後日譚:追憶の調べ(17)
「成程。君たちが来訪した時点で私めが前教皇の孫に何かを確認しにいくと予測し、その場面を目撃するよう画策した……という訳ですな」
老獪な笑みを浮かべたまま、ガルフェロイは二度三度頷く。既にそれが答えだと言わんばかりに。
「そうは言ってないけどな」
「惚ける必要はありません。私めが貴殿の立場であれば、そのように考えます。無論、その背景に何があるかも容易に想像が付く次第です」
武闘派ギルドの長が、静かに牙を剥く。
その圧に対し、ロストは――――特に表情を変えることなく目を合わせ続ける。
そんな二人を交互に見ながら、ラディは緊張のあまり顔を引きつらせていた。
「では、こちらから問いましょう。何故貴殿は、自分の探している人物がここにいるとお考えなのですか?」
「説明は長くなる。時間は大丈夫か?」
「構いませんよ。常に忙しい身ですが、それは大した問題ではありません」
つまり、仕事よりもこの場にいること、ロストとの対話をより重要視している。
何者でもないこの青年との時間を、国内有数の魔術士ギルドの長が優先している。
その不可思議な状況を前に冷や汗を滲ませながら、ラディは固唾を飲んで両者の駆け引きを見守っていた。
「まず、最初の来訪の時に何故あんたがいきなり攻撃を仕掛けてきたのか。俺たちはずっとそのことばかり考えていた」
「答えは出ましたか?」
「ま、大した解答じゃない。俺たちを最初から敵認定していたからだ」
「……」
実際、ロストの口にした答えは極めて単純だった。
だがその内情は違う。
「キャルディナにとって、マルテの調査をしている時点でその人物は敵なんだろう。だから常にマルテを探している動きがないか監視していて、その監視の目に俺とラディが引っかかった」
「中々忙しない話ですな。我々も暇ではないのですが」
「暇だろ? まだ仕事を受注してる訳でもないんだから」
「……そういえば、そうでしたな」
口を滑らせたと言わんばかりに、ガルフェロイは一瞬顔をしかめる。
だがロストは全くつけ込もうとはしない。それがミスリードであると見抜いている。
話は逸れることなく続く。
「俺とラディがギルドに入った時、躊躇なくラディを狙ったのは恐怖心を植え付ける為だろ? 魔術士ならたとえ不意打ちでも正面から自分に向かってくる魔術に恐怖までは抱かない。キャンセルゲームなんて遊びもあるしな」
恐怖心は自制を促し、自制は保身を誘発する。
それでラディがマルテ捜索を諦めてしまえば良し。
「それでもまだ調査を続けるのなら、マルテに対する強い執着があると見なし、そこに新たな判断材料が生まれる」
「ほう。どのような執着でしょう?」
「マルテの血統に対する執着。前教皇ゼロス=ホーリーの支持基盤となっていた重鎮たちの顔がチラつく」
「……」
ガルフェロイの目が一瞬、感情を宿したのをラディは見逃さなかった。
動揺というほどではない。だが確実にロストは彼の尻尾を掴んだ。
その尻尾の正体はまだ見えないが――――
「加えて、マルテの父親は世界最高の魔術士とも言われるデウス。仮にあんたらキャルディナがマルテを拉致・拘束していた場合、その事実が外に漏れるのは絶対に許されない。万が一、マルテ周辺の面々の逆鱗に触れたらこれ以上なく厄介なことになる」
そのような事態になれば、幾らキャルディナが武闘派ギルドであろうと甚大な被害は免れない。絶対に避けなければならない事態だ。
「話の流れが随分と奇っ怪ですな。そこまでのリスクを背負って、我々が前教皇の孫を拉致する必要などないでしょう?」
「ある。マルテの存在は教会に対する強い対抗策になり得るからな」
「いやいや。前教皇の孫という彼の血筋は、必ずしも教会にとって絶対的ではないでしょう。現教皇ならいざ知らず」
「だが無視はできない。それで十分だろう?」
「……」
ロストの言葉通り、教会にとってマルテは決して無視できない存在だ。
理由は先程の話に出てきた、キャルディナが背負うリスクと同じ。
万が一マルテの身に何かあれば、ゼロス派の重鎮たちは教会に責任問題を求める。それは教会の現政権にとって極めて不都合だ。
現在の教皇、ロベリア=カーディナリスは決して絶対的権力者ではない。元枢機卿であり、教皇選挙の際にも大きな支持母体があった訳ではない。各聖地に有力な協力者がいるという事実もない。
彼は選挙で勝った。だから教皇になった。
けれど、魔術国家全体が彼を支持していた訳ではないし、現在もそれは変わらない。その支持基盤の弱さは就任当初から懸念されていた。
もしゼロス派が本格的に糾弾を始めれば、その流れに乗って中立派が現政権を攻撃するかもしれない。その流れが波及した場合、果たしてロベリアにそれを鎮圧できるだけの力があるのか。
必ずしもそうとは言い切れない実状が現実として存在する。
故に、教会はマルテの扱いには過敏にならざるを得ない。
「だからこそ、マルテには『人質』としての価値がある。あんたらが教会に好き勝手させない為の」
「我々と教会の間には協力関係こそあれど、対立構造など皆無ですよ」
「そんなギルドじゃないのはよく知ってる。どれだけあんたが惚けたところでな」
「……」
事実、キャルディナの長であるガルフェロイは老齢の身でありながらロストに対し好戦的な姿勢を保ち続けている。
平穏さとは無縁の彼こそが象徴。ここはそういうギルドだ。
キャルディナはあくまで魔術士ギルドであり、教会とは異なる立場の組織。だが現実的には魔術国家の中枢たる教会に逆らえるほどの戦力はなく、財力でも権力でも劣る以上は対等とはならない。一つの領地を巡って――――今回の場合はパロップ地方という領地において、どちらが主導権を握るかは重要な問題。地方自治に関して教会の命令に逆らえないとなれば、それは事実上の下部組織でしかない。
そのような力関係をキャルディナは決して許容できない。故に教会に対して何かしら対抗できる手段を所有する必要がある。
それがマルテだ。
「あんたらにとってもマルテの扱いは大きなリスクが伴うだろうが、上手く扱えば教会に教皇選挙の時以上の混乱を引き起こすこともできる。マルテの身柄を確保するのは有効な教会対策なんだよ」
「だから我々がその少年を監禁していると? 余りに飛躍し過ぎですな」
「その通り。それじゃついでにもう一つ飛躍した仮説を」
余りにスムーズに話を移行させるロストに、ガルフェロイはついに不快感を顔に滲ませた。
ラディはその光景に思わず口元を綻ばせる。そこには確かな『やってくれた』という感情が存在した。
「ここにマルテが監禁されていると仮定した場合、それはあんたらの仕業と考えるのが普通だが……そうじゃない可能性もある」
「……どういう意味ですかな?」
「教会が仕組んだ罠」
そのロストの言葉は、鋭利な刃物のようにガルフェロイの喉元に突きつけられた。
「流石に飛躍し過ぎて理解しかねます」
「罠には二通りある。教会があんたらに劇薬を押しつけたケース。もう一つはマルテ自身が劇薬を飲み込んでいるケース」
「……」
ロストの説明は曖昧な概要に過ぎなかったが、それでもガルフェロイは俯き加減で熟考に入った。
説明を理解した上で、その信憑性について審議している。
それはつまり、この場における主導権をロストが握った証でもあった。
「追加の説明は……」
「要る」
そう答えたのはラディ。彼女はまだ何のことか全くわかっていなかった。
「前者はそんなに難しい話じゃない。さっき話したキャルディナ側のリスクを教会も承知していて、あえて教会がキャルディナにマルテを拉致させた……って話だ」
「え? そんなことあり得る? 前の教皇のお孫さんだよ?」
「ロベリア……現教皇は恐らくそんなことはしない。でも現在の体制をどうしても保持したい連中、例えばロベリアに付いた恩恵で出世しただけの無能な連中ならやりかねない」
理屈は極めてシンプルだ。
キャルディナにとってマルテは利用価値のある人間。なのでマルテを拉致するチャンスがあれば実行に移すのは想像に難くない。
それを利用し、マルテをあえてキャルディナに攫わせる。
その上で暫く泳がせ、頃合いを見てゼロス派だった重鎮やデウスにその情報をリークする。『キャルディナは私利私欲の為にマルテを攫い、人質にしている』と。そうすれば彼らの怒りはキャルディナへと向くことになる。それを避けたいキャルディナはマルテを解放せざるを得ない。同時に、教会(ロベリア派)に仲介を頼まなければならず、その借りによって教会に決して逆らえない構図が出来上がる。
「そっちはわかったけど、マルテ君自身が劇薬ってのはどういう意味?」
「それは……」
「少年自身が我々を陥れようとしている場合、ですか」
ガルフェロイは穏やかに、しかしこれまでとは違う声色でそう告げた。




