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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第5章:乖離(13)

 ルインに自身の過去を話した『アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさん』は、少なからず自分にあった気負いがかなり消失している事に、驚きを禁じえずにいた。

 悩みを打ち明ければ楽になれる。

 身の上話を聞いて貰えば、気分が軽くなる。

 良くある話だ。

 しかし、実際にそれを体験して、初めてわかる事。

 人間、いつまでも一人でいるものではない――――と言う、早ければ五歳児でも学べるようなその結論に到った事で、アウロスの合理性を望む精神は直ぐに次の行動を要求した。

 それは、ウォルトへの説明。

 相棒としてこれから更に厳しい研究を進めていく以上、その行動は早ければ早いほど良い。

 それに、以前彼の過去の話を聞いているだけに、自分だけ――――と言う事に多少なりとも罪悪感のようなものを抱いていたのも事実だった。

 そんな悩める研究者の話を一通り聞いたウォルトは、時折驚いた顔こそ覗かせたものの、基本的には静かに『アウロスではないがアウロスと名乗る誰かさん』の話を聞いていた。

「……それじゃ、君の事はこれまで通りアウロス君と呼んで良いのかな?」

「ああ。それで頼む。いろんな意味でその方がわかりやすくて良い」

 アウロスではないがアウロスと名乗る研究者――――アウロスは、どこか安堵した面持ちで頷いた。

 そして、それに伴い【魔術編綴時におけるルーリング作業の高速化】の第二次研究チームが発足。

 夜の実験室にて、その最初のミーティングが行われた。

 行われたのは、特に難解な話し合いはなく、それぞれの役割の確認。

 ウォルトはこれまで通り、オートルーリング仕様の魔具の研究を。

 新たに加わったルインは、アウロスの怪我が癒えるまでの実験等のサポート。

 そしてアウロスは、アウロスと言う友達の名前を後世に残す為、かつてアウロスと言う友達が提案したテーマをアウロスと名乗り続けて研究する傍ら、魔具の材料である金属【メルクリウス】と生物兵器【ノクトーン】の大量生産及び受注が可能な業者を探す事となった。

 要するに、これまで以上に『頑張る』と言う事だ。

 そして、第一回目のミーティングの話題は別の話題へと移る。

「ところでルイン、俺はお前にどう協力すれば良い?」

 アウロスにとって、それも非常に重要な事項。

 尤も、協力しようにも、そもそも何をすればいいか全く検討がつかない。

「取り敢えず、怪我が治るまでは保留。その後は馬車馬の如くこき使うから心配は無用」

「……心配だ」

 不安げに冷や汗を流すアウロスの横で、ウォルトも同じような表情をしていた。

 魔女と言われるルインの評判は彼の耳にも届いており、その評判に違わず異様な雰囲気をまとったその女性に対し、完全に怯えている。

 とは言え、生真面目な性格のウォルトにとっては、無視する訳にもいかず。

「ええと、ウォルト=ベンゲルです。魔具科の人間ですが、その、宜しくお願いします」

「……」

 意を決して放った渾身の自己紹介は、無残にも放置された。

「あの……目も合わせてくれないんだけど」

「これでも大分温和になった方なんだ。俺なんて石化睨みや地獄の二択等など、あらゆる威嚇をされまくった」

「悪質な風評を流さないで頂戴」

 ほぼ事実だったが、ルインは不満げだった。

 そして――――話題は、逃げられた情報屋の穴埋めへと移る。

 今後は更に情報の重要性が増してくる。

 或いは、それが全てと言っても良い。

 それだけに、腕の良い情報屋との接触は急務だ。

「ミスト教授から新しい人を紹介して貰うのは?」

 ウォルトのそんな案に、アウロスは小さく首を振る。

 横に。

「難しいかな。情報が筒抜けになる可能性が高い」

「え? だって君の上司でしょ? 筒抜けになったって……」

「彼の立場をわかっていないのね」

 そこに、気まぐれルインが割り込んで来た。

「ミストは20代で教授になる為に、様々な布石を打って来た。彼を拾ったのもその一つ。ミストが教授になった今、彼の立場は安泰ではないのよ」

 事実――――アウロスに与えられた『特別研究員』と言う立ち位置は、大学の正式な役職ではない。

 大学に在籍している研究者の首を飛ばす場合、それを決定する為には人事権を握る教授の鶴の一声によって簡単に行えるが――――同時に、扱いを間違えるとそこから弱みが漏れる可能性も少なからずあるので、辞めさせるにはそれ相応の理由を用意しなくてはならない。

 だが、特別研究員等という役職に関しては、正式な手続きは要らない。

 大学の雇用と言うより、教授が雇用していると言う意味合いが強いからだ。

「ま、自分の身は自分で守らないとな。この論文が完成すれば、ミスト教授の得る利も大きい。が、完成が極めて困難だと判断した場合、若しくは俺自身に必要性を感じなくなった時は、躊躇なく俺を切るだろう。あの男にはそれが出来る」

 ミストの帝王じみた顔をバックに、アウロスは断言した。 

「つまり、今後の状況次第ではミスト教授に知られたくない事項も出てくる、と言う事なのかな」

「さすが理解が早い」

 アウロスは満足気に頷いた。

 その隣で、ルインは何故か面白くないと言う表情を作っていたが、ウォルトは目を逸らしていたので気付かなかった。

「ある意味、この論文の最大の敵はミスト教授だ。あの男が不要と言えば、その瞬間俺は全てを失う。他に手を回して俺から研究者の道を閉ざす事だって出来る」

「そこまでする必要性をミストが感じるかどうかは別にして、ね」

 ルインの補足はアウロスのやる気を軽く削いだ。

「それにしても、ラディさんはどうして辞めたんだろう。心当たりはないんだよね?」

「ああ」

 ウォルトの問いに、アウロスは思わず頬杖を付く。

 もしラディが留まっていれば――――ギルドに所属しておきながらギルドを介さない彼女の情報収集は、大きな武器になった。

 安価でフットワークも軽く、何よりも金銭に固執する姿勢が理想的だったと言う事を考えると、多少面倒臭いとか、多少姦しいとか、多少ストレスの要因となると言った主に人格に由来する負の要素は些事に等しい。

「理由か……どうだろ。良くわからないな」

「それなら、私の問いに『はい』『いいえ』だけで答えなさい」

 ルイン久々地獄の二択に、アウロスは心中で頭を抱えた。

「あのな、今はそんな事をやってる場合じゃ……ああ、もう良い。続けろ」

 しかし、それで食い止められる訳でもない。

 特別長い付き合いでもない筈だが、アウロスはそう達観していた。

 それに、万が一何かのヒントが得られる事になるかも――――

「雇用者の執拗な嫌がらせが許容範囲を超え、女性差別涅槃寂静撤廃委員会に訴える為に旅立ったのか。雇用者の余りの傍若無人振りが我慢の限度を超え、暴君放伐徹底殉教委員会に報告する為離れていったのか。好きな方を選びなさい」

 ――――しれない、なんて思おうと努力した自分が恥ずかしくなり、実際に頭を抱える。

「まあ、死を意味しなくなっただけマシなのか、これでも」

「え? 死……?」

 ウォルトは本気で引いていた。

 極めて正しい、常識人のリアクションである。

「と言うか、そんな委員会存在するのか?」

「ええ。普通に」

「普通じゃないだろ……」

「情報に関しては、私がある程度フォロー出来ると思うけれど」

 外部からの白い目を完全無視したルインは、唐突にそんな提案をして来た。

 実際、これまで一人で動いてきたルインには、少なからず情報を得るパイプが存在する筈――――と言う推論を、アウロスは既に立てていた。

 ただ、彼女の過去を知る人間として、その過去と必死で戦う女性にこれ以上の負担をかける事には慎重にならざるを得ない。

「……出来るのか?」

「私を誰だと思って?」

 意図した心遣いは伝わらなかったらしく、ルインは不遜に微笑んでみせる。

 尤も、協力すると誓い合った以上、当人がそう言っているのだから、任せるしかない。

「わかった。とは言え、お前に頼むのは最終手段だ。余り無理はさせられない」

「……どうぞ御自由に」

 他人事のような物言いに、ルインの照れが見える。

 その様子に、ウォルトがこっそり微笑んでいた。

「じゃ、そう言う事で、諸々頑張って行こう。解散」

 程よい緊張と緩和を交えつつ、ミーティングは終わった。


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