第三十三話 すき焼き大会 後編
第三十三話 すき焼き大会 後編
予想していた通り、早智は鍋奉行化した。スーパーで食材を買い込んでいる段階から、取り仕切っていたので、当然の流れともいえる。
てっきり七海には肉をよそわず、野菜ばかり入れると言う地味な嫌がらせをすると思っていたが、具材の振り分けは至って平等なものだった。なかなかの鍋奉行といえる。
七海と日向も、早智のサポートに徹した。調味料が足りなくなると見るや、キッチンに飛んで行ったり、早智が鍋とにらめっこしている間に、お椀に卵を割ったりなど、見事なファインプレーを見せた。特に普段早智といがみ合っている七海が積極的に早智の補助に回っている姿には驚かされた。おかげで、俺と陽菜は食べるだけと言う駄目亭主のポジションを満喫することが出来た。
基本的に肉は好かれる食材だ。それに卵が加わるのだから、無敵の組み合わせと言っても、過言ではない。大目に買い込んだつもりが、どんどん消化されていき、当然のように、野菜に大差をつけて底をついた。
「あ~、食べた。三日分の肉を食った気分だ」
「ずいぶん食べていたのに、まだ三日分なの? あなた、日ごろからどれだけ肉中心の食生活を送っているのよ。一度見直すのを勧めるわ」
「あと、三日分より、一生分の肉を食べた気分だって言い換えると、満点かな?」
一生分は大げさだろ。あと、食生活を見直すこともないね。肉のない人生など、考えられない。
そろそろ雑炊を注文しようかと思っていた時、陽菜の電話が鳴った。親から、帰りが遅いという苦情でも入ったのだろうか。
「あ、光からだ」
ディスプレイに表示された番号を見た陽菜が、電話をかけてきた相手の名前を言った。そうだ。まだ光が来てないんだった。肉を食うのに夢中で忘れていたよ。
「光がね。用事が済んだから、今から来るって」
「タイミングが悪いな。もう少し早ければ肉が残っていたのに」
鍋の中を確認すると、肉どころか、他の具材もほとんど残っていなかった。
「新しく投入する必要ありですな!」
「でも、ストックが残り少ないわよ」
「……姉が来るまでに買ってきますので、ご心配なく」
一言だけ捨て台詞のように言い捨てると、日向は夜の街に消えていった。
「私が行くからいいのに」
「早いな……」
「フットワークの軽さが日向の自慢だからね!」
自分が買い出しに行くことにならなくて良かったと密かに胸を撫で下ろしつつ、率先して嫌な役を買って出た日向に、各々惜しみない賛辞を送った。
十分後、同じタイミングで、日向と光は早智の家のインターンを鳴らした。
「双子なだけあって息がぴったりだね!」
違うと思ったが、突っ込むのは止めた。正直、どっちでもいいことだ。
「すいません。遅くなってしまいました……」
「大丈夫。全然気にしてないから。だから、もう下ろしてあげて」
気にしてないと断った上で、肩に光を担いでいる日向に、早智はやんわりと告げた。
こうなった訳を聞くと、買い出しから戻る途中で、こちらに向かって歩いている光を見つけたので担いできたと言う。そりゃあ、タイミングも同じになるわなあ。
「本当に見事なフットワークだよ、日向!」
「……お褒めいただき、ありがとうございます」
陽菜は日向の労をねぎらっていたが、多少は注意もしておいた方が、日向の将来のためにもなると思った。
「あ、あのこれ、遅くなっちゃったので、お詫びに買ってまいりました。ご家族の方と一緒に召し上がってください」
手ぶらで全然かまわないのに、律儀に手土産を持参してきた。しかも、良く見れば、新宿駅の某有名百貨店のケーキじゃないか。前にテレビで特集していたので、間違いない。
「うわあ! ありがとう!」
遠慮する素振りなど微塵も見せずに、早智は大喜びで受け取る。
「わあ! チーズケーキにチョコケーキ、フルーツタルトにモンブランまで! みんな私の大好物だわ!」
「よ、喜んでもらえてうれしいです」
賭けても良いけど、このケーキは全部早智の腹に収まるだろう。おばさんが帰宅する頃には、無くなっているに違いない。
こうして、遅れてきた光が合流したので、光以外は全員満腹なのを我慢して、延長戦が始まった。
ただこの延長戦、肉は主に光と俺と早智に割り振られた。他の三人は食べ過ぎによる体重の増加を気にしていたのだ。しらたきを食べながら、「明日からしばらくダイエットね……」と七海が呟いていたのを聞き逃さなかった。
光も女子である以上、体重の増加が気にならない筈はなかったのだが、遅れてきた負い目がある上に、生来の流されやすさが災いして、鍋奉行の思うがままに肉を食べさせられていた。きっと内心で、体重のことを考えながら涙しているのだろう。
光の遅刻もあったが、終始和やかに食事は進んだ。
追加の肉も底をついた後で、雑炊もしっかり腹に収めて、親睦会はお開きになる……はずだった。
最後の最後に最大規模のハプニングが起きてしまった。
「雨、降ってきちゃったね……」
「郁江さんに電話して迎えに来てもらおう」
この時点では、陽菜も、他の人間も、事態を深刻に考えておらず、迎えを呼べば済むと腹をくくっていた。
「あ、郁江さん? 私、私! え~とね。今同級生の家にいるんだけど、雨が降ってきちゃって、迎えに来てほしいの……」
そこまで言った時、雨の勢いが突如ひどくなった。
「ははは……。すごい勢いだね。郁江さんが来るって言った途端に、強くなったよ。ひょっとして、郁江さん、雨女? ははは……、冗談だよ」
電話を切ると、陽菜の電話は分かりやすくていい。横で聞いているだけで、会話の内容が分かる。
「心配するな。どうせにわか雨だ。放っておけば止むさ」
「それまでテレビゲームでもやって時間を潰そうよ。パーティゲームがたくさんあってより取り見取りだよ」
まだ状況を楽観視していた俺達は、ゲームをしながら、雨が止むのを待つことにした。
しかし、いつまで待っても豪雨は振り続けた。時計の針は夜の十時を指そうとしている。
「全然止まないね、雨……」
「このまま日付が変わっちゃったりして」
一通りゲームをやり終えて、何となく弛緩した雰囲気の中、外の景色を眺めながら、ため息をついた。このままだと、本当に日付が変わってしまう。
ニュース番組では、お天気おねえさんがずぶ濡れになりながら、今夜は台風が上陸していて、明日の朝まで雨が止むことはないと必死に叫んでいた。
「あんなに濡れてかわいそう……」
「中継なんかしないで、スタジオの中で天気の話をすればいいのに。あれじゃ風邪をひくぞ」
「お姉さんの心配より、私たち自身の心配をしましょうよ」
相変わらず緊張感のない俺と陽菜に、七海が呆れた顔で突っ込む。さっきまで忙しく立ち回っていたが、早智と日向と一緒にテレビを見ている。洗い物は光がやっていた。遅れてきて、満足に調理を手伝えなかったので、せめて後片付けだけでも、自分にやらせてほしいと直訴してきたのだ。
「この雨だと、近くのホテルに行くのも、タクシーを捕まえるのも、一苦労だわ」
ため息交じりに七海が呟く。
「何も無理に帰らなくてもいいじゃない! 私と優司の家に泊まれば!」
「何で俺の家もさらっと含まれているんだ?」
もちろん泊めるつもりだが、何の断りもなく、隣人に勝手に決められると、面白くない。
「この人数を一度に泊めるには私の家だと狭すぎるわ。それに、美咲さんは私の家より、優司の家に興味があるんじゃないの?」
意地悪な笑みを浮かべて、陽菜の方を見た。陽菜は赤面しつつも、こくりと首を縦に振る。
「私は優司君の家に泊まりたい」
「私も岩見くんの家に泊めて。お邪魔虫なのは百も承知だけど、年頃のカップルを一晩同じ屋根の下で、二人きりで過ごさせるわけにはいかないわ」
「あんたって古風なのね。今時高校生でやることをやるのは珍しくもなんともないわよ?」
「馬鹿! 私は陽菜の親友として心配しているだけよ」
早智に冷静な顔で突っ込まれて、顔を真っ赤にして、七海は否定した。
結局、俺の家には、俺と陽菜と七海の三人が泊まり、他のメンバーは早智の家で夜を明かすことになった。
今回の話を書いていて、無性に肉を食べたくなりました。ちょっと近所のスーパーに出かけてこようと思いますw




