第十二話 登校拒否の悪友が元気出す方法を本気出して考えてみた
第十二話 登校拒否の悪友が元気出す方法を本気出して考えてみた
ホイケルが学校を休むようになってから一週間が過ぎた。空席のままになっているホイケルの席を眺めていると、七海がやってきた。
「保池君のことで聞きたいことがあるんだけど、今、良いかしら? 良いわよね。あなた、ぼんやりしているようにしか見えなかったから、忙しいなんて言い訳は聞かないわよ」
こちらが断っても話をする気らしい。いつものことだが、強引な奴だ。それより、保池君って誰だ? ……ああ、そうか。ホイケルのことか。いつもあだ名で呼んでいるから、本名を忘れていたぜ。
「あなた……。まさか保池君の本名を忘れていたの?」
「まあね」
悪びれもせずにカミングアウトする俺を、信じられない生き物を見るような目で見つめていたが、大きくため息をつくと、七海は話し始めた。
「今更言うことでもないけど、保池君、最近学校に来てないでしょ」
「ああ」
「どうして登校して来なくなったか、理由を知らない? いつも一緒にいるあなたなら知っていると思うんだけど」
あいつが来なくなった理由ねえ……。やっぱりあれだろうな。思い当たる節が他になかったので、七海にここ最近のホイケルの不幸な失恋体験を話した。
「はあ……。そんなことだと思ったわよ」
心底呆れたらしい。頭を抱えて、ため息をつくと、頭痛がひどいのか、しばらくうずくまったままでいた。
「お前、ため息をついてばかりだな。そんなだと疲れるぞ。もっと気楽にいこうぜ」
「誰のせいで、ため息ばかりついていると思っているのよ……」
気を遣ったつもりが、恨みがましく睨まれてしまった。あれ? 七海に心労がたまっているのって、俺のせい?
「何々? 今ホイケルの名前が聞こえたけど、どんな話題で話しているの? 面白い話だったら聞かせて♪」
恐らく俺以上に七海の心労の原因になっているだろう人間が首を突っ込んできた。早智だ。正直、こいつの相手は、俺でさえ時々疲れるので、気持ちは分かる。
「悪いな。面白い話じゃない。ホイケルの登校拒否についてだよ」
「言われてみれば、あいつの顔を最近見ないわね」
今思い出したと言わんばかりにしみじみと語った。放っておけば、一年たっても登校拒否に気づかなかったかもしれない。一応悪友なんだから、少しは気に留めてやれよ。俺よりも、女のお前に気にかけてもらった方が、女好きのあいつは喜ぶだろうさ。
「また厄介なのが来たわ……。岩見君一人でも手に余るのに……」
視線を横に外して、堂々と嫌味を言った。声のトーンもそのままなので、隠すつもりもないらしい。もちろん、俺と早智の耳にも入った。
「何よ。ホイケルの登校拒否のことなんだから、私にも関係があることでしょ。除け者にすることもないと思うんだけど」
「そうね。除け者にしちゃったことは謝るわ。個別に話すつもりだったけど、もういいわ。まとめてお話ししましょう」
七海は空いている隣の席の椅子を引いて、早智に座るように促した。
「じゃあ、会話再開といきましょうか。今日話したいのは、保池君をまた学校に来させるために私たちに何が出来るか。思いつくままに答えてちょうだい」
俺達に自由に発言させて大丈夫なのだろうか。仮にも登校拒否の原因を作った二人組だぞ。疑問に思っていると、早速早智が手を挙げた。
「はいはーい! ホイケル君は女の子が大好きなので、女の子の裸を見せれば、すぐに元気回復すると思います。というわけで、学級委員の七海ちゃんがホイケル君の前で、あられもない姿を披露すれば、また学校に来てくれると思います」
「てめーが脱げ……」
低い声で七海が暴言を吐いた。目つきも殺意の籠ったものになっている。いつも冷静な学級委員の突然の豹変に背筋が凍った。
「な、何よ。ちょっと冗談を言っただけじゃない。そんな怒ることないでしょ」
さすがの早智も動揺している。それから、重い沈黙が流れたので、助け船を出す形で、俺が発言することにした。
「……早智みたいに悪ふざけしているわけじゃないけどさ。あいつは元々女にフラれたのが原因で、引きこもっているんだろ? だったら、女子の一人でも紹介してやれば少しは元気が回復するんじゃないのか?」
「紹介ねえ……」
しばらく考えていたが、適当な相手が見つからなかったらしく、俺たちに意見を求めてきた。
「そういうことなら、あなたたちの方が得意なんじゃないの? 付き合いが長いんだから、彼の好みのタイプだって心得ているんじゃないのかしら」
あいつの好みのタイプねえ……。胸のでかい女子かな。
考えたことを正直に話したら、思い切り呆れられた。
「少しはオブラートに包みなさいよ……」と言い、七海は今日何度目か分からないため息をついた。
「学級委員が付き合えばいいと思います。性格はとってもいいし、胸はまだ発展途上だけど、これから大きくなると思うし、意外にお似合いの二人だと思うわよ」
懲りずに挑発的な発言を繰り返す早智。また怒らせたらどうするんだ。本当に学習能力のないやつだな。ほら見ろ。七海がこめかみに青筋を浮かべている。ブチ切れる五秒前と言ったところか?
「そこの馬鹿内と付き合えばいいでしょ! 低知能同士、きっと気が合うわよ」
「ば、馬鹿内?」
早智がビックリして声を上げた。一瞬、ポカンとしたが、すぐに馬鹿と早智の名字である鹿内をかけていることに気づき、面白いと拍手した。そしたら、早智に「面白くない!」と後頭部を力強くはたかれた。
低知能呼ばわりされたことより、馬鹿内と呼ばれたことが気にくわなかったのか、しきりに訂正するよう要請している。
「思ったんだけどさ。わざわざ彼女候補を見繕うこともないんじゃないのか? 王泉ランキングの上位陣の女子の顔写真でも渡せば、それで登校拒否も治ると思うけど。もちろん、陽菜は除外」
「無駄よ。あいつは根っからの女好きよ。手に入る写真や画像は大方集めつくしているわ。盗撮でもしない限り、あいつの喜ぶものなんて手に入らないわよ」
そこまで言ったところで、早智の発言を強引に止めさせた。以前、盗撮の件で、七海と揉めたこともあるので、その話題はタブーだ。恐る恐る七海の顔を窺う。
「……もちろん信じているわよ。盗撮なんてしないわよね。冗談よね」
あんまり信じてなさそうな顔で、七海は無理して微笑んでいた。
でも、そうなると、ホイケルの喜ぶものって何だ? 女への欲望のみで形成されているようなやつなので、こうなると、他に喜びそうなものが思い浮かばない。自然と、長い沈黙が流れた。
「……もう止めにしましょう。普通に「元気を出して。学校に来て」で良いわよ」
精根尽き果てたという言葉がぴったり当てはまる顔で、七海が言い切った。これ以上、不毛な議論をすることに嫌気を感じたらしい。そもそも、女子のことで登校拒否になったやつに、女子の話題を持ち出して元気を出すとも思えない。七海の言う通り、普通に励ますのが一番の気がしてきた。
そういうわけで、その日の放課後にホイケルの家にお見舞いしに行くことになった。
「時間をかけて話した割には、無駄なことを話しただけの気がするわ。最初からお見舞いに行こうで良かったわよね」
早智がぽつりと確信を突くことを呟いた。七海の肩の力が抜けるのがよく分かった。大丈夫かな、七海。次は七海が登校拒否になったりしなければいいんだけど。
その日の放課後、俺たち三人はホイケルの家に出発した。
「これは保池君が休んでいる間のプリント類。結構量があって重いから、あなたが持ちなさい」
そう言って出発前に強引に渡された。三人組の中の唯一の男である俺に力仕事が回ってくるのは予想が出来ていたし、それが自然な流れだと思うので、反論もせずに、プリント類を持った。
あと、ホイケルの家に行くと言ったら、陽菜もついてくると言っていたが、七海と二人で丁重にお断りした。傷心のホイケルの前に陽菜を連れ出すほど、俺は鬼畜ではない。よろしく言っておいてと、陽菜は言っていたが、曖昧な返事だけしておいた。ホイケルの前では、陽菜の名前はタブー状態になっているので、陽菜がよろしく言っていたことも、もちろん伝える気はない。
行く途中、駅前のケーキ屋に寄って、お土産を買った。けちな早智は渋っていたが、手ぶらで行くわけにもいかないという七海が強引にお土産を選んでいた。もちろん、お土産を持つのは俺の役目。
そこから電車に乗って、揺られること三十分、二回の乗り換えを経て、俺たちはホイケルの家に到着した。
閑静な住宅街の中に例の家は存在した。
「何て言うか。普通だな」
素直な感想だった。他に言いようがないほど、普通の二階建ての一軒家だった。いかにもローンを組んで建てましたという家だ。
「入る前に言っておくけど、くれぐれも失礼な発言は控えるようにね」
七海が厳しい顔で念押ししてきた。まるで複数の問題児を引率している小学校教師だ。
「そんなことしないわよ」
早智が抗議しているが、信用はしていないらしい。今までの俺達の行いを見れば、無理もないことなので、俺は反論しないでおいた。
「じゃあ、行くわよ」
七海が先頭に立って、チャイムを鳴らした。
暖かくなってきたので、執筆作業も捗ります。たまに睡魔に襲われますけどね。




