第十八話 ずる休み大作戦
前回、まゆの策略で林間学校の下見に一緒に行くことになってしまった岩見。どうする、どうする?
第十八話 ずる休み大作戦
まゆの策略で、彼女と一緒に林間学校の下見に行くことになってしまった。一応小島先生が付き添うことになっているものの、頼みの綱の先生が籠絡されてしまっている。小島先生のあの様子からすると、本来の仕事そっちのけで、二人きりの時間をバンバン作るつもりだろう。本当にまゆと付き合いたいと思っていたのなら喜ぶべき事態だが、一方的に言い寄られているだけの俺からすれば、有難迷惑でしかない。
とりあえず陽菜と七海に報告した。特に七海には忠告を受けたばかりなので、こんなあっさりと罠にかかってしまったこともあり、どう説明したものか、マジで悩んだ。
「どうしたものかね……」
「どうするもこうするも、先生にちゃんと説明してきなさいよ。こういう事情があるから、今回の話はお受けできませんって。先生だって馬鹿じゃないから、今回の話もめでたくご破綻になって、万事解決じゃない」
「もう言ったよ。だがね、俺が冗談を言っていると思われて、「下手な嘘をつかなくていい。先生はみんなお見通しだから安心しろ」だって。聞く耳を持っちゃくれない」
陽菜と七海が頭を抱えてうずくまる。きっと「先生の馬鹿!」と脳内で地団駄を踏んでいるに違いない。俺も同じ気分なのでよく分かる。
「小島先生。悪い人じゃないんだけど、思い込みが激しいっていうか……」
「そこまで計算して、あの先生を利用したのよ、豊嶋さんは!」
七海の言う通りなら、まゆは恐ろしく計算高い女だ。とても勝てる気がしない。
「もう林間学校の下見に行くしかないのかな?」
「それじゃ、向こうの思う壺じゃないの!」
「そうは言っても、先生を説得できない以上、下見に行くしかないだろ。ずる休みするわけにもいかないし……」
「それだわ!」
半ば自棄になって言った言葉に、七海が反応した。訳が分からないでいると、とんでもないことを言い出した。
「岩見! あなた病気になりなさい!」
いきなり何を言い出すのだろうか。
「おいおい! 何を言ってるんだよ。風邪を引けだなんて、学級委員の言うことか?」
「そうよ! 無理に風邪を引いて重い病気へ悪化したらどうするの?」
いや、突っ込むところはそこじゃないよ、陽菜。
「勘違いしないで。本当に風邪を引けと言っているわけじゃないわ。林間学校の下見の数日前から仮病を使って休めと言っているのよ! そうすれば下見に行かなくて済むでしょ」
そうか。その手があったか!
「さすが七海だわ! こういう時に頼りになる!」
陽菜は手を叩いて、親友の提案した策を称賛した。俺もリアクションこそ取らなかったが、七海の策に同意した。
「しかし、ずいぶん思い切った策を思いついたな」
「向こうがその気なら、こっちだって、それなりに強引な手段に訴えなくちゃね」
そう言いつつも、どこか楽しげに笑った。普段は真面目な学級委員だが、本来はこういうずる賢い策を張り巡らすのが大好きな性格なのかもしれない。
「でも、下見の方はどうするんだ? 誰か代役を立てないといけないよな」
「馬鹿内にでもやらせればいいわよ。堂々と学校を休めるし、夜はだだっ広いお風呂を独り占めできるし、体力馬鹿のあいつなら泣いて喜ぶわ」
ひどい言い様だが、その通りかもしれない。体力の伴った電脳オタクであるあいつにはうってつけの役と言える。事実、この話を持ち出したところ、本人は二つ返事で了承してくれた。
こうして、七海の指揮の下、仮病大作戦は決行された。まずは、病人に見えるように、人知れずに体育館倉庫でひたすら筋力トレーニングを行い、顔を真っ赤に上気させた。そこに無駄にでかいマスクを装着。声はマスクの中に仕込んだボイスチェンジャーで風邪声に変えてある。極め付けとして、数歩歩くたびに、大きな咳をする。
……少し冷静になれば、すぐに見抜かれるだろう幼稚な変装だが、俺たちの知能を出し合って、病人に成りすました。
「! どうした、岩見! 顔が真っ赤じゃないか。む! 額が熱い! まさか……、風邪か?」
「ええ……」
基本的に人を疑うことを知らない先生はすんなりと信じてくれた。あまりにも簡単に騙されてくれて、拍子抜けしてしまう。
多少ぶっ飛んだところはあるものの、本来は生徒想いの先生だ。騙すことに良心の呵責を感じたが、陽菜のためと割り切り、心を鬼にして仮病を押し通した。
最大の関門であった先生騙しがすんなり済んだことで、仮病大作戦は無事に成功した。代役には、こちらの思惑通り、早智が代役に収まった。まゆにとっては寝耳に水の話だが、潔く諦めてもらう他あるまい。
無事に病欠が認められたことで、翌日から、俺のずる休み生活が始まった。
平日に昼近くまで寝るというのは、結構気分が良いものだ。何か偉くなった気がする。
パジャマ姿のまま、リビングで熱いコーヒーでのどを潤す。
さて、これから一日どうやって過ごすか。風邪で休んでいることになっているので、外出などはタブーだ。
しばらくは本を読んだり、ネット動画を見たりして、時間を潰していたが、午後三時を回るころにはすることが尽きてしまい、本格的に暇を弄ぶようになった。新聞を読んだり、ワイドショーを観たりと、普段なら絶対にしないことまでして、強引に時間を潰した。勉強以外で思いつくことは一通りしたと思う。
暇と闘いながらも、順調に日々は経過していき、下見の前日、事件は起こった。
この日の夕方、やっぱり暇を持て余していた俺は、何を血迷ったのか、エアギターの練習をして、時間を潰していた。
その時、隣室の早智が壁をドンドンと叩いてきた。心なしかいつもより威力がないような気がしたが、あっても鬱陶しいだけなので、こっちの方が良い。
「どうした?」
壁を叩いてきたということは俺に用事があるということだ。暇つぶしになるかと思って問いかけると、弱々しい声が返ってきた。
「優司~~」
「どうしたんだよ。声が変だぞ。ガラガラじゃないか!」
「……風邪を引いたかもしれない」
「……」
おいおいおい! お前が風邪を引いてどうするんだ。しかも、よりによって、下見の前日にこじらせるなんて。
「昨日下着のまま眠ったら、寝冷えしちゃったみたい。頭がガンガンする……」
そりゃあ、風邪を引くよ。健康管理くらいちゃんとやれ。健康だけがお前の取り柄だろうが。
罵倒の言葉を山ほど浴びせたかったが、とりあえず放っておけないので、隣の早智宅に移動して、身の回りの世話をしてやることにした。
自室でぐったりしていた早智に粥を作ってやったり、貯まっている洗濯物を洗ってやったり、思いつく限りの世話を焼いてやった。
「ありがとう、優司。家事の出来る男はポイントが高いよ……」
俺を茶化す暇があったら休んでいろ。
「そういえば学校はどうしたんだ? 早退したのか?」
「うん……。体育の時間に倒れちゃって、保健室に運ばれて、そのまま自宅に強制送還……」
どうせなら、病院も経由しろよ。医者に診てもらった方が治りは早いぞ。
「その様子だと、明日からの下見は無理そうだな」
「うう……。女風呂で夜間水泳大会を開催する予定だったのに。旅館中を探検して、魔除けの御札が貼られていないか探す予定だったのに。悔しいよ~」
ピントのずれた悔しがり方をしているが、こいつなりに楽しみにしていたのだろう。ただ、風邪を引いたのは自業自得だ。大人しく休むことに専念するんだな。
ピンピーン。
チャイムの音がする。誰かがやってきたらしい。
「ごめん、代わりに出て……。新聞の勧誘なら、派手に断っていいから……」
言われなくてもそのつもりだ。病人に出迎えさせるほど、俺は薄情な人間じゃない。ただし、新聞の勧誘の場合は、穏便に断らせてもらう。
もう一度チャイムが鳴った。はいはい、今出ますから、急かさないでくださいね。内心、文句を言いながら、ドアを開けた。
しばらく目の前の光景に呆然とした。俗にいう最悪の状況ってやつかな。
「……どうも」
とりあえず挨拶した。
「あれ? 岩見。どうしてお前がここにいるんだ? 風邪で休んでいるはずだろ?」
ドアの前に立っていたのは先生だった。手にはコンビニの袋を持っていることから、見舞いに来たらしい。何て優しい先生なんだと涙を流すところだが、別の意味で、俺は泣きそうだった。何てことだ。
「岩見。お前、確か体調不良で休んでいるはずだよな」
「ええ……」
「ずいぶんと元気そうだな」
「いえ、それほどでも……」
当然の展開が待っていた。風邪で休んでいるはずの人間が元気そうにしていたら、そりゃ誰だって問い詰めるよな。
「仮病だった。ということでいいのか?」
わずかに先生の顔に怒気が宿る。普段はちゃらんぽらんだが、怒ると手が付けられないので、何か言い訳をせねば。
「いえ! ちゃんと風邪を引いています。病名は、……恋の病です」
言ってしまった。何か言わなければならないと、頭をフル回転させて、言ってはいけない言葉を口にしてしまった。……いくら何でも、恋の病はないだろう。
奥の方で、早智が天を仰いでいる。俺も発言の後で、己の失言を悔いた。
普通はこの後、「ふざけるな!」と雷が落ちてくるものだが、俺の担任はぶっ飛んだ思考の持ち主なので、そうはならない。たちまち、勘違いモードにスイッチが入ってしまった。
「そうかあ……。恋の病か。道理で病院に行ってもなかなか治らないはずだ。安心しろ。林間学校の下見に行けば、その病は治る!」
林間学校の下見。一度は遠のいたはずの緊急事態が再び急接近してくるのを感じた。
「ちょうどいいと言っては語弊があるが、ピンチヒッターの早智が風邪をこじらせてしまった。ここはお前がそのピンチヒッターとして、参加する以外あるまい」
ピンチヒッターのピンチヒッターって意味が分からない。ていうか、元々、早智は俺のピンチヒッターで参加を表明していたわけだから、巡り巡って自分のピンチヒッターをすることになったってことか? 全然ピンチヒッターになっていないけどね。
「もう何も言うな。先生は分かっている。豊嶋の気持ちとちゃんと向き合う自信がなくて、怖かったんだな。それで、怖気づいて、こんな行動を取ってしまった。心配するな。先生に任せろ。お前のキューピットとして、必ず恋の花を実らせてやる!」
怒られずに済んだことを喜ぶべきか、ますますややこしくなったことに頭を抱えるべきか。
仮病を使っていたことを今更話すわけにもいかず、当初の予定通り、林間学校の下見に行く羽目になってしまった。しかも、状況はさらに悪化した。
作戦が失敗したことを、陽菜や七海にどう言おう。向こうは先生と違って、絶対にブチ切れるよな。
……言うの嫌だなあ。
夕闇に染まりつつある空の元、先生は自信満々に高笑い、俺は投げやりな苦笑いで、しばらく対峙していた。
小島先生は個人的に書きやすいです。今後も出番が増えていくんじゃないでしょうか。




