第13話 響きわたるは呪いの歌
「学を志すと言いながら 人を嘲り虐げし 非道の輩
彼への呪いの歌を ここへ捧げます」
そのような言葉から始まったクレオの歌は、ラオベンのこれまでの行いを切々と歌い上げていく。
婚約と同時に、奪われた自由。
好きな歌も歌えず、好きなドレスも着られず、人生全てを捧げることを強要された。
どれだけ掃除をしても、一つ埃が出ただけで際限なく嫌味を言われ。
どれだけ味に苦心しても、料理には必ずケチをつけられ。
嵐の中で必死で見回りから帰ってきても、一言のねぎらいもなく。
笑顔になるのは、他の女の話をする時ばかり。
気に入らないことがあれば、すぐにスプーンを投げて八つ当たり。
『僕は 他の人間とは違う
神に選ばれ 王に愛されし 才ある人間だ
その僕が 何も間違うはずがない』
そんな言葉が毎日のように浴びせられ。
あらゆる横暴が、見えないところで陰湿に展開された。
こっそり書いていた詩まで、自分の手で燃やすことを強要され。
母の形見であるドレスは、知らないうちに奪われ売られた。
自由も希望も、自分の人生さえも全て否定され、支配され、操られる――
そんな毎日が命果てるまで続く。そう感じた時の、絶望。
クレオとフェアリーナが味わった苦痛は壮絶な呪いの歌となり、王宮内の全ての人々の心を直接揺るがしていく。
彼女の歌声が持つ力――それは、聴いた者にその歌の情景を思い起こさせる。
それ故ここにいた人々は全員、否応なく彼女たちの苦痛を追体験することとなった。
貴族、主に令嬢たちから次々に悲鳴が上がる。
「い、嫌ぁっ……! 身体中がカビにまみれて……!!」
「どうして? 貴方が嫌いでも、私はクッキー大好きなのに!」
「こんな広いお屋敷、一人で掃除なんて不可能よ!」
「貴族の仕事は、とても女性一人の身に任せられるものではないというのに……!」
「あの男は勉学に勤しむと言いながら、他は全てを妻に押し付けていたと!?」
どよめき、混乱する場内。しかし事はそれだけでは収まらない。
フェアリーナの胸元から何故か、せせら笑いにも似たラオベンの声と、フェアリーナ自身の呻きが流れてきた。
《わがまま言うなよ。君は真実の愛を僕に捧げてくれたんだ、これぐらい当然だろう?》
《嫌! 絶対に嫌です!!》
《試させてくれよ、僕が新たに考えた薬を。
より優秀な子供を作る為の薬だよ。
満月の夜にだけ採れる魔草と、森に住む妖精の羽を煎じて作った薬だ。これを下腹部に注射すれば、僕の計算だと間違いなく素晴らしい子供が生まれる。
愚民のメイドどもじゃ意味がない。君が協力してくれなきゃ、試せないだろう?》
《やめてください、どうか、どうか……あぁあぁあ!!》
「うっぷ……!!」
「き、気持ち悪いっ!」「聞いただけでお腹が……ぐぅっ!!」
呪いの歌と共に流れる、ラオベンの言葉。
あまりのことに、令嬢たちの中には口を押さえてうずくまる者まで現れた。
何が起こったのか理解できず、ぼうっと光る胸元を見つめるフェアリーナ。その胸の間からは虹色の石板が、ちらりと覗いていた。
クレオたちの背後を守るリーベルが、静かに言い放つ。
「これは蘇音術の応用だ。
最初に場内に響いたラオベンの声は、教会でのやりとりを術で再生させたもの。
つまり、あの音声が記録された石板を王宮のあらゆる壁に仕掛けた」
「なっ……!?」
「そして今流れたものは、フェアリーナ嬢とラオベンのやりとりだ。
私がフェアリーナ嬢に渡したその石板には蘇音術と同時に、巻き戻しの術もかけている。
つまり、ラオベンとフェアリーナ嬢の間で何が起こったか、半月程度なら遡って再生することも可能だ。
フェアリーナ嬢の療養中に術が作動すればもうけものと思っていたが――
ラオベンが彼女を連れ戻してくれたおかげで、思いがけない事実が鮮明に再生されることになったな。
――私も初耳で、正直驚愕しているが」
動揺を見せながらも、きっぱり顔を上げるフェアリーナ。
「そうよ……!
この会話がなされたのは、ちょうど半月ほど前。
身体もきつくて、その上そんな薬を無理矢理打たれそうになって、気が付いたら逃げ出して……
自分でも信じられなくて、悪夢を見たと思い込んでて、クレオたちにも言えなかった。
……これ、現実だったのね」
いつの間にか、そんな策略を考えていたなんて。
リーベル様は一体――
ほんの少し疑問に思いつつも、クレオは歌い続ける。
それにしても――なんと恐ろしいことが、フェアリーナに起きようとしていたのか。
彼女が屋敷に連れ戻された後に薬を打たれなかったのは、ラオベンが思いとどまったわけでも何でもないだろう。
クレオには分かる。ラオベンが気まぐれを起こし薬の存在を忘れたか、かんしゃくを起こして薬を投げ捨てたか――
ラオベンはそういう男だ。いずれにせよ幸運だった。
しかしそれでもなお、ラオベンは頑固にクレオたちを否定する。
「ひどいやひどいや!
何で僕ばっかり、そんな風に言われなきゃならないのさ!!」
王の目前にも関わらず地団駄を踏むラオベンは、まるっきり子供そのもの。
「僕は悪くない、クレオもフェアリーナも僕の妻として駄目すぎたからだ!
真実の愛を誓っておきながら、何故僕に何も与えてくれないんだ。
家事雑事が何一つできないのも事実な上、僕の嫌いなものばっかり差し出してくる。拒絶して何が悪い!?
ろくでもない歌にこだわるのも、くだらないドレスだのに固執するのも全部、彼女たちが中身空っぽで馬鹿だからだよ!
そんなもの、医者として国民を救おうという僕の前じゃ何の価値もありゃしない。
だから僕は彼女たちを、きちんと教育しなおそうと思っただけだ。感謝してほしいぐらいなのに!」




