後日譚:追憶の調べ(16)
キャルディナ二度目の来訪でようやく応接室へと通されたラディは、そのレイアウトをまじまじと眺めながらギルドの本質を探った。
彼女の経験上、応接室はその組織の基盤が可視化されている。取引先やその候補、或いは権力者や富裕層に自分たちがどう見られたいかが詰まっているからだ。
キャルディナの応接室には奇を衒った所はなく、広さも内装もごく普通。椅子の座り心地も可もなく不可もなく。一見すると、好印象を与えようという過度な意図は見当たらない。
だがラディの鑑識眼はその範疇では留まらない。
やや不自然に空いた部屋の四隅は、観葉植物などのプランターを置くには十分なスペースだが実際は何も置かれていない。色調も然程統一感はなく、落ち着いた空間作りを意識した痕跡は皆無だ。
かといってインテリアに凝った様子もなく、芸術品や高級なオーナメントも全くない。中に用心棒のような強面の男が直立不動で立っている……などといったこともなく、ここは自分たちの縄張りだと主張するような威圧感も一切存在しない。
ただ一点。
「短期間での再訪、それも今回はテール司教の紹介ですか。お二方はどうやら、我々がどういうギルドなのかは理解しているようですね」
迎え入れる立場のガルフェロイと、迎え入れられた立場のロスト、ラディの二人との距離が極端に離れている。
応接室に置かれるセンターテーブルは基本、例え長机でも長辺の方に椅子を配置し対人距離が開かないようにする。だがこの応接室は短辺の方に椅子が置かれ、机自体の長さもかなりある。
まるで王族や貴族の晩餐会で主賓席に座るかのように、ガルフェロイは遥か遠くにいた。
そうなると、この無個性な部屋にも意味が生じる。
もし交渉や話し合いの中で決裂した場合、攻撃魔術で相手を脅す――――或いは撃退するという選択肢があるのではないか?
これだけの距離があれば、身体能力に自信がある人間でもそう簡単に詰め寄ることはできない。一方、魔術士であるガルフェロイはその距離を一瞬で潰せる魔術を当然使用できる。
部屋に高級品がないのは、あっても魔術で壊してしまって無駄になるから。
そういうふうに見えてしまう。
ラディはこの見解をロストに伝えるべきかどうか一瞬迷ったが、ヒソヒソ話で伝えれば相手の心象を悪くするだけとあって自制を選択した。
それに、果たしてロストが何処までこの状況を読み解いているのか、純粋に興味もあった。
「それで、一体どのようなご用件でしょう?」
「前教皇ゼロス=ホーリーの孫、マルテが行方不明になっている。何か事情を知らないか聞きたくて門を叩いた。一度目と同じだ」
「成程。我々の仕業だと怪しんでいる理由は?」
「マルテがこの地に赴いた理由が、グリムオーレとキャルディナの仲介だからな。双方に話を聞くのは当然だろ?」
要約すると『どうせ自分たちが犯人だと思っているんだろう?』と釘を刺すガルフェロイと、顔色一つ変えず『当たり前だ』と返すロスト。
まるで拳で殴り合うかのような開幕直後の応酬に、ラディは早速ここへ来たことを本気で後悔し始めた。
「であれば話はこれで終わりです。『我々はマルテと名乗る少年に関与していない』」
マルテを少年だと知っている――――それ自体に不自然さはない。前教皇は勿論、その実子のデウスもこの国では超が付くほどの有名人なのだから、彼の息子というだけでマルテも十分知られている存在だ。
重要なのは、早々に話を切り上げようとしているガルフェロイの姿勢。
先日のテールとその息子同様、マルテが行方不明という事態に対しまるで関心がないと言わんばかりの態度には当然疑問符が付く。教会関係者ではなくとも、キャルディナは教会の誘致によってこの地にギルドを建てたのだから無関係とはいかない。
「私めの無関心に疑念を抱いた。そう顔に書いていますよ、お嬢さん」
「……」
表情を読まれたと察し、ラディは思わず顔をしかめる。痛恨というほどではないにせよ迂闊だったのは確かで、バツの悪さから思わず視線を逸らした。
「誤解があるようですが、我々キャルディナは教会の手下ではありません。媚びを売る必要など全くない。寧ろ、数年前の総大司教襲撃事件に端を発した教会への不審、市民からの信頼の低下を危惧して彼らの方から我々に協力を仰いだというのが実状なのですよ」
「だからマルテがどうなろうと知ったことじゃない、と言いたいのか?」
「粗野な表現ですが、大筋はその通りです。仮にその少年が我々キャルディナと以前関わりがあって、それを理由にグリムオーレ側の立場で仲介を試みたとしても、我々は交渉相手として粛々と対応するのみ。身柄を拘束する理由など一切ないのですよ」
まして人質に取るなど論外――――そう言外で訴えてくるガルフェロイには、先日のテールのような隙が見えない。
暴力的だと言われるギルドのトップでありながら、交渉術に長けている。そんな印象をラディは受け、現状の困難さをあらためて感じた。
仮にマルテが本当にこのギルドに囚われていた場合、調査を正当化できる口実がない。
そして、こうなることが予想されたからこそ、ロストは先程ラディに建物内を探すよう自分に注意を引きつけた。
それを汲み取ったまでは良かったが、結局中途半端なまま引き返せざるを得なかった――――そこまで思い至ったところで、ラディの顔から血の気が引いていく。
あれは千載一遇のチャンスだったんじゃないか?
それをフイにしてしまったんじゃないだろうか?
もしこのまま何の収穫もなくギルドを出ることになれば、いよいよマルテの捜索が難しくなる。情報屋として大きな失態だと指摘されかねない。
「さっき、奧の部屋から出て来るところを偶然見かけたんですが!」
その焦燥が、ラディにこんなことを口走らせた。
「何か話してましたよね? ちょーっと気になる内容だったから一語一句違わず覚えているんですけれども!」
「さて。私めが何を?」
「『彼には早々に御退場願うとしよう。何者かは知らないがテール司教が肩入れしているのは書面からも伝わってくる。この段階で始末しておけば誤魔化すのは難しくない。次は仕留め損なうことのないよう』。以上!」
本人の弁に偽りなし。ラディは先程のガルフェロイの言葉を完璧に再現した。
「これってロスくんのことですよね? テール司教が事前に送った通達を指してるのは明白ですから」
「……」
「マルテ君を拉致した訳じゃないのなら、なんでロスくんを始末する必要があるんですかね。彼は別にこのギルドの敵じゃありませんよ?」
この追及が危ういものであることは、ラディも重々承知していた。
何しろ記録に残っている訳でもなく、他に証人がいる訳でもない話。本人が否定すれば幾らラディが『私聞いたんですけど!』と訴えたところでその言葉には何ら力がない。ガルフェロイの敵対心を煽るだけの結果に終わってしまう。
だからといって、有効な打開策がある訳でもない。ただ一点『事実である』ということのみ。それが大した効力を持たないことは、情報屋であるラディが誰よりもわかっている。
それでも、思わず口走ってしまったのは――――
先程の小さなミスを取り戻したかったから。
ロストの窮地を救うことで、それを実現したいという欲求を抑えきれなかったからに他ならない。
ラディは自分の顔が赤く染まっているのを自覚しながら、歯痒さに蝕まれる心臓の傍を右手で鷲掴みしていた。
まるで子供の頃のような衝動。自制の利かない自分。短慮な行動。その全てが恥ずかしかった。
「ふむ。どうやら君は熱に魘されているようだ。救護室にベッドの空きがある。そこで休んではどうですか?」
「……っ」
あながち間違いではないだけに、ラディにとっては屈辱的なガルフェロイの言葉。もしここで本当に自分が部屋を出ることになれば、ロストを救うどころか足手まといでしかなかったことになる。
だが、それでもこの場に留まるよりはマシ。
感情的になって言った言わないの水掛け論になれば、この場でのロストとガルフェロイの会話が途絶えるばかりか二度とその機会を設けられなくなる恐れもある。寧ろその可能性が極めて高い。
全てを妄言と認め、この場から立ち去るのが唯一の――――
「生憎、ラディは平熱だ。あんたの会話を盗み聞きするよう頼んだのは俺だからな」
せめてもの後始末。
だがロストはそれすら許さなかった。
「それは聞き捨てなりませんね。私めと誰の会話を盗聴するつもりだったのでしょうか? そもそも、何故そのような真似を?」
「あんたほどの傑人が、今の話の流れでそれをわからない筈がないだろ?」
ロストはあえて、ラディの撒いた種を拾った。
その種が何の種なのか、ラディ本人もロストも知らない。種だけを見てそれが何を実らすかなど、予備知識がなければ知りようがないのだから。
だが、そこから生まれるものがなんであれ、もう後には退けない。
「ここには俺が探している人間がいる。その人物があんたと話している会話を知りたかった」
ロストの投げつけた火種を、ガルフェロイは薄く笑いながら掴んだ。




