第八十六話 サッカーボールと迂闊な言動が七海を射抜く
第八十六話 サッカーボールと迂闊な言動が七海を射抜く
ある日の午後の授業。昼食を摂ったばかりなので、襲ってきた睡魔と闘う必要があった。グラウンドに出て、準備体操を始めれば眠気は吹き飛ぶかと思ったが、むしろ強まった感すらあった。
この日の授業ではサッカーをやることになっていた。もう眠たくて仕方がなかったので、走り回らなくて済むゴールキーパーを希望したというのに、他の奴に盗られてしまう……。しかも、俺に任されたポジションは、こともあろうにフォワードだ。点を取る役は体力が有り余っていて、やる気のあるやつにでも任せるべきだと言うのに。
チーム分けが終わり、ポジションが決まると、ミニゲーム形式で試合が始まった。体育の時間にやるだけなので、面倒くさい基礎練習などはない。こういう緩いところは大好きだ。
フィールドにうちのクラスの男子が均等に散って、試合開始かと思われた時に、女子がキャアキャア言いながら、グラウンドの周りを走り始めた。あちらは本日、持久走をやるようだ。
列の前列を走る陽菜と七海の姿が目に入った。陽菜も俺のことを確認したらしい。こっちに向かって手を振ってきた。
「優司く~ん❤ がんばってね。私、応援しているから~!」
周りの男子から、刺すような視線が突き付けられた。気のせいか、体育教師からも向けられている気がしたが、深く言及しないようにしよう。
眠気のせいで、試合開始のホイッスルが鳴ってからも、やる気が全然起きない。
何がそんなに楽しいのか、俺のクラスの男子連中はみんなドリブルを好んだ。そっちの方が自分の活躍する場面が増えて、女子たちにアピールする機会が増えるからだ。もっとパスでつないだ方がいいというのに。言っているそばから、男子の一人がドリブルで無理に切り込んで、ボールを奪われている。あらら、格好悪い。
守備に全く参加しないで、敵陣の真っただ中から動かないという現代サッカーにあるまじき行為を平然としながら待っていると、ボールがこっちに向かって飛んできた。
「優司くん、いっけ~!」
陽菜が声を張り上げて叫んできた。他の女子も面白がって、それに便乗してくる。
盛り上がる女子と対照的に、男子から黒いオーラが発せられていることに気付いた。外してしまえと、味方からも無言のプレッシャーがかけられる。お前ら、勝ちたくないのかよ……。
ゴールするとうるさそうなので、わざとゴールポストを外すように蹴ってやる。それ!
「あ……」
ゴールポストの枠の外を狙ったのに、ボールは吸い込まれるように入っていき、ネットを揺らした。
女子たちからは黄色い歓声が上がった。その中には、陽菜からのものも含まれていたと思うが、うるさくて聞き取れない。
この歓声に嫉妬したのか、得点を取ったのに、チームメイトから祝福されることはなかった。そればかりか、まるで戦犯を見るような目で睨んできている。理不尽な待遇に、そんなに俺の活躍が気に入らないのなら、自殺点でも取ってやろうかと思ったくらいだ。ハイタッチすらない状態で、次はもっとしっかり外してやろうと決意した。
立ちっぱなしだ。守らない。味方の援護に入らない。点を取る気もない。自分で言うのもなんだが、最低のプレイヤーだ。
不埒なことを考えつつ、突っ立っていると、またボールが俺のところにこぼれてきた。
「優司くん、二点目~!」
また陽菜を中心として、女子から黄色い歓声が飛ぶ。
すまんな、陽菜。このボールがゴールネットを揺らすことはないんだよ。全然関係のないところに飛ぶ予定なんだ。
欠伸を堪えながら、適当にボールを蹴った。今度は目論見通り、ポストと関係のない方向へとボールは飛んで行ってくれた。本来なら、悔しがることなのに、ガッツポーズをしてしまいそうになる。
それだけなら笑い話で済むのだが、運の悪いことにグラウンドの周りを走る女子の列に乱入してしまった。
当然、女子の間から悲鳴が起きる。最悪なことに、ボールは女子の一人の顔面にクリーンヒットしてしまった。「しまった!」と叫ぶが、もう遅い。
ボールをぶつけられた女子は後ろに吹き飛ばされて、派手に転倒した。俺は慌てて、その女子の元に駆け寄って、声をかけた。
「悪い! 大丈夫か? 怪我はないか?」
「大丈夫な訳がないでしょ。不意打ちでボールを当てるなんて、ずいぶんなことをしてくれるじゃない……」
ボールが当たったのは七海だった。当てといて何だが、最悪だと思ってしまった。もちろん、一番最悪なのは七海だが、この後の展開を考えると、俺も最悪を感じざるを得ないのだ。
「七海! 優司くんはわざとやった訳じゃないよ!」
「そんなのは分かっているわよ」
ありがたいことに陽菜が俺の肩を持ってくれた。わざと外したのは事実だが、当たったのは偶然だ。七海もボールをぶつけられたことに対して、憤ってはいるものの、そこは分かってくれているらしい。
「どこか痛むところはないか?」
「見ての通りよ」
「……大丈夫、じゃないか」
出血もしていないし、顔も腫れていない。だが、転倒した際に全身を強打したみたいで、起き上がるのも難儀そうだ。
それから体育教師がやってきて、七海の怪我の具合を確認した。大事はなさそうだったが、一応保健室に連れて行くという話になった。
「俺が連れて行きます」
体育教師に俺が連れて行くことを申し出ると、難なく承諾された。というより、やったのはお前なんだから、連れて行くのは当たり前だろうと言うことだった。七海におんぶで運ぶことを提案して、おぶるために背中を向けると、陽菜が心配そうに声をかけてきた。
「一人で大丈夫? なんなら、私も手伝おうか?」
「いや、俺だけいいよ。元々俺のせいだし、重いものを運ぶのには慣れているからな!」
「重いものって何だ? え? 言ってみろよ、こら!」
失言だった。七海の声が急激に鋭くなっていき、目が怪しく光る。俺も陽菜も、ゾッとしてしまう。
「も、ものの例えだよ。重いものでも運べるっていうな!」
「そ、そうよ。何も七海が重い訳じゃないのよ!」
「本当かしら~~?」
全然言い訳を信じてくれなかったが、ため息をつくと、「まあ、いいわ」と言って、俺におぶさってきた。
ん? 背中に妙な感触が……。そういえば、こんな展開がホイケルから借りたエロ本に載っていたような……。
もう少しで思い出せそうだったが、あまり鮮明に思い出すと、女子全員を敵に回すことになりそうな気がしたので、七海の運搬に集中することにした。
保健室に着くと、先生がいなかったので、空いているベッドに七海を寝かせた。
「とりあえず外傷がなくて良かったよ」
「当たり前でしょう! 顔に傷がつくようだったら、あなたの顔にも一生消えない傷を刻んであげていたわ」
顔は女の命と言うが、それに傷をつけるような行為は自殺行為に等しいようだ。今日のことだって、わざとやった訳ではないが、もうやらないように細心の注意を払おう。
「包帯でも撒いておくか?」
ただ寝かせるだけというのも何なので、包帯でも撒いておこうかと思ったが、七海に拒否された。
「いいわ。どうせ数日で痛みも消えるわよ」
強がっているようにも見えないから、本当に大したことがないのだな。ひとまず大事にならなくて本当に良かった。
「私はこのまま授業が終わるまで寝ているから、あなたはもう戻っていいわよ。ここに居てもすることはなさそうだしね」
ここで本当に大した傷じゃないなとか、この程度でダウンする訳がないとか言うと、烈火の如くキレられると、経験則で学んでいた。同時に、まだ授業をさぼっていたいというやましい理由もあったので、こう言い返した。
「いや、念のためにもう少しいるよ。もしかしたら打ち所が悪かったかもしれないし、何よりお前のことが心配だからな」
回答としては問題ないだろ。これで授業もさぼれるし、一石二鳥。
ん? 七海の顔がみるみる真っ赤になっていく。今頃腫れてきたのか?
「少し腫れてきたみたいだな。シップでも貼るか?」
「い、いらないわよ!」
「でも……」
「いらないったら、いらないの!」
強い口調で拒否された。取り乱しているようにも見えるが、一体どうしたのだろうか。
「ひょっとして打ちどころが悪かったんじゃないのか?」
「私は至って正常よ! 何もないから黙っていて!」
ついに黙れと言われてしまった。自分の何がそこまで七海を怒らせたのか分からない。素直に教室に戻るべきだったのかと、今更考えてみた。
「馬鹿……。本当に馬鹿……」
不満があるのか、七海は不機嫌そうに呟いてばかりいる。
やってほしいことがあるのなら、はっきり言ってもらわないと。最近鈍感になってきているから、ちゃんと言ってもらわないと分からない。
優司が七海の顔にサッカーボールをクリーンヒットさせてしまいましたが、これは私の高校時代の実体験を元にしております。私がぶつけた方です。相手に怪我はありませんでしたが、ぶつけてしまった人には平謝りでした。




