輝く星
空はまだ、星々が支配する世界だった。
海の上、降り注ぐような星の光。
「……わかっていても、つい、早起きしてしまいますね」
カイは、黒い瞳の中に星の姿を映しながら、隣で佇むキースに声を掛ける。
「うん……」
キースとカイが船に戻ってから、十日が経っていた。シーグルトはもういない。それでも、キースとカイは毎日、日の出前に起きて船の甲板に出ていた。
キースも星空を見上げる。前髪が冷たい潮風に巻き上げられる。
「……星って、数えきれないほどいっぱいあるなあ」
「そうですね」
「……全部数えてみた人っているのかなあ」
「……うーん。どうでしょうか」
きらめく星々。
「以前、『星の樹のおばあさん』が見せてくれた星空を思い出すなあ――」
「ああ! キースが以前話していた、『星の樹』の精……! そのときキースが見た星空は、キースの心の中の世界だったって、言ってましたね……!」
「うん……」
『そう! この星々のように、皆、輝いていいの!』
キースは星の樹のおばあさんの言葉を思い出す。
「おばあさんは、星の輝きのひとつひとつを、一人一人それぞれの人生に見立てていたんだろうな……」
キースは思う。この広い世界には、星の数ほど人が暮らしている。自分は、どれだけの人と出会うことが出来るのだろう。自分の人生は、どれだけの人と関わり合っているのだろう。そして、自分は、世界にどのような光を残せるのだろう――。
キースは、自分の腰に下げた細身の剣に触れてみた。冷たく、硬質な金属の手触り。確かな感覚がそこにはあった。
「……シーグルトっち……。シーグルトっちの光は、この宇宙で唯一無二の光だ。俺はあなたの輝きを忘れない――」
カイも、静かにうなずいた。
「俺も、シーグルトさん、あなたのことはずっと忘れません。ずっと、ずっと……! 悠久のときを生きる俺ですが、どんなにときが過ぎ去ろうと、俺はあなたを忘れません――!」
キースとカイは、輝きに満ちた空を見つめていた。
キースとカイの傍に、誰かが近づいてきた。
「キースさん、カイさん。おはようございます」
船長だった。
「船長……! おはようございます」
「お二人とも、ずいぶん早起きですね……。寒くはないですか?」
「大丈夫です! そんなに寒くないよ。船の上から見る星空は、とても壮大な眺めだね!」
キースは船長に微笑みかけた。深い奥底に悲しみを抱えたままの笑顔で。
「そうですね……。私は、この美しい眺めが大好きで、船乗りになりました」
「ほんとに綺麗だもんなあ――」
「……星を眺めていると、色々な想いが通り過ぎていきます」
「うん……。そうですね……」
「『旅』というのは人生においての貴重な非日常。そのうえ、こちらの国からあちらの国へ移動するというのは、誰にとってもとても大きな転換点になると思います。そんな大切な瞬間に、貢献出来ることを誇りに思っておりました。ですが――」
船長は、キースとカイに深々と一礼した。
「お客様を救えなかったこと、誠に――!」
「船長! 頭をお上げください……!」
シーグルトの死から、船長は幾度となく深い謝罪の気持ちと哀悼の意を表していた。
「……旅人の皆様の、海の安全を守るのが私の役目だというのに――!」
「船長……!」
「キースさんとカイさん、皆さんにも大変お辛い思いをさせてしまって――!」
空は深い紫から薄紫色に変化していく。もうすぐ夜明けだった。
「船長……。俺は、船長の船に乗れてよかったと思ってる。この船の船長があなたで、本当によかったと思っている。シーグルトっちの死を、心から悼んでくれて本当にありがとう……! 俺たちの悲しみに、寄り添ってくれて本当にありがとう……! 船長の気持ち、シーグルトっちもきっと、ありがたく思ってくれてると思う……!」
「キースさん……!」
「俺たち、もちろん帰りもこの船に乗るよ! そのときもどうかよろしくお願いします! ちょっと、俺は訳ありなんだけど……。でも、絶対帰って来るから! 絶対、元気な姿で帰って来るから……!」
「ありがとうございます……! 私も乗組員一同も、そしてこの船も、皆様をお待ちしております……!」
頭を下げた船長は、涙を流していた。キースとカイは、船長と固い握手をし、抱擁を交わした。
明るい紫の空。星の姿はもう見えなくなってきていた。
『感情豊かなあいつとその相棒は、ちっぽけな私などの死にも、きっと泣いてしまうだろうからな』
キースはシーグルトの遺書に書かれた言葉を思い出す。
――シーグルトっち……! あなたの死は、決してちっぽけなものなんかじゃないよ……! 「ちっぽけな死」なんてこの世のどこにもないよ! 俺たちやオルダさんたちだけじゃない、船長をはじめ、船に乗り合わせた皆が涙し、あなたの死を深く悼んでいるよ……! あなたの生と死は、あなたが考えていた以上に、大勢の人の心へ光を投げかけているよ……!
星自身は、きっと自分の光をわかっていないのだとキースは思う。どれだけ遠くに、どれだけ多くの人にその輝きを届けているのかを。
太陽のあたたかな光が空を染めていく。
キースとカイは、甲板を離れ皆のもとへと戻る。
キースは振り返り、もう一度空を見た。
瞳には映らないけれど、特別な輝きを放つ、ただ一つの星が見えたような気がした――。
『セシーリア。あと一週間でノースカンザーランドへ着きます』
カイは、「清めの鈴」のセシーリアと交信していた。
『カイ兄さん……! ご連絡ありがとうございます! 北の巫女様が、港に迎えの者を送るそうです』
セシーリアは、花のように微笑んだ。
『そうか……! それでは、北の巫女様によろしく伝えてくれ……!』
セシーリアの笑顔を見て、カイの心も弾んでいた。
『カイ兄さん。どうか気を付けて。早くカイ兄さんにお会いしたいです! 私、カイ兄さんや皆さんに会えるのがとても楽しみです……!』
セシーリアの銀の瞳は、美しく輝いている。
『うん! 俺も、セシーリアに会える日が待ち遠しいよ! 今の北の巫女様とも早くお話ししたいし……』
『……私も、迎えのかたと一緒に港に行っちゃおうかなあ』
ふと、セシーリアが呟く。
『駄目だよ! セシーリア! セシーリアは、北の巫女様にお仕えしてなきゃいけないし、勝手に北の神殿を離れてはいけないよ!』
『やっぱり、そう思います……?』
『当たり前だよ』
カイは、子どもみたいなこと言って、しかたのない子だなあ、と笑う。
『実は、出掛けられるように家出道具は大体揃えてあるんですけど』
『セシーリア! 家出って、そんなこと考えてたのか!?』
『ええ。だって早くカイ兄さんたちにお会いしたくて……』
セシーリアは、愛らしい唇を拗ねたようにほんの少し尖らせた。
『セシーリア、じきに会えるんだから、大人しく待っていなさい。 そもそも、家出道具って、なに? なにを揃えたんだ?』
やれやれ、とため息をつきながらカイは尋ねる。
『家出道具は、長ダンスひとさおと、猫ちゃんのぬいぐるみとワニちゃんのぬいぐるみとキングコブラちゃんのぬいぐるみと、鈴カステラのぬいぐるみ、あとふかふかのベッド一式、それから履いて歩くだけでお掃除出来ちゃうとっても便利なスリッパ!』
『……俺は、どこからツッコんだらいいんだ……』
カイは頭を抱えた。「鈴カステラのぬいぐるみ」とは、いったいどんなものだろう。
『あと、家出道具にプラスして北の巫女様も付いてきてくださると完璧なんですけれど……』
『絶対駄目です!』
それは家出ではない、とカイは思う。
『お掃除スリッパは、小花柄でとってもかわいいんですよ。ああ。カイ兄さんにも早く見せたいなあー! 私がスリッパで部屋中お掃除しちゃう勇姿を……!』
『…………』
カイは、ふたたび頭を抱えた。
カイとセシーリアの交信から三日後。
ノースカンザーランドの港に、背の高い一人の若者が立っていた。
若者は、燃えるような深紅の長い髪、深紅の瞳をしていた。
若者は、海を見つめていた。
「手紙によると、兄さんたちの一団が港に来るのはあと四日後。ということは、四日後に船が到着する――」
長い髪が潮風に吹かれる。若者は、風に乱れる髪を整えようともせず、海を睨み付けていた。
若者の瞳に鋭い光が宿る。
「『滅悪の剣』、カイ……! お前は必ず私の手で葬り去る……!」
若者は、真っ赤な唇の両端を上げ、笑った。




