珍しい子女(シルヴァン王子視点)
ジャルダン学園に入って半年が過ぎた。教養と実技から成る授業にもすっかり慣れ、一般的な学園生活は余裕を持って過ごすことができている。大半が入園前に修得していたことばかりだったのである意味当然だ。
では、その余裕を持って何をしているのかと言えば、もっぱら人付き合いである。将来玉座に座る身としては同年代の子弟子女と繋がっておくことはなによりも大切なことだ。幸い、周囲には自然と人が集まってくるのでこの状況を活用し、色々と話をしている。
このように私は充実した日々を過ごしていた。このままそつなくこなして学園を卒園できれば悪くない将来を手に入れることができるだろう。しかし、それは表向きの話だ。
私は入園する直前になって父上である国王陛下からアドリーヌ嬢とその周辺を調べるように命じられた。当主であるオスレム侯爵の陰謀に加担しているのか、しているのならばどのように関わっているのかを探るのだ。
この調査は当初から難航することが予想され、実際にその通りとなった。まず、男子である私、セドリック、レイモンに対してアドリーヌ嬢は子女である。学園では同じ敷地内で学んでいるが、生徒寮や講義堂などは分かれているので接点はそう多くない。関われないわけではないのだが、そうなること今度は王家とオスレム侯爵派の関係が立ちはだかる。家同士が敵対に近い状態なので簡単に近づけないのだ。
そこでセドリックとレイモンの寄子の子女に協力してもらっている。派閥同士の関係上成果ははかばかしくないが、私たち男子が直接調べるよりかはましという状態だ。それによると、今年共に入園したアドリーヌ嬢はすぐさま派閥を形成し、配下となった者たちを少なくとも外から見る分には一枚岩のようにまとめ上げた。付け入る隙を窺っていた私たちだが、そのようなものはついに見つけられない。見事というほかなかった。
これは思った以上に長引くと考えた私は腰を据えて待つことにする。早く父上の期待に応えたいが、急いて事をし損じてはいけない。気持ちを抑えながら事に当たる。
そんなとき、1人の子女が私の目に入った。マイヤール子爵家のシャンタルというのが彼女の名だ。少し癖のある桃色の髪の毛を揺らし、愛らしい顔で話しかけてくる小柄な子女である。
学園に入ってからしばらくして出会ったシャンタル嬢とはその後たまに出会うことがあった。その態度は他の子女と同じように媚びているような感じがするのだが、押しかけてくるようなことはない。普通なら自分を売り込むために頻繁に私へと寄ってくるものだが、そういうことはしないのだ。また、人と接するときの態度は誰であっても変わらない。王族の私であっても男爵家の令嬢であってもだ。その言動は今まで周りにいた子女たちとは異なるのがとても新鮮だった。
しかし、私が本当に注目したのはそこではない。アドリーヌ嬢の派閥とのやり取りだ。普通、一介の子爵令嬢が勢いのある侯爵令嬢の派閥とぶつかるとすぐに潰される。ところが、シャンタル嬢は潰れなかった。頻繁に仕掛けられる嫌がらせを避け、悪口や陰口にも相応に対応し、それでいて実家同士の問題には発展させない程度に収める。それを意識してか無意識にかやってのけているのだ。大変希有な才能を持っていると言えるだろう。
端から見る分には楽しくもありまた危険極まりないことをしているシャンタル嬢を眺めているうちに、私はふと彼女に協力してもらうことは可能かと考えるようになった。私に与えられた役目の性質上、あれだけ目立つと本来はどうにもならないのだが、あの立ち回りの絶妙さを見ていると何かできそうな気がしてくるのだ。
しばらく悩んだ末に私はまず確認することにした。シャンタル嬢は劇薬みたいな子女だ。協力してもらうにしろ、王命をはたせなくなるような事態は避けなければいけない。
その機会は間もなくやってきた。最初の夏期休暇が終わってしばらくした後に、相も変わらず突然私の元へとやって来たのだ。いつもは他愛ない話をして終わっていたが、今回は舞踏館から倉庫の裏側へと場所を移して話をする。
「さて、シャンタル嬢、前から聞きたかったことがあるんだが、尋ねても良いだろうか?」
「なんですかぁ、シルヴァン様?」
「この学園に入って以来、きみはアドリーヌ嬢の派閥とことあるごとに対立しているそうだが、そもそもなぜそんなに争っているんだ?」
「え~、別に争いたいわけじゃないですよ。あっちからちょっかいをかけてくるだけなんですから。最初はなんだったかなぁ? 確か、目上に対する正しい態度をしなさい、だったっけ?」
「ああ、まぁそれは。しかし、それならば正しい態度をとれば済んだだろう」
「でもぉ、毎回そんなことをするのって大変じゃないですかぁ? それに、シルヴァン様が許してくださっているのに、どうして他の人にそんなことをしなきゃいけないんです?」
まさか自分を持ち出されるとは思わなかった私は面食らった。指摘されると反論しづらい。ただ、これをそのまま相手に言ったのならば怒ることは簡単に想像できた。
若干呆れつつも私は更に問いを重ねる。
「そうか。しかしということは、きみが望んで争っているわけではないということか」
「そうですよぉ。わたしから何かしたことはないんですから。いつもエロディ様とフェリシーさんが嫌なことをしてくるんですぅ」
「なるほどな。では、質問を変えよう。主に噂で聞いた話なんだが、きみはアドリーヌ嬢の派閥から何度も嫌がらせをされていると聞いている。しかし、毎回うまく言い返したり躱したりしているとも聞く。一体どうやってそんなにうまく対処しているのかな?」
「え~、どうやってて言われてもぉ。大体相手が何をしてくるのかわかるから、うまく返せるように頑張ってるだけですよぉ」
「そんなに何でもわかるものなのか?」
「嫌がらせはたくさんされてますけど、貴族の女の子ができることってあんまり多くないんですよ。だから、何となくやることがわかるんですぅ」
返答を聞いた私は何とも言えない表情を浮かべた。果たしてそうなのだろうかと内心で首を傾げる。ただ、その言葉が本当かどうかはともかく、実際に嫌がらせにうまく対処していることは事実だ。ということは、結構な機転が利く頭の良い子女と言える。
いささか目立ちすぎていることは難点だが、それでも私はアドリーヌ嬢の派閥に対する取っ掛かりがほしい。シャンタル嬢はそのきっかけになるような気がした。
私は思いきって話を持ちかけてみる。
「シャンタル嬢、実はきみに協力してほしいことがあるんだ」
「協力? どんなことですぅ?」
「きみが今嫌がらせを受けているアドリーヌ嬢の派閥について調べてほしいんだ」
「えぇ?」
相談されたシャンタル嬢が戸惑う姿を私は目にした。出会ってからこの半年で初めて見る。大きな派閥から受ける嫌がらせを撥ね除けていたら、いきなりその派閥を調べてほしいと請われたのだ。動揺するのも無理はないと思う。
ただ、あからさまに拒否されていないことに私は希望を見出せた。ここで更に頼めば引き受けてくれるのではないかと期待する。
「きみも知っての通り、アドリーヌ嬢の派閥の動きは最近目に余る。そこで、何を考え、どう動こうとしているのかを知りたいんだ」
「え~、女の子の秘密を知りたいんですかぁ?」
「あーいや、誤解しないでほしい。別にやましいことをしようとしているわけではないんだ。いや、隠れて調べてほしいのだからやましいのかもしれないが、そういう意味ではなくてだな、これはあくまで学園生全体のことを考えてのことなんだ」
邪な考えがあるのではないかというシャンタル嬢の疑いの目を受けた私は弁明する羽目に陥った。王命のことは言えないのでそれらしいこと言って取り繕わなければならないのだが、これがなかなか難しい。とっさの理由をでっち上げるためにしどろもどろとなってしまう。普段なら簡単に受け流せるというのに、このときに限ってうまく説明できないことがひどくもどかしい。
そんな私を見ていたシャンタルが突然静かに笑った。我慢するような仕草を見せているがとても隠せていない。
真面目に弁明していた私は憮然とした。確かに笑われるようなことを言ったかもしれないが、こちらは真剣なのだ。さすがに面白くない。
「多少うまく説明できていないことは自覚しているが、私としては真剣なんだ。笑われるのは心外だな」
「わかりましたぁ、いいですよぉ」
「なに? 何が良いのだ?」
「アドリーヌ様の派閥につてい調べてほしいんですよね? 構いませんよぉ。ただし、今は無理だから来年からになりますけどねぇ」
「今は駄目か」
「今はみんなが団結していますから付け入る隙がないんですぅ。でも、次の新入生が入ってきたらどうなるかわかりませんから、来年に期待ですねぇ」
いつも通りの調子で理由を聞いた私は肩を落とした。ある意味最もアドリーヌ嬢の派閥と接触し、その内情をよく知っているはずのシャンタルが言うのならば本当に無理なのだろうと考える。そして、来年入ってくる新入生次第というのももっともな話に聞こえた。
小さくうなずいた私はシャンタル嬢に返事をする。
「やむを得ないな。ということは、来年から本格的に調べてくれるということか」
「そうでぇす。ただ、ちょっと時間がかかるかもしれないですよぉ?」
「仕方ないな。できるだけ早い方が嬉しいが」
「頑張りますねぇ。ああそれと、わたしからもひとつお願いがあるんですが、構いませんかぁ?」
「何だろうか?」
「できれば、たまぁに守ってほしいんですぅ。やっぱりぃ、ちょっとつらいときがあるんでぇ」
「あーそうだな。しかし、あまり表立って私と繋がりがあることを知られるのはまずくないか?」
「嬉しくないですけどわたしはもう有名なんで、アドリーヌ様の派閥を直接調べるのは無理ですぅ。ですからぁ、シルヴァン様たちに守ってもらっても大丈夫ですよぉ」
「それじゃどうやってあの派閥を調べるつもりなんだ? いや、私たち?」
色々と疑問の湧いてくる返答をされた私が首を傾げた。しかし、引き受けてくれた以上はアドリーヌ嬢の派閥について調べてくれると信じるしかない。
私はシャンタル嬢の来年からの調査に期待することにした。




