第九十一話 マツタケを巡る無言の冷戦
第九十一話 マツタケを巡る無言の冷戦
テスト勉強をしていたら、陽菜が生徒会メンバーを引き連れてやってきた。
突然の訪問に面食らったものの、早智の誘導で中に入れる。勉強道具を移動して、テーブルの上を整理した後、陽菜の持っていたスーパーのレジ袋を置いた。
「優司くんの家は相変わらずきれいだね。七海、皿を用意して」
「はいはい」
陽菜は上機嫌で場を仕切っている。部屋がきれいなのは、さっきそうじしたばかりだからなのだが、そこはわざわざ言わなくても良いことだろう。
「じゃあ、やろうか! チーズフォンデュを!」
「お~!」
「おい!」
チーズフォンデュは前回の鍋大会の時に却下になっている筈だ。それをまた持ち出してくるとは。そんなにやりたいのか? ちなみに俺の家にパンの買い置きはないからな。さっき早智と残っているのを全部食べちゃったから。
まさかこのために鍋をやろうとか言い出したのか?
「冗談よ。寄せ鍋だから」
陽菜の前に出るようにして、パック詰めの肉団子や、野菜の数々を俺に向かって見せた。さすがの陽菜も俺たちの間で不人気のチーズフォンデュをするような暴挙には出なかったか。今日のメンバーでも、チーズフォンデュをやると言って賛同したのは妹会長だけだったし。
「本当は途中で私が強引に止めさせたんだけど……」
「ん? 何か言ったか?」
「何も言ってないわ」
七海が何やらボソリと呟いたいたが、良く聞こえなかった。聞き返しても教えてくれなかったので、きっとたいしたことではなかったのだろう。
「! 何これ。こんなの買った覚えはないわ!」
張り切って、テーブルに袋の中身を出していた陽菜が大声を上げた。
陽菜の後ろから覗いてみると、鶏肉、白菜、春菊、長ネギ、白たきといった定番の具に交じって、マツタケに霜降り肉などの高級食材があった。鍋と関係のないメロンまで見かけたときには唖然とした。
「豪勢だな。霜降り肉なんて何年ぶりだ? マツタケを鍋に入れるのも一興だな……」
貧乏人の俺は、霜降り肉を見ただけでよだれが出てしまった。香りマツタケと言うくらいだから、かなり香ばしい鍋になるだろうな。これなら、生徒会に感謝されるのも悪くないと、無邪気に喜んでいた。
「鍋に入れないから、口から出したよだれは無意味だよ……」
陽菜に呆れられた。俺のすることには基本的に合わせてくれる陽菜から異議を言われるのは極めて珍しい。
「きっと真奈美ね。買い出しをしている時も、私の目を盗んでカートに物を入れようとしていたから」
「だろうな……」
すぐに妹会長が呼ばれて、陽菜から厳しい叱責を受けていた。妹会長は必死に言い訳をしていたが、陽菜に一喝されると、しょげていた。
テレビを見ながら、我関せずの態度を貫いている夏凛に目がいった。おそらく彼女も共犯に違いない。
「会計の際に止めなかったのか? 完全に予算オーバーだろ」
夏凛は金にうるさいと聞く。早い話がケチなのだ。マツタケや霜降り肉なんて、高級食材をバンバン放り込まれていたら、支払額がとんでないことになるので、気付かないはずがないのだが。そして、そんな天文学的数字を目の当たりにした夏凛が平気でいられる筈がないのだが。
「へへへ……、今日の食材費は美咲家が持ってくれてるんだ。分かるよな? めったに味わえない高級食材がタダで食えるチャンスなんだ。だったら乗っからないのは馬鹿だろ」
ケチなりの理屈だった。でも、その気持ちは痛いほどよく分かった。そればかりか、でかしたと褒めてやりたい。
「でもいいのか? お前のせいで妹会長が怒られているぞ。傍観しているだけと言うのは考え物だ」
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺は会長の側で何気なく、「これ、おいしそうだな」って、物欲しそうな目をしながら、さりげなく呟いただけだ」
恐らく妹会長を唆し買った高級食材も、幾つかあるのだろう。この機を利用して普段食べられない物を食べてしまおうと思うしたたかな性格には好感を持つ。
「ちなみに、この黒い袋は何だ?」
一昔前のゴミ袋のように、中が分からなくなっている真っ黒な袋が一つ置いてあった。不思議に思って中を見ようとすると、陽菜に止められた。
「まだ見ちゃ駄目! それは闇鍋用なんだから」
「は? 闇鍋?」
「そう! 闇鍋用なの。だから中身は口に入れるまでのお楽しみ!」
前回出来なかった闇鍋にまだ未練を持っていたのか。意外に執念深いところがあるんだな。まあ、そういうところが可愛いんだけど。だが、一つ解せないことがある。
「食べるまでのお楽しみって言うけど、陽菜たちは知っているんだよな」
こんな黒いビニール袋など、近所のスーパーで扱っていないが、用意したのが陽菜なら中身だって知っているだろ。
「そうだね。優司くんの言う通り、私たちは中身を知っているよ!」
隠そうともせずに堂々と言い切った。清々しいくらいだ。
「不公平だ。それじゃ、袋の中身を知らないのは俺と早智だけになるじゃないか」
「うん! 優司くんと鹿内さんにだけ内緒!」
「何? その疎外感バリバリの闇鍋? 俺も仲間に入れてくれよ!」
「えへへ! 駄~目!」
口に入れるまで何か分からない(しかも周囲は真っ暗)と言うのはご免なので、彼氏として情報公開を申し込んだが、意地悪っぽく笑って拒否された。
「あ! いいわね、闇鍋。面白そう」
「でしょ!」
食い下がろうとしていたら、よりによって早智が陽菜側に回りやがった。これで俺は四面楚歌の状態になってしまい、強大な美咲帝国の情報隠匿に屈することになってしまった。
ていうか、これは本来の闇鍋のやり方から外れている。互いに謎の食材を持ち寄って、食べる時にこっそり入れるのが本来のやり方の筈だ。俺は納得がいかなかったが、ここで鍋の準備が整ってしまい、食事の時間になった。
テーブルの真ん中に土鍋が置かれてそれを囲むように、みんなが座った。
「いや~、鍋を囲むのっていいよな~」
「うん!」
今日は陽菜が全部やってくれるらしい。いざとなったら早智が手伝うつもりだったようだが、問題ないようなので見ているだけにしたらしい。なかなかの鍋将軍ぶりだ。まあ、鍋なんて、言ってしまえば材料を放り込んで煮るだけだから、入れる順番さえ間違えなければ、誰でも作れる低難度の料理の訳だけど。
「さて、どれから入れようかな。優司くん、リクエストある?」
「海鮮系と野菜を多めに頼む」
さっきまで出前の天丼を食べるつもりだったのだ。とにかく体が野菜と海産類を欲していたので、それをリクエストした。陽菜は「了解!」と微笑んで、注文した食材を煮立った鍋の中に放り込んだ。
外は夏真っ盛りで暑いと言うのに、鍋はおいしかった。だが、鍋の食材はあまり減っていかない。
「……ねえ、まだたくさん残っているよ?」
陽菜が誘ってきたが、その言葉に乗るわけにはいかない。まだ高級食材が入っていないのだ。それを食べる前に満腹になる訳にはいかない。
ちらりと早智と夏凛を見た。二人とも想いは同じらしい。このまま高級食材が登場すれば、骨肉の争いになるのは明らかだ。少しでもライバルを減らすため、食を促すことにした。
「早智。まだ残っているってよ。お前、全然食べてないから、腹ペコだろ。俺は良いから、食えよ」
「私、ダイエット中だから、パス。夏凛はどう?」
「俺は将来のお婿さんに譲るよ。その後で余り物を食べることにする」
誰が将来のお婿さんだ。陽菜がマジで睨んでいるから口を慎め。
こんな感じで、いつもならひたすら食べる三人組が食欲を温存しているせいで、食材の減りは遅々として進まなかった。そう! 俺たちの頭の中は高級食材をそうやって他の奴から掠め取るかでいっぱいだったのだ。今の状況は、嵐の前の小休止と言う感じだった。
陽菜は小さくため息をつくと、俺たちに言い聞かせるように言った。
「マツタケや霜降り肉は均等に分けるから。メロンもデザートで切り分けるから、取りあいは駄目よ」
事実上の一人占め禁止令だった。それを聞いた俺達三人組は安心したような、がっかりしたような空気になってしまった。ただ、高級食材はおいしかった。
高級食材を食べたことで思い残すことはなくなり、いつも通りの食欲を発揮したおかげで、鍋の中身はぐんぐん減っていった。
「ふ~、だいぶお腹も一杯になってきたね!」
まだおじややデザートを食べていたなかったが、お腹が本気で一杯になってきた。それでも構わなかったのだが、陽菜的には困るらしい。何故なら、まだ闇鍋をやっていないから。その前にお開きになる様な事はあってはいけないのだ。
「じゃあ、そろそろ闇鍋いっちゃう?」
今日一番の明るい声で宣言した。
執筆中にネットで鍋のことを調べていたら、食べたくなってきちゃいました。どうしよう。今日の夕食、鍋にしようかな……。でも、暑いしな……。




