第九十二話 暗闇の中で愛のアクシデントに襲われた
第九十二話 暗闇の中で愛のアクシデントに襲われた
「それじゃ念願の闇鍋を始めますか」
あまり心待ちにしていなかったが、陽菜にとってはメインイベントだったらしい。声が生き生きしていた。
「じゃあ、部屋を真っ暗にしないとね! 夏凛、七海! ライトダウン!」
妹会長の号令で、部屋の中は真っ暗になった。カーテンの隙間から漏れる外の光を覗けば、光が全くない状態だ。なんか呪文みたいな掛け声があった気がするが、聞かなかったことにしよう。
「真っ暗だね! 何か面白い!」
妹会長が楽しそうに声を上げる。部屋を暗くしただけではしゃぐとは、さすが妹会長だと馬鹿にしていると、誰かに顔をパチンとはたかれた。
「誰だよ。今、俺の顔をはたいたのは?」
「あ、私。そうか。今のは優司だったか。……もうちょっと強くはたいても良かったかな?」
「お~い! 笑えないことを口走るなよ。イタズラで済まなくなるぜ☆」
そんな妹会長のイタズラを耳にした夏凛の口から、不届きな企みが聞こえた。
「そうか……。この暗闇の中でなら、うっかり優司のあんなところやこんなところを触っても偶然で済ませられる……」
「済ませられないから! 確信犯だってバレバレだから!」
全く! 油断も隙もない。
真っ暗闇だと視覚に頼ることが出来ない分、他の感覚は研ぎ澄まされる。ビリッとビニール袋が破ける音がした。あの黒いビニールを破いているに違いない。
「今すごくドキドキしてるんじゃないのか?」
「別に」
夏凛が揺さぶってきた。正確にSなところがある夏凛にとっては楽しい作業だろう。
「もし不安で仕方ないのなら、デートと引き換えに教えてやっても……」
「馬鹿言ってないでとっとと入れろ!」
ただし調子に乗り過ぎてしまい、七海にどやされていた。
「よし! 入れるぜ」
ドボン、ビチャッと言う音がした。謎の食材が投入されたのだろう。
「念のために聞いておくが、食べられるものだよな?」
「当たり前じゃない」
おかしな質問をいぶかしむように陽菜が答えた。闇鍋初心者なので、革靴などの食べることの出来ない食材を入れる場合もあると言うことを知らないようだ。もし知っていて実行しようとしていたとしても、七海や夏凛が全力で止めたに決まっているけど。
「駄目だよ、美咲さん。闇鍋には食べられないものも入れるって言う茶目っ気が……」
ドカッ!
「え? 何か言った? 良く聞こえなかったわ」
「……いいえ、なんでもございません」
早智が不穏なことを口走っていたのを力づくで黙らせてやった。早智を叩く際に、ヘッドロックを決めている腕と接触したが、おそらく七海が早智の首を絞めているのだろう。動機は俺と同じに違いない。
「じゃあ、優司くんと鹿内さん。どうぞ!」
陽菜は出来上がった闇鍋の試食を早速進めてきた。彼女にとっては、この瞬間のために、俺の家に来たようなものなのだ。待ちわびた時間で、楽しくて仕方ないのだろう。
「俺達からか……」
良く考えてみれば、この鍋に何が入っているのか知らないのは、俺と早智だけなので、純粋に闇鍋を楽しむとしたら、俺達二人で食べるのは必須と言えた。
「じゃあ、俺から行く」
面倒くさいからさっさと済ませてしまうことにした。まあ、陽菜のことだから、とんでもないものは入れないだろうとたかをくくっていたのだ。
覚束ない手つきで、適当な食材をすくって口に運ぶ。食べるまでのドロドロした感じが気になったが、一気に入れた。
周りは熱いけど、噛んでみるとヒンヤリと冷たい。しかも甘い! ……これはバニラ味か?
脳内で嗅覚と味覚で得た情報を整理して謎の食材の正体を見極めた。
「これ、アイスか?」
しばらく誰も話さず、静寂の間があった。それから、陽菜の声が響く。
「正解!」
どうやら正解だったらしい。
「優司くん、すごい! よく分かったね」
「まあ、どうにか」
バニラ味に鍋の汁が加わったせいで、あまりおいしくなかったけど、落ち着いてみればすぐに分かった。
「次は私の番ね」
俺の正解を受けて、早智が名乗りを上げた。
「じゃあ、食材を新たに追加するわね」
夏凛の代わりに七海が食材を追加すると言い出した。この二人の関係を考えると嫌な予感しかしない。早智が食べると分かった上で入れるのだ。狙い撃ちしているとしか思えん。
「え~と、あら! 爆弾がないわ。おかしいわね、スーパーを出た時には、確かに持っていたのに」
こともあろうに、爆弾とは。俺の家ごと破壊する気か。早智もさすがにたまらず、声を荒げる。
「ちょっと!」
「冗談よ」
「あんたはそう言って、本当に仕掛けてくる奴だから信用できないのよ!」
七海は涼しい声で否定したが、空気が一気に重くなってしまった。
気を取り直すように、陽菜が食材を追加した。それを早智が口に運ぶ。真っ暗なので想像するしか出来ないが、きっと吟味しながら食べたのだろう。
「これは……、何かの肉だね」
「さっき食べた霜降りの残りか?」
「それなら分かるよ」
そりゃそうか。肉かどうかくらい俺でも判別できる。問題は何の肉かだ。
暗い室内に、早智が肉を咀嚼する音がこだまする。嫌に時間をかけるな。まさか、マジで分からないのか?
「……分からない。この肉、初めて食べる……」
俺は驚愕した。いろんな意味で肉食系女子の早智が分からないだと?
「(上の階の爺さんが料理してくれた)マムシの肉すら食べたことのあるお前にも初体験の肉だと? 嘘だろ!」
俺はいかに早智が肉のスペシャリストなのかを説明したつもりだったのだが、周りはマムシを食べたエピソードに食いついた。
七海に至っては「どれだけ悪食なの……」と本気で気持ち悪がっていた。
「ああ、もう悔しい! 全然分からない! もう降参するわ」
テーブルに端をダンと叩きつけて、悔しさを全身で表現すると、その勢いが消える間もなく、両手を上げて降参した。
「本当に分からないとは……」
波乱の展開だった。早智は匂いだけでも食材の嗅ぎ分けが可能だから、暗闇くらいハンデにもならないのに。
「結局何の肉だったんだ?」
早智ですら見抜けなかった食材とは何なのか。気になって陽菜に聞いてみた。
「イノシシ!」
陽菜は簡単に言い切ったが、初耳だった俺と早智の目は点になった。
「へ? イノシシ? この辺のスーパーで売ってないよね? どこで買ってきたの?」
早智の言う通りだ。この辺のスーパーでイノシシの肉が扱われていないのは俺もよく知っている。
「イノシシの肉まであるとは。何でもアリだな」
「でも、俄然面白くなってきたね」
早智は闘争本能に火がついたらしいが、俺はあまり気が乗らないままだった。それでも、早智に無理やり背中を押される形で、二品目を食べさせられた。
周囲は俺が連続で当てられるか興味津々だったようだ。俺はプレッシャーを感じつつも、今まで食べたことのあるものと照らし合わせた。もっともイノシシの肉など食べたこともない食材が出てくることもあるので、太刀打ちできない可能性もあるが。
「おい、これ。フカヒレじゃないのか?」
あり得ないと思いつつも、小学生のころ、母の知り合いの結婚式で一度だけ食べたことのある高級食材の名を口にした。
「不正解! フカヒレは闇鍋のリストには入っておりません」
陽菜からは不正解の宣言が出た。周囲から失望の混じったため息が聞こえて来る。だが、俺には妙な確信があった。
「いやいや、この味と触感は確かにフカヒレだよ。嘘だと思うのなら食べてみろよ」
「え? そんな筈ないって。言ったでしょ。フカヒレは入れていないって!」
執拗に食い下がる俺に困惑しつつも、陽菜のジャッジは覆らなかった。そこで、意外なところから声が上がった。
「あ、ごめん。間違って入れちゃった……」
「真奈美!」
何でも板チョコを入れる筈が、暗くて手元が狂ったらしい。それを聞いて目の色を変えたのは夏凛だった。
「フカヒレ! 俺にも食わせてくれ!」
高級食材を狙っていた夏凛が、俺に顔を寄せてきた。暗闇で視界が満足に開けない状態で正確に俺の位置を割り出してくるとは。こいつの高級への憧れは侮れない。
その時、口元に柔らかいものが重なった。
「あ……」
夏凛からも声が漏れる。
「どうしたの?」
陽菜が心配そうに聞いてきた。声を出してしまったことをやや悔やんだ。しかし、聞かれた以上、答えない訳にもいくまい。
「キスした……」
「は?」
「だから、今のごたごたの最中で、夏凛とキスしてしまった」
「…………」
陽菜はおろか、誰も何も言わなかった。むしろ、罵詈雑言を並べてくれた方が気が休まるくらいだ。
遂に夏凛ともキスしてしまいましたね。どこまでラッキーな男なんでしょうか、岩見優司は。そういえば、今鍋を囲んでいるメンバーで、優司とキスしていないのって、妹会長だけですね。いろんな意味で重たい雰囲気になってしまいました。
PVの合計数が20万を突破しました。これも日頃から読んでいただいている皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。




