第二十話 下見旅行(一) 女たちは静かに想いを告げる
日本のあちこちで、桜が開花して、花見シーズンが到来しつつあります。花見の話もいいかなあと思いつつ、執筆しました。
第二十話 下見旅行(一) 女たちは静かに想いを告げる
予定では下見は二泊三日だ。所詮下見なんだから、一泊でも十分だと思うが、俺の通っている王泉高校は中途半端なところに力を入れるのが好きだ。
「見ろ! 山だ! 大きな山が見えるぞ! 富士山には劣るけどな」
子供みたいなノリで小島先生ははしゃいでいた。頼むから良い歳の大人だということを自覚して、落ち着いた行動をお願いしたい。
「ふふふ。小島先生ったら、子供みたい♪」
先生ほどではないが、まゆも上機嫌だ。
「景色も良いけど、談笑しよう! ポッキーにポテチ。何でもあるよ♪」
そろそろ小腹が空いてきたので、何かつまみたいところだけど、貰っていいのだろうか? 世間の基準では、これは浮気にカウントされているのだろうか。
自分で用意しているお菓子があれば、そちらを食べるところなんだが、準備を直前までしていなかったせいで、そこまで行き届かなかったのだ。
「美咲さんのことを気にしているの? 心配しなくてもこのくらいなら浮気には入らないよ」
俺の内心を見透かしたかのように、まゆがそっと言う。見透かされた俺は思わず固まってしまう。
「おっ! お菓子があるじゃないか!」
「お一つどうぞ❤」
景色を見るのに飽きたのか、それとも動物的な勘で食料の匂いを嗅ぎつけたのか、先生の目がまゆのお菓子にロックオンされる。
俺と違って先生は何の迷いもなく、ポッキーに手を伸ばした。一袋分、一気に頬張り、食料を蓄えているリスのように頬を膨らませる。黙っていれば美人なのに、これでは台無しだ。
「ほえ! いふぁみもふえ!」
口の中一杯なので、良く聞き取れなかったが、俺にも食えと勧めてきているらしいことは、動作で分かった。先生の指示とあっては、俺も抗えず、ポッキーを受け取る。
「うふふ。チョコ味が苦手ならイチゴ味もあるよ♪」
どれだけお菓子が好きなのだろう。まゆが開けたリュックを除くと、お菓子がギッシリ詰まっていた。こんなに持ってきて、旅行先にお菓子のテントでも張るつもりなのだろうか。
「じゃあ、イチゴ味も頼む!」
何故か先生がイチゴ味を希望した。チョコ味の方はもう完食したらしい。「お前に聞いているんじゃない!」と怒ってもいいところなのに、まゆはにっこりと笑って、リュックからイチゴ味を取り出した。
先生のおかげで、しばらくは会話が途切れることもなく、良い雰囲気で時間は流れていったが、何かを思い出したように先生が席を立った。
「どうしたんですか?」
「ちょっと花摘み……」
「花摘みって……?」
「だあ~! 鈍い奴だな。そんなことまで言わせるな! 男ならそれくらい察しろ!」
何故か怒ってしまい、先生はそのまま向こうに歩いて行ってしまった。電車の中で花摘み?
「トイレの隠語だよ……」
顔を赤らめながら、まゆが説明してくれた。ああ、そういうことか。事情を察した俺は、まゆに軽くお礼を言った。
先生がトイレに立つのを見計らったかのように、電話が振動した。電車に乗っているので、着信音をオフにしていたため、バイブレーション機能が働いたのだ。いきなりなので、ちょっとビックリ。
「陽菜から電話が来てる。ちょっとデッキに行ってくる」
「ここで話せばいいじゃない。いちいちデッキに移動するようなマナーの良い人は、この電車にいないわよ」
見渡すと、あっちでも、こっちでも我が物顔で通話してやがる。マナーなんてあったものじゃない。
「それに、女の勘だけど、私にも関係のあることでしょ? 聞き耳を立てていたいのよ」
堂々と聞き耳を立てる宣言まで始めた。怖いもの知らずだな、こいつも。
「優司君……」
「よ、よう!」
電話には出たが、今朝の件もあるので、お互いぎこちない。
「……け、今朝はごめんな」
「いいよ。優司君から誘ったんじゃないってことは知っているから。でも、ちょっと驚いたかな……」
その後、陽菜は黙ってしまった。会話が続かない。実際には一分にも満たなかったと思うが、俺にとっては永遠と思える時間が過ぎた後、陽菜が再び口を開いた。
「……あのね。優司君は浮気するような人じゃないって知っているから、私のことを気にしないで旅行を楽しんできて」
「……いいのか?」
「うん。心配してもしょうがないし、私もいい加減開き直ることにしたよ」
「陽菜……」
無性に陽菜を抱きしめたくなった。彼女の空元気が無性に愛おしかった。
「私からの伝言はこれで終わり。あとね。七海からも話があるっていうから代わるね」
七海の名前を聞いて、背中に冷や汗が流れた。陽菜はともかく、七海は激しく罵倒してくるんだろうな。昨夜の一件が否応なしに頭をよぎる。
俺の返事を待たずに、七海に代わったことが分かった。
「よ、よう」
「どうも」
まだ怒りが収まらないのか、冷静さの中にも怒りを内包した声だった。
「今朝はずいぶんなものを見せてくれたわね。ちょっと妬いちゃったわ……」
妬いたというのが嫌味なのは分かっている。だからと言って、ここで返答を間違えると、何を言われるか分からないので、指摘はしないことにしておく。
「怒っていないと言えば嘘になるけど、陽菜があなたを擁護しているから、この場は引っ込んでおくわ。でも、少しは気を付けてよね、いい加減」
全く頭が下がる。七海からすれば、「何回気をつけろと忠告させる気なのか」と文句を言いたいに違いない。ここは俺を擁護してくれた陽菜共々頭を下げるしかあるまい。
「そうだ! 豊嶋さんに代わってくれる? いるんでしょ? 横に」
何でもお見通しらしい。隣に座っているまゆを見ると、向こうも状況を察しているようで、臨戦態勢が整っている目で、俺を見ていた。
「七海が代われって」
「蒼井さんが? ……分かった」
俺から携帯電話を受け取ると、まゆは比較的冷静に話し出した。時々、「うん」とか「ええ」とか言っているだけなので、詳しい内容は掴めない。
お互いの闘志をひた隠しにした会談が始まってしばらくしたが、会話はヒートアップする気配もない。感情をむき出しにした言い争いに発展すると危惧していたが、予想に反してまゆは冷静に話し続けた。
「ずいぶんな自信だね。だからと言って引き下がる私じゃないけど……」
「ふふふ……。まあ、同じ優司君好き同士、穏便にやりましょう」
静かな会話が続いた後、まゆは俺に電話を戻してきた。通話がまだ続いているようなので、会話は終わっていないらしい。
「蒼井さんがね。電話を切る前に一言言いたいことがあるから、もう一度代われって」
最後の一言か……。心にぐさりと突き刺さる強烈なものに違いないなと思いつつ、電話をまゆから受け取り、電話に出る。
「代わったぞ」
「確かに。その間の抜けた声はあなたで間違いないわね」
辛辣な一言だ。
「いろいろ言ったけど、あなたのことは信用しているわ。ただ釘を刺すつもりで電話しただけ。でも、戻ってきたら、陽菜とデートくらいはしなさいよ。彼女を不安がらせたのは事実なんだから」
陽菜の話をされると、心が痛む。デートくらいで許してもらえるとは思わないけど、帰ったらすぐに街中に連れ出そう。
彼女と学級委員との話を追えて、電話を切った。まゆが俺を見ていたが、俺は口を開くこともなく、黙ったまま。自然に沈黙が流れた。やがて、この沈黙に根負けしたのか、まゆの方から口を開いた。
「蒼井さんとどんな話をしたのか聞かないんだ?」
「聞かなくても分かるからね」
不思議なのは一度もヒートアップすることもなく、落ち着いた内に終わったことだ。
「ねえ。一つ質問」
そう言ってまゆは顔を思い切り近づけてきた。というか、近すぎる。電車が揺れるだけで、互いの唇が重なってしまう。
「このままキス出来ちゃいそう……」
当たり前だ。分かっているなら離れろ。キスはやばい!
文句を言おうとしたが、それより先にまゆが発言した。近づけた顔も元通りに離した。
「もちろん今はしないよ。するのは優司君と交際を始めてから。でもね、もし勢い余ってやっちゃったら、優司君はどうする? 私の顔を平手でぶつ? それとも本気で殴る?」
質問の意図が分からなかったが、とりあえず返答する。
「……分からない。でも、どちらもやらないと思う。だからと言って怒らないわけじゃない。それは陽菜を悲しませることだし、その場の勢いで済ませていいことでもない。だから、そういうことはしないでくれ。お互いのために」
「女性には手を出さないか……。やっぱり優司君は格好いいね。心配しないで。横取り好きとかいろいろ言われているみたいだけど、その辺のルールはちゃんと守るから。でもね、優司君は格好いいから、これから先、やったもの勝ちで通そうとしてくる女子も出てくると思うよ。そっちには気を付けてね」
「ご忠告どうも……」
自分が格好いいとは思っていない。むしろ、格好悪い部類に入ると思うが、今の会話とは関係のないことなので、特に突っ込まず、代わりにまゆの意見に同意しておいた。
俺が返答すると、まゆはぼんやりと過ぎ去っていく電車の向こうの景色を見つめながら、物思いにふけるように言った。
「でも、優司君たちって優しいよね。普通は私みたいに横槍を入れてくる奴がいたら、もっと揉めるものよ? 罵詈雑言、叩く、殴る、蹴るは当たり前。終いには呪ってくる相手だっているし」
「俺たちは平和主義だからね。……ちなみに、それはお兄さんたちの場合の話?」
まゆの家庭の話になるので、本来は避けるべき話題の筈だが、勢いで聞いてしまうことにした。まゆは表情を変えずに、無言で頷いた。
「一つね、断っておくけど、私は美咲さんと交際を始める前から、優司君のことが好きだったの。何を言われたかは知らないけど、人の物だから好きになったわけじゃないから、そこは誤解しないでね」
「ああ……」
「でも予想外だったな。優司君のことをずっと陰から見ていたんだけど、女性の影なんて全然なかったから油断していたわ。それがいきなり美咲さんと付き合い始めるんだもの。自分の耳を疑ったわ」
「俺だってビックリしたよ。断られると思っていたからな」
「訳が分からなくなって、新聞の切り抜きで手紙を作って、気が付いたら優司君の下駄箱の前に立っていたわ。手紙を見たとき、ビックリしたでしょ?」
「アレ……。お前だったの?」
「……気づいてなかったんだ」
よほどおかしかったのか、まゆは口元を隠して大笑いし始めた。
「仕方ないだろ。手紙に名前も書いてなかったし、新聞の切り抜きだから筆跡鑑定も出来ないし」
「そ、そうだよね。ご、ごめんね」
ごめんと謝りつつも、まゆはまだ笑い続けていた。
「駄目! 笑いが止まらない。ちょっと緊急避難してくるね。私も花摘みに行ってくる。花摘みだよ、花摘み。もう分かっているよね」
そう言って、また笑った。……そろそろ怒るぞ。殴らないけど。
「でもね、優司君のそういう抜けているところも好きだよ♪」
去り際に一言言うと、返事を待たずに、まゆは向こうに駆けていった。
ポカンとしながら、まゆの後ろ姿を見ていると、肩を叩かれた。
「グッジョブだ! 岩見」
振り返ると、親指を突きだした先生が、ドヤ顔で立っていた。やはりこの人だけは勘違いしたままだった。




