第14話 リーベルの正体
クレオたちを指さしながら罵倒するラオベン。
クレオの心が、純粋な怒りに染まっていく。
自らの罪さえ認めず、それどころか責任を私たちに押しつけるとは――
だが、追いつめられたラオベンの暴走は止まらない。
最早殆どの貴族が軽蔑の眼差しでラオベンを眺めていたが、それでも彼は王に向かって叫んだ。
「薬の件とて、陛下ならばお分かりのはず。
より良い子供は、国にとって不可欠。ならば、僕の医術をもって自分の子供を優秀に作り上げるのは当然。
そして僕の妻なら、共に医術に身を捧げるぐらいは義務!
そのぐらいの覚悟が僕にはあるんだ。むしろ最高の医術士として認めていただきたいくらいです、陛下!」
驚いたことにラオベンは、あらゆる所業を全く自分の罪と認めていない。
クレオやフェアリーナを痛めつけた自覚はまるでなく、あらゆる暴力を二人への教育だと信じ、露ほども疑っていなかった。
自分の行為や思考に疑問を持つことなど、これまでの人生で殆どなかったのだろう。
クレオの胸に大きな諦念が広がった、その時。
「……愚か者がァッ!!」
テルミナ国王の大音声が、王宮を揺るがした。
「優秀な子は確かに国の宝。
だが、ラオベン。拒否する妻を無理矢理脅してまで、効能も分からぬ薬剤や術をその身体で試させるなど、言語道断ぞ!」
一気にしんと静まる場内。
この国王の言葉に、今度こそラオベンはあんぐりと口を開けてしまった。
「し、しかし陛下……
医術の発展には、薬や術の被験者が絶対不可欠です!
医者の妻となるならば――」
「黙れぃ!
我が国ではどんな医術の実験においても、その意識が明白である限り、被験者には必ず本人の意思確認を要するのを忘れたか!」
「ですが、フェアリーナは僕の妻となる者です。身内ならば――」
「身内かどうかも無関係だ。
いかなる身分の者に対しても、被験者に対するこの法は不変である!」
まるで信じられないものを見る目つきで、ただただ王を見つめるしかないラオベン。
そして慌てふためきながら、聴衆の中にいる父・ストルブルム伯爵を振り返る。
しかし伯爵は最早救えないとばかりに、ラオベンから視線を逸らしてうつむいているだけだ。
そんな父を見て、ラオベンの中でついに、なけなしの最後の理性が吹き飛んだのか。
彼は侮蔑の目で貴族たちを見回したかと思うと、突然王に指を突きつけ、喚きだした。
「そぅらみろ。だからこの国は駄目なんだ!
腐りきった貴族どもに、頭の回らぬ愚王がいつまでも権力を持ったまま!
くだらない娯楽ばかりにうつつをぬかし、進歩のないまま怠惰な毎日を過ごす愚民ばかりになった!
だから古い常識とやらに縛られ、僕のように才ある者を決して認めようとしない!!」
遂に王にまでも醜態を曝け出したラオベン。
歌い続けているクレオも内心仰天していたが、背後のリーベルさえも動揺を隠せない。あまりのラオベンの乱心ぶりに。
それは当然、他の貴族たちも同じだった。
「な……陛下にまで、何という暴言を……!」
「王に否定されたら、遂に王まで否定するのか」
「どこまで自分中心な男!」
「自分は決して他者を認めようとしなかった癖に……」
そんな囁きが、聴衆の間から次々と沸き起こった。
最早この場でラオベンの味方など、どこにも存在しない。
クレオは高らかに歌いながら、傍らに立つフェアリーナの手を強く握りしめた。
――さぁ、フェアリーナ。
貴女の想いを、この歌に乗せて。
一瞬戸惑ったフェアリーナだが、そんなクレオの想いを感じ取ったのか。
やがてフェアリーナも、その手を一層強く握り返す。
すると――
「ぎ、ギャアアァアアアアアッツ!!?」
壇上のラオベンが突然絶叫しながら、腹を押さえて苦しみだした。
ぎょっとした聴衆の視線が、一斉に彼に集まる。
謎の腹痛に倒れ悶え、涙と共によだれまで流して呻くラオベン。
「ひぎぃ、痛い、痛い、痛い……っ!
何だ!? この、はらわたを万力で引きちぎられるような……ギィアアァアァアァア!!?」
歌い続けるクレオのかわりに、リーベルが進み出る。
「貴様が感じている苦痛は、フェアリーナ嬢の病により生じた激痛。そのほんの一部にすぎん。
貴様はこれでも彼女の病を、仮病とぬかすか。彼女はそれ以上の苦痛を長い間貴様に味わされながら、果敢にもここに立っているんだぞ」
「ぐ……っ!」
「これも、クレオ嬢の歌の力によるものだ。
彼女の才を見誤ったおかげで、貴様はこうして今、罰を受けている。
自分の凝り固まった考えに執着し、周囲の変化も見定められず、才ある者を認めようともしなかったのは、貴様の方であろう!」
長身のリーベルから放たれる、冷徹かつ凄味のこもった言葉。
激痛がなくとも、リーベルの声だけでラオベンは腰を抜かしていただろう。だが、なおもしつこくラオベンは食い下がる。
「き、貴様……!
ただの平民風情が、何の理由があって僕にそんな口を!?」
その時だった。
ずっと状況を見守っていたテルラム王が、おもむろに口を開いたのは。
「平民風情、ではない。
リーベル・シュトライヒ――彼は王宮直属の騎士団、その一番隊隊長だ」
ラオベンの顔面が、驚愕と絶望でぐにゃりと歪んだ。
しかし驚いたのはクレオも同じである。
ずっと隣にいたリーベルが、王宮直属の騎士だった……?
騎士の身分は通常は男爵と同程度だが、王宮直属ともなれば意味が違う。王宮の騎士たちは皆、幼い頃から王宮で心身共に鍛え上げられた、文武両道の精鋭ばかり。
この国では伯爵以上に慕われ、信頼され、憧れの的でもあった。兜で頭部が隠れていることも多いゆえ、顔自体はあまり知られていなかったが。
王は訥々と語る。
「この国の貴族制に徐々に歪みが生じているのは、儂も懸念しておった。
貴族という身分を盾に、弱者を好き勝手に支配し蹂躙し略奪し、自ら腐敗していく者が後を絶たん。
ラオベン。貴様にもその傾向は確実に見受けられた――しかし証拠がなかった。
それ故、密かにリーベルに貴様の周辺の調査を命じた。王宮が動いたと分かれば厄介事も多い故、あくまでリーベルには平民を装い慎重に動いてもらってな。
結果はこの通り、非常に優秀なものだったよ……
残念だ。ラオベン、これでも期待していたのだぞ」
王の言葉に、クレオの胸がほんの少し、痛んだ。
それではリーベルが自分に近づいたのは、ラオベンの調査の為だったのか。
しかしそんなクレオの疑問を打ち消すように、リーベルの声が響く。
「ラオベン・ストルブルム。
知れば知るほど、貴様の所業ははらわたが煮えくり返るものばかりだったが――
一つだけ、貴様に感謝せねばならんことがある。
それは、クレオ嬢と出会えたことだ!」




