第八十七話 助っ人優司参上!
第八十七話 助っ人優司参上!
七海の症状が悪化したとか、実は骨折していてずっと我慢していたとか、そういうアクシデントは起こらず、その後はお互い黙ったままで、時間だけが流れていった。
授業終了を告げるチャイムが聞こえたので、そろそろ戻ろうかと思い、七海を見ると、険しい顔で右腕を見つめていた。
「右腕がどうかしたのか?」
「倒れた時に捻ったみたい。放っておけば治るかと思ったんだけど、痛みが引かないの。今日の放課後に生徒会があるのに、これじゃ議事録を付けられないわ」
利き腕が使い物にならないことが悔しいのだろう。もう一度、感触を確かめるように、右腕を捻ると、無念そうに見つめた。
「そうか。お前、生徒会で書記をやっているんだったな」
素早く字を書きつらなければならない書記と言う役職にとっては、致命的な怪我だった。
俺が何の気なしにボールを蹴ったばかりに、迷惑をかけてしまった。原因であるおれとしては、責任を感じてしまう。
七海は少し考えているようだったが、やがて何かを決心したように、俺の顔を見た。
「ねえ、あなた、今日の放課後は暇?」
「え? 俺は部活をやっていないから、いつも放課後は暇だけど」
そろそろバイトを始めようかと考えているが、今は関係ない話なので黙っておく。
「そういうことなら、お願い事をしてもいいかしら」
「お願いって、生徒会の手伝いをか?」
「ええ」
話の流れからすると、自分の代わりに議事録をメモしてくれと言うことだろうか。聞いてみると、そうだと言う。
「私がメモしてと言ったところだけ、書いてくれればいいから」
「自信がないな」
「右腕を怪我している私がやるよりは速いわ」
渋る俺を諭すように、優しい声で七海が懇願した。そこまで下から頼まれてしまうと、俺としても断ることは出来ない。
そうでなくても、右腕を話題にされると弱い。結局、もうどうにでもなれと言う気持ちで、了承することになってしまった。
放課後になって、生徒会へ向かっている間、俺は憂鬱だった。
「他の役員たちにはどう言うかな」
正直に言うべきなのだろうが、そんなことを言ってしまえば、あの妹会長にどんなことを言われるか分かったものではない。
そんな俺の心境をくみ取ってくれたのだろう。七海がため息をついて、助け船を出すことを約束してくれた。
「私が自分で転んで痛めたってことにしてあげるわ。本当のことを言って、会長にどやされるのも嫌でしょう?」
「そりゃあ、嫌だけどさ……」
何か七海に悪い気もした。だからといって、妹会長に責められるのも勘弁なので、七海の言う通りにすることにした。つくづく自分は情けない男だと思う。
打ち合わせが済んだところで、タイミング良く生徒会室に到着した。
今ならまだ間に合うぞ。俺以外にもっとスケットにふさわしい人物がいる筈だ。俺の心の叫びを知った上で無視しているのか、躊躇することもなく、七海はいつもそうしているように生徒会室にドアを開いた。
やれやれ、もう覚悟を決めるしかなさそうだ。念のためにもう一度だけ言っておくが、どうなっても知らないぞ……。
生徒会室の中には、妹会長と夏凛、庶務の蓮杖がいた。副会長の碓氷とかいう人は本日も不在みたいだ。
「もう! 七海ったら遅い!」
生徒会室に入ると、妹会長が檄を飛ばしてきた。
「すいません。所用があって遅れました」
慣れたように七海がすんなりと割る気もなく言った。妹会長は罰の悪そうに七海を睨んだが、その拍子に俺を見つけた。
「何で、岩見優司がいるのよ!」
俺の姿を確認すると、妹会長は嫌悪感を露わにした。面と向かっただけでこれだ。七海を怪我させたなんて言った日には、どんな罵詈雑言が飛んでくるのだろうか。七海に嘘をついて誤魔化してもらうのは、正しい選択なのかもしれない。
それから、いちいち俺のフルネームを言うのは面倒くさくないか? 優司でも全然構わないぞ。
七海は自分で転んで痛めたと説明すると言っていたが、それで騙せるのだろうか。いくら何でも、ばれるだろう。
「プププ! 七海ったら、ドジ!」
説明を聞いた妹会長は七海のドジッ娘ぶりをあざ笑った。拍子抜けするくらいにあっさりと騙されてくれた。
「ね! 騙されたでしょ」
こめかみに青筋を浮かべながら、七海は言ってきた。ただ、笑われたのは屈辱だったらしく、笑顔はない。
「それで助っ人に優司を連れてきたわけか」
「他に良い人材がいくらでもいたんじゃないの~?」
妹会長は、俺の人選に不満らしい。他の人材の登用を熱心に勧めてきた。さすが幼いながらも、生徒会長だ。物事と言うものをよく分かっていらっしゃる。
「いいんじゃないの? 七海が後ろから指示を出すんだし、大きなヘマはしないんだったら、今日くらいは代役でも」
「蓮杖の言う通りだ。優司と一緒に仕事が出来るなんて、夢のようだ。是非参加してもらおう!」
信じられないことに、蓮杖と夏凛が推してきた。七海も加えて三人に攻められた妹会長も、渋々ながら承諾してしまった。最後の砦が陥落してしまったことで、今日一日生徒会の仕事を手伝うことになってしまった。
「今日は何をしているんだ?」
やる気は出なかったが、今更帰ることも出来ないので、せめて早く仕事を終わらせて帰ろうと、さっさと取り掛かることにした。
出来るなら、簡単にできるものだと良いなと思いつつ、聞いてみる。俺の質問には夏凛が答えてくれた。
「テスト前だっていうのに、今度の金曜日に各委員会の長が集まって集会をすることになっていてな。それで使う資料をまとめているんだよ」
テスト前に資料作成か。考えただけでも面倒くさい作業だな。まあ、俺もこれからすることになる訳だけど……。
「まっ! テストなんて定期的に勉強していれば、そこそこ点を取れるんだから、今更じたばたすることもないんだけどな!」
夏凛の発言に生徒会メンバーが一様に大きく頷いた。さすが学校の代表だ。勉強をテスト前以外でも、毎日しているだなんて、生徒の鑑だ。……俺はしていないから、家に帰って勉強させてもらってもいいかな。
俺の憂鬱を、仕事をする自信がないのと勘違いした七海が、励ますように声をかけてきた。
「身構えることはないわ。会議の内容をノートパソコンに打っていくだけですもの。コツさえ掴めば誰にでも出来るわよ」
いや、俺の心配の種はそっちじゃないんだけど、もういいや。それより、パソコンを使うのか……。
「てっきり紙に書いていくのかと思っていたけど……」
「私はパソコンで入力する方が速いから、こっちでいつもやっているの。あなたもそうなんじゃない?」
否定はしない。紙に字を書くなど、授業中にしかやらないが、パソコンに文字を入力する作業だったら、毎日かなりの時間を割いてやっている。七海の憶測通り、パソコンを使った方が速いのは確かだった。
「ほら。これが私のいつも使っているノートパソコンよ。今日はあなたに使わせてあげるから、思う存分に使いなさい」
「ああ、ありがとう」
思う存分使っていいとは言われたが、ネットやSNSに使えるわけではないので、嬉しくはなかった。
「念のために言っておくけど、発言をそのまま入力すればいいという訳ではないからね。ちゃんと後から確認して分かりやすいように、要点をまとめて打っていくのよ」
「分かっているけど、あまりプレッシャーをかけないでくれ」
どうせ始まったら、後ろからきつい指導をしてくるのだろう。今から精神的に重圧を加えないでもらいたい。
「でも、すごいな。マイパソコンがあるなんて。さすが生徒会……って、これ、なんかおかしいぞ」
腕ならしのつもりで、適当に字を打ってみたのだが、反応が悪かったり、打ち込んだ覚えのない文字が入力されたり、どうも反抗的だ。
「いつもの七海みたいだな」
横から覗いてきた夏凛がボソッと呟いた。
「ああ、確かに……」
「おい……」
思ったことを正直に言ったら、七海が怒り出したので、謝っておいた。
「ひょっとしてさ。持ち主の七海みたいに、優司にツンしてるんじゃないか?」
笑いを堪えながら、夏凛が話し出した。何を言い出すのかと思えば、持ち主に似ているだと? 犬じゃあるまいし! それなら妹会長のパソコンに手を出せば、攻撃されるとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい! そんなことがある訳が……。あるかも!
「だからさ。七海にしているみたいに優しく接してあげるんだよ。そうすれば、最近の七海みたいにデレて、言いなりになってくれるぞ」
「はあ? 誰がデレているですって! 冗談もほどほどにして!」
「ははは! 照れちゃって、可愛い❤」
「な、ななな……」
七海が赤面している。真面目な性格なので、こういった不意打ちにはとことん弱いのだ。そんなことがないことは俺がよく分かっているので、ムキにならなくていいぞ、七海。
このままでは仕事にならないので、さっきより優しくパソコンに接してみることにした。……って、優しく接するって何だよ! キーボードをいつもよりソフトに打つってことか? パソコンと抱きしめてあげるってことか? 訳が分かんねえよ!
デレを指摘されて慌てている七海と、慌てる彼女をからかうのを楽しむ夏凛の掛け合いは書いていて楽しいですね。もう優司とか、そっちのけです。




