復讐の連鎖
気が付けば2年生も半分が過ぎようとしていた。学園に入ってからずっといじめられていて苦労している。けれど、ここ1年くらいはシャンタル様のために派閥内の様子を探り、それを伝えることでいくらか溜飲を下げていた。実家の都合上、あたしはアドリーヌ様の派閥に所属しているけれど心はもうここにはない。
裏側でやっていることは地道な努力が実って成果が出ている。最初は自分1人だけだったけれど、そのうち派閥の皆さんに仕えている使用人とこっそり連絡を取り合い、今では派閥内のことならば大体のことを知ることができるようになった。どの使用人も大なり小なり不満を抱えているのでその結束は固い。
ただ、表側については今まで通りで変化はなかった。一時期実力行使のようなことをされたけれど、今は派閥全体で無視されている。とても悲しい状態だけれど、これが内情を探るのに悪くない状況になるのだから心境は複雑なのよね。
それにしても、あとどのくらいこの生活が続くのだろうかと最近考えるようになった。アドリーヌ様を始めとした3年生は来年の春に卒園される予定だ。あたしを中心になっていじめているエロディ様とフェリシー様も3年生なので学園からいらっしゃらなくなる。そうなるとあたしに対するいじめはなくなるかことも期待できた。
けれど、アドリーヌ様が卒園されても派閥は残る。オスレム侯爵派の貴族は消えてなくならないから。そうなると来年は在園生次第となる。今や1年生からも見下されているあたしはいじめが残るように思えてきた。
更にシャンタル様も次の春で卒園されるわけだけれど、そうなると今やっている派閥の内情を探る役目はどうなるんだろう。それだけではない。シャンタル様がいなくなればいじめの矛先が自分に向かって来る可能性が高いことを思い出した。かつて助けてあげると言われたけれど、一体どうやって助けてくださるんだろうか。
そんなことを日々考えながら過ごしていると、あるときシャンタル様に頼みごとをされた。
あたしとシャンタル様はいつも学園内にある林の中で会っている。その日も定例報告を済ませたので自室に戻ろうとして呼び止められた。不思議に思いつつもあたしは立ち止まって振り向く。
「どうされたんですか?」
「あのねぇ、実はちょっとお願いしたいことがあるのぉ」
「なんです?」
「近くエロディ様がお茶会を開かれるでしょ? そのときに出されるお茶に薬を盛ってほしいの」
「は? 薬?」
「勘違いしないでちょうだいね。この薬はちょっと体調が悪くなるくらいで、絶対に死ぬようなものじゃないから!」
「いやいや、ちょっと待ってください! そんなのどうやってやるんです?」
「デジレさんがいつも話を聞いている使用人の中にエロディさんに仕えている人がいたでしょう? その人にお願いしてくれないかなぁ」
「ジネットですか?」
「そう! そのジネットさんに!」
満面の笑みを浮かべたシャンタル様があたしの両手を握ってお願いをされてきた。そのときに体温で暖かくなった小瓶を握らされる。
まだ引き受けるとも言っていないあたしは顔を引きつらせた。今までの役目とは違って流されて引き受けるような類いのものではない。何とか口を開けて反論する。
「シャンタル様、いくら何でも薬を盛るのはまずいのではないですか?」
「そんなことわかってるわよぉ! でも、これはどうしてもやらないといけないことなのよ、わたしたちにとって!」
「え、わたしたちにとって?」
「そうよ。他の人ならいざ知らず、薬を盛るのはエロディさんのお茶会なのよ。わたしたちをことあるごとにいじめていたあの人」
話を聞いたあたしは目を見開いた。エロディ様には入園以来散々いじめられた記憶しかない。良い印象は欠片もなかった。
けれど、だからといって薬を盛るとなるとためらいが出てくる。手に握らされた小瓶に入っている薬は体調が少し悪くなる程度のものだとしても、本当にそんなものをお茶に入れて大丈夫なのか。
尚も迷うあたしにシャンタル様が更に訴えかけられる。
「デジレさん、このままだとわたしたちはやられっぱなしなの。ここで一矢報いても構わないと思わない?」
「で、でも」
「わたしを階段から突き落とすよう命令してきた人なのよ? そのせいであたしが死んでもあなたを切り捨てるし、あなたが死んでも知らんぷりする人に遠慮する必要なんてあるのかなぁ?」
「あ、ああ」
「さっきも言ったけれど、この薬は死ぬようなものではなくて体調がちょっと悪くなるだけなの。それでエロディさんが困るところを見たくない?」
最初は怯えて拒んでいたいたあたしだったけれど、シャンタル様の話を聞いているうちにその通りだと思うようになってきた。これまで入園して以来散々好き放題されたというのに、あたしは何ひとつ仕返しをできていない。いくら何でも不公平ではないか。
その後も囁かれたあたしはついにうなずいた。
受け取った小瓶を持って翌日、あたしは倉庫の裏側で使用人のジネットと会った。小瓶のために呼びつけたのではなく、いつものように愚痴や話を聞くためだ。
明らかに胃の辺りが重くなっていることを自覚しながらあたしはジネットと話をする。内容を聞かれても雑談をしているようにしか思われないのが重要だ。隠れるようにしてしゃべっているのは上の方々に聞かれると良くないため。貴族の悪口を聞かれないようにしている風を装っている。これならあたしが内通していることは気付かれないはずだった。
いつものように話を聞き、言いたいことを言ってすっきりとしたジネットの表情がいくらか明るくなったのをあたしは目にする。これから顔を蒼白にさせてしまうことに罪悪感を抱きつつも小瓶を取り出した。そして、硬い表情でお願いをする。
「ジネット、実はちょっとお願いしたいことがあるの」
「なんですか?」
「近くエロディ様がお茶会を開かれるじゃない。そのときに出されるお茶にこの中身を少し混ぜてほしいの」
「何ですか、これ?」
「これはちょっと体調が悪くなる薬よ」
「え、デジレ様?」
何を言っているのかわからないという様子のジネットが訝しげな表情を見せた。まさかそんなことを頼まれるとは思っていなかった顔をしている。
「どうして、そんなことを」
「あたしね、1年前にエロディ様からシャンタル様を階段の下に突き落とすように命じられたの。結局それは失敗したけれど、もし成功していたらあたしはシャンタル様を殺した殺人犯になっていたかもしれないし、失敗したときに踏みとどまれなかったらあたしが階段から落ちて死んでいたかもしれないのよ」
「その話は、前にしてくださったあの話、ですよね」
「そうよ。その上この学園に入ってからずっといじめられているでしょう? だから少しやり返したいなと思って」
あたしは必死になってジネットを説得した。本音が混ざっている、というよりも本音を中心にしてあたしがこの話を持ちかけるのは当然だというように会話を進める。何としても復讐したいという思いよりも、シャンタル様に頼まれた以上はジネットを説き伏せなければならないという使命感が勝った。実際には気が進まなくても、小瓶を受け取った以上はもう事を進めるしかない。あたしだって助かりたいんだから。
当初ジネットはやんわりとだが断った。当然だと思う。あたしは頼まれたから頼むだけだけれども、実際に薬を盛らなければいけないジネットの危険はあたしの比ではない。あたしがジネットの立場であっても断っていただろう。
けれど、諦めるわけにはいかない。シャンタル様のような話術などないあたしは最後には泣き落としにかかる。
「あなたに無茶を強いているのはわかっているわ。でも、これだけはお願いだからしてもらえないかしら。他にはもう頼まないから」
「うう、こんなこんな大それたことを、あたしが」
「エロディ様に窮状を訴えても取り合ってもらえなかったと前に言っていたわよね。それならば、それの気を晴らすつもりでこれを」
シャンタル様のような話術など持ち合わせていないあたしは、けれどシャンタル様にされたように小瓶をジネットに握らせた。見よう見まねでというよりも、必死になってやった行動がたまたま一致しただけだ。けれど、そんなことはどうでも良い。
これ以上何を言うべきかわからなくなったあたしはじっとジネットの目を見つめた。その形相がどうなっていたのか自分ではわからない。
泣きそうな顔をしたジネットは目を逸らさずにあたしを見続けた。しばらく2人して見つめ合いながらじっとしていたけれど、ついに口を開く。
「本当にこれっきりなんですね?」
「ええ、そうよ。本当ならあたしが自分でするべきなんだけれど、どうしてもできないからあなたにお願いするの」
「わかりました。今回だけ、やります」
長い説得の末、あたしはやっとのことでジネットを説得できた。そうして、心の底から安堵のため息をつく。
あたしは倉庫の裏側で立ったまま、ジネットが見えなくなるまで見送った。




