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第6話 ドゥテルテ作戦――初日から7日目

第6話 ドゥテルテ作戦――初日から7日目


 作戦開始前夜、侯爵領の屋敷へセレディア国王の派兵承認書が届いた。アルベールは父王の代理として現地調整を担う王子とともに署名を確かめ、自国の命令書を机へ広げた。


 アルベールは14日間の特別法に署名し、公布を済ませていた。発効は作戦初日の朝、失効は14日目の夕方と定められている。


 王宮の全室を対象とする捜索命令には、現職国王アルベールの名と王璽がある。グランディール国内の強制捜査はアルベールの権限で行い、侯爵領兵とセレディアの兵・官憲が共同作戦を支援する。王宮へ向かう部隊と、各地の商会、貴族の屋敷、地方の有力者を押さえる部隊は、別々に動くことになっていた。


「王宮ばかり見ていては、帳簿を焼かれます」


 ヴィヴィエンヌは地図の上に数枚の紙を並べた。首領の邸宅、王弟とシャルロットの居室、各地の商会と倉庫。どこも別の部隊の担当になっている。


「首領には、邸宅を捜索するという情報が届きます。あの人が王宮へ逃げれば、王弟とシャルロットを同じ場所で押さえられます。ほかの部隊は、その間に取引の記録と組織を支える人々を押さえてください」


 アルベールは首領の屋敷を示す印を見た。


「情報が漏れること自体を、こちらの予定に組み込むのか」


「はい。ただし、ほかの命令は漏らしません。3人には証拠を消す時間を与えたくありませんから」


 王子が別の紙を指した。


「セレディアの兵は現場の護衛と強制捜査を支援します。命令を出すのはグランディールの国王と司法官。押収品も、そちらの担当官が記録します」


「頼む。国の役人や軍の中に、誰が組織とつながっているのか、まだ分からない」


 アルベールの返事を聞き、ヴィヴィエンヌは最後の一覧を開いた。


「末端の売人や組織員を掃討するとともに、幹部や貴族、大店の主人、地域の有力者には、できるだけ生きて証言してもらいます。ただし、証言者や捜査官への暴力が起きたときは、人命を守ることを優先してください」


 その場にいた将校と担当官は、それぞれの命令書を受け取った。14日間の期限は、全員が承知している。翌朝から、王国のあちこちで同時に部隊が動く。


◇ ◇ ◇


 初日の朝、王都の市場にはいつものように客が集まっていた。


 魚売りたちが値を呼ぶ声の陰で、荷車のそばに立つ男が客から硬貨を受け取り、小さな紙包みを渡した。商人たちは、その店を何年も見て見ぬふりをしてきた。通報した者の家族が脅され、せっかく捕まえた売人も、その日のうちに帰ってきたからである。


「今、渡したものを見せてください」


 通路の出口に立った官憲を見て、男が身をひるがえした。反対側には、見慣れない軍服の兵がいる。


「止まってください」


 男は箱を抱えて荷車を押しのけ、逃げようとした。制止の声に応じず、腰の銃を抜いた。官憲が発砲し、売人を射殺した。男の手から箱が落ち、紙包みが通路に散らばった。


 魚売りが口元を押さえた。


「毎朝、あそこで売っていたんです」


 官憲が証言を記録する間、包みを買った若者は両手を震わせていた。


「やめたいんです。でも、昨日から身体がつらくて……」


「使用について調べます。医師にも診てもらいます」


 近くの靴職人の家では、父親が薬にのめり込んで店を閉めていた。母親は門の外へ出ることさえ怖がり、子どもは家の小銭を探すようになった。薬を売っていた場所が消えても、その家の暮らしがすぐ元に戻るわけではなかった。


 王都の別の市場でも、売人が官憲の姿を見て逃げ、追ってきた官憲へ銃を向けた。官憲は発砲し、売人を射殺した。商人たちは店の陰へ伏せた。ふだんなら午後には代わりの売人が立つ通路に、その日は誰も戻ってこなかった。


 同じ朝、王都の商会にも捜索隊が入った。


「誰の許しを得て入ってくる!」


 朝食の皿が残る食堂で、主人が椅子を引いた。国内の司法官が令状を見せ、セレディアの兵が出入口を押さえている。


「国王陛下の命令に基づく強制捜査です。保管帳簿と荷を確認します」


「王弟殿下と懇意にしている私を調べるのか。責任者を呼びなさい」


 奥では、取引中だった男が机の薬物をかき集めていた。官憲の制止に従わず、机を倒して銃に手を伸ばした。出入口を守っていたセレディアの兵が発砲し、その男を射殺した。


 主人の前に差し出された帳簿には、支払い先と荷の数量が記されていた。押収品の番号が読み上げられる。


「王弟殿下が黙っていないぞ!」


「そのお名前の出る記録は、ほかの商会からも届いています。まず、この支払いについて説明してください」


 主人は顔をこわばらせた。以前なら、国内の官憲を金で動かし、それで駄目なら家族の居場所を調べて脅すことができた。今日、食堂に立つ兵の家族は、この王都にはいない。


 商会の主人は、取引の帳簿と証言に基づいて逮捕された。


 王都から離れた別の駐屯地では、薬物を常習する兵士が武装を解かれていた。当直の交代表と支払いの帳面が押収される。


「昨晩だけで17人が持ち場を離れています」


「常習使用の記録と、密売や襲撃への加担を分けてください」


 将校の指示で兵が別室へ移る。その最中、密売品を隠していた兵士が銃を取ろうとした。制止に従わなかったため、捜索に同行していたセレディアの兵が発砲し、その兵士を射殺した。


 自国軍の一部は、犯罪組織を取り締まるどころか、その商売を守っていた。部隊には、誰が命令を漏らしたのかを調べる記録係も同行していた。


 地方の大店、商会の倉庫、地域の有力者の屋敷にも、別働隊が同時に踏み込んでいた。


◇ ◇ ◇


 その頃、首領の邸宅は朝から騒がしかった。


「王都の商会がやられました。首領の邸宅にも捜索隊が来るという話です」


「いつもの担当者はどうした」


「昨日までなら話が通じました。しかし、今朝来た連中はセレディアの兵だそうで……」


 首領は食卓の杯を置いた。国王の命令も官憲の捜査も、いつもなら金と脅迫で止められた。


「名前を調べろ。家族の居場所もだ」


「こちらの王都では見つかりません」


 首領は立ち上がった。


「では王宮だ。王弟に会う。シャルロットにも話をつけさせる」


「使用人たちは?」


「全員帰らせろ。警備も引き上げる。屋敷には誰も残すな」


 側近を連れ、首領は王宮へ向かった。王族の居室なら外国兵にも踏み込めないと信じていた。


 ほどなく、邸宅へ入った捜索隊から報告が届いた。


「全室を調べました。首領も警備員も使用人もいません」


 ヴィヴィエンヌが地図を開き、王宮を指した。


「予定どおりです」


 捜索情報を外へ伝えさせたのは、彼女たち自身だった。王宮の捜索令状は、王族の私室も含む全室を対象としている。


 マレーヌ川のアレクサンドル3世橋を渡ったセレディアの兵は、王子の護衛という名目で王都へ入っていた。別の部隊はすでに王宮の周囲を押さえている。アルベールはヴィヴィエンヌ、セレディアの王子、エレオノールとともに王宮へ向かった。


「この先は王族の居室です。勝手には入れません」


 廊下で立ちふさがった役人へ、司法官が令状を示した。


「国王陛下の命令で、宮殿の全室を捜索します」


「国王陛下は戦死されたはずですが……」


「その命令を出したのは私だ」


 アルベールが姿を見せると、役人は目を見開いた。


「令状を確かめたら、職務に戻ってください」


 担当官が王族の居室へ進んだ。


 大広間には、逃げ込んだ首領と王弟、シャルロットがそろっていた。


「シャルロット! こいつらを追い出せ!」


「うるさいわね。黙っててよ。こんなはずないんだけどぉ」


 シャルロットは首領を見ていなかった。扉のそばに立つ金髪の男から目を離せない。


「アルベール! あなた、セルジュに刺されたはずじゃなかったの!」


 広間が静まり返った。


 アルベールは妻を見た。襲撃に使われた兵士の名前を、彼女自身が口にしたのである。


「どうして、その名前を知っているんだ?」


「あなたが生きていたら、王弟が王様になれないじゃん。それに、国王はバカだし。私、バカとはいられない人だから!」


 エレオノールはアルベールの側へ寄った。彼のうっかりしたところは幼い頃から知っている。それでも、命を狙われた本人を目の前にして、シャルロットの言葉を聞き流す気にはなれなかった。


「国王陛下に足りないところがあるとお思いなら、ご自分でお支えになればよかったでしょう」


 アルベールは返事をせず、担当官へ目を向けた。


 王弟とシャルロット、首領の前に、それぞれ別の担当官が進み出た。


「王弟殿下。薬物の常習使用と販売、捜査情報の漏えい、犯罪組織への協力について、身柄を拘束します」


「シャルロット様。薬物販売への関与と金銭の受領、国王陛下への襲撃に関わる容疑で、身柄を拘束します」


「あなたには、各地の密売と脅迫、官憲や証言者に対する襲撃を指示した容疑があります。身柄を拘束します」


 最後の言葉は首領へ向けられていた。


「何を言っている。私は王弟だぞ!」


「ここは王宮だ。誰の許しで私を捕まえる!」


 2人が声を荒らげたが、アルベールは令状を指した。


「私の命令だ。3人とも連れて行ってください」


 王弟の護衛が前へ出ようとしたところを、侯爵領の兵が制した。王弟の腕を担当官が押さえる。首領は椅子を蹴り、扉へ向かおうとしたが、そこで待っていたセレディアの兵に取り押さえられた。


「王弟を呼べ! いつもなら私の言うことを聞くはずだ!」


「王弟殿下も同じ命令で拘束されています」


 首領の腕が後ろへ回され、拘束具がかけられた。連行を命じられた兵が左右につく。


「薬はやめたって言ったじゃない!」


 シャルロットが王弟を見て叫んだ。薬物の販売には自分も加わり、売上の取り分を受け取っていた。それでも、王弟本人の使用はやめさせたつもりだった。ゲームで正しい更生の選択肢を選んだはずなのに、NPCは思うように動かない。


 シャルロットの視線がセレディアの王子へ移った。次の攻略対象。港のガブリエルは10ポイント。国王アルベールは100ポイント。王弟は即位しなければ50ポイント。セレディアの王子は50ポイントで、将来国王になれば100ポイント。まだ特典ゲームへの道はあると考えた。


「王子様、私はあなたの研究の価値が分かるわ。誰よりも理解できると思います」


 王子は顔色を変えずに答えた。


「研究の話をする状況ではありません。ヴィヴィエンヌと進めている科学館の仕事も、今は作戦の後にしてください」


「ヴィヴィなんて何が分かるのよ! カエルは両生類なのよ。子供はオタマジャクシなの。知らないでしょ!」


「それは子供向けの展示でも説明する予定です。生息環境や繁殖、鳴き声の違いまで扱っています。ヴィヴィエンヌはその計画の責任者です」


 ヴィヴィエンヌは王子の横で書類を抱え直した。今ここで展示の議論を始めるつもりはなかった。


 シャルロットは言葉を失った。彼女が知っていたのは、研究を褒めれば王子の好感度が上がるというゲームの選択肢だけである。


「シャルロット様、こちらへ」


 担当官が再び促した。シャルロットが拒んでも、退去は認められない。護衛の間を通され、王弟と首領に続いて大広間を出た。3人は別々の護送先へ連れて行かれ、王宮の扉の外で待機していた部隊が引き継いだ。


 首領の側近や宮廷内の協力者についても、事前に得た取引記録と証言に従って身柄が押さえられた。広間から連行の足音が遠ざかる。


 アルベールは扉を見たまま、しばらく動かなかった。妻と弟が自分の命を狙い、その背後にいた犯罪組織の首領が王宮を避難場所に選んでいた。彼らが逮捕されたことは、作戦の始まりにすぎなかった。


◇ ◇ ◇


 夕方、逮捕者の名簿は中央へ集まっていた。王都の大店、地方の地主、王弟に近い貴族、地域の商会主。別働隊は王宮での出来事を待たず、朝からそれぞれの屋敷と倉庫を調べていた。


 逮捕された大店の主人が、翌日の出頭を命じられて屋敷へ戻された。押収品はすでに確保され、本人には気づかれない監視が続いている。


「明日、出頭していただきます」


 担当官が告げると、主人は余裕を取り戻した顔で頷いた。


 家へ帰れば何とかなる。彼はそう考えた。これまでも、役所に捕まりそうになるたびに自分を守ってくれる人物がいた。


 翌朝、地方の有力者の使いが官憲の詰所を訪れた。大店の主人には不逮捕の特権が及ぶ、国王の命令があっても身柄を押さえるな、と申し立てる書状を携えている。


 使者は書状の一節を読み上げた。


「私の名で保護を受けている者です。逮捕を取り消してください」


 使者の示した書状には、その有力者の署名があった。


 担当官は書状の内容と提出者を記録した。大店の主人にはすでに押収帳簿と取引証言があり、書状を出した有力者の名前も別の送金記録に載っている。


「ご本人にも、説明していただきます」


 その日のうちに、主人と有力者の双方が逮捕された。取引の記録と、逮捕を阻もうとした書状がそれぞれ確保される。


 2人は取調べと証拠の確認を終えると、翌日の出頭を申し付けられ、監視の下で自宅へ帰された。監視が付いていることは、本人たちに知らされなかった。


 有力者は帰宅すると、今度は自分の庇護者へ使者を送った。さらに上位の貴族から官憲へ書状が届く。逮捕を許さないという主張とともに、従来その家が行使してきた保護の権限が示された。


「私の名を出せば、これまでの担当官は引き下がったのです」


 貴族はそう言い切った。しかし今回、その介入自体が記録され、金銭の流れと照合された。貴族も拘束され、翌日の出頭を命じられて帰宅した。


 次に頼ったのは、その貴族よりさらに力のある人物だった。


 中央の机には、日を追うごとに不逮捕を求める書状が増えた。各人が自分の地位と権限を使って誰の逮捕を妨げようとしたかが、本人の署名で残る。司法官の介入も、行政職員の指示も、王族や司祭の名を掲げた保護の申し入れも、そこへ重なっていった。


「これだけの名前が、本人の署名でそろいましたね」


 王子が書状を見比べた。


「本人たちが、その保護を今も使えると思っているからです」


 ヴィヴィエンヌは別の帳簿を開いた。


「誰かを助けるという申し入れだけでは、麻薬犯罪の証明にはなりません。こちらの送金や取引、証人への脅迫の記録も、それぞれ確認しましょう」


 不逮捕の要求を受けた捜査側は、関与の裏付けがそろった者を逮捕し、さらに高い地位の庇護者へつながる動きを待った。王都でも地方の商会や司祭の周囲でも、同じ連鎖が起きていた。


 貴族の屋敷では、国王の令状を持つ国内の司法官が門へ進み、セレディアの兵がその後ろに並んだ。


「私はこの国の侯爵だぞ。外国の兵まで連れてくるとは何事だ」


「捜索を命じるのも、証拠を管理するのもグランディール王国の担当官です。命令書をご確認ください」


「私は正式に抗議する。王族にも、この件を伝える」


「異議は記録します。書斎の帳簿を確認させてください」


 暖炉の前では、帳簿係が書類を焼こうとしていた。官憲の声に驚いた係は、火をつける前に手を止めた。


「旦那様に言われて……」


 密売の帳簿と送金記録に加えて、誰が書類の処分を命じたのかが記録された。侯爵が助けを求めた王族の側にも、別の部隊が向かうことになる。


 作戦の数日後、町外れの街道を急ぐ馬車に、3人の男が立ちふさがった。中には、捜査に協力した憲兵隊員の妻と子供が乗っていた。男の1人は銃を抜き、馬車へ向けた。


「止まれ! 中の者を降ろせ!」


 街道脇の巡察隊から制止の声が飛んだ。


「武器を捨てて、馬車から離れてください!」


 男は命令に応じず、銃を親子の方へ向けた。巡察官は親子を守るために発砲し、男を射殺した。逃げようとした仲間も取り押さえられた。


 巡察官は母子の無事を確かめ、保護の手配をした。


「もう動いても大丈夫ですか」


「安全なところまで同行します」


 射殺された男を尋問し、上位の関係者を割り出す予定だったが、その捜査経路は断たれた。


 押収した手紙には、殺された憲兵隊長の部下たちの住所と、王宮から漏れた捜査会議の日付が記されていた。連鎖が途切れた系列からも、別の証拠は残った。


 7日目を迎える頃には、逮捕を妨げるための介入記録が、貴族、王族、司祭、司法官、行政の有力者へとつながっていた。一方、幾つかの地域では証言に出てくる倉庫が見つからず、帳簿の数量も合わない。末端の売人たちが逃げ込んだ小拠点も、まだ各地に残っている。


 首領、王弟、シャルロットの3人は初日から別々に拘束されたままだった。首領の屋敷から押収された記録と供述は、ほかの幹部たちの記録と突き合わせられている。人の命を奪う指示がどこから出たのか、調査は続いていた。


 前半の7日間で、庇護を求める人々の手によって権力のつながりが表に出てきた。次に必要なのは、各地に残る拠点と、記録の間にある空白を埋めることだった。


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