第九十三話 闇鍋シンドロームと妹会長との”賭け”
第九十三話 闇鍋シンドロームと妹会長との”賭け”
闇鍋で室内を暗闇にしていたことが災いしてしまい、夏凛とうっかりキスをしてしまった。傍らには陽菜もいるというのに……。
「ははは! 遂にやった。優司とキスしてやった……」
興奮を抑えるように、夏凛は何度もキスしたことを連呼していたが、俺の方は気が重かった。暗いので陽菜を見ることは出来ないが、たとえ明るくても顔を合わせづらい雰囲気だった。
どこにいるのか分からない陽菜にとにかく謝罪することにした。俺は悪くないとか、そういう言い訳はしないようにしよう。
「陽菜、ごめん」
「……いいよ。これは事故。優司くんは悪くない。いけないのは全部この暗闇……」
自分に言い聞かせるように呟いた後、「怒ってないけど、後で私ともキスすること!」と付け加えた。
「また彼女以外の女子とキスしちゃったのね。本当に罪作りな男……」
「黙りなさい、馬鹿内」
同じく俺と偶然ながらキスしたことのある七海と早智が後ろで話しているのが聞こえた。二人とも内心ではどんなことを考えているのだろうか。俺のことをどうしようもない奴と思っているのだろうか。
「本当にどうしようもない奴だね。あんたには自制心と言うものがないの?」
妹会長にどうしようもないと言われた……。俺が自分から迫ったみたいな言い草だが、キスしたことは事実なので、今日のところは我慢するしかあるまい。
「……何か白けちゃったね」
元々闇鍋に興味を持っていたのは、美咲姉妹だけで、いまやその二人も興味を失っていたので、闇鍋タイムはここで終了となった。
「よ、よし! 闇鍋終了!」
何も終了の合図まで入れなくても……。
部屋の電気を付けようとしたところで、問題発生。電灯のスイッチの紐が掴めないのだ。どこかにあるだろう紐をみんなで探した。こんなことなら、懐中電灯でも用意しておけば良かった。すると、妹会長が大きな声を出した。
「ぎゃあああ! 何か熱いものにぶつかった!」
「熱いもの? おい、まさか!」
嫌な予感がして、妹会長を止めようとした時、右足に熱い液体がぶちまけられた。
「うおおお!!」
予想を超える暑さに陽菜の前だということも忘れて絶叫した。陽菜と七海から「どうしたの?」と心配する声が聞こえたが、その時偶然に電灯のスイッチを発見した。
多少慌ててしまったが、何とか部屋の明かりをつけて、床を確認すると、土鍋が一つ転がっていた。もちろん、中身は盛大にこぼれてしまっている。
「あああああ!! こぼしやがった、このガキ!」
「ガ、ガキって言うな!」
妹会長が言い返してきて、口論になりそうな雰囲気になったが、今はそれどころではない。早く床を拭かなくては、シミが出来てしまう!
視界の隅で陽菜がガッツポーズしていた気がする。やはり偶然とはいえ、夏凛とキスしてしまったことに腹を立てているようだ。
真っ暗で視界不良だったとはいえ、鍋の中身をぶちまけてしまった妹会長を中心に全員で床を拭いた。
「あううう……、おじやを楽しみにしていたのに……。全部こぼれているよ」
「少しは床の心配もしてもらいたいんだけど?」
不幸中の幸いと言うべきか、こぼれてからすぐに拭いたおかげで、汚れや臭いが残るようなことはなく、母さんに半殺しにされるという事態は避けることに成功した。
「いや~、今日は楽しかったね」
デザートのメロンを頬張りながら、早智が満足したように言った。俺も反論はない。強いて言うのなら、最後の床清掃がなければもっと楽しかった。
みんなで感慨にふけっていると、騒ぎ足りない早智が声を出した。
「テスト直前にもやろうよ」
またやるというのは鍋のことか?
「お! いいな。また闇鍋やろうぜ!」
「闇鍋はもう二度とやらなくていいわよ。あんた、またどさくさに紛れて、馬鹿優司とキスする気でしょ」
早智の提案に楽しいこと好きの美咲姉妹に続いて、夏凛も同意してきた。俺以外では唯一、七海だけが毒舌ながらも苦言を呈してくれた。
「会場はもちろん、今日と同じ優司の家!」
「おい……」
今回は俺だったんだから、次はお前の番だろ。順番は守れ。
「テスト期間とかぶるから、鍋を楽しむだけじゃなくて、ちゃんと勉強もするテスト合宿の形式を取ろうよ」
俺の意向も聞かないで、勝手に話を進めている。こいつの面の皮の厚さには辟易する。
「合宿って言ったけど、優司くんの家に泊まり込むつもりじゃないでしょうね」
メンバーの中で唯一の常識人とも言える七海だけが、俺の身になって心配してくれている。もちろん、早智の耳には届いていないが。
早智の悪のりが周りに伝播したのか、妹会長まで暴言を吐きだした。
「ただテストするのもつまらないから勝負しようよ!」
「勝負するって、お前とじゃ学年が違うから無理だろ」
たとえ同学年だったとしても、先日の模擬テストで妹会長の実力を目の当たりにした後では、迂闊に挑発に乗ることは出来ない。
「そんな細かいことはどうでもいいじゃない!」
「いや、どうでも良くないだろ。出題される問題も違うし!」
「ぶ~! つまんない!」
横で俺と妹会長の会話を聞いていた早智が、何を企んだのか、余計な横槍を入れてきた。
「じゃあさ! 勝負じゃなくて、賭けをするのはどうかしら?」
「え? どういうこと?」
こいつの提案に耳を傾けてもろくなことにならないのはよく分かっていたので、俺は聞き流したかったのだが、早智の発言に妹会長が目ざとく食いついてしまった。
「優司の全教科の平均点が九十を超えたら優司の勝ち。下回ったら会長の勝ち」
「おいおい、俺が勝てる見込みがほとんどないだろ!」
常に赤点のボーダーラインを超えるかどうかの戦いを繰り広げている人間には無謀すぎる賭けだ。俺と同じ成績の早智なら、どれだけ困難なことなのかが分かる筈なのに。……いや、分かるからこそ提案したのか。負けた俺を盛大にあざ笑うために。
「なかなか良い提案だね!」
困ったことに、妹会長が乗ってきてしまった。これでは、早智の提案を拒否するのが難しくなってきてしまった。
「それでね! 私が勝ったら、優司の顔面をぶん殴る!」
「お姉ちゃんを悲しませてばかりいる悪い奴を成敗する」という目的らしいが、それならお前の部下に当たる七海と夏凛も殴るべきじゃないのか? この二人だって、愛するお姉ちゃんを悲しませている奴の一人だぞ。
「俺が勝ったらどうするんだ?」
「それを聞いちゃうの? 普通は優司くんが提案するんだよ」
陽菜に指摘されてしまった。俺と妹の対決には興味津々で、反対する気は全くないらしい。
正直に言って、妹会長にしてほしいことなどない。変なことを提案して周りから変な目で見られたくもないし。
俺が黙っていると、夏凛が代わりに、俺が勝った時のご褒美を提案してくれた。
「こういうのはどうだ? 会長は今後、岩見優司のことをお兄ちゃんと呼ぶようにする」
「「アホか!!」」
俺と妹会長の二人で鋭く罵倒した。馬鹿も休み休み言えと言う話だ。
「いいじゃない。将来的には本当の意味でお兄ちゃんになるんだから、予行練習よ」
「ギャアアア! 七海まで! 裏切ったな~!」
信じられないことに七海が乗ってきた。常識人らしく、馬鹿なことは止めろと一喝してくれると期待していたのに。
でも、七海って、どっちかって言うと、俺と陽菜の交際に反対していなかったか? いつの間に賛成派に回ったのだろうか。
お兄ちゃんと呼ばせるだけでは飽き足らないのか、早智が暴走気味に、追加の提案まで始める。
「あと、キスする!」
「おい!」
「唇じゃなくて、ほっぺに」
「それならいいか……」
「「いいの!?」」
ほっぺにキスと聞いた途端、陽菜のOKが下りてしまった。唇じゃなければいいのか? 陽菜の妙に物分かりの良いセリフに、俺と妹会長は二人とも度肝を抜かれた。
「だってほっぺなら、好きな人同士がすると言うより、小さい子がお兄ちゃんに……。ごめん、何でもない」
「そこまで言ったなら最後まで言ってよ!!」
いろんな意味でショックを受けた妹会長が涙目で突っ込むが、陽菜が笑って受け流すのみだった。
「どうなの? まさかここまで盛り上げておいて逃げるとか言わないわよね」
一通り決まった(というか、俺の意思を無視して勝手に決められた)ところで、早智が俺に詰め寄ってきた。お前と夏凛のアホ発言のせいで、俺の気分は盛り下がっている。盛り上がっているという場の雰囲気も、道ずれにしてしまいたい気分なんだよ。
「やるよ!」
「OK!」
「「全然関係のない陽菜(お姉ちゃん)が勝手に決めた~!」」
最終的には陽菜が賭けを受けて立ってしまった。実際に勝負することになる俺は、最後まで蚊帳の外だった。
こうして妹会長との間で、勝っても負けても俺にとっては損な賭けが成立してしまった。ただでさえ面倒くさい定期テストがより面倒くさくなってしまった。全くやれやれだ。
騒ぐだけ騒いだところで、この日はお開きとなった。騒ぎ疲れたのか、妹会長はすやすやと寝息を立てて眠っていた。
「こうして眠っている姿だけ見れば可愛いんだけどな」
妹会長の顔をしみじみと見つめながら、起きている時の騒がしさにため息をつく。
「実は今日、鍋大会を開いた一番の目的は、優司くんとこの子に親しくなってもらうことだったの」
「え?」
「この子、優司くんになかなか懐かないでしょ? 今のままだと、将来優司くんと結ばれることになった時、支障が出ると思うの」
将来って……。気が早すぎるよ、陽菜。
寝ている妹会長の頭を撫でながら、陽菜が質問してきた。
「優司くんの目から見て、この子は前より懐いてくれたかしら」
不安そうに聞いてくる陽菜に、賭けをしなければ少しは良好になっていたんじゃないかと、素直な胸の内を話した。
優司は乗り気ではありませんが、妹会長との賭けがなされました。優司が勝てば、妹会長に「お兄ちゃん」と呼んでもらえることになりましたが、実際のところ、幼女からお兄ちゃんと呼ばれて喜ぶ人ってどれくらいいるんでしょうね。ラノベではそう呼ばれるシーンを時々目にするので、需要はあると思うんですが……。
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