第八十八話 想定外の襲撃者
第八十八話 想定外の襲撃者
七海のノートパソコンから思わぬ反乱に遭い、仕事を始められないという不可解な状況に陥ってしまった。
困っていると夏凛から優しく接しろとアドバイスされた。七海は馬鹿馬鹿しいと切り捨て、俺自身も半信半疑だったが、何もしないよりはマシだと思い、優しく問いかけてみた。
「え~と、君、可愛いね……」
「ブプッ! パソコン相手に何を言ってるの?」
妹会長に爆笑されてしまった。パソコンは依然、調子の悪いまま。恥だけかくことになってしまい、俺はひたすら赤面した。
「優司。次は抱きしめるんだ!」
今の赤っ恥体験を見ていなかったのだろうか。妙に真剣な顔で、夏凛がこともあろうに、次を勧めてきた。楽しんでやがるよ、こいつ!
「断る! お前らは見ていて楽しいかもしれないけど、やらされる俺の身にもなれ! 絶対におかしな光景になる!」
「じゃあ、撫でるだけ! ディスプレイの上の部分を、頭を撫でるように優しく触れるだけでいいから!」
「あははは! それ、いい。やってみて。今度は笑わないから!」
俺は嫌だと断ったのに、夏凛に続いて妹会長まで乗ってきたので、無駄だと思いつつ、仕方なくやってやった。すると、それまで不調だったパソコンの調子がいきなり改善された。
「あれれ? 急に調子がよくなったぞ」
「嘘……」
七海や蓮杖はおろか、俺にアドバイスを下した夏凛や妹会長まで驚いている。本当に治るとは思っていなかったらしい。フリーズしたパソコンみたいに、固まってしまっている。
「俺を笑う作戦が失敗に終わったな!」
原因は不明だが、パソコンがちゃんと動いてくれるようになったことは喜ばしいことだったし、これでやっと七海の仕事を始めることが出来るのだ。
遅れた分を取り戻そうと、七海に仕事を教えてもらうように求めた。七海は腑に落ちない顔をしながらも、ちゃんと仕事の手順を教えてくれた。
最初こそ、勝手が分からず、戸惑う場面もあったが、だんだん作業に慣れ始めた。などと思った矢先、パソコンが熱暴走をし出していることに気が付いた。
「なあ、このパソコン、すごい勢いで熱くなっているんだけど?」
「は? そんな訳がないでしょ! ……本当だわ、熱くなっている。今までこんなことはなかったのにどうして?」
持ち主の七海も理由が分からず、ポカンとしている。
「まるでデレているみたいだ!」
止せばいいのに夏凛がまたからかってきた。一体いつまで七海のパソコンを擬人化し続ける気なのだろうか。もう飽きてきたので、そろそろお開きにしてほしいのだがね。
「何を馬鹿なことを言っているのよ! 機械がデレる訳ないでしょ!」
七海も厳しい口調で返答する。それを夏凛が舌を出しながら、おどけた態度で受け取っていた。
そんなやりとりをしている間にも、七海のパソコンは熱くなっていき、遂にショートしてしまった。
「あなた、何をしたの! 私の仕事道具に!」
「知らないよ! 俺だって困惑しているんだ!」
こうして、たいした仕事もしない内から、いきなりパソコンが一台駄目になってしまった。だから、俺を助っ人にすべきではないと言ったのだ。言わんこっちゃない。
その後、情報処理部の人間にも来てみてもらったが、お手上げとのこと。自分の愛機が突然駄目になってしまった七海は怒りでワナワナと震えている。
「七海のパソコンは新しいのを今日中に発注するとして、今日はどうする? 他の奴のを使わせるのか?」
「俺のパソコンは駄目だ。俺も優司に惚れているから、七海のと同じように、デレまくって熱暴走を起こしてしまう」
そんなことがあるかと笑い飛ばしてやりたいところだが、ありえないことではないので、遠慮せざるを得ない。ちなみに七海は「誰がこいつに惚れているって言ったの!」と、顔を真っ赤にして怒っている。まるでショートしてしまった七海のパソコンを見ているような怒り方だ。
「じゃあ、岩見優司に対して全然特別な感情を持っていない蓮杖のパソコンだったら、大丈夫ってこと?」
今までの経過から総合して考えると、そういうことになるが、何て非科学的なんだろうか。ちなみに、蓮杖からはまだ作業中で人に使わせる訳にはいかないと、使用は許されなかった。
「碓氷さんのを使ったら?」
次に上がったのは、今日ここにきていない副会長のパソコンを使用すると言う案だったが、もし壊してしまった場合のことを考えると怖くて仕方がないということで、こちらの案も却下された。どれだけ副会長の存在を恐れているんだよ。
「ひょっとしなくても、俺はもう帰った方が良いよな」
助っ人らしいことをしないまま退散するのは不本意だったが、こうなった以上は仕方がない。七海だって納得してくれるはずだと思った。
だが、七海は自分のパソコンを壊された(俺は壊したつもりはないが、七海は壊したと言って聞かない)以上、何が何でも仕事してもらうつもりらしく、パソコンの代わりに、紙とキャップ付きの鉛筆を一ダース分渡してよこした。これに書けと言うことらしい。
「結局アナログな方法になるんだな」
「あとでパソコンに清書するんだから、あまり汚い字だったら書き直してもらうわよ」
パソコンが駄目になってしまったので、仕方なく紙にメモすることになった。ため息をつきたくなるのを我慢して、机に広げた。
「見るからに書くのが遅そうなんだけど……」
癪に障るが、妹会長の言っていることは嘘ではない。自慢ではないが、ここ最近授業以外で字を書いた記憶がない。パソコンと携帯に慣れきった現代っ子なりの障害と言うべきものだ。
「う……、渡された鉛筆の芯が全部折れている……」
キャップを外してみると、一ダース分もらった鉛筆の芯は、見事なまでにポッキリいっていた。
「じゃあ、ボールペンで……」
「ああ! 今度は紙が破けた!」
「何なのよ、あなたは! そんなに私の手伝いがしたくない訳?」
「違う! わざとじゃない!」
どういう訳か、悪魔に魅入られたように上手くいかないのだ。まるで、強い力を持った存在が、俺に生徒会の仕事をすることを拒んでいるようにすら感じられる。七海に打診してみると、そんなことがあるかと一蹴された。あまりにも上手くいかないので、何が何でも手伝わせてやると、七海の闘争心に火がついてしまったのだ。
これからどうなるのかと戦々恐々したが、神がかった不運はここまでだった。これ以降は何事も起こらず、ちゃんと七海の指示通り、書記の仕事を手伝うことが出来た。
三時間後、いろいろあったが、議事録作りは着々と進み、ついに完成の一歩手前まで漕ぎ着けた。
「終わる目処もたってきたし、ちょっと休憩しない?」
この案に異論がある者はいなかった。完成間近の書類は机の一角にまとめられて、コーヒーと簡単なお菓子をお供にして、休憩に入った。
「最初はドタバタしたけど、優司は呑み込みが早いな」
「うん! 私には劣るけど、良いセンスをしているよ!」
珍しく妹会長にまで褒められた。七海や夏凛はともかく、妹会長はお世辞を言う性格ではないので、本当にセンスが良いのだろう。
「庶務の仕事もやってみない?」
「いいね、いいね! 数日で蓮杖を抜いちゃうかも!」
「俺の意見も聞かずに勝手に進めないでもらえるか? あと、誰でもやれるみたいに言われると心外なんだけど!」
「じゃあ、優司の仕事と、蓮杖の仕事をチェンジ!」
「おい!」
蓮杖から怒号ともいうべき、ツッコミが入る。生徒会の仕事とか、良く知らないのだが、そう簡単にコンバートできるものなのだろうか。
庶務の仕事など興味もないが、そこそこ楽しく、賑やかな時間が流れていった。そんな最中、事件は起こった。
「あ! 強い風が吹いてきた!」
「誰か窓を閉めてよ。書類が風で舞っちゃうわ!」
「俺が閉めるよ。ちょっと待ってて……」
窓ガラスを閉めようと立ち上がった時、カラスが一匹生徒会室に乱入してきてしまった。途端に室内から悲鳴が上がった。
「ギャアアア! カラスが入ってきた!」
「不吉! 不吉だよ! 早く外に出して!」
「今やるから、ちょっと黙っていろ!」
カラスがカーカー鳴く一方で、生徒会メンバーも大騒ぎで、室内は騒然となった。
その騒ぎの最中、机の上に置いてあった書類にカラスがぶつかった。書類はそのまま机上から滑り落ちて、下に置いていたシュレッターの挿入口に突入してしまったのだ。
「「あああああああ!!!」」
慌てて引き抜こうとしたが、一歩遅かった。完成間近だった書類が見る見る裁断されていく。俺たちはその様子を絶叫しながら、指をくわえて、見ているしか出来なかった。
シュレッターが勢いよく轟音を立てる中で、カラスは何かをやり遂げたように、満足げにカーと鳴くと、空いた窓から飛び去っていった。
「殺す! あのカラス、捕まえて鍋にして食べてやる~!」
「もう無理よ。遠くに飛んで行っちゃったわ。今は落ち着いて!」
嘘みたいな話だったが、書類が紙くずになってしまった以上、どんなに信じられなくても、またやり直すしかない。
完成間近まで進めた仕事をまた一からやり直すことになった生徒会メンバーはシュレッターを凝視したまま、ずっと棒立ちの状態で、動けないでいた。
一応社会人ですので、完成間近の仕事が白紙になった時の怒りは人並みに経験しています。それ以上に、急に仕事が入っだせいで、休みが潰れてしまう怒りを経験する機会の方が多いです。あ~、早く作家になりたい。




