第二十三話 下見旅行(四) みんな大好きカレーライス
グリーンカレーって緑色のハーブ類で、緑になるそうですね。茶色のカレー専門なので、全然知りませんでした。
第二十三話 下見旅行(四) みんな大好きカレーライス
ハイキングを終えたばかりの、俺達三人組は、キャンプ場に無造作に置かれた、調理器具を前にして立ち尽くしていた。
「ご飯もこれから炊かなきゃいけないんですね。火はどうするんですか?」
「これがあるから」
先生が指差したのは、幼い日に見た記憶のある、木の棒と板だった。あと、木の棒に括り付ける丈夫な縄もある。
「……これって小学生が課外授業で、火起こしを体験するときに使う、あの道具ですよね。俺の記憶が正しいのなら、息を強く吹かなきゃいけないんですよね」
相当手際よくやらないと火がつかなかった記憶がある。もう小学生じゃないんだから、ライターと言う現代の道具を使いたいところだ。先生は煙草を吸うので、持っているはずだ。
「念のために言っておくが、ライターは貸さんぞ」
「ぐ……」
お願いする前に釘を刺されてしまった。
「いつも外食やレトルト食品、コンビニ弁当で済ませてばかりいるんだ。たまには一から調理するのも良いじゃないか」
「ご心配なく。俺の家は三食全部手作りですので。おふくろの味ってやつです」
ただ単に外食するだけの余裕がないくらい、貧乏なだけだが、そこは蛇足になるので黙っておく。
「私の家でも、三食とも母が作ってくれるので、むしろ外食をしたいくらいですね」
「ぐ……」
手抜きで済ませているのは先生だけ! 二人がかりで攻めたら、さすがの先生も多勢に無勢で顔をしかめた。
「と、とにかくだ! 今夜はカレーを作って食べるんだ! 変更は認めない」
最後は教師の強権を使って、強引に話をまとめてしまった。大人ってずるいよね。
結局、カレーは先生とまゆが作ることになった。面倒くさい火起こしと炊飯は半強制的に、俺の仕事にされてしまった。とはいうものの、特に苦戦することもなく、与えられた一連の仕事をこなした。
「こんなものかな」
水で洗ったご飯を火にかけたところで、一息つく。後はご飯の炊きあがりを待つばかりになったので、手持無沙汰になった俺は暇つぶしも兼ねて、まゆたちを冷やかしてくることにした。
二人が調理している様子を覗きに行くと、鍋を火にかけているところだった。俺には火起こしからさせておいて、自分はちゃっかりとライターと言う名の、文明の力に頼ったらしい。また同じ愚痴を吐くけど、大人ってずるいよね。
空腹が限界で腹が鳴った。完成間近であることを祈りつつ、鍋を後ろから覗く。よく見る茶色のカレーを想像していたが、二人の作るカレーは緑色をしていた。
「へえ~。普通のカレーを作ると思ったら、グリーンカレーを作っているのか!」
最近はヘルシー志向が増えていると聞く。あまり食べたことはないのだが、健康に良いのなら、食べてみたい。
「う、うん……」
まゆの返答がどことなくぎこちない。明らかに冷や汗をかいている。かすかに嫌な予感がした。
「あまり上手に作れていないのか?」
「うん……」
「俺さ。あまり味にはうるさくないから、そんなに混詰めて作らなくていいんだぞ。料理なんて腹に入れば皆同じなんだから」
「ありがとう……」
「先生は?」
「向こうで野菜を切っているわ」
まだ切っていないのか。もうとっくに切っていると思ったけど。……うん? 今、野菜を切っているということは、この緑色はどう説明する?
「あれ? 野菜を切っているってことは、このカレーには……」
「何も具は入っていないよ。これから入れるところ」
何も入れていないのに、グリーンに染まっているカレーを見ながら、気分が急速にブルーになっていった。
「てっきり緑黄色野菜を大量に入れたから緑色になっているのかと思ったけど違うのか……。じゃあ、どういう方法で緑色に?」
「それは聞かないで……」
そう言って頑なに口を閉ざす。個人的にかなり重要なことだから、絶対話してほしいんだけど。
もう一度聞こうとしたところで、先生が鼻歌交じりにやってきた。野菜を切り終えたらしい。せめて野菜くらいはしっかりと火を通してほしいと思いつつ、振り返った。同時に背筋に衝撃が走った。
「先生は何をしているんですか? 俺たちは今、夕食のカレーを作っているんですよ。勝手に科学実験を始められたら困るんですけど」
「は? 私はずっとカレー作りに没頭している。科学実験を始めた覚えはない。疲れて幻覚でも見ているのか?」
「見た感想を素直に言っただけです。おかしなことを言った覚えはありません」
「いや、十分おかしいだろ。先生はこれから切ってきた野菜をカレーに入れようとしているんだぞ。どこをどう見間違えれば科学実験になるんだ?」
野菜のカットは半端なくせに、先生はあくまで白を切るつもりらしい。仕方がないので、問題点を指摘してやる。
「じゃがいもの芽が完全に取れていないんですけど」
「気にするな。大丈夫。食っても死なん!」
「何でたかが夕食で死ぬ、死なないの二択を迫られなきゃいけないんだよ。死ぬことはないけど、じゃがいもの芽にはソラニンって有毒物質が含まれているんだよ! うっかり食べると、吐き気や腹痛に襲われるんだよ!」
思わず声を荒げてしまったが、気にしない。それより今はカレーの出来が最重要事項だ。
「それに人参に玉ねぎも! 皮が残っているじゃないですか。人参はともかく、玉ねぎなんて手で剥くだけなんですから、ちゃんとやってください。もうヒートアップしてきたから言いますけど、野菜の切り方が雑! 全然一口サイズじゃない。どう見ても三口サイズだし、皮むきの前にちゃんと洗わなかったですね。ところどころに泥が残っていますよ!」
本能の赴くまま、罵詈雑言クラスの文句を言い続けた。だって、言わずにはいられないんだもん。あまりにもひどいんだもん。
しばらく大人しく聞いていた先生だが、だんだん煩わしくなってきたのか、顔をしかめだした。
「全く! 岩見は細かいことにうるさいな! うるさい男は嫌われるぞ」
「嫌われていいです。食事の度にトイレに駆け込むくらいなら……」
「優司君! 私たちはこれからカレーを食べるのよ。空気を読んで!」
まゆの大声で抗議された。全面的にまゆの意見が正しいので、素直に引き下がる。俺の勢いが一瞬衰えたのを見過ごさなかった先生の反撃に遭い、俺は退散を余儀なくされた。
ああ、カレーはどうなるんだろう。出来るなら、俺が一から作り直してもいいのに。畜生! 俺は空腹を満たしたいだけだ。何でこんな悶々としなきゃいけないんだ!
泣きそうになりながら、待っていると、まゆが料理が完成したと、力なく呼びに来た。まゆの顔を見るに、完成とは程遠い出来なのは覚悟しなければなるまい。
テーブルに移動すると、カレーらしきものが並んでいた。そう! カレーらしきものだ。決してカレーではない!
「念のために聞きますけど、この料理はカレーで合ってますよね」
「当たり前だろ。カレーを作るとさっきから散々言っているじゃないか。今更何を言っているんだ?」
とてもカレーに見えないから聞いているんだが、俺の意思は先生には通じてないようだ。
「一つ聞きたいんですけど、何で紫色に変色しているんですか? さっき見たときはグリーンでしたよね」
グリーンカレーは知っているが、パープルカレーなど聞いたこともない。いや、この色彩はパープルと言うよりバイオレットか? 暴力的な味ってことか? はははははは! 我ながらつまらね~。どちらにせよ、危険な香りしかしてこないので、食べたくない。
「いや~、野菜と肉を放り込んだら、途端に変色してな? 先生たちもビックリだ!」
本当にびっくりだ。野菜と肉で変色って、どんな化学反応だよ。まゆを睨むと、泣きそうな顔で頭を下げて無言で謝ってきた。まゆの方は、この料理の異変に気づいているらしい。
問題は先生だ。こんなカレーを作っておいて、全く悪びれる様子がない。信じられないことに、おいしいカレーを作ったと本気で考えているらしい。無尽蔵の自信が羨ましい。
「……先に先生が食べてもらえます?」
「おいおい! 人が丹精込めて作った料理を、作った人間から食べるように勧めるなんて、
失礼じゃないのか。まるでこの料理が不味いみたいな言い草に聞こえるぞ」
「毒見までやる義務があると思います」
「人のハートをえぐることをはっきり言いやがった! まるで毒扱いだ」
「少なくとも紫色のカレーなんて見たことはありません」
見たことはないけど、危険だということは食べるまでもなく分かる。
「そんなことを言わずに食ってみろ。意外に上手いかもしれんぞ」
「絶対に冗談じゃないね。全力で断る!」
頭に血が上り過ぎて、日本語が少しおかしくなってしまった。でも、文句はまだ言い終わらない。
「つ~か、最初から俺が作り直していいスかね?」
「遂にタメ口で話し始めた! ここまで反応が悪いとさすがにショック! さては反抗期か!」
「何とでも言ってください。とにかく先生のカレーは食べられません。あまりしつこいとパワハラで訴えますよ!」
「何もそこまで言うことないじゃないか……」
そっぽを向いていじけてしまった。少し元気がないくらいが丁度いいので、落ち込む先生を無視して、今夜の夕食をどうしようか考えた。
「ほっほっほ! どうやらカレー作りに失敗してしまったようじゃの……」
緊迫した空気と似ても似つかない声がしたので振り返ると、気さくな感じのおじいさんが一人立っていた。
「見ての通りですよ……。料理をしたつもりが、いつの間にやら悪魔召喚を始めてしまっていたんです」
わざわざ聞かなくても失敗したことくらい分かるだろう。それを聞いてくるなんて、良い趣味とは言えないな。
やさぐれ気味に答えると、おじいさんはレトルトカレーの袋を三人分差し出してきた。
「これは……」
「お客用にキャンプ場で用意しているレトルトカレーじゃ。ご飯はちゃんと用意できておるようじゃから、これをかけて食べなされ……」
「いいんですか」
おじいさんが孫に接するような優しい目で頷いた。
「あんたらの他にもな。ごく稀に料理に失敗してしまう人がおるんじゃ。そういう人のためにレトルトのカレーとご飯が用意されておる。遠慮せずに食べなされ……」
ごく稀と言うことは、大抵は失敗しないということだよな。口にすると、まゆが余計傷つきそうなので、そっと胸にしまっておこう。
「せっかくだし、ご厚意に甘えようか」
意気消沈して元気のないまゆにそっと声をかける。
「うん……」
「そんなに気を落とすなって」
励ましてみたものの、料理の失敗がよほどショックだったらしく、まゆの表情は晴れない。このまま、放っておけないので、言葉をかけ続ける。
「でも、まゆにも苦手なものってあるんだな。ちょっと意外」
「見損なった?」
「いや、むしろ距離が近くなった気がする」
落ち込んだまゆを励まそうと、自分の本音を話した。ちょっと話過ぎたと思ったのは、まゆの顔が赤らむのを見てからだ。
この後、おれとまゆはおじいさんの行為に甘えて、レトルトカレーで夕食を摂った。
先生は意地を張って、自分の作ったカレーを食べると言っていたが、一口含んだところでギブアップ。大人しくレトルトカレーを楽しんだ。
無事に夕食を済ませたが、食事の後片付けはまゆがやってくれた。カレーで評価を下げたので、洗い物くらいしないと、本人の気が済まないらしい。もう一人の戦犯である先生が涼しい顔でたばこを吹かせているのに、殊勝な心がけだ。
料理の腕とは対照的に洗い物はてきぱきと済ませた。これで料理が何故出来ないのか、心底疑問だ。
洗い物が済むと、三人で仲良くホテルに戻った。
「よし! 夕食も済んだことだし……」
「寝ますか」
「おいおいおいおい! 何を終わった気でいるんだ? まだイベントは終わっちゃいないぜ!」
まだ残っているのか? 歩き通しで疲れたので、もう寝たいのに。
「もう暗いですよ?」
「だからいいんじゃないか! 暗いからこそ出来るイベントが林間学校にはある!」
暗いからこそできる? ……季節は夏。ひょっとして、アレか?
「理解したようだな」
腕を組んだ先生が、ニヤリと笑う。
「三十分後に、キャンプ場に再度集合するように! 林間学校の最大のイベント、肝試しの下見を行う!」
先生は意気揚々と宣言したが、俺とまゆの気は晴れない。川下りみたいに、こっちも当日までのお預けにしてもらえませんかね。
書いてて楽しかったです。次回の肝試しネタも楽しくかけそうなので、今から楽しみですw




