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悪役令嬢の下っ端から見た転生ヒロイン【中編版】  作者: 佐々木尽左


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9/15

積極的になる理由

 光聖堂の3階で実行したエロディ様の計画は失敗した。あたしが背中を押そうとした寸前にシャンタル様は身を翻して避けられたからだ。しかし、同時にこれはシャンタル様の計画通りでもある。この時点であたしはアドリーヌ様の派閥を裏切った。


 この事実は重い。今まではいじめでつらい思いを抱えていたが、そこへ裏切りという罪も抱えることになった。助かるためにシャンタル様の手を掴んだものの、本当にこれで良かったのか今のところはわからない。


 それにしても、あの階段の手前で背中を押そうとしたときのことが忘れられない。もしあたしが土壇場で裏切っていたらシャンタル様はどうしていたんだろう。階段を転げ落ちていただろうか。想像しようとしたが、そんな光景は頭にまったく浮かんでこなかった。


 ここでまったく突拍子もないことをあたしは思い付いた。シャンタル様はあたしを助けようとして派閥を裏切る話を持ちかけてきたのかもしれない。もちろん派閥の内情を探るためにあたしを利用したかったからと説明はされたけれど、そもそもどうしてそんな内情を探る必要があるのだろう。あたしのことをあれだけ詳しく知っているのなら、きっと派閥の中のことも詳しいはずだ。


 というのも、シャンタル様の背中を押す振りをしたあたしは避けられた後ぎりぎり踏みとどまれた。けれど、もし本気で背中を押していたら果たして踏みとどまれただろうか。振り返ってみると今でも身震いしてしまう。


 色々と考えが巡ったけれど、結局はっきりとしたことはわからずじまいだった。事実として残ったのは、あたしもシャンタル様も無事だということだ。


 あの後、あたしはフェリシー様たちにエロディ様の部屋へと連行された。そして、結果報告をさせられた後にいらっしゃった子女の皆さんから盛大な罵声を浴びる。


「はぁ、使えないとは思っていましたが、まさかここまでとはねぇ」


「あんたって本当にのろまね! あそこまで近づいておきながら普通失敗する? 生きている価値がないわ!」


 エロディ様とフェリシー様の言葉を皮切りに周りの方々が口々のあたしを罵った。それがさも当然というように誰もがあたしをこき下ろす。


 それを聞くあたしは黙って耐えた。ここで反抗するくらいなら最初からこの提案を断るべきだったと思ったから。でもこれで、アドリーヌ様の派閥内のあたしの評価は地に落ちただろう。


 どうしてあたしだけこんな目に遭っているのだろうと絶望すると同時に、あまりにも理不尽だという怒りが湧いてきた。悔しくてたまらない。ならば、どうしようか。いえ、考えるまでもない。あたしは既に復讐する方法を手にしていたのだから。せっかくシャンタル様が与えてくださった機会を大いに活用することにしよう。


 あたしは内心でそう誓いながらエロディ様たちの罵声にひたすら耐えた。




 シャンタル様と裏で繋がってからのあたしの生活は一見すると何も変わらなかった。日々教養と実技の授業を受け、教員の方々に教えを請い、そして派閥の内外で孤立したまま。けれど、変わったこともある。


 光聖堂の3階であたしがエロディ様の計画を台無しにしてしばらく後から扱われ方が変わった。それまでの暴力や盗難などの物理的ないじめがなくなり、無視中心のものに戻る。シャンタル様へのいじめがより一層激しくなったからだ。


 自分に対するいじめが軽くなったことにあたしは喜ぶ。シャンタル様には悪いけれど、派閥の外に憎むべき敵がいるので皆さんの目がそちらに向けられやすくなるからだ。無能の烙印が押されたあたしを気にする人などもういない。いてもいなくても同じだから。


 警告を無視したシャンタル様は相変わらず仕掛けられるいじめの数々をうまく躱したり跳ね返したりされているらしかった。あたしが実際にその場を目にすることはほぼないけれど、派閥外の子女の目撃証言は割とある。例の階段の件を体験したことからあたしはその噂を大体信じるようになっていた。


 それにしても、これだけ大っぴらにアドリーヌ様の派閥がシャンタル様をいじめているというのに、学園では話題になっていても問題としては扱われていないのは不思議だ。なので勉学を教えてもらったときに教員の方へ質問したことがあった。すると、理由は大きく2つあるらしいことがわかる。


 ひとつはオスレム侯爵家の力だ。実家の勢力が大きいので下手に問題扱いをすると学園側もただでは済まない。なので、アドリーヌ様の派閥を容易に罰せられないとのことだった。


 もうひとつはシャンタル様が実害を受けていないからという理由もある。仕掛けられたいじめをことごとく回避されていることは知っていたけれど、それはつまり被害を受けていないということだ。また、当人も学園に訴えたことがないために静観しているらしい。


 納得できる理由と意外な理由を聞いたあたしは感心しつつも呆れた。アドリーヌ様の派閥の面子は丸つぶれだが、それ故に見逃されていることに何とも言えない気分となる。何より、あたしに対するいじめはまったく話題になっていないことに肩を落とした。誰もが知っているからこそ避けられているというのに。


 ともかく、派閥の皆さんがシャンタル様にかかりきりになるにつれてあたしの存在感は薄くなっていった。何を訴えても聞いてもらえないという悲しさはあるものの、シャンタル様との密約を果たすには都合が良い状況だ。


 最初の3ヵ月は消極的な方法で派閥内の話題を集めた。できるだけ派閥の皆さんに近づいて聞き耳を立てる、あるいは柱の陰から様子を窺うなどで見聞きする。目に付くと鬱陶しいという理由で最初はよく追い払われていたけれど、これでも派閥の1人だからとしつこくつきまとう。すると、重要な話のときは追い払われるものの、雑談のときなどは存在自体を無視されるようになった。


 この雑談というのが結構馬鹿にならないもので、たまに話の勢いで秘密をしゃべる子女がいる。そうでなくても派閥全体の傾向を知ることができるようになった。こういった話をあたしは仔細漏らさずシャンタル様に報告する。どれだけ役に立っているのかわからないけれど、一応感謝してもらえていた。


 そんなある日、新年を迎え最後の学期が始まったばかりの頃にあたしはシャンタル様からひとつ指示を受ける。派閥の皆さんだけでなく、その侍女や使用人にも目を向けてほしいという注文だ。理由を尋ねると、最近いじめるときに侍女や使用人を利用するようになってきたかららしい。そういう噂や話は耳にしたことがないけれど、あり得ることだと納得したあたしは承知した。


 ところが、派閥の皆さんの話に聞き耳を立てるのとはまったく異なる苦労があることをあたしは知ることになる。何しろ貴族子女と侍女や使用人の行動範囲は違うので、聞き耳を立てることにも一苦労するからだ。更には貴族1人に侍女や使用人は複数人が仕えているので対象人数が一気に多くなる。とても1人でやれることではないとすぐに気付いた。


 ならばどうするべきかと考えた結果、あたしは調べる範囲を限ることにする。何か普段と異なることをしていたり目立つことをしていたりする者に注目することにしたのだ。幸い、田舎の男爵領では使用人たちとの垣根があまりなかったのでその実態はある程度知っている。


 侍女や使用人の様子を窺い始めて1ヵ月ほどで派閥の皆さんに仕えている者たちの様子はある程度把握できた。すると、あたしと同じようにいじめられていたり肩身の狭い思いをしていたりする使用人がいることに気付く。


 そこであたしは自分とシャンタル様の関係を思い出した。うまくすれば侍女や使用人たちの話を聞き出せるかもしれないと考える。ただ、あたしはシャンタル様のように助けてあげるとは言えなかった。実際に助ける術がないからだ。ただでさえ利用しようとしているのに騙すことまではしたくない。


 どうするべきか考えたあたしは寄り添うことにした。相手の愚痴をひたすら聞いて慰めるのだ。力にはなれないけれど支えてあげるのである。


 この方針はある程度うまくいった。下位とはいえ貴族様には頼れないという者もいれば、反対に頼ってくる者もいる。あたしが派閥内で孤立していると承知の上なので結構追い込まれている者たちだ。


 その中にジネットという使用人がいた。エロディ様の使用人で口減らしのために奉公へだされた子だ。伯爵令嬢に仕えているだけあって平民の使用人とはいえ顔立ちはいくらか整っている。


 このジネットは最初ほとんど寄り付いてこなかったが、他の使用人がぽつぽつとあたしに愚痴を漏らすようになると途中から積極的にやってくるようになった。何でも同じ使用人から新入りの田舎者だからと意地悪されているらしい。


 境遇が似ているあたしとジネットは仲良くなった。すると、他の侍女や使用人が何を話しどんなことをしているのか積極的にしゃべってくれるようになる。あたしよりも下々の者たちのことをうまく探ってくれるので以後大変重宝するようになった。


 もうすぐ春休みになろうかというある日、いつものようにあたしはジネットとこっそり会った。周囲に知られると良くないので倉庫裏などをよく利用する。


「デジレ様、これは今年に入ってから気付いたんですけど、何人かの侍女の方がよく学園の外に行かれるんですよ。行き先はわからないですけど」


「実家と連絡しているのかしら?」


「どうなんでしょうね。あたしたちには全然話が回ってこないので、上の方だけの話みたいですけど」


「どのご令嬢の侍女かわかる?」


「えっと、うちのエロディ様やアドリーヌ様みたいな伯爵家以上の方々の侍女様ばかりですね」


「フェリシー様みたいな子爵家の侍女はいない?」


「たぶん。そういうおうちの方々の場合は使用人を使うんじゃないですか?」


 言い返されたあたしは確かにその通りだとうなずいた。複数人の侍女を抱えている伯爵家以上ならばともかく、1人いれば良い方の子爵家で頻繁に侍女を手放すことは考えにくい。ちなみに、男爵家には侍女はいなくて平民の使用人のみだ。


 あたしが他の貴族子女の様子を探りやすいように、ジネットのような者は使用人の様子をよく探ってくれた。更には普段から身の回りの世話をしていることもあって貴族子女の事情にもある程度明るい。これは思わぬ収獲だった。


 やがてあたしが学園に入って1年が過ぎる。2年生になっても周囲の状況は相変わらずで、アドリーヌ様の派閥に入ってきた新入生にも見下された。あたしと同じ田舎者も向こう側に立つとすぐに態度は周りと同じになる。


 一方、知り合った使用人の一部は卒園したご令嬢と共に学園を去った。新入生と共にやって来た使用人に関してはしばらく様子見だ。こちらに関してはジネットたち使用人に任せている。貴族子女であるあたしにできることは少ない。


 春から更に半年が過ぎた。2年生の夏期休暇も終わって残暑と共に新学期が始まる。あたしの境遇は相変わらずだけれど、使用人の周辺は一部変化があった。立場が良くなった者や悪くなった者がいるのだ。


 良くなった者の場合、いじめていた主犯が辞めていじめる雰囲気がなくなったことが大きい。尚も仕事の愚痴を漏らしに来る子もいれば、離れて行く子もいる。反対に悪くなった者の場合だと、いじめに加わる人数が増えたことが主な理由だ。こうなると毎回泣きながら思いを吐く者もいれば、耐えきれずに姿を消す者もいた。


 そんな変化を受け入れつつもあたしは派閥内の様子を探り続けた。誰と誰が仲良しで、あるいは仲が悪いか。何に悩んでいてどんな苦労をしているか。次のお茶会に誰を呼ぶのかなど様々な話がもたらされる。その中にはエロディ様とフェリシー様のお茶会の話もあった。こうした話もまとめてシャンタル様に伝えてゆく。


 他にも、学園の外によく出向く侍女の行き先もおぼろげながらわかるようになってきた。侍女同士の話を耳にする使用人が何人かいたのだ。それによると、実家だけでなく、よその家にもよく出入りすることがあるらしい。ただ、内容に関しては侍女も知らないようだ。


 このような感じで、あたしの学園生活は表裏共に過ぎていった。

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