第三話 望郷の空、茜色の空
僕はババアの邸宅で小間使いとして住み込みで働くことになった。給金はひと月働いて銀貨1枚。これで節約すれば実家に仕送りができそうだ。
小間使い美少年3人との相部屋。与えられる食事はクズ野菜のスープにパンの切れ端のみ。ババアが猫なで声を出しながら僕の尻を撫でまわすのはキツかったけど、それでも奴隷商のところよりはマシだった。
美少年たちとの会話で、ババアがこの都市を治めるフリーゲル伯爵の姉ブリギット・フォン・フリーゲルだということがわかった。この美少年たちはババアのお気に入りコレクションというわけだ。
働き出してからしばらく、とある噂を聞いた。ババアに一晩付き合って色々なところを舐めてやれば銀貨5枚をもらえ、湯あみと肉料理もついてくるという噂だった。
小間使いの給金を考えれば一晩で銀貨5枚は破格だ。同僚の少年たちは金目当てでババアに擦り寄る者もいて、寵愛を受けた少年は他の小間使いよりもちょっとだけデカい顔をしていた。
僕を買った時に従者として隣に立っていた美少年がババアのお気に入り。つまりはそういうことだ。
僕はそんな様子を冷めた目で見ていた。妹のリアを助けたい一心で故郷を出たものの、大人の汚い欲望に振り回されピンク色のヒキガエルに飼われている。金が欲しいからと自ら率先して尊厳を捨ててしまうのは、欲望に染まることそのものではないかと。
僕は毎日コツコツと小間使いとして真面目に掃除に洗濯と身を粉にして働き、可能な限り節約。貯めた給金を手紙に同封し実家に仕送りした。これで妹の病気が少しでも良くなれば。
最初のうちは小間使いの同僚や執事も新人の僕をいびってきたが、僕は気にせず一生懸命働いた。そのおかげか、最近ではいびられることもなくなってきた。
時折ババアが爬虫類のような目で僕の体を舐めるように見てくるのはキツかったが、ババアは金と物欲で少年たちを支配し少年たち自ら率先して擦り寄って来るのに興奮を覚えるタイプの変態だった。
相も変わらず尻を撫でまわされるのには辟易したが、無理やり一晩ご奉仕させられるというような地獄は味合わずに済んだ。
・・・・・
僕たちの中にとりわけ金髪碧眼の美しく頭も賢いヴィクトールというカリスマリーダー的少年がいる。
「……ジャック、ちょっといいかい?」
僕が初めて買い出しで下町に出るよう執事に命じられた日、ヴィクトールが「外では不良少年たちに用心するように」と警告をしてくれた。
それは街の不良少年グループ【荒野の牙】の存在だった。
ジャッカルは僕たち少年奴隷を目の敵にしており、買い出し商品や金品を奪うため集団で襲ってくるのだそうだ。
街の治安を維持する騎士団も隅々まで目が届くわけではないし忙しい。ガキのいざこざなど知るかと言われてしまう有様だった。
そんな買い出しの初日、油断していた僕は荒野の牙の洗礼を受けることになる。
下町の商店街に入り、目的の商家はどこかとキョロキョロしていたのが目立っていたのか。荒野の牙と思しき不良少年たちに囲まれボコボコに殴られた挙句、銅貨30枚の入った麻袋を奪われてしまった。
「……あなた大丈夫?」
路地裏に転がり突然のことに呆然としていると、商家の窓から犬耳の可愛らしい少女が心配そうにひょこっと顔を出した。僕が「大丈夫なように見える?」と返すと僕を手当てするため家の中に入れてくれた。
犬耳少女の名はココ・レイン。執事から夕飯の食材を買うよう命じられていたレイン商店の娘さんで僕と同い年。ブロンドの髪の毛に犬耳と尻尾が生えている犬人少女だった。
「いてて……」
消毒された生傷がしみる。
手当てしてくれている間、彼女が近くに寄るとふんわりお花の香りがした。フワフワの耳と尻尾がぴょこぴょこ動いていて可愛い。
「手当て、終わった!」
手当てが終わるとココは褒めてほしそうに上目遣いで僕を見てきたので、「ありがとう」と言いながら頭を撫でてあげたら、「ん~~!」と尻尾をブンブンさせて喜んでいたよ。
「じゃあ、お手!」
試しに右手を出してお手をしてみたらポンと左手を乗せてくれたので、また頭をよしよしと撫でてあげた。
手ぶらで屋敷に戻った僕は当然執事に怒られるだけでは済むはずもなく。奪われた銅貨30枚は来月の給金から天引きされることになった。
奪われたのは自己責任、働いて返せということだ。
ひと月働いて得る給金は銀貨1枚。銅貨100枚と等価なので、およそ10日分タダ働きしなければならない計算になる。最悪だ。
それからも荒野の牙の連中に僕は追われ続けた。屋敷から出てきた美少年たちは買い出しの銅貨袋をもっていることを知っているのだ。特に僕は銅貨を奪い味をしめたばかりだったので執拗に追いかけられた。
荒野の牙の連中に追われ逃げ込んだのは、夕日に照らされた下町を望む黄昏の丘。
貴族街を出て市場のある下町へと続く三叉路を左に登り、木々の生い茂る道なき道を出たその先にあった。
そこがいつしか僕のお気に入りの場所になっていた。
食材の買い出しに行く途中、寄り道する程度のことはバレやしなかった。僕はそこで物思いにふけることが多くなっていた。
奴隷商の鎖につながれ家を出たあの日、涙は出し尽くしたと思っていた。
望郷の空、ぐにゃりと滲む視界。
無力な自分が情けなくて、悔しくて。
それでも茜色に染まるこの空は、今でも僕と故郷をつなげてくれていると信じよう。
生きよう。そしていつか元気になった妹のリアともう一度。ガーベラの咲く草原を走り回ったあの頃のように。




