第五話 サポートセンター特攻作戦
天下のウィザード社といえど、ドルフィン全体を管理している統括科(所謂メインシステム管理の部署)に比べればカスタマーサポートなんてところは壁の薄い〝絶好の侵入可能家屋〟に過ぎない。俺がひとたびこの目で綻びを見つければ、そこから壁のプログラムに干渉し侵入口を作るなんて造作もないことだった。
正規の入口にいた守衛には電脳侵入をかけてシステムをダウン、今頃は再起動中でアバターは棒立ち、中の人は仕事中のシステムダウンに慌てふためいているだろう。
俺は誰にも見られず、自分で作った入口からするりとサポートセンタービルの中へ侵入を成功させたってワケ。
(ここに来たのは二回目か。久しぶりだな)
一回目の時はまだ自分の能力不足で、建物の見取り図なんて手に入れることが出来なかったから無理やり正面突破したのを覚えている。バカ正直にそうやって突撃したもんだから、守衛に捕まりかけてオズワルドの野郎に助けられたのだ。
そう考えると、見た目には分からずともここ数年で俺のハッキング能力は向上した訳だ。数時間前にサポートセンターの内部システムに侵入し手に入れた内部地図データをアバターに取り込む。無駄に過ごしてきた訳じゃないんだぜ、と、おぼろげな記憶に残る内部の構造にニヤリと笑ってみせた。
サポートセンタービルの内部構造は恐らくウィザード社の中では一番簡単なものであるだろう。しかし、簡単、シンプルだからこそ何が起こるか分からない怖さがある。
有名な企業のドルフィン支社へいくつも侵入してきたが、侵入者防止の為に防御フィールドを建物内部に施している所は多い。それなのにこのビルにはそういった対策フィールドも、ソフトも導入されていない。そこがひっかかるひとつの要素だった。
(いや、対策ソフトは展開しているようだな。しかしどこにも起動してるソフトがいない。一般企業はそこかしこにあの目障りな球体がいるっつーのによ)
侵入者対策ソフトで一般的な球体状の侵入者撃退ソフトの姿はどこにもない。違う形状のソフトを導入している形跡も見たところ感じられない。どういうことなんだ。
右目で開いたハッキング用のメニューで辺りに検索をかけてみるが、監視プログラムは作動している。社員以外がいれば作動するだろうに、何故作動していない?
考えても無駄か。メニューを閉じると、辺りに注意を払いながら移動する。
白で統一されたビル内部に白髪の俺はよく溶け込む。こんな時の為に用意していたステルス機能のアプリを買っておいて正解だった。向かいから歩いてくるウィザード社員は透明な俺に気がつかない。音さえ立てなければ人間は俺に気がつかない。ちょろいもんだぜ。
油断するなよ――――キャスケットの男がやけに神妙な面持ちで俺に忠告したことを思いだした。
(……心配性が)
オズワルドとはそれなりに付き合いは長いが、真面目に忠告されたのは今回が初めてだった。ハッキングにしても、「お前のシステム侵入の仕方は追跡しやすい」とダメ出しをされたりしたが大体呆れているか注意しても無駄と決め込んだ言い方で、本気の奴の忠告なんて聞いたことがなかった。それだけ、この世界の主に挑むことは難しいということなんだろう。
『油断するなよ』
『は?』
『今回は流石のお前でも手を焼くかもしれないからな』
『俺が失敗すると思ってるのか。アテナ社の防御システムを全部焼いてやったの、俺様なんだぜ』
『だから、お前のそういうところを心配してんだ。あの時だって、目的のモンなかったんだからそのまま帰ればいいとこを、不正データみつけたからって社内システム全部燃やしやがって。逃げ切るの大変だっただろ。お前のヘンな正義感はたまに無茶しでかすんだ。自覚しろ』
『へいへい。努力しますよー』
『それにしても、本当に一人で行くのか。あの嬢ちゃんにそこまでしなくてもいいんじゃないのか。アバター破損なんて良くある話だ、ネットダイブに失敗したっていっても、お前のそれは少し心配のしすぎじゃないのか』
『……オズワルド』
『なんだよ?』
『今の俺はおかしいか?』
『結構な』
『そうか。……ま、おかしいくらいが俺様らしいか』
小一時間前に話したヤツとの会話が脳裏を過ぎる。俺がおかしいことなんてとうの昔に分かりきっていたことだ。それが、エイコのせいで拍車がかかってる。それだけだ。
(……くそ。全く、まいっちまうよな)
ゴミ捨て場に落ちてきたあの小娘と出会ってから、どうにも調子がおかしい。レジストリに異物が混ざりこんだような。俺の記憶野をチクチクと刺激する。
廊下を淡々と進むと奥に二台のエレベーターが見えた。クリスタルで動かす空間転移装置。あれで階を移動出来るはずだ。地図で言うところの五階にある資料保管室に行けば、ネットダイブについて何か資料があるかもしれない。
俺は獣人系アバターの女が一人クリスタルを使うのを見計らい、便乗してエレベーターに乗った。
女は丁度五階で降りた。両手にどっさりと資料データらしきものを抱えている。まとめるということを知らないのか、そのデータをよろめきながら抱えて資料室に入っていった。
開けっ放しのドアをそっと抜けて資料室に侵入する。女はデスクの上にデータを置いて疲労の色が強い溜息を吐いた。
(女が鈍いヤツで助かったな)
大きな棚がいくつも並ぶ書庫で、俺は資料に手を伸ばす。顧客データはを全て管理しているというだけあって、ひとつひとつのデータに鍵がかかっている。が、俺にとって鍵なんてあってないようなものだ。右目の紋章をパチリと光らせ指先で保護データに触れれば、こんな鍵くらい簡単に外せる。
(ふん、顧客データの管理は結構ずさんだな。よくこんなセキュリティで会社を存続できたもんだ。さてと、何か手がかりになりそうなものは)
バチリ。右手に違和感が走り見返すと、データの鍵を外した指先がボロリと破損した。まさか、と辺りを見回した時、頭上から大きな鉄の格子が書架を守るように出現する。
(トラップか!)
ドシンドシンと落ちてくる格子は出入り口までも塞いでしまった。チッと舌打ちし、ドアに向けて魔法陣を放つ。いつか、エイコの前でやってみせたような破壊の魔法陣だ。
「くそ、こんなとこで引き下がれるかっつの……ン?」
「……あう」
起動式を読み上げようとした時視線に気が付いた。向かいにいるマスコットみてえな顔の猫耳女が真っ直ぐこちらを見ている。最初は落ちてきた鉄格子に驚いているだけかと思ったが、次の言葉でそれが間違っていることを知る。
「あなた、誰……?」
「え。あんた、まさか俺が見えてるのか」
慌てて自分の体を調べると、ステルス効果が付与されていた体は今やはっきりと実体を映していた。
「き、きゃああああ~~~~っ!」
「なっ、くそっ」
女の悲鳴に思わず俺は飛びかかり、女の口を手で塞いで会話機能プログラムを遮断させる。女の悲鳴は途中でぶった切られ、空いた口からバカみたいに無音の悲鳴を上げている。
ホッとしたのも束の間、今度は急に電気が落ち辺りが暗くなった。
「何だ!?」
遠くから物音がする。虫の羽音に似た耳障りなものだ。息を殺して、女を盾に書架の影に隠れる。次の瞬間、鉄格子で塞がれた扉の中心が真っ赤に燃え上がり、爆発して破壊された。そしてそこから次々と「羽音」の正体が飛んで入ってくる。
「ありゃ、テントウムシのつもりなのか?」
真っ赤な色をした、昆虫型の浮遊物。形はテントウムシによく似た三匹は、青色の目をギョロギョロさせて室内を見渡す。一匹の口元から赤い炎の息が漏れたことから、あいつらが扉を壊したに違いない。
「ああ、そういうことか」
女が泣きそうな顔でこちらを見上げる。俺はギロリとそいつを睨んで、
「あんたの叫び声であいつらが起動したんだ。おかしいと思ってたんだ。このビル、対侵入者用のフィールドは展開してるくせに、ソフトが起動してる様子がない。社員の悲鳴とリンクして作動するようになってたからだ」
「???」
「チクショー、顧客データの保護にトラップを仕込むなんて胸糞悪いトラップの貼り方までしてやがるし。あんたの会社の上層部は性格ひん曲がった根暗野郎の集まりなのか? こんなしちめんどくさいトラップ仕掛けやがって」
油断を誘うためなのか、入り込みやすそうなノートラップ企業を装いながら、実のところお宝に触れた瞬間にアウト。俺としたことが、と舌打ちする。
「~~~~ッ」
「あ、おい!」
女は萎れていた猫耳をピンと立て、ぶわりと溢れた涙をそのままに走り出す。飛び出した猫耳女に即座に気がついたテントウムシはぐるんと旋回すると、壊れた扉に走る社員に向かって火の玉を飛ばす。
(あんにゃろ……! 敵も味方も関係なしなのかよ!)
ポンコツソフトめ、と心の中で罵りながら俺は出口の前へ立ち塞がった。
「CODE〇〇一〇、展開ッ」
右目がグワッと赤く閃光を放つ。俺の体の中に燃え上がるような熱が吹き出し、突き出した右手の先に大きな数式の円が広がった。勢い良く放たれた火の玉は展開したシールドにぶち当たると、熱風を起こし消し飛ぶ。風圧で壁に叩きつけられるテントウムシを確認し、俺はすぐさま逃げた女を追う。
「てめぇえっ、待ちやがれ!」
怒声を上げ女の背中に手を伸ばす。女は追ってきた俺を振り返って、また涙を洪水のように垂れ流して口を開ける。悲鳴は空気になって消える中、俺を恐れているらしい女社員は角を曲がりエレベーターに向かって一目散で走る。
「やべ、あいつらもう追って来てんのか!」
ブウウンと嫌な羽音が背後から迫る。きちんと応戦してしまえばあの女は逃がしてしまうし、あの女を捕まえれば追いついた虫に燃やされる。面倒臭い選択だ、とイラつきながらも口元はニヤつく。こんな逆境はねのけてやる。俺の負けず嫌いが疼くんだ。
女がクリスタルに触れる。空間移動の透明な球体に包まれていく彼女へ、俺はスライディングで飛び込んだ。それと同時に左手で後方に向かいシールドを放つ。先程と同じ円形のシールドが壁を満たすように広がり、追跡してきた虫の攻撃を跳ね除けた。
「~~~ッ!」
女は飛び込んできた俺を見るなり一歩後退した。
「悪いな、あんたに通報されても困るんだよ、俺は」
「~~~!」
「え、ちょっと、何だよおい!」
猫耳女がビビってすとんとその場に座り込んだその時だった。球体が揺れ、ガクンと下に落下する。エレベーターが急降下するアトラクションよりタチの悪い速さで。
半透明の壁は空間転移する時には見られないノイズが走り、直後に衝撃が球体を襲った。どうやら女が移動のボタンを押したようだ。球体から這い出ると先程までいた五階ではないフロアに移動していた。こざかしい虫から逃亡出来たのは良いが、辺りは薄暗くてよく見えない。
「何だここ。何階なんだ。おい、あんた」
女を振り返ると、球体の端っこで震え上がっている。頭を掻きながら俺は女の口元に右手をかざし、遮断していた会話プログラムを解除した。
「ほらよ。もう喋れる」
「……んん。声が……」
「俺はあんたに危害を加えるつもりはねえ。勿論、あんたが俺に何もしなければだがな。俺ぁここに調べ物探しにきただけだし、ここをぶっ潰そうだなんて思っちゃない」
今のところは。
「あ、あたし……」
女社員は俺を恐怖の目で見つめ、猫耳をピクピク震わせながら蹲った。
「怖がんのは勝手だがな、少しは感謝してほしいもんだぜ。あの侵入者撃退ソフト、あんたのことも狙ってたんだ。俺がシールド張らなかったら今頃あんたのアバターは丸コゲだっただろうよ」
「あ、りがとう、ございます」
蹲る女はプルプルしながらそっと顔を上げる。さっきまで逃げることに必死でよく見ちゃいなかったが、女は案外美人の部類に入る顔をしていた。頭にヘッドマイクを付けているところを見る限り、オペレーターだろう。それにしてもこんな臆病そうな奴がサポセンのオペレーターなんて、クレーム対応しっかり出来るのかと疑ってしまう。
「なぁ。ここは何階なんだ?」俺は女に訊いた。女はびゃっと情けない声を上げる。
「こ、ここは……。分からない、です」
「はぁ? 分からないだあ?」
冗談も休み休み言え! いや、今は冗談言ってる場合じゃねーだろう!
「ふにゃああっ、怖い顔しないで下さい! 私も、無我夢中でボタンを押してたので!」
「……にしても、何階か分からないなんてことねーだろ。社員さんよぉ」
「本当に! 見覚えのないフロアなんですぅ!」
コツン。薄暗いフロアを少し歩くと何かが靴の先に当たった。今の音なんですか、と猫耳女が怯える。こんな暗いところじゃ何があるか分かりもしねえ。
俺は右目でプログラムを起動し、この空間の内部を洗いざらい確認する。
「はーん。こりゃ、暗くしてんのは防御フィールドのせいだな。ここだけに発生させてるってことは、ここに見られたくない何かがあるってことだ」
「あ、あなたはどうしてそんなこと分かるんです?」
「そりゃ、俺様が凄腕ウィザード級ハッカー様だからだ」
右手に出現した魔法陣を地面に展開させると、ビリビリと干渉電流が発生した。このフィールドは手の込んだものらしく簡単には解除させてくれないらしい。俺は左手に同じ魔法陣をもう一つ作り、半ば無理矢理にそれを地面へねじ込んだ。バリバリッという激しい電流が飛び散り、辺りが静かになる。静寂と同時に暗闇が薄く溶けていき、フロア全体が姿を現した。
「なんだ、これ」
俺は思わずそう呟いていた。
露わになったフロアは、ひとつの部屋になっていた。四角くだだっぴろいそこにあったのは山だ。
――――動かない、アバターの死骸で出来た山。
「……あたし……。ここ、やっぱり知ってます」
その声は震えていた。言葉を選ぶように口の中をもごもごさせながら、女は呟く。
「何だと?」
「暗くって分からなかったけど。ここは、ハロルド統括の、私用部屋、かと……」
ああ言っちゃった、と女はオロオロする。ハロルド統括、という聞き覚えのない名前に俺は更に尋ねた。
「そいつは何者なんだ?」
「え、と。会社のシステム管理統括主任です」
「要はあんたの上司ってとこか」
「ええと、もう少し偉いんですけど」
「まあいい。どうしてそのハロルドって奴の部屋をあんたが知ってるんだ。見たとこ、そいつに近い役職でもないだろ」
「そ、それは……その。言えませんっ!」
ムカッ。俺の脳味噌に不快な針が刺さる。刺さったところが地味に痛みを帯びてイライラする。この女の話し方といい、俺の気に触る。
「どうしてもか」
「言えませんっ。か、会社の重要機密……かもしれないから」
(重要機密ってことは教えてくれるんだな)
ぐったりとして微動だにしないアバターの山に近づき、そいつらのアバター情報を確認する。最終ログインは随分古いものから最近のものまでバラつきがある。共通点があるとすれば、どれもこれもアバターに破損が見られるところだった。どうやら山になっているアバターは破損が酷いものばかりで、綺麗な体のものは壁際にある展示用のケースに収納されていた。ケースの前に立ち、保存されているアバターをジロリと眺める。女のアバターは右の二の腕あたりが破損していた。
(このケースの中身。何か、被るんだよな)
『ナナシさん』
俺の名前を呼ぶ、あの小娘の右腕も壊れていた――――。
「あんたは、ネットダイブに失敗した時のマニュアルって知ってるのか」
アバターの山を手でかき分けながら尋ねた。
「え? 勿論知っています。そういった方には、名前と現在地を聞いて、海神隊に保護の連絡をすると」
「じゃあ、保護された後のアバターはどうなるのか知ってるのか?」
女は無言になる。と、いうことはサポセンの人間は知らないということだ。鍵になるのは、海神隊かいじんたいとハロルドという男に違いない。
「あー。もういいや。あとはあんたの中身に聞く」
「え?」
「俺の目を見ろ」
今日で一体何度使っているか。右目の紋章を光らせ、女の瞳を奪う。すぐにフリーズした女のアバターを片腕で支え、これからアジトへ戻る苦労を考えながら俺は溜息を吐いた。
***
エレベーターで見事にすっ転ぶ。クリスタルに浮かぶ数個のスイッチを転んだ衝撃でいくつか同時に押した瞬間、視界にノイズが走り、気がつけば目の前に死体の山が連なる部屋に移動していた。
この視界の主である女は、驚きを隠せずに小さく呻く。後ずさっているのか、ヒールの音が静寂な室内に目立って響いた。
直後に女は振り返る。視界には高級そうなスーツの胸元が見える。身長が高いらしく女はそいつを見上げると、ペコリとお辞儀する。
『お、おはようございます、ハロルド統括』
金髪の男――――ハロルドと呼ばれた優男は含んだ笑顔を見せる。
『やあ。君は……そう、サトウさんだったね。確かシュガーちゃんなんて呼ばれていたかな』
『そ、それは!』
『ははは、可愛いニックネームじゃないか』
さて。男は声色を少し変える。
『サトウさん。君はどうして僕の私用スペースにいるのかな』
『あっ。それは、その、わざとじゃなかったんです! 滑って転んでしまって、気がついたらここへ』
『そうか』
『申し訳ございません!』
女がペコペコと頭を下げる。ハロルドは女の頭に触れると、数度そいつを撫でた。
『大丈夫。君はここに〝来なかった〟。そうだろう?』
『……』
女は意味が分からないと言ったように黙る。
『人にはね、知られたくない秘密の部分というものがあるんだよ。本来秘密を知った者に僕は容赦しないが、賢い君ならどうすべきか分かるだろう?』
『……は、はい』
『はは、怖がらなくていいよ。それに対した秘密じゃあない。ちょっとした研究さ。都市伝説の。そこにあるアバターは僕が〝拾った〟ゴミデータだしね』
『都市、伝説……ですか』
『そうさ。この世界を導く神様。僕はその器を探してるのさ』
それじゃあ戻ろうか。男が怪しげに笑うのと同時に、映像は途切れた。
オズワルドは小さな四角い箱から映し出された映像を停止させると俺に向き直った。
「コレで良かったのか?」
「サンキュー。しかしお前の記憶のコピーはほんとに手際がいいよな」
「コピーで儲けてるようなもんだからな」
「この店の売りもんも全部コピーだなんて、エイコの奴が知ったらどう思うんだろうな」
「違法コピペです! って叫びちらしそうだな、あの子は」
「ちちちちょっと!」
椅子に縛り付けた猫耳女が叫ぶ。
「どうして縛られてるんですか? それにここは? 会社じゃないの?」
キャスケットの鍔をくいっと上げたオズワルドは、縛られた猫女の目線まで腰を下げて胡散臭い笑顔を作った。
「すみません、僕の友人があなたをここへ招待したようで」
「招待じゃなくて誘拐だけどな」
「僕の名前はオズワルド。古本屋『ワールドブックス』の店主です。安心して下さい、僕らはあなたに危害を加えるつもりはありません」
「記憶はコピーさせてもらったけどなぁ」
「ああもう、ナナシ!」
本当のことだろ。嘘で誤魔化したって仕方ない。
俺は椅子から立ち上がると、猫耳女を見下ろして女の髪の毛を掴み上げた。女が小さく呻き声を上げるも気にせず言う。
「お前の過去の記憶を見させてもらった。あんたドジだなぁ。下っ端のオペレーターがすっ転んで偶然おエライさんの秘密部屋見つけちまうなんて。ま、何とかクビだけは免れたみてぇだけど」
女は酷く驚いた顔をし、次にみるみる涙を目に浮かべた。めそめそとすぐ泣く女だ。こういう奴は面倒臭くて苦手なんだが、こいつから聞けるだけの情報を聞き出さないと、わざわざ拉致してきた意味がない。
「あんた、ネットダイブに失敗したユーザーは海神隊に保護させるって言ってたよな」
「そ、そうです、けど。本当に知りませんよ、その後のことは。あたし関係ないですぅ」
「関係大アリだぜ。あんたンとこにヘルプの連絡を入れた奴が、奴らに襲われた。明らかにそのユーザーを消そうとしてな」
女はぴたりと泣きじゃくるのを止める。まさか、とその顔が言うのを見て、俺は女に詰め寄った。
指をパチンと鳴らすと、ひとつの電子コピー媒体が宙に浮かぶ。
「色々調べてみたが、ネットダイブに失敗した人間のその後はどこにも情報がない。去年のウィザード社の報告書も調べたが、ネットダイブに失敗した記録はゼロ。しかし、去年ドルフィンに接続後意識不明になった事件が二件ある。その前年は三件。ネットに接続して意識不明だなんてニュース、普通ならマスコミが群がるだろうに当時の電子新聞にはどれも載らなかった。事件のことを知っていたのはウィザード社だけってことになる。それを表沙汰にしなかったのは何か知られたくない秘密があるからだ」
「その秘密と、ネットダイブ失敗のユーザーの顛末が関係あるって、思ってるんですか」
「察しがいいな。さっきサポセンに乗り込んでみた時、資料室にネットダイブについての資料はどこにもなかった。あんたが隠し事をしてないとすると、あるのはユーザーを海神隊に保護させるっていうマニュアルだけだ」
そして、海神隊を統括しているのは。
「ハロルド……統括」
「ビンゴ」
猫耳女は唇を震わせて項垂れる。自社の不透明な実態を指摘されて悔しいのか、それとも自身の今後を憂いているのか。女は顔を上げると、覚悟を決めたように口を開いた。
「クビになるかと思って黙ってましたけど、もうクビうんぬんじゃあないですよね」
オズワルドが紐を解き、猫耳女は椅子に座り直すと深呼吸した。
「ハロルド統括は、一昨年統括として着任された方です。当時問題視されていたネットのゴミデータを一掃するプロジェクトを成功させて昇進したんです。優しいし統括としての責務も果たされる、とても尊敬されてる人なんです」
だけど、あの日ドジであの方の部屋を見てしまって。
女はぎゅっと服の裾を握り締める。
「あの部屋にあったのは『中身のないアバター』です……。どうしてそんなものがあったのか、しばらく考えましたけど統括には秘密だと言われて。クビになるのが怖くて、それ以上追究出来ませんでした」
「中身のないアバターか。普通アバターからユーザーがログアウトすれば、アバターも一旦消えるものなんだけどな。何らかの理由でアバターだけが抜け殻として残ってるってことか」
訳が分からない。しかしエイコのアバターを消そうとする海神隊の動きとハロルドの抜け殻収集は決して無関係でないはずだ。理由なんざ後で本人に問いただせばいい。
(早く。早くエイコの体をどうにかしねぇと)
脳裏にこびりついた映像を振り払う。大丈夫だ。まだ。助けられる。だろう?
親指の爪を噛む。無意識だった。心ばかりが焦ってどうしようもなくイライラする。そんな俺に気付いてか、オズワルドは「エイコちゃんを一旦呼び戻そう」と両手の紋章を光らせる。
「あのぉ」猫耳女がおずおずと言った。
「なんだよ」
「ご、ごめんなさい。あなたのお友達、危険な目にあっていたんです、よね」
「友達じゃねーけどな、あんな奴。たまたま出会って、気分で助けてるだけだ」
ホントが半分。嘘がもう半分。友達じゃないのは本当だ。たまたま出会ったのも本当だ。
ただ、あの女をやたら気にしているのは、気分なんかじゃない。それが癪だが、でもこいつを助けられれば、自分の中の靄も晴れる気がして。
「でも、心配でしょう? 海神隊に狙われるなんて、犯罪者じゃなければありえないし」
「誰があんな奴! ネットビギナー過ぎだし、俺の言うこと聞かねえし、生意気だし。面倒なんだよ」
「まるで兄妹みたいですねぇ」
きょうだい。
「……ははっ、あんな妹、もうまっぴらゴメンなんだよ」
両手を握り締めると手のひらにじんわりと痛みが広がる。脳裏を過ぎる息が止まりそうな『記憶』。それがどうにも悔しくて、俺は舌打ちした。
「ナナシ、ちょっとこれ見ろ!」
呼び声に振り返る。オズワルドが示した地図に一点だけ赤く光るポイントが出現していた。どうやらエイコと連絡が取れず、あいつの腕を治した時に埋め込んだ探査プログラムで居場所を突き止めたらしい。地図が示している場所は俺と猫耳女を驚愕させた。
「ここ、サポートセンターじゃないですか……!」
猫耳が最初に叫ぶ。
「すれ違いで入り込んだ? いや違うな。あいつはハッキングなんて出来やしない。正式なルートで侵入してるんだ。誰かに連れられてな」
いったい誰が。三人は言わずもその名前が頭に浮かんでいた。猫耳女の記憶に映っていた、あの金髪のスーツ野郎――――ハロルド。
考えるよりも早く体が動いていた。コート掛けに掛けていた闇色のコートを羽織ると出口へと向かう。と、腕を掴まれ制止させられた。見ればオズワルドが眼鏡の奥の目をギラつかせてこちらを睨んでいる。
「まさかお前、今からあそこに突っ込む気か」
「そのまさかだ。止めたって無駄だぜ」
「よせよ。サポセンから帰ってくるのも一苦労だっただろ」
「うるせぇ。あいつがそこにいるんだったら行くしかねぇだろ!」
「ナナシ……。お前、あの子に入れ込み過ぎだ」
ああ、そんなこと分かっている。
これは俺の、俺だけの問題だ。エイコをあいつとダブらせてる、俺の心の問題。
黙れ、と怒鳴ると、俺らの間を仲裁するように猫耳女が割って入った。
泣きそうな顔で俺とオズワルドを止めると、ごくりと唾を飲み込んで俺に向き直る。その顔はさっきまでめそめそしていた女の表情ではなかった。俺はじっとその目に応える。
「あたしが、手引きします。これでもサポセン勤務ですから道には詳しいですし、私と一緒にいれば怪しまれることもないと思います」
その誘いに目を見開いた。女は俺から目を逸らしはしない。
「危険かもしれねぇぜ?」
「うっ。で、でも、あなたのお友達がもし本当に危険な目にあっているのであれば、ユーザーをサポートする職である限り黙っていられません」
これでもオペレーターの誇りはあるんですよ、と猫耳をピンと立てて主張する。
気に入った、とだけ伝え、掴まれた腕を振り切って俺は店を出た。カランカランと店のドアの音がすると、後から猫耳女が着いてくる。
「さて、あんた……シュガーって言ったっけ。案内ヨロシクな」
「ああもうっ、その呼び方はお願いだからヤメテクダサイ!」
to be continue...




