後日譚:追憶の調べ(18)
マルテは教会内において複雑な立場にある。
前教皇ゼロス=ホーリーは既に他界しており、唯一の子供であるデウスは半ば引退状態。ゼロスを支持してきたベテラン魔術士たちが担ぎ上げようと目論むとすれば、最早マルテくらいしか対象がいない。
一方でマルテ自身には政治に関わろうという意思は一切なく、教会にすら寄りつこうとしない。その為、現政権もマルテを殊更危険視する訳にもいかず、とはいえ放置もできない。
加えてマルテには『隻腕』という要素がある。
魔術士にとって手はルーリングを行う極めて重要な部位。魔術の出力も大半は手を使って行う為、魔術士が最も意識する身体部位でもある。
その手を含む腕が片方ないという事実は、他の国以上に差別を生む。
事実、幼児の頃に左腕を失って以降のマルテは常に偏見や蔑視と共にあった。
だが皮肉にも、今はその偏見が彼自身を守っている。ゼロス支持者が彼を担ぎ上げることに躊躇するという意味で。
現状、マルテは教会内において腫れ物扱いに近い。彼もそれを敏感に感じ取っているからこそ、マラカナン大聖堂から出ることに躊躇はなかった。
故にマルテが率先して教会に関わることはない。
だがそれを知る者は限られる。少なくともガルフェロイやラディには知る術などない。
「前教皇の孫である彼を新たな主君にと考える魔術士は多いでしょうな。現教皇は前政権までの方針を急激に変え過ぎました。当然、反発の声は小さくありません」
「あんたも異を唱える一人なんだろ? 攻撃魔術の価値が下がるのは死活問題だからな」
ロストの指摘にガルフェロイは答えない。答えずとも、魔術士ギルドが魔術による戦闘に存在価値を特化させるのは常識の範疇。否定する理由など何処にもない。
「だから仮に、マルテが自分の意志で教会に自分の居場所を確保しようと画策していた場合、マルテがあんたらの内部情報を教会に売る為にわざと捕らえられていても、あんたらがそれを看破するのは難しい」
「……」
押し黙るガルフェロイと同じように、ラディも絶句していた。
ロストとは事前に現状の擦り合わせを何度もしてきた。マルテがこのギルドに囚われているのなら、どのような理由なのか――――それは何度も意見交換してきた。
だが、このような見解は一度も出てこなかった。ラディ自身も考えつかなかった。
ロストがあえて黙っていたのか、それともこのギルドに来てから思い付いたのかは定かではないし、今は大して重要なことではない。
重要なのは、ロストのマルテに対する理解度の高さだ。
ここまでマルテの立場を考え、その上で彼が何を求めているのか、どう振る舞うのが安全に繋がるのかを第一に考えていなければ『マルテが教会に媚びを売る』という可能性には行き当たらない。元教皇の孫が、教会に対しそのような意識を持つという発想は出てこない。
ラディは確信した。
ロストは――――マルテと特別な絆で結ばれている。
だからマルテを懸命に探している。そうに違いない。
その見立てによって、ラディのロストを見る目がまたもや変わった。
「……確かに、そのような発想は私めの中にはありません。前教皇の孫が健気にも教会に尻尾を振るなど……」
だが、あり得る。
熟考を重ねるガルフェロイの姿がそれを物語っている。
もしこのギルドにマルテが囚われていた場合、当然行動は制限されているだろう。ギルド内を自由に動き回って情報収集などできる筈もない。
だが、ギルド内の人間を懐柔することはできる。
マルテからギルド員に会いに行くことはできないが、ギルド員の方からマルテと話をしに行くのは何ら制限などない。物珍しさ、或いは前教皇の孫という肩書きを目的に一目見ようとするギルド員がいないとも限らない。彼に食事を届ける職員もいる。
その少ない接点で、マルテが誰か一人でも仲間に引き入れることができていたら?
金や地位をチラつかせ、ギルド内の情報を得ていたら?
それを教会に報せるよう頼まれ、実行していたとしたら?
自分たちが優位だと思い込んでいても、いつか教会に足下を掬われるかもしれない。
キャルディナにとって、ガルフェロイにとってその懸念は大きな足枷になりかねない。
そして、ガルフェロイにとって最大の懸念は――――
「……成程。よくわかりました」
ロストたちとマルテが協力関係にあること。
その場合、今こうしてロストたちがガルフェロイを引き付けている間にマルテが脱走を試みるという計画が成立する。
ギルド内に裏切り者が一人でもいれば、余裕で可能だ。
勿論、これらは『キャルディナがマルテを拉致し監禁している』という前提で成り立つ理屈。故に、強制的に話を切り上げロストたちを追い出せば、それはマルテがここにいると白状しているも同然だ。
よってガルフェロイもまた、ロストたちをここから追い出す正当な理由を示す必要がある。当然、マルテ以外の理由で。
「貴殿らの主張に正当性を認めます。確かに我々はマルテ少年の身柄を確保しても不思議ではない立場にある。疑われるのも無理はない。調査という名目であれ、私めの会話を盗み聞きしたのは看過し難い行動ですが……」
「俺も、あんたが『俺を始末する』と言っていたっていうラディの証言を無視できない」
「……」
「……」
両者、暫し無言で睨み合い――――
「確かに、私はそのような発言をしたかもしれません。しかし少し誤解がある」
先に口を開いたのはガルフェロイの方だった。
「私めはその時、貴殿とウチのジェリードゥがキャンセルゲームに興じているという報告を受けたのですよ」
「……え?」
全く予想していなかった言葉に、ラディは思わず間の抜けた声をあげてしまった。
「ジェリードゥは我々のギルドでもトップを争う実力者でしてね。そんな彼が苦戦していると聞いたものですから、これはギルドの恥だと率直に感じたのです。なので、勝負を中断させて情報統制を敷こうと指示したのです。焦っていたもので言葉遣いも乱暴になってしまいました。『始末』という言葉は貴殿を殺すという意味ではなく、この件を処理するという意味で使ったのです」
「な……」
余りにも強引なガルフェロイの弁明に対し、ラディは絶句を禁じ得ない。
だが決定的破綻をきたしていないのも事実。
『彼には早々に御退場願うとしよう。何者かは知らないがテール司教が肩入れしているのは書面からも伝わってくる。この段階で始末しておけば誤魔化すのは難しくない。次は仕留め損なうことのないよう』
仕留めるという言葉も、キャンセルゲームで打ち負かすという意味だと言われれば完全に否定する材料がない。
それでも、ガルフェロイの必死さは嫌というほど伝わってきた。
一刻も早くこの会合を打ち切りマルテが脱走していないか確認しに行きたい――――その一心で捻り出した、超一流の言い逃れだった。
「了解した。内情を報せて頂き感謝する」
ロストは素直にそれを受け入れる。最初からこの件で粘るつもりはなかったと言わんばかりに。
「それじゃ最後に一つだけ。ルイン=リッジウェア……死神を狩る者と呼ばれている魔術士に心当たりは?」
「はて。何故そのようなことを私めに?」
「俺が探しているのは、その魔術士だからな」
ロストが欲していたのは、ガルフェロイとマルテの会話ではなくガルフェロイとルインの会話。
故に、ラディの調査対象はマルテではなくルイン。
それなのにマルテのことだと勝手に決め付けたな。
――――最後の質問には、そのような意図が含まれている。
「……全く心当たりはありませんな」
「どうも」
最初から正しい答えなど期待していなかったと言わんばかりに、ロストは食い気味に礼を告げて立ち上がった。
望み通り出て行く、だから余計な詮索をするな。
そう言わんばかりに。
「貴殿は何者なのですか?」
だがガルフェロイは引き留める。本来なら一刻も早く立ち去って欲しい筈だが、そんな切実な事情すらも凌駕するロストへの強い不快感と危機意識から。
「テール司教に一筆書かせるだけの立場にあり、加えてその弁論術……只者ではないのでしょう?」
「生憎、俺のことなんて誰も覚えちゃいない。その程度の人間なんでね」
それだけを言い残し、ロストは応接室を出た。
慌ててその後を追ったラディは、どうしても聞きたかったことを我慢できず問い掛ける。
「もしかして、私を庇ってくれた?」
ロストへの殺意を仄めかしたガルフェロイの言葉は、内容はともかくガルフェロイを責め立てる証拠としては弱かった。あの場で言うべきではなかった。
情報を扱う人間としては下策も下策。最悪の場合、ガルフェロイに糾弾され情報屋としての立場すら危ういものになりかねなかった。
だがその後、ロストはラディの軽はずみな証言を自分の責任として背負い、老獪なガルフェロイ相手に堂々と渡り合った。
最後の質問も、自分がマルテとは無関係だと主張することで自分だけでなくラディも無闇に狙われないようにする為――――ラディにはそう思えて仕方なかった。
「別にお前を庇った訳じゃない。それより、さっきは助かった」
「……へ?」
「ああいう手合いは推論を重ねても中々捕まえきれない。でも事実を先にぶつけてから話を組み立てれば、相手を言いくるめるより保身を優先させる。おかげで確信が持てた」
その確信が何なのかは、ラディにも容易に理解できた。
「マルテはここに捕らえられている。まずはあいつを助けてやらないとな」
そう小さな声で話しながら、ロストはラディの方に視線を向ける。
今までとは少し違う、穏やかな顔。
「……う、うん」
ラディは自分を抑えながら、それだけを答えるのが精一杯だった。




