第四話 涙が笑顔に変わる魔法
状況は良くならないばかりか、荒野の牙の蛮行はどんどんエスカレートしていった。
「野兎さーん、どこですかあ?」
もちろん僕が一方的に追い立てられる野兎だ。荒野の牙4人に囲まれ今日もボコボコにされるのかと諦めかけたその時。
「弱い者いじめはやめないか! 君たちは何故こんなことをするんだ!」
追い詰められた壁際で俯いていると、僕と荒野の牙らの間に木刀をもった少女が割って入り説教を始めた。
「なんだテメエ、ボコされてえのか!」
「なんでこんなことをするのかと聞いてるんだ!」
「……君、危ないよ! ほらこっちだ!」
僕から注意が逸れた隙に木刀少女の手を引き逃げ出すことに成功。
どうにか荒野の牙らを巻き、逃げ込んだのはいつもの黄昏の丘だった。
「……ここまでくれば大丈夫だ」
「あんな奴ら、私が蹴散らしてやったものを!」
「はは、さっきはありがとう。僕はジャック、君は?」
不服そうな顔をする木刀少女の名はレフィ・ルーン。彼女の父は騎士団勤めで、自分も将来騎士になるつもりだそうだ。
「ジャックのその傷……、君は毎日こんなことを繰り返しているのか? 君はなぜそんな笑顔でいられる?」
「そりゃあ僕には夢があるからさ……」
妹ともう一度、ガーベラの咲く故郷の草原を歩く。僕がどうしても叶えたい夢だ。
「……そうか、だから君は負けても負けない。何度でも立ち上がることができるんだな。私は君を応援すると決めた、これからも味方でいさせてくれ」
レフィはそう言うと僕に右手を差し出した。
「嬉しいよ、レフィ。こちらこそよろしく!」
僕たちは夕日に沈む黄昏の丘で握手を交わした。
・・・・・
僕はどうすれば荒野の牙の奴らに対抗できるのか、ヴィクトールに相談するようになった。
ヴィクトールの本名はヴィクトール・フォン・フェルゼンという。
元々フリーゲル伯爵の政敵フェルゼン伯爵家の長男だったが、罠に嵌り没落。未目麗しいヴィクトールだけはフリーゲル伯爵の姉にあたるブリギットに小間使い奴隷として引き取られ、両親は処刑されている。
それを何でもない風に語るヴィクトールの顔をちらと見る。だが彼がババアに対しどんな感情を抱いているのかなど、親が生きている僕に推し量れるはずもない。
取り潰しとなる前のフェルゼン伯爵家には多数の蔵書があり、幼少の頃から英才教育を受けてきたヴィクトールには知識と教養があり、相応しい才能も発現していた。
才能:真理の慧眼
ヴィクトールは物事の真理を見通すことができる眼をもっている。
そんな彼が考えた作戦は3つだった。
1つ、金をもたないで買い出しに行くふりをすることを執事に提案する。荒野の牙らの強奪行為をかく乱するためと言う。給金から奪われた銅貨分を天引きするにも限度があるので、許可される可能性はあるだろう。
2つ、美少年が狙われているので顔に泥を塗ってカモフラージュする。これは自分で勝手にやればいいだけ。
3つ、二人以上の団体行動を執事に提案する。一人でいるから囲まれて奪われるというのはその通りだが、屋敷の外で奴隷が結託することに飼い主が良い顔をするわけがない。
それに1つめの案の許可さえとって外に出れさえすれば、あとの団体行動だのは勝手にやればいいことだ。
ということで作戦の1つ目を執事に提案し、どうにか許可をもらうことができた。
荒野の牙対策という名目で屋敷を同時に抜け出せるようになった僕とヴィクトールは、いつもの黄昏の丘に来ていた。
キッチンからくすねて懐に隠してあったパンとチーズの切れ端を分け合って食べた。そんなことがとても幸せなことのように思えて、二人で泣いてしまった。
でも。
「……なんかこのパン、しょっぱくない?」
「そりゃこんだけ泣いてりゃ、しょっぱくもなるさ」
「違いないね」
一人では抱えきれない悲しみだって二人で分かち合えば笑いの種になる。僕たちは日が暮れるまで腹を抱えて笑った。
僕にはそれがまるで、素敵な魔法か何かのように思えて仕方がなかった。




