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第九話 はじまりに、触れる

 どこかで似たような体験をしたことがある。身体に伝わる浮遊感にデジャヴを感じ、ふっと目を開ける。真っ白な空間がそこにあった。

 自分はどうやら落下しているようで、頭が下、足が上を向いている。落ちてきたであろう上空に視線をやると、先程まで自分がいた場所に通じている穴が見える。その穴は、こじ開けられた自身をじりじりと自己修復していき、最後には完全に閉じられてしまった。

 私は改めて自分の状況を把握するのに努めた。どうやら水に押し流されているらしい。先程の穴がスタート地点だとすると、今はゴールに向かう道中。穴が蛇口だとすると、今は落下する水の中というわけだ。

 口を開けようとすると、コポリと空気が泡になって漏れる。苦しくは無いが現実の水中に近いプログラムをされているようだった。

 辺りを見回すと、自分の腕二本分の距離のところで同じようにナナシさんが押し流されていた。意識がないのか目を閉じている。私は必死に水を掻いてナナシさんの頬をつねった。直後、彼がガボガボと空気を吐き出しながら目を開ける。


「ガボッ? なんだこれ、水か?」

「そうみたいです。息は出来ますけど空気が口から漏れる……ふしぎ」

「恐らくこれも障壁の一部なんだろうな」

「障壁?」

「元々障壁ってのは文字通り壁、つまり妨げになるものなんだが、ドルフィン上で障壁を上手くプログラミング出来ない場合、そいつが水みたいに出現するんだ。壁としての役割もほぼない。きっとこれは地下壁外(アンダーウォール)を覆う出来そこないの障壁なんだろ」

「そうなんだ……。あ、見えてきましたよ」


 揺らめく水の奥にうっすらと見える出口。ナナシさんが差し出した手に捕まって、私達は吸い込まれるようにそこへ入っていった。

 ザパン!

 まるでプールの滑り台みたいにつるんと空中へ放り出される。お互いにえっと顔を見合した次の瞬間、私達は一気にビル十階程の高さから落下する。流れるプールの後はスカイダイビングですか、と叫びだしたくなる中、ナナシさんがギリギリと歯ぎしりしながら目を光らせた。落下地点の地面が赤く光り、空間に干渉する。

「マットレスに変われっ」

「きゃあああ!」

 悲鳴と共に落下した。ボフンとマットが物体を受け止める。マットとして盛り上がった地面は、すぐに収縮し元の床へ戻っていった。残されたのは私とナナシさんだ。

「無事か、エイコ」

「はい……。前来た時は気絶してたので覚えてないんですけど、こんなアトラクションがあったんですね……心臓に悪い」

「アトラクション言うな。危うく死ぬとこだったんだぞ……と」

 ナナシさんが身体を起こして周囲を見回した。私も続いて辺りの様子を確かめる。そこは正しく、私が一番初めに訪れた神様の庭だった。

 辺り一面怖いくらいの白で覆われた空間は、ところどころ破損と再生を繰り返している。破損データを直す者もいれば、破損データを食ってしまう生物〝イリーガルデータ〟も点在しており、普通のネット空間とは分断された世界だということを示していた。

「こりゃ、思ってた以上におかしな空間だな。お前よくこんなところから出れたもんだよ」

「あの時はカミサマが助けてくれたから……」

「カミサマ、ねぇ。どんな野郎なのか、その顔はやく拝みたいもんだ」


 カミサマがゴミと呼称していたイリーガルデータ達に触れないよう辺りの探索を始める。しかし行けども行けども白い空間は終わらず、終いには二手に分かれていた私とナナシさんが鉢合わせしてしまう始末だ。ループって怖い。

「こりゃ、途中で空間がリセットされるんだろうな。ってことは、奥まで行ってもまたここに戻ってきちまう。どうするか」

「この鍵……。この鍵が、どこかで使えれば……」

 銀色の鍵を手のひらで握り締める。カミサマからもらった唯一の手がかり。

地下壁外(アンダーウォール)にはそもそも扉というものが見当たらない。空間はループしてしまうのだから、鍵穴があるとするなら遠くにあるはずがないのだ。鍵穴を隠した可能性を考え、ナナシさんが周辺の空間プログラムをざっと洗い直すがやはり鍵穴らしきものは出てこない。

 見当違いだったのか…?

 不安がじわりじわりと重さを増して背後に迫る。体が重たくて仕方ない。

「……うりゃっ」

「ふぁっ!?」

 ぐにりと頬をつねられた。痛みがメガネを介しリアルの自分にまで伝わる。

 突然の痛みで思わず持っていた鍵をポロリと落とした。金属の甲高い音が響き渡る。

「ははっ、変なカオ!」

「ひっ、ひはいです! はなひてくらさい!」

 ケラケラ笑う声と同時に手は離された。頬がじんわり痛い。涙目で怒りを訴えるが、男は悪かったと言いながらも笑うことをやめなかった。

「くく。お前、そういえば結構地味なアバターの作りしてるよな。普通アバターカスタムはみんな派手に決めるもんだぜ?」

「これでも派手にしたつもりなんですよ。髪の毛の色茶色にしたり。でもあんまり目立つと、私生活に影響が出るかもしれないので」

 ピラニアたちのことを考えるとぶるりと背筋が震えた。このいくじなしが、と心の中で自分の脛を蹴り飛ばす。

 俯き加減の言葉に、こんなの派手のうちに入らねえよと男は一蹴した。緋色の目の男は茶髪に触れるとわしゃわしゃかき回す。するとぼふんという音と煙を出して、髪の色が変わった。

「きっ、金髪!? 何これ!」

「うーん、似合わねえな」

 ぼふん。

「ぎゃっ、今度は白!?」

「俺様とお揃いだぜ」

「絶対、イヤ!」

 そうかあ。じゃあどうすっかな。腕を組んで考え込みはじめる。いや、そんなことしてないで今の状況をどう打破するか考えましょうよ。

 こちらの意向は伝わらないまま、男が閃いた。

「これでどうだ」

 ぽんっ。頭上で何かが生まれたらしい。ナナシさんは、自分のアバターデータを見てみろよ、と私に勧める。髪の毛は触って見たところ元の色に戻っているようだから、その他が変わっているということだろう。どんな厄介なことをしたのか、メニューを開いて自分のアバター情報を開いて確認する。私の名前と共に登録したアバターの情報文と画像が表示された。画像の自分には特に目立つような変化はない。一つを除いては。

「髪飾り……?」

 茶髪の目立たない自分の頭に、金色に縁取りされた赤い髪飾りが装飾されていた。単純な形状をしているそれは、よく見ればアルファベットの一文字になっている。『a』の形を模した髪飾りは私が少し首を傾ければチリンと涼やかな音を立てた。

 私、この髪飾りを知ってる。どこかで見たことがある。

「αはギリシャのアルファベットではじまりの文字にあたる。俺はその文字を髪飾りにして、あいつにやったんだ」

 あいつ。思い出を懐かしむ彼の声色で、それが誰であるか勘付いた。桃色の髪の少女が身につけていた髪飾りが脳裏を過ぎる。

「俺にとってのはじまりはユキだ。ここだけの話、あいつが俺をドルフィンに誘ったんだ。誘った本人がネットダイブに失敗だなんて間抜けな話だけどな」

 ナナシさんは私の髪飾りに触れて、何かを飲み込むように頷いた。

「一度はそれで腐った俺だが、もう一度俺はここで生まれたんだ。あんたの手によってな」

「私? 私、何も……」

「名前をくれただろ」


 〝ナナシ〟のはじまりはお前だ、エイコ。

 そう言ってナナシさんが柔らかく微笑む。今まで人を小馬鹿にするような笑みや、王様のような自尊心の塊が浮かべる笑みしか見せてこなかったのに、今見たものはどれにも合わない、はじめて見たナナシさんだった。面食らって思わず顔を赤くしたが、そんな私に気がつかないのかこの男はすぐに人をからかう時のケラケラ声に戻り、こちらの顔を覗き込んだ。

「お、顔色良くなったな。やっと元の調子に戻ったか」

「へ? もしかして、ナナシさん」

「おっと、それ以上言うなよ! 気遣いの男として崇めれてくれりゃそれで良い!」

 いつの間にか背負っていたはずの不安が軽くなっていた。ナナシさんは見上げる私の頭をもう一度わしゃりと撫でる。

「お前はお前らしく頑張ればそれでいい。一人で背負うなよ」

 白髪男の目が細まる。いつもの上から目線とは違う扱いに、一瞬言葉が詰まった。

(私の……。エイコのはじまりだって、あなたなんだよ……ばあか)


「それで、鍵は?」

 あっと声を上げて落とした鍵を探す。落としたはずのところには鍵が忽然と姿を消していた。ちょこんとウサギが座っているだけでどこにも見当たらない。

「ウサギ?」

 スルーしかけたウサギのアバター。そいつをよく見直してみると、口に銀色の棒を咥えているのが見えた。

 ――――ウサギが鍵を食べてる!

 慌ててナナシさんの黒コートをむんずと掴んで知らせる。

「なっなななナナシさん! ウサギ、捕まえて下さい! 鍵盗られました!」

「はあ!? くっそ、待てゴルァ!」

 ナナシさんが唸ってウサギに飛びかかる。が、一瞬の差でウサギはそれをぴょんと避け、鍵を加えたまま真っ白の世界に走り逃げていく。情けなく床に倒れ込んだ男は小さく舌打ちした。このまま見失ってはまずい!

「ナナシさん、ウサギを追いかけますよ!」

「分かってら……ぶっ。おいエイコ! 人の体踏んで行くんじゃねえ!」

 男の怒声に構っている暇もなく、私は全速力でウサギを追いかける。白いウサギは真っ白な空間に殆ど溶け込んでいて、一度見失えば二度と見つけられない恐れがあった。必死に目を凝らして見失うまいとウサギを追う。そんなこちらの心中を読み取ったかのようにそいつはチラチラと振り返りながら、疲れる様子もなくぴょんぴょんと跳ねていく。

(まるで、導かれてるみたい。どこかの童話、みたいな)

 息切れを起こしながらもペースを緩めることが出来ない中、ふとあることに気がつく。

「これっ、ループっ、してない、ですよね!?」

「お前も気がついたかっ。訳がわからねーが、そうらしい!」

 ウサギを追ううちに、ループしていたはずの空間から抜け出していた。ループの先の空間は、ところどころデータ破損の穴があり落ちないように気をつけて進まないと危ない。その破損の大きさは進めば進む程大きくなっていく。耳に響いているノイズはやがて雷鳴に似た轟音になって辺りを侵食した。

 異様な雰囲気に飲まれていくのが体で分かりながらも進むことをやめることは出来ない。震えて今にも立ち止まりそうな足をバシッと叩いて、私は走り続けた。

 何分走り続けただろう。辺りに白い霧が出てきたところでようやくウサギは止まった。既に息は上がり、私もナナシさんもその場に座り込む。

「はあ、はあ。もう、逃がさない、ぜ」

「ナナシさん。それ、この状態で言っても、説得力ないですよ」

 這い蹲りながらウサギの背に手を伸ばす。するとくるり、とウサギがこちらを振り返った。予想していなかったことに声を上げることも出来ず、二人共口をぽかんと開ける。その間抜けな顔を見てか、ウサギは口に咥えていた鍵を前足で持つと、すっくと後ろ足で器用に立って見せ、シッシッシと笑い声を上げた。それでまた二人の口はあんぐりと開いてしまう。

「よく追いつけたっちね。チョットいじわるしてみたにぃ、ついてくるなんてスゴイっち」

 更には人の言語を喋った。語尾が何だかへんてこだが。

「こっ、このウサギ! 喋ってます!」

「そうだな! 不思議ウサギか!」

「誰がフシギウサギかっち! そもそも、ここはネットの世界。喋るウサギがいたってちっとも不思議じゃないっち! 驚く方がおかしいっち!」

 それもそうか、と顔を見合わせる。落ち着いたところで、ウサギはえへんと咳払いをした。銀色の鍵の先を杖みたいにして床へトンと叩き、ぺこりとお辞儀する。

「改めまして、ようこそでち。あなた様方が神ちゃまに選ばれたキャラクターなのでちな」

「は? 選ばれた?」

「そうでち。この鍵を持ってるということは、神ちゃまが消滅してしまった証明。そして鍵を持つ者は神ちゃまの部屋に入ることが許されるのでち。ボクはその部屋の門番っちよ」

 ウサギはそう説明すると、私に向き直った。

「それにしても、選ばれたのがあなたとは、妙な因果なのっち」

「私のこと、知ってるの?」

「知ってるもなにも、ここで出会ったじゃないでちか」

 ウサギはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、宙に浮いていたデータの屑を前足で取ると、それを口に頬張った。その姿に既視感を覚える。

「あなた……、もしかして、はじめてここに来た時にいた、あのウサギ?」

 地下壁外(アンダーウォール)にはじめて投げ出された時、カミサマからゴミデータに関わるなと言われた。その時傍にいたのはこのウサギだ。ウサギはいかにも、と頷くと私に鍵を手渡す。

「鍵を開けるっち。真実を知りたくば前に進むっちよ」

「だかよ、鍵穴なんてどこにもねえぜ?」

「目をかっぽじって見るっち」

 ウサギは自身の破損しかけている耳をピンと立て、霧の先に向かってぴょんと跳ねた。

 深い霧がうっすらと晴れていく。そこに現れたのは巨大な白い開き戸だった。まるで何かを閉じ込めるかのような格子が印象的な扉は、威圧感を持って立ち塞がる。

その扉を前に、私の足が(すく)む。


(ここに、真実がある)


 カミサマの秘密が。世界の秘密が。

 無意識に震えていた手を、隣に立つナナシさんが包むように握った。震えを吸い取るように指先を撫でると、にい、と笑って手を離す。

(……大丈夫。私一人で抱えるんじゃ、ない)

 銀色の鍵を握ると、カミサマの温もりがまだそこにあるような気がした。ふわりと鍵に淡い光が灯る。その光に導かれて、鍵の先端を巨大な扉の鍵穴へ向けた。

 カチッ。鍵先から伸びた光が鍵穴へ入ると、閉じられていた扉の鍵が開く音がした。重々しく扉は開き始め、私達をたちまち吸い込んでいく。逆らえないそれにナナシさんの右手を掴んで、私達は扉の奥へと進んでいった。


 まるで、図書館のようだと思った。

 円形ホールと呼称してもおかしくないだだっ広い部屋は、円形に作られた空間の壁一面が書架になっている。壁だけでなく、縦に長いこの部屋には宙に浮いた棚がそこかしこに浮遊しており、そこにもまた分厚い資料本が収められていた。浮いているのは棚以外にもあり、虹色のシャボン玉がふよふよとしている。触れてもそれは壊れることなく、現実世界でいうバランスボールのように人が乗れるくらいの丈夫さがあった。

 ウサギは部屋へ着くなり、目の前の横長の机に乗り、えへんと二度目の咳払いをする。

「ここは神ちゃまのヒミツの部屋でち。足を踏み入れたあなた方には、神ちゃまがここで守っていたものを知る権利と義務があります、っち」

 その為に説明用のプログラムを起動させるっち、とウサギは机の上に会ったボタンを前足でポチッと押した。すると円形ホールの中心に天窓から落ちてくる光が集まり、やがて人の形を成していく。その光景にシャボン玉で遊んでいたナナシさんも流石に目を奪われ、二人でそいつが誕生するのを見守った。

光は小さな少年の姿をとった。黒髪に漆黒の瞳。子供らしい白のパーカーを着た少年は、姿に似合わない大人びた表情を浮かべている。私は思わずあっと声を上げた。

「カミサマ……なの?」

 どう考えてもそんなはずがないのに、彼そっくりの少年に訊かずにはいられなかった。案の定、彼は首を横に振る。構成された自分の姿を眺めながら、少年はカミサマと同じ声色で答えた。

「端的に言えば、僕は君達がカミサマと呼ぶ存在の残りカスだ。彼はもし自分自身が消えてしまった時、誰かに後のことを託す際の説明書として僕を残していた。このゴミウサギでは役に立つかどうか分からないし、自分自身のことは自分でやるのが彼だからな」

「ゴミウサギとはひどいですっち!」

 ウサギの主張を少年はうるさい、と一蹴する。

「じゃあ、あなたのことはなんて呼べば?」

「名前なんて個人を識別するラベルに過ぎない。好きに呼んだら良い」

 本人がそう言うので一瞬迷ったが、私はとりあえず彼をカミサマと呼び続けることにした。カミサマは机とセットになっている社長椅子みたいな大きな椅子に座ると、背もたれに体重をかけながら偉そうに足を組んだ。

 君達も楽にすると良い、これから長話をするのだから、と言って指を空中で指揮者のように振るう。浮いていたシャボン玉が私達の前に現れると、椅子のようにやんわり形を変えてその場に留まった。

 椅子に座るとカミサマは機嫌良くにっこり微笑む。そうしてお腹に置いていた両手を組むと、ニッと目を細めた。

「さあ、説明を開始しよう」

 君達にはこれが分かるかな?

 カミサマの言葉と共にひゅるん、と目の前に現れたホログラム。半透明の映像は見たことのある物――――カミサマが持っていた分厚い本だった。

「こいつは、あんたの本体が持ってた本だろうが」

「ご名答。そしてこいつは、今君達に猛威を振るっている、いわば全ての問題のタネ」

 それでは、こっちはどうだい?

 カミサマは目を閉じる。すると部屋全体に数字が浮かび上がった。何桁にもなる統一性のない数字の羅列は、どうやら毎秒増えているらしく、瞬きをすればもう違う数字、桁になっている。

「何だよ、この数字! 日本の企業の株価かあ?」

「いいや、違う。この数字は全てが一つのことを表している」

 増え続ける数字にカミサマは漆黒の瞳を見開く。そして少年は自分の頭をトントンと指で小突いた。

「――――この世の中の情報。知識。そんなものが毎秒更新と保存が繰り返されている」

「!」

「信じられないといった顔だな。あの本は世界中の情報を自動的に収集する。その証拠に、セントラルシティが奴に構成プログラムを食い尽くされ破滅の道を辿っている。奴の中にはこの街を構築していたフィールドデータ全てが記録されているだろうな」

「どうして……」

「信じられねえ。まるでコンピュータウイルスじゃねーか。誰がンなもん作りやがった」

「お前っ! 神ちゃまはみんなを困らせたかったわけじゃ」

「黙れ、イカレウサギ。この者達はまだ彼のことを知らない」

 私達の感想をカミサマは反論もせず飲み込むように頷きながら、ウサギを窘めた。

 ふっと辺りに現れていた数字が消える。カミサマは黙り込んだウサギの頭をぐわりと大きく撫で回した。しもべの不安そうな表情に彼は言葉無く目で返事をする。

 いい加減じれったくなったナナシさんが、シャボン玉の椅子を叩いて急かした。

「ああ、すまない。話を続けよう。先程も言ったように、あの本は情報を自動で収集する。いわばAI機能を搭載した自律型ソフト。君達が今抱えている問題は、奴が暴走し情報を見境無く食い、破壊していくところにある」

「ってことは、奴を止めればこの状況を解決出来るんだな」

「そう急ぐな。それに、止めればと簡単に言ってくれるが、奴はAIであるが基本的にこちらの命令は聞かない。ひとつの単純な目的を軸に勝手に行動している」

 カミサマはジロリと私を見つめた。

「……彼に鍵を託されたのはお前だったな」

 その問いにコクンと頷く。よもやこんな子どもにか、と呟き苦笑したカミサマは、顔を上げると真剣な顔つきになっていた。その変化に思わず居直る。

「お前達が直面している問題は全て()から始まっている。それが真実であり罪である。それを受け止め、彼の願いを剣にする決意はあるか」

「――――あります」

 するりと出た言葉。諦めたくない、と心の中で自分がはっきりと答えた気がした。

「うむ。良い返事だ。それでは、紹介しよう」

 カミサマはニヤリと笑みを浮かべると、指揮者のように両手を宙に挙げた。辺りは暗くなり、円形ホールの中心にヴンと機械音を立てホログラムが浮かび上がる。一つはあの怪物本。もう一つは、どこか知っている面影の、細身の青年の姿だった。

 ホログラムの青年は背を向けている姿勢からゆっくりとこちらに向き直る。白いパーカーを着たカジュアルな格好の彼は、私に向かってフードを下ろすと穏やかに微笑んだ。

「これは、名をユグドラシル。このドルフィンの世界樹となるはずだった書物(ソフト)。そして彼が、この世界に罪を産み落とした人物」


 フードの下の童顔が露になる。透けるほど白い肌に映える真っ黒な瞳に私は声を忘れた。


「君達がカミサマと呼ぶ彼が、あのソフトの開発者なのだ」



to be continue...



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