者が来てくれるんだって?」
「はい。北の巫女様のいらっしゃる北の神殿へ案内してくれるそうです」
「じゃあ、北の神殿に一度行ってから、宗徳のお姉さんを探すか」
キースの言葉を聞き、宗徳は慌てた。
「いやいや! 姉探しは俺一人で大丈夫だ!」
「皆で探したほうが早いよ! それに、俺も宗徳のお姉さんに挨拶したいし!」
「でも、これからはなにが起こるかわからない。姉を探すのは、すべて終わってから、それも俺一人でいい」
「宗徳の旅の目的は、姉さんを探すことじゃないか!」
「俺などの個人的な目的に、皆を付き合わすわけにはいかない。それに――」
宗徳は、キース、カイ、ミハイル、一人一人の顔を改めて見詰めた。
「今の俺にとって最も重要なことは、皆と共に行動し、皆と共に戦うことだ。それが、俺の旅の一番大切な目的だ……!」
「宗徳……!」
皆に向けた宗徳の微笑みには、強い思い――、揺るぎない決意があった。
隣のミハイルもそっと、うなずく
「僕の旅の目的は、北の巫女様にお会いして、ご神託を賜ることでした。それは、世界のため、僕の故国のため。でも――、僕個人として、今の真の目的は、やはり、皆と共にあることです――! 僕も、宗徳さんと同じ気持ちです……!」
「ミハイル……!」
月の明るい夜だった。ほのかな明かりが照らす客室、聞こえてくるのはリズミカルな波音と低く響く船の動力の音。黙って笑顔を交わすキース、カイ、宗徳、ミハイル。そこには、確かな絆があった。キースは、胸に熱いものを感じていた。
「……もしかしたら……」
カイが言葉を選ぶようにして話す。
「ここから先は、今までの旅とは違い、常に危険がつきまとうかもしれません。宗徳さんのお姉さんになにか影響が及ぶ可能性が絶対にないとも言い切れません。出来れば、一刻も早く宗徳さんとお姉さんを会わせてあげたいのですが、これからの行動は、慎重に、臨機応変に考えたほうがよいと思います――」
「そうだな……」
皆、静かにうなずき合った。
大型船は時折打ち寄せる大きな波に揺さぶられもせず、前進していく。
ノースカンザーランドまで、あと二日だった。
ノースカンザーランドの港町。曇りがちの空から、薄日が差していた。
昼下がり、飲食店が立ち並ぶ町中に、腰に剣を下げた三人の男たちが歩いている。
三人とも、町を歩く他の人々と変わらない、目立たぬ身なりをしていた。行き交う人が彼らを見かけても、働き盛りの立派な体格の男たちだというくらいしか印象に残らないような様子だった。しかし、鍛錬を積んだ者には一目でわかる。彼らが、ただ者ではないことを――。
三人の男たちは、北の神殿を守護する騎士団の精鋭たちだった。
「ん!」
先頭を歩く一番たくましい体つきの、赤茶色の髪、紫がかった瞳をした青年が、前方から自分たちのほうへ向かって足早に近づいて来る人物に気が付いた。
その人物は、赤く長い髪をした背の高く若い男性――。
「レーヴィ! レーヴィじゃないか! 久しぶりだな!」
「エリアス兄さん!」
赤い髪の男性は、レーヴィという名だった。そして、先頭を歩いていた男性の名はエリアス。レーヴィの実の兄である。
「エリアス兄さん! 手紙をありがとう! 船が着くのは明日なんだって? 兄さんたち、こっちに着くの早かったじゃん!」
「しっ……! レーヴィ! 声が大きいぞ」
「あらあ! アタシの声が大きいのは昔からじゃなあい! それに、船が着く話くらい、別に大声で話したっていいじゃない!」
レーヴィは、あははは、と大きな笑い声を立てた。レーヴィは、男性の服を着用しているが、唇には真っ赤なルージュが引かれている。すらりとした体形、とても美しい顔立ちではあるが、化粧を施していても男性であると一目でわかる容姿だった。
「……レーヴィ。今回の件は、とても大切な任務。なるべく目立たぬよう進めたいのだ」
ため息をつきながら話すエリアス。兄のエリアスは、弟のレーヴィと対照的に、凛々しく野性味あふれる外見をしている。
「そうなのお? でも用心しすぎじゃなあい? 人数は三人でもしっかり精鋭揃いだしねえ!」
レーヴィは、値踏みするように自分の兄を含めた三人を眺め、どこか不敵な笑みを浮かべた――。しかし、兄のエリアスはその笑みの裏側には気付かない。
「レーヴィ……。お前は変わらないな」
エリアスは、やれやれとため息をつきながら、笑う。
「そお? 昔より、美しくなったって言ってよ!」
レーヴィは、自分の赤い髪をすくい上げて後方に流す。その仕草が自分の魅力を充分に引き出すものと固く信じているようだ。
「……どうだ。レーヴィ。そろそろお前も騎士団に入らないか。お前ほどの腕前があったらすぐに……」
「エリアス兄さん! 冗談言わないでよ! アタシは、そーゆーの嫌で家出したんだからあ! いくらイーヴァルひいじーさんがノースカンザーランド一番の剣士だったからって、アタシにまで似た道を押し付けないでよう! 引き継ぐのは兄さんだけで充分でしょー!」
「昔、スノウラー山の怪物討伐で活躍したイーヴァルおじい様は、『受け継ぐ者』にお仕えせよ、とおっしゃっていた。それは我が家の使命として代々伝えられ、私やお前にもその責務が――」
「だーかーらあ! それは兄さんだけでいいでしょーっ? 兄さんは、とっても強いし騎士団の副団長までなったんだもの! それで充分よ! アタシは自由を愛し、自由に生きるのっ!」
「お前ほどの腕が……、もったいないと言っているのだ」
「逆に、アタシほどの美貌が、剣士にするのはもったいないって言ってよねー! ふふ。アタシ、今歌手やってんのよ! この辺では有名な店の専属で歌ってんの! 今晩、ぜひみんなで遊びに来てよ! アタシ、結構人気あるのよー!」
レーヴィは艶やかな笑みで自分の名刺を三人に渡す。名刺には、店名と店の住所が書かれている。
「そうか……。今、お前は幸せか……」
エリアスは、名刺に目を落とし、大切そうに自分の懐にしまった。それから、レーヴィをまっすぐ見詰め、兄の顔で微笑む。包み込むような、あたたかい微笑み。
「……ええ……。もちろん……、よ! 毎日、楽しいわ……!」
レーヴィは、兄から視線を逸らした。レーヴィは、微かに赤い唇を震わせたが、うつむいたため、エリアスはレーヴィの微妙な表情の変化に気付かない。
「そうか……。この町に住んで、本当によかったな……! 手紙にも書いたが、父さんも母さんも元気だ。お前の顔を見たがっているよ。たまにはお前も遊びに来てくれ。お前が突然家を出たこと、もう誰も責めたりしないよ。いつ帰ってきてもいいように、父さんも母さんも待っているよ」
「…………」
レーヴィの赤い瞳は揺れていた。うつむいた唇は、噛みしめられている。
「……よかったら、今回の任務にお前も同行するか……? 向こうに着いたあと、しばらく家に滞在したらどうだ……?」
「……エリアス兄さん。ありがとう……。明日まで、考えておく」
「そうか! 考えておいてくれ! 今晩、お前の店に行くよ!」
「…………」
レーヴィは、なにかを断ち切るかのように踵を返すと、足早に歩き去った。長い髪が、潮風に揺れる。
「……イーヴァルじーさん……」
レーヴィは一人呟く。
「……アタシは、アタシなりのやり方でいくわ……」
赤い瞳が燃えていた。
「昔から、決めていたの……。アタシの信念で、アタシは動く……!」
レーヴィは、雲間から見える太陽を見据えていた。
「アタシは、イーヴァルじーさんの考えかたとは違うかもしれない……。でも、アタシは、世界を守りたいの……!」
流れる雲、輝く日の光、足元の白い雪、人々の生活が営まれる町並み、子どもたちの笑い声、そして、大好きなエリアス兄さんの微笑み――、レーヴィは、すべてを愛していた。世界を、愛していた。
「天国のイーヴァルじーさん……。あなたの血は、私にも受け継がれている……。あなたの教えには背くことになるけれど……。どうか、私を信じていてください……!」
レーヴィは、海からの風を全身で受け止めながら、拳を握りしめていた。




