第二十四話 下見旅行(五) お札とお守り
平成二十四年度も今日で終わり。明日からは新しい年度が始まりますね。進学や就職のために、新しい生活をスタートさせる方も多いかと思います。気を張りすぎないで、ほどほどに頑張っていきましょう!
第二十四話 下見旅行(五) お札とお守り
時間通りに行くと、先生の他に、レトルトカレーのおじいさんも立っていた。さっきのカレーのお礼を含めて、頭を下げる。
「うん! ちゃんとあいさつをするとは偉いぞ! これも私の指導の賜物だな」
先生が満足そうに呟いたが、俺が挨拶をするようになったのは、親と、中学時代までの先生方の指導によるもので、小島先生の力ではない。
「こちらの方はな。近くの寺の住職さんだ。肝試しが安全に行われるように立ち会ってくれるとのことだ」
ただのカレーおじいさんかと思っていたら、お寺の住職さんだったのか。レトルトカレーを配るために、キャンプ場を回るくらいだから、本業はそんなに忙しくないのだろう。あと、お寺の住職さんだと呼びづらいので、和尚さんと呼ぶことにしよう。どっちも似たようなものだから、問題はないはずだ。
「豊嶋も来たみたいだな」
まゆも今ホテルから出てきて、こっちに向かって歩いていた。
「今日の肝試しはお前らのためにあるようなものだ。お前と豊嶋の二人きりで、肝試しをさせるから、上手くやれよ。間違っても醜態は晒すな」
まさかこのためにやらなくてもいい肝試しの下見をすることになったわけじゃないよな。いや、きっとそうだ。そうに違いない。いらない心遣いに思わずため息が漏れてしまう。
「昼間言っていた、まゆとの仲を深めるイベントってこれですか?」
「その通りだ! 異常事態下で生理的に興奮しているときは、恋愛感情に発展しやすいという、カナダの心理学者も提唱している信憑性の高い学説に基づいていた、成功率の高いイベントだ。すごいだろ! 吊り橋理論ってやつだ!」
カナダの学者が本当に言っているかどうかはともかく、吊り橋理論の話は聞いたことがある。ただ、まゆはもう俺に惚れている状態なわけで、吊り橋理論で燃え上がらせるまでもないと思うが。和尚さんはしきりに「若いですのう……」と満足げに目を細めている。
「……なあ、顔色が悪いけど、体調が悪いのか?」
キャンプ場にやってきたまゆの顔色がどうも優れない。体調が悪いのなら、無理に参加する必要はない。休むべきだ。そうすれば俺も休めるし。
「大丈夫、いけるよ! せっかく優司君と二人きりになれるのに、休んでなんかいられない」
そこまで俺のことを想ってくれるのは嬉しいけど、体調管理も重要だと思うよ。体あっての恋だからね。
「まあ、どうしても駄目なら、途中でギブアップすればいい。そんなにきつい道じゃないし、何かあったら先生が駆けつけてやる」
まゆの大丈夫発言を信用して、肝試しは続行することになった。先生は意気揚々と早速ルール説明に移る。
「それでは肝試しのルールを説明する。まず、この地図を見てくれ。ここに×印が書かれているだろ?」
指差されたところを見ると、確かに×印が書かれていた。
「ここに行って、このお札を貼り直してくるのが、今回の肝試しの目的だ」
ずいぶん簡単だ。それでいて誤魔化しが聞かない。典型的な肝試しだな。それより貼り直すという言葉が気にかかった。
「貼り直してくるってことは、以前貼られていたということですか」
「ああ。昼間の内に和尚さんに剥がしてきてもらったんだ」
何も貼ってあるものをわざわざ剥がさなくてもいいじゃないか。そうすれば肝試しに行かずに済んだのに。
先生から渡されたお札を見ると、まじまじと眺めた。何年使い続けているのだろうか。ところどこと破けている。ちょっと力を込めて握れば、その途端、ビリッと真っ二つに破けてしまいそうだ。
「おい! 粗末に扱うな!」
悪ふざけで本当に破いてしまおうかと、手に力を入れようとしたところで先生に怒鳴られた。
「このお札はな。とってもすごいんだぞ! 昔、この辺りを荒らしていた悪霊を完璧に抑え込んでいたんだ」
「その凄いお札が剥がされているってことは、悪霊どもが復活しているってことですよね?」と、まゆが目に涙をためながら聞いた。
「そういうことだ!」
シャレにならないことをあっさりと暴露しやがった。
「たかが肝試し一つでとんでもないことをしますね。ちょっと張り切り過ぎじゃありませんか?」
「もし私たちが、今夜ミッションに失敗したら、近隣の住民が困ることになるだろう」
「軽い気持ちで参加してみたら、とんでもないものに巻き込まれてしまった!」
「肝試しのついでに、村一つ救えるんだ。すごいだろ!」
「自分から危機を演出しておいて、なんて白々しい!」
「この戦いは最早遊びではな……」
「某有名アニメの台詞をサラッとパクらなくていいから。このことは地元住人の了承をちゃんと得ているんですか?」
和尚さんを見ると、レトルトカレーをくれたときと同じ呑気な顔で、こう言った。
「ほっほっ! 少しくらいなら大丈夫でしょう……」
その少しくらいと言う油断が危険なのだが、……まあいいか。どうせ迷信だろ。もしくは、俺を怖がらせようと大げさに言っているだけだろ。そう思うことにした。
「優司君! 私、怖い」
かわいそうに、まゆは本気で怯えていた。いつもの計算された接し方ではない。
「お、おい! しがみつき過ぎだ! む、胸が当たっている!」
「そんなこと言わないで! 離さないで! 私、幽霊とか本当に駄目なの! 怖いの!」
子供の様に泣きじゃくりながら、必死にすり寄ってくる。幽霊が苦手というのは本当らしい。てっきり幽霊否定派だと思っていただけに、この怖がり方は予想外だった。
でも、この肝試しって下見なわけだから、林間学校当日はまた行われるんだよな。まゆは大丈夫かな? まあ、こいつのことが好きな男子は大勢いるから、そいつらに抱きつけば問題ないか。
懐中電灯一つ渡されて、肝試しはスタートした。二人なので、懐中電灯も二つ欲しかったが、一つを分け合って使う方が、お互いの距離も近くなるという、先生の気遣いにより、一つで頑張ることになった。先生の話を引用するなら、この肝試しは遊びではないので、お互いの距離なんか気にしていないで、二つ寄越せと言いたいところだ。
肝試しのルートは昼間にハイキングで通ったコースだった。とはいっても、全部歩くわけじゃない。ハイキングコースの一部を通るだけだ。
昼間、通っているおかげで、道のりは頭にある。暗くなければ、地図がなくても迷う心配はない。
「優司君は平気なの?」
「ああ、こういうの割と平気だから」
昔からポルダーガイストごっこを仕掛けてくる幼馴染みが隣に住んでいるからな。おかげで鍛えられた。
「私は駄目。今だって優司君に抱き着いてなければ、怖くて気が変になっちゃいそう……」
「ひょっとして電気を点けっぱなしにしないと、眠れないタイプ?」
「どうして分かったの⁉ 優司君はエスパー?」
面白半分に聞いてみたら正解してしまった。まゆの怖がりようを見ていると分かる気がするが、節電や停電で、夜中に真っ暗になった時は大変そうだな。敢えて聞かないけど。
ずんずん夜の山道を進んでいると、遠くの方に、昼飯を買った土産物屋の明かりが見えた。その明かりに向かって、オタク男子共が群がっていくのが見えた。その様は不気味で、百鬼夜行を連想させた。俺が肝試し中に体験した恐怖はそれくらいか。
ハイキングコースを少し外れたところに、神社がポツンと建てられていた。存在感がなかったので、昼間来たときには気づかなかった。
先生の話によれば、神社に一本だけある赤い柱にお札を貼り直してこいとのことだったので、言われたとおりにする。ノリやセロハンテープが必要かとも思ったが、柱にお札をくっつけるだけでぴったり張り付いてしまった。どんな構造かは知らないけど、なかなか面白い。
「お札も貼ったし、後は帰るだけか」
「じゃ、じゃあ、急いで帰ろうよ……。もう限界……!」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。お札を貼ったんだから、悪霊とやらもまた封印されたはずだ」
「そういう油断が命取りなんだよ。力の強いのが残っているかもしれないでしょ。ホテルに戻るまでが肝試しなんだから、気を抜いちゃダメ!」
力の強い奴が残っていたら、ホテルに戻ったところで無駄だと思うが、まゆを怖がらせることもないので黙ってとっととホテルに戻ることにした。
帰り道も何も起きずに、スタート地点まで戻った。結局、何も起きなかったということだ。肝試しなどこんなものだ。
終始、まゆはおれに抱きついた。おかげで、肝試しが終わるころには、右腕がじんじん痛んだ。肝試しで、女の子を怖がらせて腕にしがみつかせようとわざと怖い心霊スポットに行く男の話を聞くが、何が悲しくて自ら望んでこんな目に遭おうとするのだろうか。
「思ったより早かったな。豊嶋がそんな感じだから、もう少し時間がかかると思っていたんだが」
確かに、まゆがあまりにもしがみついてくるから、歩きづらかったのは確かだが、妥当なタイムだと思う。
「それで? 何かあったか?」
目を爛々と輝かせながら、先生が聞いてきた。
「何も出ませんでしたよ。ひょっとしたら、和尚さんの話は迷信の類なのかもしれませんね」
「違う! そっちじゃない。豊嶋との間に何かあったのかと聞いているのだ」
自称恋のキューピットとしては、顛末が気になるらしい。俺にとっては迷惑千万な話だ。
「何も起きるわけがないでしょう。まゆがこんな調子じゃ……」
未だに震えているまゆを指して抗議する。これでは恋愛どころではない。吊り橋理論もあったものじゃない。
「それもそうか……」
いや、そんなに肩を落とさなくても。
ふと誰かの視線を感じて振り返ると、和尚さんが俺を厳しい目で見ている。
「あの、何か……」
「お体は大丈夫ですか?」
「はあ、体は何ともありませんよ。何しろ、健康だけが取り柄なもので。ちょっと眠いですけど」
「そうですか……」
……注意して見てみると、和尚さんが見ているのは、俺ではなく、俺の後ろのようだ。気になって振り返ってみたが、そこには何もない空間が広がっているのみだ。
あんなに人当たりの良かった和尚さんが、明らかに俺から距離を取っているのが気になったが、詳しく聞かない方が良い気がしたので、放っておくことにしたのだが、ホテルに戻ろうとしたところで、和尚さんに肩を叩かれた。
ホテルに戻ってからも、まゆは怯え続けていた。節電のために、そんなにクーラーが効いていないのに、毛布にくるまって、ガタガタ震えている。
「大丈夫か?」
さすがに心配になり、声をかけた。
「だ、だだ大丈夫……」
返事も覚束ない。このまま放っておくと、風邪でも引きそうな勢いだったので、備え付けのインスタントのティーパックで、熱いお茶を作ってまゆに渡した。
「ありがとう……」
暑いので俺はとても飲む気はしないが、まゆは一口一口味わうように飲んだ。
「怖がり過ぎだぞ。あのお札の話だって、先生たちの作り話に決まっているだろ」
「そんなこと言っても、怖いものは怖いんだもの」
「それは……何?」
ふと俺が首からかけている物に気づいたまゆが恐る恐る聞いてきた。怖がるようなものではないので、隠さずに答える。
「ああ、これね。和尚さんが三日間、肌身離さずに持っておけと渡されたお守りだよ。ホテルに帰ろうとしたら、真剣な顔で渡してくるから、何かと思った」
まゆは「ヒッ……!」と小さな悲鳴を上げて後ずさったが、やがて恐る恐る俺のところに戻ってきた。「怖がっちゃダメ! 決めたじゃない。ずっと優司君の側にいるって……」と自分に言い聞かせている。俺は怖がられているのだろうか。いや、この御札が怖いのか? どうせ無病息災とか、家内安全のお札なんだから、そんなに怖がることもないのに。
「私……、何があろうとも、優司君の側から離れないから!」
いや、俺の側には、もう陽菜がいるから。ということじゃなく、今、どうして力を込めて言うのか分からない。今の話の流れだと、そういうセリフが出てくることはないはずだ。
ちなみに、林間学校の肝試しは中止されることになった。先生によると、和尚さんがやはり危険だと、熱心に中止を訴えてきたのだそうだ。「若い男女を人気のないところで二人きりにするのは危険だという和尚さんの気持ちも分からなくもない」と明らかに勘違いしていたが、和尚さんに中止の理由を聞きに行くのも止めておいた方が良い気がしたので結局知らないままでいることにした。




