想像以上の成果(シルヴァン王子視点)
ジャルダン学園に入って半年が過ぎた。父上である国王陛下からの密命は今も続けている。表では学園生活を楽しみながら、裏でアドリーヌ嬢の派閥について探っているのだ。しかし、私、セドリック、レイモンの3人だけではいかんともしがたい。派閥の壁と性別の垣根は想像以上に高かった。
そこで私はシャンタル嬢を味方に引き込んだ。捜査対象であるアドリーヌ嬢の派閥と派手に対決している点を危惧したが、その手腕を買うことにしたのである。
最初の半年は成果がなかった。しかし、これはあらかじめ伝えられていたことなので我慢する。一方、保護を求められたのでたまに手助けすることがあったが、これについては私だけでなくセドリックとレイモンも巻き込むことになった。最初は戸惑っていた友人2人だが、事情を話して協力してもらう。
これで私たち3人がシャンタル嬢と繋がっていることがアドリーヌ嬢の派閥に知られたわけだ。しかし、2年目の春にシャンタル嬢からとある話をもたらされる。
「シルヴァン様、アドリーヌ様の派閥に入った新入生の中に良さそうな子がいますよぉ。どうやら中でいじめられているみたいなんですぅ」
「ほう。ということは、仲間に引き入れられそうなのか?」
「すぐには無理ですけれど、あの様子だとそのうち追い詰められるんじゃないかなぁ」
去年1年間は鉄の結束を誇っていたアドリーヌ嬢の派閥だったが、今年はその派閥に罅が入ったらしいことを知って私は喜んだ。その男爵令嬢には気の毒だが、こちらとしては手段を選んでいる余裕がない。私は引き続きその子女に注目するようシャンタル嬢に頼んだ。
そうしてついにそのときがやって来た。2年目の秋にシャンタル嬢から派閥内の協力者を得たとの報告を受けたのだ。階段の上から突き落とされかけるという危険をくぐり抜けて得た成果らしい。相変わらず危ないことを平然とやってのける子女だが、今は頼もしく思える。
ようやく手にした成果に私は期待した。これからはアドリーヌ嬢の派閥の内情が次々ともたらされると前のめりになる。
当初得られた情報は派閥内の子女がする話の内容だった。きれいな刺繍、うっとりするような詩、聞き惚れた音楽、苦労している古典、どの子弟と舞踏で舞うかなどという一般的なものから、どの子弟とどの子女がお似合いだとか、とある子女の意地悪さ、あるいは婚約者とのやりとなど、表も裏も構わず色々と聞かされる。
しかし、私がほしい情報というのはそういう子女の内情ではない。オスレム侯爵派の裏の話だ。しばらくはシャンタル嬢から報告されることをそのまま聞いていたが、これは違うと結論づけた。内通者のデジレ嬢が頑張っているのは想像できるものの、求めているのは努力ではなく結果である。
「シャンタル嬢、学園の子女が何を考えているのかその一端がわかったのは実に興味深いことだった。しかし、何と言うかだな、お茶会に誰を誘うということよりも、誰をいじめているだとか、どんな嫌がらせをしているだとか、実家の威を借りて横暴なことをしている具体例なんかを知りたいんだ。たまにそれらしい報告をするときがあるだろう? あれの更に突っ込んだ話を知りたい」
「なるほどぉ。でも、今のデジレさんだと難しいんじゃないかなぁ。だって、派閥内でのけ者にされているから」
「もう少し何とかならないのか?」
「あんまり求めすぎてデジレさんが怪しまれると元も子もなくなりますよぉ?」
「そうだな」
「でも、ちょっとやり方を変えるのはありかもしれませんねぇ。貴族の人以外にも、侍女や使用人も見張ってもらいましょう」
提案を受けた私はすぐに許可した。密命を果たすのに都合が良かったからだ。年が明けてからシャンタル嬢がデジレ嬢に説明して実行させる。最初こそ成果はなかったが、春先になる頃には前よりも有用そうな報告がなされるようになった。特にアドリーヌ嬢の派閥の伯爵家以上の令嬢が抱える侍女が頻繁に学園外に出ているという話に注目する。
私はすぐにセドリックとレイモンの2人と相談した。自室でこの件に関して意見を交換する。
「まだこの程度しかわかっていないが、2人は今の話を聞いてどう思う?」
「調べてみる価値はありそうですね。学園の外によく出る侍女がどこに向かっているのかをまずは突きとめましょう」
「でも何かやっているとして、この学園で何をしているんだろうな? 宮廷での争いを学園に持ち込む意味がわかんねぇ」
「それはこれから突きとめれば良いだろう。まずは侍女たちがどこに向かっているかだ」
相談を終えた私は父上に報告し、学園から出る侍女の行き先を調べてもらうことにした。さすがにこの身ひとつで複数の侍女の行く先を突きとめるのは時間がかかりすぎる。
そうして待っているうちに春を迎えた。学年はいよいよ3年となり、学園での生活も残すところ1年程度だ。密命のための捜査はいくらか進展があったものの未だ不十分なので、この1年で成果を上げたいと意気込む。
父上に相談して2ヵ月ほどが過ぎた頃、学園の外によく出向く侍女の行き先についておおよそのことが判明したという連絡が私の元へと届いた。それによると、侍女たちの主に向かう先は自分の主の実家だが、それ以外にも実家以外のオスレム侯爵派の貴族の邸宅によく出入りしているらしい。
これについて私は友人2人にすぐ伝えて意見を聞く。
「父上が調べられたところによると、侍女たちは自分の主の実家以外にもオスレム侯爵派の貴族の邸宅に出入りしているそうだ」
「僕の父上がオスレム侯爵派の貴族のやり取りが前から低調なのを不思議がっていましたが、もしかしてこれが何か関係しているんでしょうか?」
「大人の代わりに連絡役をやるっていうのか? そこまでするかぁ?」
セドリックは自分の父親がこぼしていたことを話してくれたが、それを聞いたレイモンが首を傾げた。確かに私も心情的にはレイモンに近いが、その可能性を切り捨てる根拠もまた弱い。一旦保留ということにする。
その後も私たちは情報を集めては検討するということを繰り返した。シャンタル嬢からもたらされるアドリーヌ嬢の派閥内情報も引き続き報告をしてもらう。ただし、内容は重要なことに絞ってもらうことにした。さすがに他人の恋愛事情や陰口は今回関係ないことが明白だからだ。
2年の夏期休暇が終わって新学期に入ってもやることは変わらなかった。そのうちシャンタル嬢から内部情報として学園の外によく出向く侍女の情報がいくらかもたらされる。部分的にだが父上が調べられたことが当人たちによって裏付けられた形だ。それによると侍女たちは主に手紙を預かって送り届けているらしい。どうやら本当に連絡役をになっているようだ。内容について侍女たちは知らないようだが、これは予想の範囲内である。
学園内で知り得たことはすべて父上に報告していた私はあるとき呼び出された。何事かと思いつつも応じると思い切ったことを命じられる。
「シルヴァン、学園内でのアドリーヌ嬢の派閥に関してだが、ひとつやってほしいことがある。何人かいる伯爵家の令嬢の1人が開くお茶会に薬を仕込むのだ」
「お茶会の毒を盛るのですか!? いや、しかしさすがにそれは」
「早まるな。殺すわけではない。体調を悪くさせるだけだ」
「しかし、なぜそのようなことを命じられるのですか?」
「学園の令嬢の侍女を介して連絡を取り合っているのであれば、これでその連絡網が麻痺するはず。仕えている主が倒れれば、侍女も手紙を運ぶ役目などしている余裕などあるまい。そうすれば連絡手段が使えなくなったオスレム侯爵派の貴族たちは動揺するだろう。その隙を突きたいのだ」
そこまでするのかと驚きつつも私は王命を受け取った。薬を与えられた私は学園に戻る。
正直なところ私は気が進まなかった。いざというときは何でもする覚悟でいたが、敵対している派閥の家出身とはいえ、そのご令嬢に毒を盛るというのは嫌な感じしかしない。しかし、あのときの父上を見ていると王たる者はこのような判断を下さなければならないこともあるのかと改めてその大変さを感じた。
ともかく、役目を果たすために私は機会を待つ。しかし、以前とは違ってまったくお茶会の情報が入ってこなくなってきていることに首を傾げた。不思議に思った私はシャンタル嬢に問いかける。
「子女はよくお茶会を開くだろう。その話が最近まったく入らなくなったのはなぜだ?」
「シルヴァン様に不要だと言われたので報告していなかっただけですよぉ」
かつて自分が下した指示を思い出した私は頭を抱えた。どんな情報がいつ必要になるのかわからないということを思い知る。そうして改めてシャンタル嬢にお茶会の情報を報告するよう求めた。
以後はシャンタル嬢からお茶会を含めた報告を受ける。その結果、複数の伯爵令嬢が似たような日にお茶会を開くことがわかった。このうちのひとつを選ばなければならない。
しばらく考えてから私はシャンタルに告げる。
「シャンタル嬢、実はひとつやってほしいことがあるんだ」
「なんですかぁ?」
「とあるご令嬢のお茶会に薬を盛ってほしいんだ」
「え、えぇ?」
最初は怪訝そうな表情を浮かべたシャンタル嬢が私の頼みを理解した途端に一歩退いた。ここで私はかつて父上から命じられたときの自分の反応を思い出す。
「あー待ってくれ、きみは誤解している。毒殺しようというわけではないんだよ。単に少し体調を悪くさせるだけなんだ」
「それでも毒を盛ることに変わりはないですよねぇ?」
「そう言われると何も言い返せなくなるんだが、私にも事情というものがあるんだよ」
「うーん、誰でもいいんですかぁ?」
「近々お茶会を開く伯爵令嬢のうちひとりでいい。私としてはバロー伯爵家のエロディ嬢はどうかと思うんだが」
「やりますぅ!」
それまでの消極的な態度を一転させたシャンタル嬢を見た私は一瞬固まった。しかし、すぐに元通りとなり疑問を発する。
「急にやる気になったな」
「他の人はともかく、あの人は今まで散々わたしに意地悪してきたんですよ! だからちょっとやり返す機会があるなら、ぜひやりたいですぅ!」
「そ、そうか」
「ところで、本当に死なないんですよね? ちょっと体調が悪くなるだけなんですよね?」
「あ、ああ、それは間違いない。私も死ぬことまで望んでいないからな」
念を押してくるシャンタル嬢の気迫に押されながら私はうなずいた。すると、彼女が満面の笑みを浮かべる。
承知してくれたシャンタル嬢に対して私は薬の入った小瓶を手渡した。




