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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第5章:乖離(14)

 それからの日々は、これまで以上に加速して行った。

 回復が遅れていたアウロスの肩は、腱板の損傷などもなく、予定より大幅に遅れつつも徐々に快方へと向かい、痛みを感じなくなって一週間が経過した後、無事に完治認定が下りた。

 それに伴い、アウロスのルインへの協力も開始。

 不安と懸念と危惧と心配が渦巻く中、任された仕事は――――主に書類整理。

 ルインが不在の際に、大学内での活動の継続に必要なあらゆる書類の記載及び提出を委任される事になった。

「そう言うの苦手なのよ。面倒臭いし」

「およそ研究に身を置く人間の言葉とは思えないが……」

 そうは言いつつも、常日頃『自分の仕事はデスクワークだ』と公言していた為、文句など言える筈もない。

 アウロスは、自身の論文とルインの書類整理を同時進行で行う事になった。

 尤も、特別研究員と言う役職はアウロスも同じで、ルインの申請書類はアウロスのそれと大抵被っていたので、実のところ大した負担にはならなかった。

 とは言え、自分の研究に関しては、これまで怪我の影響で本来行うべき実験がかなり遅れていた為、過密日程が組まれる事に。

 それに加え、他の研究員の手伝いも行う為、実験棟には毎日アウロスの姿があった。

 魔術の実験は、見栄えこそ派手だが、やる事は反復が主。

 地道に、粛々とデータを蓄積していく。

「何かもう、ここのヌシって感じになって来たね」

 そのスペシャリストとも言えるクレールが、半ば呆れ気味に呟いた通り、アウロスは10代にあるまじき常連の空気を醸し出すまでに至っていた。

 早朝と深夜も問わず、実験とデータ整理の繰り返し。

 派手に、地道に。

 論文提出期間に追われる学生をついでに手伝ったりしつつ、一攫千金論文と呼ばれる研究に励む。

「えー? アウロスさんって私達より年下なんですかー?」

「すっごーい! 超頭良いー!」

 そんな姿に好奇心を覚える学生も多いらしく、偶にそんな黄色い声が実験棟に響いたりもする。

 尤も、アウロスは特に興味を示す事なく、適当にそれらを受け流し、自分の世界に入って行った。

 だが――――結果的にその姿が禁欲的だ何だと好意的に解釈され、徐々にアウロスの名前は学生の間にも浸透して行く事となった。

 これまで、他人の評価などまともに受けた試しのないアウロスにとって、その展開は予想外の事だった――――が、取り立てて気に留める事もなかった。

 研究に没頭すると、研究者は例外なくそうなる。

 だからこそ、研究者は研究者であり続ける事が出来る。

 寝ても冷めても、同じ案件の事を考え、それを年単位で継続していく仕事。

 学のある者、選ばれし者が就く仕事と言う事で、羨望や憧憬を持たれやすくはあるが、実際になってみると、長続きしない事でも有名な職業だ。

 そんな仕事を長期間続ける条件は――――研究が好きである事。

 毎日同じ事を、毎日違うアプローチで考えていく事に没頭できる人間。

 それが、研究者の条件。

 怪我が癒えて以降のアウロスの姿は、周囲に『コネで入った出来の悪い研究員』を忘れさせるには十分だった。

「最近、お前の名前を学生から聞くようになった。話題に上るのは良い事だ。一層精進するんだな」

 講師レヴィの不気味な励ましに恐怖を抱きつつ、実験漬けの日々は続く。

 それに平行して、魔具の作成も行われた。

「材料が少ないから失敗は出来ないってんで、大変だったぜこの野郎バカ野郎」

 大学お抱えの金細工師は、風貌も口調も荒々しいだったが、腕は確かだった。

 金細工師と言う名称ではあるが、金だけではなく金属全般を扱い、更に生物兵器であっても文句一つ言わずに納期通り仕上げる様は、プロそのもの。

 とは言え、流石に余り例のない金属同士の合成とあって、難色を示すと思われたが――――

「あ? 要は溶かして固めりゃ良いんだろ? やってやろうじゃねえかバカ野郎この野郎」

 結果、合成はあっさり成功。

 流石にこれには、アウロスも驚きを禁じえなかった。

「彼は凄腕だからね」

「人は見掛けによらないな……改めて実感した」

 とは言え、重要なのは合成後の性質がどうなっているか。

 その実験も追加される事で、忙しさは更に増す。

 まるで一瞬で消える火の粉のように、一日一日が過ぎて行った。

 忙殺の日々。

 しかし、それは確かな進歩。

 徐々に流れが変わって来た事を感じつつ――――アウロスは、がんばった。

『いっしょに』ではなかったが、想いを胸に秘め、ひたすらにがんばった。



 そして――――月日は流れ。



 アウロスが初めて【ウェンブリー魔術学院大学】の門を潜ってから、丁度一年が経つ頃。

 アウロスの元に、一通の手紙が届いた。

 送り主は、サビオ=コルッカ。

 以前、【パロップ】でレアメタル展示会を行っていた、あの『クワトロホテル』のオーナーだ。

 そこには丁寧な字でこう記してあった。

『そちらの所望する金属メルクリウスを大量確保した故、交渉の場を設けたい所存なり』

 考え得る上で最大の吉報。

 無論、断る理由などある筈もなく。

「では、商談成立、と言う事で」

【ウェンブリー魔術学院大学】、ミスト教授室内にて、交渉は円滑に行われた。

 例の錬金術師から話を聞き、サビオ自ら赴いて来たのだ。

 持ちかけたのは自分だから、と言う理由だった。

 一流ホテルのオーナーがわざわざ大学まで足を運ぶと言う事態は余りないだけに、大学内部は騒然とした雰囲気に包まれていた。

「ええ。この度はこのような機会を設けて頂き、誠に有難うございました」

「ありがとうございました」

 ミストと共に、アウロスも深々と頭を下げる。

 それを見たサビオは、実に満足気に微笑を浮かべていた。

「それにしても、純度の低いメルクリウスにこのような使い道があるとは。いやいや、世の中何が何処に通じるかわかりませんなあ」

「全くです」

 重大な交渉を終えた余韻に浸り、密度の濃い空気の中で雑談が始まる。

 時折笑い声を交えつつ話す二人を横目に、アウロスは欠伸を必死で噛み殺していた。

「……では、ワタクシはこれにて失礼をば。貴方がたとは長い付き合いになりそうです」

「そうなる事を祈っています、心の友」

「ぼっふん」

 謎の鳴き声を残し、サビオとその一行は大学を去った。

 暫く契約書を見直していたミストが、大きく息を吐く。

 一段落ついたようだ。

「それにしても意外だったな。ホテルのオーナーがこれ程金属に造詣が深いとは」

「迂闊でした。メルクリウスの名前は何度か聞いてた筈なんですが、あの時は大して気に留めてなかったから頭に残ってなかった」

「仕方あるまい。彼はレアメタル収集家だからな。我々が探していた金属とは対極にある。脳が除外してしまうのも無理はない」

 他国からの輸入量が少ないメルクリウスの殆どを、サビオは保有していた。

 それは全て、純度99.997%のメルクリウスを手に入れるが為にだ。

「金持ちの道楽と言えばそれまでだが、今回はそれに救われたな。価格も理想的な程に安価だ。輸入商と懇意にしているとの事だが、それだけではないな。余程気に入られたか?」

「さあ……」

 今一つ実感のない中で世話を焼いて貰っていると言うのも嘘臭いので、アウロスは適当に返事を濁した。

「何にせよ、これは大きな前進だな。ついでに言えば、いよいよ後戻りは出来なくなった」

「ですね」

 ただし、それはあくまで【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】の研究に対しての事であって、アウロスを切る事がこれでなくなった、と言う訳ではない。

 危機感を磨り減らす事なく気を引き締める中、ミストは契約書を机に置き、その隣にある研究報告書に目を通す。

「随分、研究が進んでいるな。この報告書を見なければ、私はこの席に居なかったかもしれない」

 研究データを詳細にまとめた報告書があれば、アウロスでなくとも研究は続行出来る。

 つまり、アウロスに拘る必要はなくなる。

 切捨てを回避する為に『故意に』報告漏れをした場合、ミストはそれを難なく見抜くだろう。

 アウロスは素直に報告した上で、自分の必要性を誇示しなくてはならなかった。

 それは――――熱意。

 人を雇用する場合、やる気や熱意と言ったものは、雇用される側には軽視されがちだ。

 頑張るなんて、誰にでも出来る事。

 特色、強みとはならないと。

 しかし、雇用する側にとっては、それこそが決め手となるケースも多い。

 芸術家を雇うのなら、センスを何より重視するだろう。

 戦士ならば、身体能力。

 学者なら、知能。

 しかし、なにより根気が必要な研究者は、熱意が大きな武器となる。

「実験時間が多く確保出来るようになりましたから。後はやるだけですし」

「謙遜だな。そう簡単にここまでのめり込めるものではない。焦り過ぎと言う気もするが、早いに越した事はない。これからも宜しく頼む」

「はい」

 その熱意がどうにか通じたらしく――――アウロスは研究の継続を許可された。

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