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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第5章:乖離(15)

 一つ悪い事があると、堰を切ったかのようにそれが重なる――――と言う事は、現実に良くある。

 そして、それは良い事に関しても同様の事が言える。

 これに関しては様々な諸説があり、『幸運と不運はそれぞれ磁石の同極のようなもので、互いに反発し、近くにあるものを吸引して同じ性質にしてしまう』などと言った意見もあれば、『一つの幸運に恵まれると気分が良くなり、割とどうでも良い事でも幸運と感じるものだ』と言う見解も存在する。

 要は自然の理だ、人間の心理による産物だ、と言う事なのだが、実際にはどれが正しいと言う訳でもない。

 そして同時に、どれが間違いであるとも言い切れない。

 アウロスもまた、その答えを知らなかった。

 ただ、一つの良い事が他の良い事を呼び込んでくれるのなら、その方法を一刻も早く知りたい――――そう願っていた。

「そう都合良く行く訳がないでしょう?」

 若干呆れ気味な物言いで、実験器具を片付けるルインがそう諭す。

 最早、日常の風景と化していた。

 この日を持って、全ての実験の内3分の2が終了。

 得られたデータは概ね期待通りで、金属【メルクリウス】と生物兵器【ノクトーン】の融合した合成物質も、問題なくルーン配列情報を記憶出来ると判明した。

 これには全員が安堵。

「それじゃ、ここからは僕の仕事だね」

 しかしながら、性質を有したからと言って、確実にオートルーリング仕様の魔具として使えるとは限らない。

 加工段階で不備があれば、何処かに問題が生じる。

 過去、特定の魔術を使用した際に魔具の不具合が確認されたと言う例は、決して少なくない。

 そして、その犠牲者となるのは、いつだって臨戦魔術士だ。 

「だからと言って、全ての魔術の整合性を確認するなんて可能なの? 稀少魔術とか禁忌指定魔術は無理なんじゃないの?」

 ルインのその言葉は、魔術研究全体の課題の一つだった。

 魔術士協会の認定する全ての魔術を実験する――――口で言うのは簡単だが、それを実践するとなると、かなり厳しい。

 幾ら魔術士のエリートが集う大学と言えど、その在籍者の誰もが覚えていない魔術と言うのは、確実に存在する。

 単純に余りにも制御の難易度が高い魔術もあるが、根本的な問題として、消費魔術量や使用難易度が高い割に使い勝手が悪い魔術と言うのは、誰も覚えたがらない。

 しかし、そう言う魔術を使用する現役の臨戦魔術士が多いのもまた事実。

 その結果、研究は中途半端になる。

 それでも『実験時間短縮』、『費用削減』等の理由から正当化される事が殆どだ。

「禁忌指定魔術は必要ないが、それ以外は絶対条件だ。仮に納期が決まって期限が迫ったとしても、必ずやる」

 無論、臨戦経験者にとって、それは妥協出来ない事。

 そんなアウロスの姿勢に賛同した学生達も、率先して手伝ってくれるようになった。

 とは言え――――

「ミスト教授に紹介お願いします!」

「お願いします!」

 実際はそんな声が大半だったが、アウロスは気にせずそんな打算を力に変えた。

 効率重視。

 その結果、予想以上に実験は円滑に進んだ。

 良い事は続く。

 実験のネックとなっていた、使用者が極めて少ない魔術に関して、思いがけない進展があった。

 それは、ミストの戦友が経営する繁華街【ネブル】の一角にある小さな酒場へ久々に行った時の事。

「……え? って事は、【紅焔輪舞】も【悠久凍土】も【雷鼓の唄】も使えるんですか?」

 その酒場のマスター――――通称【霹靂のジーン】は、真顔で事もなげに頷いた。

「でも、霹靂の~って異名なのに、何故赤魔術や青魔術のレアものまで……」

「この男は何事もさりげないんだ」

 ミストの半笑いでの説明に、アウロスは呆然としつつも、心の中では小躍りしていた。

 当然、直ぐに協力要請。

 無言ながらも快く受理された。

 その店内で何気に少しだけラディを探したが、その姿はなかった。


 

 雨季に突入したらしく、水溜りの日々が続く。

 湿気と相性の悪い赤魔術を得意とする人間には不快な天候だが、心地良く雑音を消してくれる雨音を好むアウロスにとっては、嬉しい環境だった。

「……ところで、アウロスくんってもう18になったんだよね。誕生日いつだったの?」

 クレールの何気ない質問に、アウロスの手が止まる。

 その様子を遠目で見ていたルインが、威嚇型の怒気を放った。

「な、何で今のであんたが怒るのよ」

「……」

 数秒程睨みつけて、小さく息を吐く。

「彼、誕生日はわからない人だから」

「え? あ、そうなんだ……ゴメンね、変な事聞いて」

「いや、そんな大袈裟な事でもないんだが」

 アウロスはそう言いつつも、ルインの方を見て感謝の苦笑を浮かべた。

 ルインは素っ気なくそっぽを向いたが、その様子にクレールがしっとりと破顔する。 

「……あんたら、やっぱ恋人同士なんじゃないの~?」

「違う。あ、そこの鉄鎚取って」

「おざなりねえ。はい」

 ニヤニヤしているクレールだったが、この時彼女は気付いていなかった。

 その背中に気配なき脅威が忍び寄っている事に――――

「痛っ!」

 閃光の様な蹴りがクレールの背中にヒット!

「何すんのよ!」

「余計な口開いてないで、手を動かしなさい。世俗女」

 ルインは気配を断ったまま、スーッと定位置に戻る。

「全くもう……何であんなに生意気なのかしら。年下のクセに」

「俺を指差して言うな」

 和やかな雰囲気の中、実験は進む。

 そして――――『仮に』ではあるが、魔具も完成した。

 デザインは至ってシンプルな指輪タイプで、中央に魔石を一粒だけ配している。

「多分これで行けると思う。デザインのセンスは……自信ないけど」

「こう言う古風な感じは俺好みで良い。早速使ってみよう」

 ここ最近行っていた実験は、殆どが『既存の魔術にオートルーリングが対応出来るかどうか』、或いは『魔具の材料になる合成物質がルーン配列情報を記憶出来るかどうか』と言うものだった。

 ここまでは両方とも良好な結果が出ているものの、実際にその魔具を装備して、オートルーリング仕様の魔術を編綴出来る――――と言う保障はない。

 魔術緩和壁の前に立つアウロスと、その周りで見ている研究室の面々には、それぞれ緊張の色が浮かんでいた。

「じゃ【炎の球体】行きます」

 攻撃魔術の基礎であり、魔術士なら誰でも知っているその魔術の必要最低文字数は4。

 炎属性を意味する【F】。

 形状指定を意味する【M】。

 速度指定を意味する【R】。

 そしてルーリング終了を意味する【T】。

 その文字に魔力をどれ程乗せるかによって、温度や形状、速度が決定し、攻撃魔術として出力される。

 同じ球体でも、サイズが大きければその分魔力を必要とするし、速度も同様だ。

 しかし、それぞれの魔術によって最適とされる大きさや速度は証明されているので、一般的に魔術の規格は全て定格化されている。

 例えば【炎の球体】と言うと、通常は半径10~15cm、速度は80~100km/hに収まる範囲とされ、アカデミーで教えられるのも、この【炎の球体】だ。

 アウロスは、一つの文字――――【E】だけを綴る。

 完成版オートルーリングの仕組みは、割と単純な所に落ち着いた。

 魔石の周りに発生した魔界は、ルーリングによって得た魔力の性質との兼ね合いで、合成物質の色を変える。

 つまり、合成物質の変色率はルーン配列情報によって決定する。

 変色率は%を単位とした数字で表せるので、これによってルーン配列情報の数値化が可能となり(例:【炎の球体】=15.0など)、全ての魔術が同系列の数字で記憶される事になる。

 要は、ルーン配列情報を信号化させる、と言う事だ。

 これにより、どんなルーン配列情報であっても、例外なく記録出来る事になる。

 無論、量には限度があるが。

 再生に関しては、最小限のルーリングによって指定を行う。

 24文字あるルーンの組み合わせを数値化し(【F】=1、【M】=20、【FM】=44など)、その数字に記憶した情報の数値を割り当てる。

 そのルーンを編綴すれば、割り当てた数値に呼応した配列情報が読み出され、性質を帯び、魔石によって出力される。

 その際、ルーンは魔石の自動処理で勝手に宙に綴られる。

 よって、予め記憶した魔術が僅か1、2文字の編綴で使える――――と言う訳だ。

「……おおっ!?」

 歓声が上がる。

 指輪の金属部が一部赤みを帯び、アウロスの綴った【E】の後に、魔石の光によって、高速且つ自動で他の3文字が綴られた。

 そして――――右手の上に、炎の塊が現れる。

「よし!」

 誰よりも早く拳を握ったのは、魔具を製作したウォルトだった。

 それに続き、クレールや手伝いの学生達が拍手する。

 実験は大成功だった。

 無論、まだ先はある。

 同じ事を、全ての魔術でやらなくてはならない。

 協力を仰ぐ必要もある。

 生物兵器の問題も残っている。

 とは言え、この瞬間は、アウロスにとって初めて『やって来た事が報われた瞬間』だった。


 7年前――――少年の拙い夢が叶った日。


 少年は少しの間、少女の姿を探した。

 最初に友達を探した後で、以前一度だけ目にした少女を探した。

 上品で愛らしい顔の少女は、やはりそこにはいなかった。


 それから7年後――――少年は、やはりその姿を探していた。


 そこには、拍手する周りの人間に決して溶け込む事なく、一人冷静に魔術緩和壁にぶつけた炎の威力測定を行う一人の女性がいた。

 微笑はなかった。

 視線も合わなかった。

 唯々、一生懸命だった。

 それを確認し、少年は視線を外した。

 それはまるで、隠れて手を繋いでいるかのような、そんな光景だった。

 


 それから暫くの月日が流れ――――雨季が終わり、澄み渡る青空が世界の朝を鮮やかに彩る頃。

 実験は、佳境の段階に突入していた。

 流石に試作品と言う事もあり、最初にウォルトの作成した魔具だけでは完璧とは行かず、何度か作り直しを余儀なくされた。

「魔石をもう少し削って……合成比率も変えた方が良いかな……後は……」

 アウロス同様、彼もまた大学に寝泊りする日が続いた。

「はーい、差し入れ持って来ましたよー」

「あ、クレールさん、いつもどうも有り難うございます」

「いえいえ……では私はこれで」 

 そそくさと離れて行く。

「……あ」

 その様子に、ウォルトは少なからずショックを受け、目の周りに影を作ったまま固まっていた。

「身体は頻繁に洗うようにしよう。御互い」

 アウロスの提案に、首だけが折れた。

 そんなこんなで、試行錯誤の日々は続く。

 アウロスは、とことんまで質に拘った。

 通常のルーリングで編綴する魔術よりも精度が少しでも落ちれば、その原因を突き詰め、改善した。

「一つの不具合が、誰かの命を奪いかねないからな」

 そんな言葉に、ウォルトも全面的に同意した。

 微塵も労力を惜しまないその研究は、一歩ずつ、確実に、前人未到の地に近付いていく。

 地道に。

 着実に。

 そして――――

「……」

 真夜中の3時。

 アウロスの手から発生した青魔術が、魔術緩和壁に向けて放たれる。

 これで、なけなしの魔力は空っぽになった。

「どう、だ……?」

 測定器の針をじっと眺めるルインの言葉を、記録を取っているウォルトと共に待つ。

「殺傷強度……44.8」

 その数字に、アウロスとウォルトの顔が綻ぶ。

「許容範囲、クリア。成功」

 そして、ルインのその言葉を合図に、二人同時に倒れ込んだ。

「終わった……」

「長かった……」

 見上げる天井に、ぼんやりと映る照明の炎。

 その光が暖かく祝福する中、アウロスは充実感に身を委ね、静かに目を閉じ――――

「げほっ!?」

 脇腹を蹴られた。

「寝るのはまだ早いでしょう? 私一人に片付けさせる気?」

「……すみません」

 尚、ウォルトも同様に制裁を受けた。

「うう、僕あの人苦手かも……」

 ルインの圧倒的な支配力に萎縮しつつ、ウォルトは疲弊し切った身体で後片付けを始める。

 それを追うように、アウロスも動き出した。

 小さな一歩。

 まだ目的までは遠い。

 それでも、一歩ずつ。

 役割を終える、その時まで。

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