第三十二話 すき焼き大会 前編
第三十二話 すき焼き大会 前編
家主の特権を濫用して、強引に今夜のメニューをすき焼きにした早智は、上機嫌でカートに、すき焼き用の食材を入れていく。家で料理しているだけあって、牛肉、豆腐、しらたき、白菜、春菊といった定番の具を迷うこともなく、カート内に収めていった。
「卵も外せないよね~。おっと、長ネギを忘れていたよ。牛脂も入れちゃおうかな?」
鼻歌でも口ずさみそうな声で、ちょうどタイムセールが始まって、半額になっていた卵も手に取った。その他の食材も、独り言をブツブツ言いながら買い込んでいく。
「……まともね」
「ああ、こいつにしてはな」
どうせ早智のことだ。お菓子や果物など、明らかにすき焼きと関係のない具材をどさくさに紛れて買い込むだろうと警戒していたが、買い物かごに入れられた食材は、すき焼きの具材として、まともなものばかりだった。奇をてらったものが全く見当たらない。まとも過ぎて、少し物足りなさを感じてしまうほどだ。
「……今夜は土砂降りかな」
「あなたたちの住んでいるアパートって雨漏りとかしないわよね」
「ちょっと! 人がせっかく丹精込めたもてなしをしようとしているのに、何なの? その不快な密談は!」
俺と七海の会話が不快だったのだろう。至極当然な怒りを、早智はぶつけてきた。
「あと、これも買っていこうよ!」
タバスコや牛乳など、鍋とは関係のないものを両手いっぱいに持ってきた。
「今闇鍋に使う具材を調べて持ってきたんだ!」
闇鍋をまだ諦めてなかったらしい。俺たちが闇鍋に協力的でないと見るや、自分で調べて食材を厳選して持ってくる行動力は大したものだ。ただ……。
陽菜……。電気を消して真っ暗闇の中で、食材を明かさないで鍋に投入するものを闇鍋と言うんだよ? みんなの前で、闇鍋に使うことをバラしてどうするのさ。とりあえず、最大限の優しい顔で、陽菜の持ってきた食材を、元の場所に戻した。
「ひどい……。優司君は鬼だよ……」
楽しい一時を邪魔された陽菜は恨みのこもった言葉を、俺に吐き続けた。
「そうは言うけどさ。陽菜は、あの食材の入ったすき焼きを食べることは出来るのか?」
「無理!」
全く考えずに即答する。牛乳などを入れようと目論んだくらいなんだから、せめて少し考えろよ。
「だろ? そうなると、誰も食べられないから、捨てなきゃいけなくなる。もったいないだろ?」
「うん……」
俺らしくもない真面目な台詞で諭すと、陽菜は大人しくなった。
そんな会話をしているうちに、早智たちは会計を済ませていた。
買い物を終えた俺たちは、寄り道をすることもなく、早智の家に向かった。
「はい、注目! これが噂の早智ちゃん宅です。近隣住民の迷惑になりますので、写真撮影は禁止です」
丸めた新聞紙をマイク代わりに、早智は見えないカメラに向かって、自分の家を紹介した。
「噂になんてなってないし、頼まれても写真なんて撮らないわよ」
「言ってみたいんだろ」
俺と七海の冷ややかなツッコミにめげることもなく、次は自分の家を紹介しだした。
「え~、これが早智ちゃんが住んでいる部屋ですね」
「へ~……」
特に大した感想は持たないようだった。持ったとすれば、小さい部屋だという一言に尽きるだろう。陽菜も、七海も生返事を返した。親が金持ちで、普段、大きな屋敷に住んでいる陽菜たちにすれば、俺や早智の家など、ウサギ小屋のようなものだ。
陽菜が視線をずらして、隣の俺の家を見た。
「鹿内さんの家の隣にあるのが……、優司君の家ね」
「ああ、そうだよ」
隠すことでもないし、どうせ早智がポロっと暴露するに違いないので、あっさり肯定した。
「自室にアイドルのポスターとか貼ってないでしょうね?」
「……ベッドの下にいかがわしい本など貯めていませんか?」
「ガサ入れの必要があるね!」
おいおい。俺の家を荒らしたところで、面白いものなんて何もないぞ。いや、こいつらは荒らすと言う行為に楽しみを感じているのかもしれない。普段はおとなしそうにしているが、実はSなのかもしれない。こんな三人組に襲撃されては、俺一人では、家を守りきる自信がない。
「ちょっと、ちょっと。優司の家に行きたいのは分かるけどさ。まずは、私の家でお泊り会でしょ」
思ったほど、自分の家に興味が持たれないので、早智は焦ったように家へ入るように促した。実際、あのまま放っておくと、俺の家ですき焼きパーティーが始まりそうな勢いだったので、早智の焦りは理解できた。
やや強引に、鍵を開けて、家のドアを開ける。続いて、俺たちを招き入れた。そして、また芸能レポーターばりの解説を始めた。誰も興味を持っていないので、そろそろ止めにしてほしい。
「はい、ここがリビングです。いつもテレビを見ながら、ソファで寛いでいます。そして、あそこに見えますのが、早智ちゃんの自室です。あの部屋で、毎朝起きて、夜寝ています。マニアは変な妄想を始めてしまいそうで、早智ちゃん、ちょっと身の危険を感じています」
被害妄想発言も若干あったが、きれいに流して一同は室内を見回した。俺は昔から散々入ったことのある部屋で、今更興味もなかったので、遠目でぼんやりと見ていた。
「無駄なものはない……と言いたいところだけど、あなたの部屋。パソコンの機材とアニメのDVDがやたら置かれていない? 大概にしないと、オタク呼ばわりされるわよ」
「ふんだ! 私は好きで集めているのよ。オタク呼ばわりされるのは、むしろ褒め言葉だわ。この程度でひくような軟弱男子は、こっちからお断りよ!」
七海の忠告を邪険に流して、早智は胸を張って、オタク宣言をした。まあ、俺とホイケルはとっくの昔に、早智をオタク呼ばわりしているので、今更一般人を装ったところで無駄だがね。
「なあ、いい加減夕食の準備を始めないか? もう腹が減って倒れそうなんだよ」
冗談で言っているわけではない。本当に、空腹で今にも倒れそうだったのだ。ちょっと大げさな表現だけど。
「そうね。私もおなかがペコペコなのを忘れていたわ」
「空腹をうっかり忘れないでちょうだい」
「あはは! 鹿内さんてば、うっかり屋さんだね!」
「……今流行りのドジッ娘というやつですね。分かります」
何か見当はずれの会話が展開されているが、俺としては早く飯にありつければ、どっちでもいいや。
俺の催促が功を奏して、リビングに急ピッチですき焼きの準備が進められていった。
「鍋はこれでいいよね」と、大人数用の大きめの土鍋を押し入れから引っ張り出してきた。早智の家は、俺の家と違って、よく客が訪れるので、二人暮らしには不要とも思える大きな土鍋などが当たり前のように置かれているのだ。
七海と日向の手伝いも加わって、慣れた手つきで食材を丁度いい大きさに切っていき、鍋に汁を入れて温める。良い具合に熱くなってきたところで、中に火が通りやすい順に食材を入れていき、ぐつぐつ煮込んだ。しばらくすると、良い匂いがしてくる。
「ああ、良い匂いだ。もう限界」
「もうそろそろいいんじゃないの?」
調理経験があまりないのと言う理由で、離れたところから見守っていた俺と陽菜が何もしていないくせに、食欲だけは一人前で、もう食べようとしきりに急かす。まるで食べることが専門で、家事を一切手伝らない駄目亭主だ。早智たちが大人でなかったら、離婚と称して、家を追い出されていたかもしれない。
「まだよ! 待ちなさい」
聞き分けのない子供をあやす母親のように、俺と陽菜の相手をしながら、鍋の中を真剣に見つめる早智。さっきまでのちゃらんぽらんは身を潜めていた。
「もういいんじゃない?」
「……はい、今が食べ頃だと思われます」
「うん! 私もそう思う」
牛肉が茶色に変色してきたところで、この家の住人である早智の口から、すき焼きパーティーの開始が告げられた。
「では! 第一回早智ちゃん宅、すき焼き大会を始めま~す! 本日は無礼講ですので、みんな思い思いに、食べて、飲んで、騒いで、脱いで、楽しんでいってください」
最後に不穏な言葉が聞こえた気がするが、聞き間違いではあるまい。冗談に決まっているが、いざと言うときは阻止しよう。
今回の話で出てきました闇鍋。やったことはないんですけど、やってみたいという気持ちはあります。ただ、陽菜と同じで、奇をてらった食材ばかり放り込んで、完食出来ないという事態になりそうですねw




