第十九話 俺たち三人は歩くのが嫌いだ
今回から「林間学校の下見編」がスタートします。手段を顧みない恋する美少女と、間違った方向にハイテンションな担任教師との残念な三人旅をお楽しみください。
第十九話 俺たち三人は歩くのが嫌いだ
小島先生が去った後、もう何も言えず、ソファにどっかりと座りこんだ。
「今の……。私のせいだよね」
廊下の奥から様子を覗いていた早智が申し訳なさそうに近寄ってきた。
「馬~鹿! 病人が心配するほど深刻なことじゃないよ。お前は何も言わずにグーグー寝てろ」
気持ちは嬉しいが、早智が心配したところで仕方がないので、寝るように勧めた。
さて。早智には強がったものの、七海たちには連絡しなければならない。……嫌だなあ。絶対に怒られるよ。
携帯電話で早智の番号を表示させた後、深呼吸を数回行って、精神集中した後で通話のボタンを押した。
直接伝えるのが本当に嫌だったので、留守電になってくれることを願ったが、ワンコールもしない内に、七海は電話に出た。
アクシデントが発生して、下見に行くことになった旨を告げると、予想通り、ブチ切れられた。電話口で大声で叫ばれたため、耳がキーンとなった。
散々罵倒した後で、陽菜には自分から伝えると言われて、電話は一方的に切られた。
「七海は何て言ってた?」
俺が電話で話している様子を見て、早智が声をかけてきた。怒られているというのは、聞かなくても分かったようなので、「怒っていた?」とは聞いてこなかった。
黙ったままでいると、早智が質問を続けてきた。
「死ねとか、アホとか言われたの?」
「いや……」
「何だ! てっきり七海のことだから、辛辣な言葉を吐いてくると思ったんだけど、あいつも丸くなったものね」
「その逆だ。そんな可愛いものじゃないよ。思い出すだけで吐き気がするようなことを延々と言われた。今だってまだ気分が優れない……」
話していたら、吐き気が込み上げてきたので、一旦会話を中断してトイレに避難した。
あそこまで言わなくてもいいじゃないか。そりゃあ、自分の作戦がぶち壊しになって機嫌が悪いのは分かるけどさ。思い出したら、また落ち込んできた。今日はもう寝たい。
「今日は帰るよ。明日の準備をしないといけないから。お粥はたっぷり作ってあるから、残りを気にせず、食べればいい」
「ごめんね。役に立ってないのに、世話ばかり焼かせちゃって」
「もういいよ。気にしなくていいとは言わないけど、病人らしくしっかり休め(俺も帰宅したら休む!)」
たぶん今の俺は早智より病人らしく見えるのではないだろうか。重い足を引きずるように、自室まで戻ると、ベッドに倒れこんで死んだように眠った。準備は起きたらやればいいや。というか、このまま寝過ごして大遅刻してやりたい気分だ。
床に就くとあっという間に意識は遠のき、まゆの高笑いと七海の罵倒を交互に夢見ながら、寝苦しい一夜は過ぎていった。
さて、翌日。下見には普段通りに授業に出てから出発とのこと。どうせ数日休むことになるんだから、今日も休ませてくれればいいのにと、学校の硬さにこっそり毒づいた。
下見旅行に行くことになってしまったことについて、陽菜と七海に謝りたかったが、出発前の準備とやらでドタバタしてしまい、その機会は得られなかった。
「うん! 二人とも遅刻しなかったな。偉いぞ」
授業も無事に終わり、校門に集合した俺とまゆを、先生はいつものハイテンションでねぎらってくれた。
授業が終わってすぐに、拉致同然で連れてこられたんだから遅刻のしようもないと思ったが、疲れていたので突っ込まないでおいた。
「何だかお疲れだね。昨日はよく眠れなかったの?」
俺のやつれ気味の顔を見ながら、まゆが心配そうに聞いてきた。お前のせいだとも言えず、「何ともない」と強がった。
「旅館に着いたら、すぐに入浴すればいい。広い風呂だからな。肩を伸ばし放題だ。一時間も浸かれば、疲れなんて吹っ飛ぶぞ」
「ですね♪」
いやいや、一時間も浸かったら、体がふやけるから。
「あとな。私たち三人だけだから、今日はバスじゃなくて電車での移動なんだ。着くまで窮屈になるが、我慢してくれ。ごめんな!」
こっちとしては、早く目的地に着いてくれれば言うことなしなので、電車で構わない。
そして、俺がまだ休む気満々の中、下見に向けて出発。
校門のところで陽菜と七海とすれ違った。何か言いたそうにしていたが、結局会話をすることはなかった。言いたいことは分かっているので、信頼されないとは思いつつも、心配するなと目配せした。
「今日から三日間、一緒だね♪ い~っぱい楽しいことをしようね♪」
陽菜たちとすれ違いざま、まゆがいきなり腕にしがみついてきた。事実上の宣戦布告なのだろう。慌てて、すぐ剥がしたが、空気が悪くなったのは、肌で感じ取れた。とても陽菜たちの表情を見ることが出来ず、足早に立ち去る。
帰ってきたら、報復が待っているんだろうな。このまま外国に高跳びしたくなってきた。
学校を出てすぐ。生徒たちの姿が見えなくなったところで、先生は立ち止った。
「ここでいいかな」
「? 何をする気ですか?」
「下見に行ったことにして、どっかに遊びに行くか!」と言ってくれることを密かに期待しつつ、質問する。
「駅は近いが、歩くのが面倒くさいからタクシーに乗ろう」
いきなりかよ!
駅までは徒歩で二十分ほどだ。ハッキリ言って遠くはない。教師なら、生徒の健康を考えて(もしくは経費をケチって)徒歩を選択するべきなんだけどね。それを面倒くさいという理由でタクシーを使うだなんて……。あんた、分かっているよ! 何かにつけて楽したがる緩い性格、最高だ! 歳が近かったら、マジで惚れていた!
性格はアレだが、外見は美人なので、先生が手を上げると、タクシーはすぐに止まった。全く、美人に弱い男ばかりで困る。
「うむ! 今日も絶好調だ」
すぐにタクシーが停まったことにご満悦の様子。学校関係者に見られない内に、素早くタクシーに乗り込んだ。まゆも歩くのが嫌だったみたいで、タクシーに乗ることには大賛成だった。つまり、三人共、何でもかんでも楽したい性格らしい。この三人組に林間学校の下見をさせるのは、ミスキャストだとつくづく思った。
「時に岩見」
「何です?」
タクシーが走りだしてすぐ、真剣な顔で先生が問いかけてきた。嫌な予感しかしなかったので、シカトしたかったが、頑張って返答する。
「今回の下見では、どこまで攻めるつもりだ。援護射撃するとは言ったが、どこまでいくつもりなのか聞いておかないと、やり過ぎてしまうからな」
何を今更。もう十分やり過ぎているから。そんなにやり過ぎが心配なら、もう家に帰ってもいいですかね?
「そうですね。特に攻めるつもりはないので……」
「もちろん行けるところまでです♪」
何もしなくていいと断ろうとした俺の言葉を遮って、代わりにまゆが答えた。俺は如何に早く踏み止まるかばかり考えているのに、目的がかみ合わない。
「フッ! 若いな。でも、先生。そういうの嫌いじゃないぞ」
何勝手に盛り上がっちゃってんの? 教師として怒るところでしょう、そこは。タクシーの運転手さんも、聞き捨てならないと思ったら、車を止めてもいいんですよ。ていうか、ぜひそうしてください。会社に苦情を入れたりしませんから。
電車に乗ると、当然のように隣に座ってきた。席を移動したかったが、指定席なので、勝手に移動は出来ない。
「うふふ……♪ 優司君と行けることになって嬉しい♪ 一時はどうなるかと思ったんだから」
そう言って、また腕にしがみついてきた。陽菜たちが近くにいないので、もう強引に引き剥がすことはしなかったが、さっきの凍りついた空気を思い出し、気分が沈んだ。
「おうおう。やるね~」
先生はその様子を見て、囃し立てるばかり。もちろん、注意なんかしない。本人はエールを送っているつもりらしい。いいかげん面倒くさくなってきたので、この人の性格について突っ込むのは止める。
タクシーを降りて、電車に乗ってからも、まゆは終始ハイテンションのままだった。脳内で、「帰りたい」を連呼している俺とは対照的に、下見旅行が楽しみでしょうがないらしい。




