第7話 14日間の掃討――現場と中央
第7話 14日間の掃討――現場と中央
王都の取調室で、首領の前に並べられたのは、いくつもの町から届いた帳簿だった。
「こちらの商会は、あなたの屋敷の帳簿にも載っています」
担当官が読み上げると、首領は椅子の背にもたれた。
「商売相手の名前を、私が全部覚えていると思うのか」
「では、こちらの指示書にある署名は?」
首領は目をそらした。
「どうせ私を殺すつもりだろう。何を言っても同じだ」
「部下に何を命じたかを確認しています。記録は、あなたの答え以外にも残っています」
首領は窓の方を見た。王宮へ逃げ込んでから、まだそれほど日がたっていない。王弟を呼べば何とかなると思っていたのに、その王弟も別の場所で取り調べを受けている。
担当官は次の帳簿を開いた。首領の沈黙に頼らず、供述、取引先、金銭の移動、襲撃の指示を照合するためだった。
王都の中央作戦室には、各地から証拠が届き続けていた。箱に付けた番号と受領日時が読み上げられ、記録係が原本と写しを分ける。机の上では、商会の帳簿と軍の勤務記録、保管庫の出入り、司法官の処理記録が交差していた。
「同じ町の荷は届いているのに、受け取った支部の記録がありません」
王子が地図を示した。
「こちらの商会から次の町へ送っています。その先の受領印がないのですね」
「荷車が通ったという証言はあります。倉庫か、荷を取り次ぐ人物が抜けています」
ヴィヴィエンヌは確認済みの記録を別の束へ移した。
「そこがミッシングリングですね。推測で名前を埋めず、現地へ捜査官を派遣しましょう」
中央では証拠を照合し、抜け落ちた地点と人物を特定して、捜査官の派遣を指示する。現場では、すでに得られた証言に従って小さな拠点へ次々と踏み込んでいた。セレディアから来た兵が同行するため、地元で組織とつながる者が捜索を妨害しても、部隊そのものを止めることは難しかった。
◇ ◇ ◇
地方の織物の町では、反物を積んだ倉庫の奥から、小箱がいくつも見つかった。
反物の荷札とは異なる記号が、小箱の側面に付けられている。町の役人は長いあいだ、この区画だけを検査せずに通していた。
「この小箱の記号は、誰が付けたものですか」
担当官が尋ねると、倉庫番は主人の部屋を指した。
出てきた男の1人は、グランディール国正規軍の下士官だった。
「この建物の検査は私の管轄だ。外国の者が手を出すな」
「国内の捜索命令はこちらです。押収する品について説明をお願いします」
下士官は倉庫番を突き飛ばし、反物の陰へ走った。止まるよう命じられても応じず、奥から銃を構えた。捜索隊の隊員が発砲し、下士官を射殺した。
商会の主人は拘束された。倉庫番は震える手で台帳を差し出した。
「記号を付けさせていたのは……軍の人たちでした。逆らえば、家を燃やすと言われて」
小箱の数と送り先は、別の町から届いた帳簿と一致した。中央へ送った報告書には、これまで名前のなかった中継地点が書き加えられた。
同じ頃、旧市街の小さな借家では、母親が壊れた椅子を指さしていた。
「主人は薬を買うために仕事道具を持ち出しました。昨夜は子供の前で怒鳴って、もう帰ってくるのが怖いんです」
「家族が受けた被害も記録します。今夜、安全に泊まれるところはありますか」
「姉の家があります」
「そこまで同行する者を付けます」
屋外で待っていた子供は、母の手を握った。父親が以前のように帰ってくることを、まだ望んでいた。
宿場では、組織の用心棒が宿の主人を店先へ引きずり出していた。
「今月の分は昨日お渡ししました」
「それは昨日までの分だ。明日からも店を続けたいなら、分かるだろう」
男の仲間が扉を蹴り、主人の妻が子供を背中へ隠した。
「その手を離してください。恐喝の現行犯です」
官憲の声に、用心棒は主人を突き放して腰の銃に手を伸ばした。官憲が発砲し、用心棒を射殺した。仲間は両手を上げた。
「もう、あの人たちにお金を払わなくていいの?」
主人の妻が尋ねた。
押収された宿の帳面には、毎月、誰へいくら金を渡したかが残されていた。金を集めた商会の名前は中央へ届き、次の確認先になった。
こうした拠点の掃討は、前半の7日間に始まった地域もあれば、後から証言と帳簿がそろい、ようやく着手できた地域もあった。現場が1つの支部を押さえるたび、中央の地図にあった空白が少しずつ埋まっていった。
◇ ◇ ◇
中央へ届いた記録には、監獄から押収された命令書も混じっていた。
ある監獄では、王宮の印を持つ使者が収監中の幹部へ会おうとしていた。以前なら、その印だけで面会が認められ、幹部は獄中から部下に指示を出せた。
「王弟殿下の許可があります」
使者が示した紙を、看守は受け取らなかった。
「その許可は、今回の命令では通りません。持参した品を確認します」
使者は筒を落として逃げようとしたが、廊下で拘束された。筒の中には、まだ摘発されていない支部へ宛てた命令書があった。
「何年も、この印で面会を通していました」
看守長はうつむいた。
中央では命令書の署名を確認し、押収帳簿の荷の移動と照合した。新たに判明した支部へ捜査官が派遣され、強制捜査が続く。
別の束には、王宮で押収した王弟の分配帳簿があった。
「こちらには、シャルロット様の署名があります」
担当官が示した紙を、エレオノールが確かめた。
「王妃付の帳簿で見た筆跡と同じ書き方です」
「別の記録とも照合します」
余白には、紹介した貴族の名前と金額が書き込まれていた。シャルロットが自ら顧客を増やし、売上の取り分を求めていたことを示す記録だった。初日に彼女を拘束した際の取引証言に、さらに物証が加わった。
エレオノールは紙を見つめた。
「私があの部屋で書類を運んでいた頃から、こんなことをしていたのですね」
担当官は帳簿を封印し、証拠番号を記した。シャルロットと王弟の事件には、国王に対する襲撃と先王の死についての別の調査もある。作戦中にそろった証拠は、後の裁判へ回すものとして区別された。
司法官への支払い、捜索予定が漏れた日の勤務記録、役所に残る決裁、司祭から出された保護の書状。中央では、照合の終わったものから担当部隊へ伝えていった。
「ここにある署名と、前半に不逮捕を要求した人の名前がつながっています」
王子が地図上の地域を示した。
「こちらは軍務庁の記録とも一致します。金を受け取った日と、捜索の予定が漏れた日が同じです」
ヴィヴィエンヌは原本の出所を指さした。
「関係のない職員まで巻き込まないよう、実際に誰が情報を扱ったのかも確かめましょう」
逮捕を阻むよう命じた王弟以外の王族や司祭、大店の関係者、地域の有力者についても、取引や金銭の流れと照合して関与が確認された者から身柄を押さえた。宗教組織や王族の名が出たことで捜査を止めることはなかった。
関連資料が十分にそろったところから、自国軍の兵士、不正な官憲、司法職員、行政職員の逮捕が始まった。捜査官に命令を漏らす役人がいると考えられていた部署にも、セレディアの兵が同行して入った。
官吏の机に残った決裁書と、犯罪組織から受け取った金の記録が並べられる。担当官は各人に身柄の拘束を告げた。前半に貴族や商人が行使させた不逮捕の権限は、こんな場所でも作られ、扱われていたのである。
◇ ◇ ◇
作戦の終盤、地域によって仕事の内容はすでに違っていた。
ある町では、ようやく場所が判明した小拠点への捜索が続いている。別の町では、押収した帳簿の照合が済み、証人の保護と裁判の準備に移っていた。
グランディール国内から逃げた貴族、領地の屋敷を抜け出した貴族についても、所在の確認が進められた。前半の逮捕を逃れた者には、自分の身代わりに家臣を差し出した者もいた。しかし、金の移動と署名が確かめられると、逃亡先へ捜査官が向かった。
「国王の命令書はここにも届くのか」
見つかった貴族が、護衛の向こうから言った。
「グランディール国内で行われた犯罪の捜査です。出頭をお願いします」
確認が終わった案件から証拠が整理され、裁判で扱う順番が決められた。貴族以外の被告人については、作戦の期限を待たずに先行して法廷が開かれた。証拠のある密売、恐喝、官憲や証人への暴力は、それぞれの事件として審理された。異議のある資料は原本や証人と照合され、裁判の記録として残された。
国王への襲撃や殺害の指示に関わる王弟夫妻の事件、広い領地や商会を通じた取引を持つ大貴族の事件は、資料が膨大だった。これらは作戦終了後の通常裁判へ渡すため、証拠の出所と保管の経過まで整理された。
かつての捜査を知る憲兵が、村へ戻った。
「隊長が殺されたとき、私たちは証言をお願いできませんでした」
村の女性は長いこと黙っていた。
「話した人の家族まで狙われたんですよ。どうして名乗れると思ったんですか」
「今回は、証言を保護する担当者を連れてきています」
女性は布に包んだ手紙を取り出した。殺された捜査官が残した聞き取りの日取りだった。
「この紙を渡しても、家を守ってもらえますか」
「担当者の名前を記します。保護も同時に手配します」
女性は手紙を渡した。村の道を警備するセレディア兵を見ると、まだ不安を感じた。それでも、今度こそ自分たちの訴えが握りつぶされず、きちんと調べてもらえることを願っていた。
裁判へ出す証人と記録を守るには、組織の幹部が外から脅迫を続けられる状態を終わらせる必要があった。
その頃、首領が管理していた支部の帳簿は、ほぼ押収されていた。取引先の照合、襲撃の指示、殺された官憲や家族の名簿も、複数の資料と証言で裏付けられている。
14日間の特別な措置の対象となる麻薬組織の幹部、有力者について、調査を終えた者から処分が進められた。絞首刑の執行は、作戦の期限内に行われた。組織の外から残る部下へ指示を出し、証人を脅せる立場の人物たちが、次々とその地位を失っていった。
王都の取調室で、首領に最後の帳簿が示されたのは13日目だった。
「この支部から集められた金は、あなたの管理する口座へ入っています。こちらは捜査官の殺害を命じた書状です」
首領は帳簿を見ようとしなかった。
「どうせ、もう終わりなんだろう」
「関係者と金銭の記録は確認しました。あなたの指示で殺された人々についても、複数の証言がそろっています」
担当官は調書を閉じた。
「王弟に会わせろと言っても、もう無駄か」
首領の言葉に、担当官は返事をしなかった。王宮へ逃げ込めば身を守れると信じていた男は、自分をかばっていた王弟も、同じ日のうちに拘束されたことを知っている。
首領に対する絞首刑は、その日のうちに執行された。
ほかの幹部や有力者のうち、調査と処分が終わった者たちも、14日間の期限内に処理された。一方、事件の全容を調べ終えていない大貴族や王弟夫妻は、逃亡や証拠隠滅を許さないまま、通常裁判へ引き渡される。
14日目の夕方、特別法は予定どおり効力を失った。
詰所では押収品と記録が通常の官憲へ引き継がれた。市中の布告には、特別な捜査と処分の権限が終了し、これからの事件は通常の制度で扱うと記されている。
薬物の常習使用だけが確認された兵士には、不名誉除隊の処分が進んだ。販売や殺人に加担した兵士は、それぞれの行為について調べられ、証拠のそろった者が拘束された。
軍の寝台には空きが増え、城門の当直表にも人員不足を示す欄が残った。アルベールはマレーヌ川の岸に立つ王宮の執務室で、新しい軍の人員表を読み始めた。王宮の警護は当面、侯爵領兵の力を借りなければならない。
王都の商会や地方の拠点を通じて、監獄の中から命令を送り、官憲と司法官を買収し、証人の家族を脅していた組織の指揮系統は解体された。
アルベールは机の上の報告書を閉じた。作戦の14日間が終わっても、王国が負った傷は残る。これからは、国王の命令が犯罪組織へ先に伝わることのない国を、少しずつ作り直していかなければならなかった。
◇ ◇ ◇
14日間の作戦が終わり、グランディールでは通常裁判に向けた証拠の整理が進んでいた。その頃、セレディア王宮では、国王が息子の働きを正式に評価することになった。
王子は旧友アルベールを支えるため、両王国の外交上の調整を担い、派遣した兵と官憲が作戦に参加するための手続きや現地との連絡を引き受けた。作戦は予定した14日間で終わり、グランディールの行政と軍に入り込んだ麻薬マフィアの指揮系統は壊滅した。外交と軍事の両面で成果を上げ、犯罪組織の撲滅に貢献したことは、セレディア王国にとっても大きな功績だった。
国王はまた、ヴィヴィエンヌと王子が互いの将来を考える間柄になったことも知っていた。長く棚上げしていた王家の後継者問題にも、解決の見通しが立ったのである。
「グランディールでの働きについては報告を受けています。よく務めましたね」
「ありがとうございます、父上。ヴィヴィエンヌや現地の方々のお力があってこその成果です」
国王は頷き、王位継承についての決定を告げた。
「これまで留保していた王位継承順位第1位への復帰を認めます。今日から、あなたをセレディア王太子とします」
王子は父王に一礼した。カエルの研究に向ける熱意も、ヴィヴィエンヌと進める科学館の計画も変わらない。その一方で、王家と国の将来を担う立場が正式に定まった。
グランディールの裁判が始まる前のことだった。




