第二十五話 約束通り、デートに誘おう
第二十五話 約束通り、デートに誘おう
ハイキングに肝試しと歩き通しだったことに加えて、カレー作りと言う肉体労働もやったので、二日目はベッドに体を投げ出すと同時に、意識が遠のいた。
次に時計を見たときには、翌朝の午前六時になっていた。布団もかけないで寝ていたのだ。もし冬だったら、確実に風邪をこじらせていたことだろう。数日前に仮病で学校を休んだ俺が本当に風邪を引くなんて、笑えない冗談だ。
朝食はホテルのバイキングだったので、昨日の憂さ晴らしも兼ねて、徹底的に食ってやった。かなりたくさん食べたので驚かれるかと思えば、向かいの席の先生が俺の二倍は食べていたので、逆に俺の方が驚かされてしまった。
全行程の大半は昨日のうちに済ませていたようで、この日はオリエンテーリングの下見をしただけで終わってしまった。時計を見ると、まだ昼まで余裕があった。
あんまり時間が余ったので自由時間でも設けるかと、先生は言ってくれたが、俺はさっさと帰りたかったので、まゆと相談した上で丁重に断った。
「済まない……。先生、お前の力になれなかった」
「いいですよ。気にしないでください。俺も気にしてませんので」
帰りの電車で、先生はしきりに自分の力不足を詫びていたが、俺はむしろ力不足であってくれて助かっているのだ。
「恋愛くらい先生の力なしでも、自分でどうにかしますよ」
先生がいない方がどうにか出来ますから、とまでは言わない。そこまで言ったら、先生だって怒り出すだろう。
「確かに。家に帰るまでが遠足だからな。今日中に豊嶋を口説くことをまだ諦めていないか! それでこそ岩見だ」
先生は最後まで残念な勘違いを続けていた。頼むからすっこんでいてくれと、良い機会だから言ってしまおうかと、一瞬思ったが、どうにか堪えた。まゆも何かを期待している目を向けなくていいから。
その後、電車を降りて、学校までてくてく歩いた。帰りもタクシーが良かったが、予算が残り少ないらしい。俺は先生のポケットマネーでも構わなかったのだが、自腹となると、先生は急に厳しくなる。全く。昨日散々山道を歩いたのだから、もう歩かなくてもいいのに。
今日は土曜日のため、すれ違う生徒の数はまばらだ。きっと部活に行くか、終わって帰るところなのだろう。
校門が見えたところで、「私は書かなきゃいけない書類があるから」と、先に行ってしまった。去り際に「プレゼントがあるから、後で私のところに来い」と言っていたのがきにかかる。お金なら嬉しいのだが、さすがにないか。せめて食べ物だと良いなあ。
「ねえ、優司君。そろそろお腹が空くころじゃない? もし良かったら、帰りにハンバーガーでも食べていかない?」
互いの体が触れるくらい体を寄せながら、まゆが買い食いの誘いをしてきた。ホテルで朝食を食べてから時間が経っているので、まゆの読み通り、腹が鳴り出す頃だった。でも、俺は申し出を受けるわけにはいかない。
「それもいいけど、俺は向こうの彼女と食べに行くよ」
何の予定もなく、且つただの友人同士なら、二つ返事でOKしていたが、生憎俺には待っていてくれた人間がいる。陽菜だ。ちょうど向こうから疾走してきている。
「ゆ・う・じ・く~~~~~~~~~~ん!!!!!!」
俺の名前を叫びながら、すごい勢いで陽菜がダッシュしてきた。まさか校門でずっと、俺の帰りを待っていたのか。そして、そのまま俺に向かって突進、……ではなく抱きついてきた。あまりに勢いが良かったので、本気で踏ん張らないと押し倒されるところだった。
「美咲さん……」
俺たちの愛を見せつけられる形になったまゆは悔しそうに呻いた。
「その様子だと、旅行中に横取り作戦は失敗したみたいね」
後から走ってきた七海が、まゆに皮肉をたれた。
「そんなナンセンスなネーミングをした覚えはないけどね」
「今日は引き下がった方が良いわよ」
「言われなくてもそうするわ。私の入り込む余地はなさそうだし。じゃあね、優司君。旅行の下見は楽しかったわ。また学校で会いましょう♪」
まゆはすんなりと去っていった。去り際に「諦めないから」といつも通り言っていた。その内、口癖にならないか、心配だ。
「ねえ、優司君。旅行の下見で何があったのか、教えてよ!」
俺が浮気をしたか疑っていて、尋問しているわけではなさそうだ。陽菜の様子から察するに、純粋にお土産話を聞きたいらしい。出発の時の悲壮な感情がもう消え失せているようだ。宣言通り、開き直ったらしい。
その後は家に帰れる、と思ったら、林間学校の下見に行っている間の授業でやったプリントをやれとのこと。職員室に行ったら、先生からプレゼントと称して渡されたのだ。勉強に遅れないようにとの、学校側の処置らしいが、別に二三日休んだくらいで、授業に遅れるということもないだろう。現に、よく授業中に居眠りして、一か月休んだに等しい状態の早智ですら、テストでは平均点以上を確保しているのだ。そんなものより、先生が食べている出前のカツ丼の方が欲しかった。
まあ、愚痴ったところで、聞いてくれるわけもないし、大人しく教室で書くことにした。学校が休みなだけあって、教室には人っ子一人いなかった。
「ねえ、どうせなら、教卓で書いちゃおうよ!」
「いや、自分の席で書くよ……」
プリントを書かなきゃいけないのは、俺だけなので、陽菜たちは先に帰っていてもいいのだが、俺の隣の席を陣取ってずっと話しかけてきた。
途中、まゆが教室のドアを開けて、「優司君、一緒にプリントを書こう♪」と来たが、陽菜が一緒なのを見ると、すぐにどこかに行ってしまった。そうだ! あいつも下見に行ったから、プリントを書かなきゃいけないんだ。
しばらく陽菜と雑談しながら、プリントを書き進めたが、なかなか終わらない。畜生、たんまり出しやがって。一計を案じた俺は、横の陽菜の目を真っ直ぐ見つめて、囁くように語りかける。
「陽菜。俺はお前と会えなかったこの二日間、ずっと寂しかった」
「私もだよ、優司君」
「その穴埋めも兼ねて、早くお前と街に繰り出したくてしょうがないんだ」
「私もだよ、優司君❤」
「と言うわけで、プリントを仕上げるのを手伝って……」
「自分の彼女を使おうとするな、ダメ彼氏」
もう少しで上手くいきそうだったのに、七海の妨害に遭い、陽菜にも手伝ってもらおう作戦はとん挫した。仕方なく、自分一人の力で書き続ける。
「でも、今回は危なかったわね。まさか先生を騙してまで二人きりの機会を作ってくるなんて」
「うん! 一時はどうなることかと思ったよ」
俺もどうなるかと思ったよ。あと、申し訳なかった。陽菜から何度も信じているって言われたのに、どんどん向こうのペースに乗せられていったんだから。
「次はちゃんと上手く断りなさいよ。私も陽菜も、いつまでも我慢が続くわけじゃないんだからね」
「ああ」と言ってみたが、正直自信がない。まゆは結構策略家だからな。俺は馬鹿だから、また引っかかりそうな気がする。でも、言ったら怒鳴られそうだしなあ……。
「ちょっと! 言った後に考え込まないでよ! 不安になるでしょう!」
「あ、ああ……」
「ふふふ! 優司君、怒鳴られた!」
結局怒鳴られた。こういう運命なのか。
「それからプリントは時間をかけないで終わらせてね。私も陽菜もお昼がまだだから、早く食べに行きたいの」
お前らもまだだったのかよ! いつ帰ってくるか分からないんだから、昼食を食べて待っていればいいのに。
「陽菜があなたを待つって言って、聞かないのよ。ねえ、陽菜?」
「うん!」
陽菜に笑顔で頷かれてしまっては、もう何も言えない。ここは希望通り残りを書くのを急ごう。
「分かった、分かった! ラストスパートをかけるから、もう少し待って」
俺は雑談と雑念の全てをシャットアウトして、プリントと本気で向き合った。あまりの迫力に、陽菜が「おお!」と唸っている。
「へへへ……。終わらせてやったぜ」
俺が本気を出すとこんなものだ。プリントが何枚あろうが、一瞬だ。ふふふ! 二人とも驚いているな。
「うわあ! 結構量があったのに、あっという間に終わっちゃった。優司君、すごい!」
「陽菜の言う通りね。素直に恐れ入ったわ。あなたって火事場の馬鹿力を発揮するタイプなのね」
よしよし、その調子でもっと俺を褒め称えろ。書く速さには絶対に自信があるのだ。空欄を埋めるだけなど、造作もないことだ。正解かどうかは保証しないけどね。
「ふう……。やっと補習が終わった~! 先生ったら話が長すぎ!」
丁度そこに、早智とホイケルがドアを開けて教室に入ってきた。
「あれ? 優司じゃない。休日なのに何で学校にいるの?」
「林間学校の下見に行っていたんだよ。誰かさんのピンチヒッターとしてな」
こいつ、人に面倒事を押しつけたくせに、忘れてやがる。病気の方は一晩で完治したらしいが、無性に腹立たしくなってくる。電話でお願いされた、お土産を買ってこなくて心底良かった。
「お前らこそ何でいるんだ?」
「授業中に寝ていたら補習をすることになったんだよ」
「そうそう! ちょっと寝ていただけなのにね」
二人で憤慨していたが、補習を言い渡されるくらいなので、相当の時間寝ていたに違いない。間抜けな奴らめ。
「全く! あんたたちがもたもたしているから、馬鹿内さんまで来ちゃったじゃない」
「何よ、それ! さては私抜きでどこかに行く気ね。 そうはさせないわ! 私も連れて行きなさい!」
「俺も、俺も!」
何となく楽しい空気を察した早智とホイケルも買い食いに、強制的に参加を表明してきた。どうせ来るなと言ってもストーカー張りの尾行で勝手についてくる気だろう。
「よし! 参加人数も五人に増えたところで、出発しようか!」
陽菜は七海と違って、人数が増えたことを気にかける様子もなく、教室から出ていこうとする。早智とホイケルもそれに続く。
「ちょっと待ってくれ」と言った後で、帰り支度を整えて、俺も席を立つ。一緒のタイミングで教室を出ていこうとしている七海が横で、ボソリと呟いた。
「それはそうと、電話で話したことをちゃんと覚えているわよね」
「もちろん!」
七海が言いたいことは分かっている。電車内で会話した時に、七海と交わしたあの約束のことについてだろう。俺は猛ダッシュで陽菜に追いつくと、約束した言葉をかけた。
「なあ、陽菜。明日の日曜日、デートしないか?」
今回で林間学校の下見編は終わりです。どことなく最終回みたいな雰囲気ですが、まだ続きます。




