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悪役令嬢の下っ端から見た転生ヒロイン【中編版】  作者: 佐々木尽左


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灰色の学園生活と不思議な話

 今年の春にジャルダン学園に入ったあたしはアドリーヌ様の不興を買ってしまい、派閥内で孤立することになってしまった。他にも不興を買った子女はいるのにあたしだけがいじめられているのは余程要領が悪かったのかもしれない。


 けれど、だからといってこの仕打ちにあたしはまったく納得していなかった。それを訴えることはできないけれど、心の中では毎日のように叫んでいる。


 今日もあたしは1人で講義と実習を受けた。周囲には何人もの子女がいるけれど、あたしにとってはいないのと同じだ。全員に避けられているから。


 教養の授業は相変わらず苦戦している。講義が終わった後に教員の方へと質問し、部屋に戻ってから復習をして、何とか置いていかれないように頑張った。その甲斐あって今のところ何とか脱落せずに済んでいる。入園して1ヵ月でこれだとこの先のことが思いやられるけれど、今はそんな先のことを考えている余裕はない。


 必死になって授業を受けているあたしはより深刻なことがあることを最近知った。それはお茶会をまったくしていないことだ。貴族子女にとってのお茶会とは単なるお遊びではない。それは知り合いを増やすための機会であり、知り合った人と仲良くする契機であり、更には将来の人間関係の基礎になる。もちろん大半の子女は楽しくてやっているのだが、同時に自分の未来がかかっていることも知っていた。


 そのお茶会をあたしはまったくやっていない。自分で開いていないのはもちろん、誘われてもいないのだ。当然だろう。派閥の中ではいじめられている真っ最中で外だと厄介者扱いなのだから、誘ってもらえるはずもなければ誘っても応じてもらえるはずもない。


 当然あたしはこれについて良くないことだと思っている。けれど、現状ではどうしようもなかった。周囲から人付き合いを避けられているのできっかけすらない。


 まさかこんなことになるなんて王都にやってくるまでは思いもしなかった。もちろん田舎の男爵令嬢など扱いは大したことがないことくらいは覚悟していたので雑に扱われることは想像していたけれど、あたしが人と接するときは教員の方に教えを請うときといじめられるときだけになるなんて予想外すぎる。


 本当に最低な学園生活を送っているあたしだけれど、たったひとつだけ良かったことがあった。それはシャンタル様のいじめに加担せずに済んでいる点だ。


 今のアドリーヌ様の派閥は学園内でも屈指の勢力を誇っている。それを良いことに方々で迷惑をかけているけれど、そんな派閥の皆さんが今夢中になっているのがシャンタル様を懲らしめてやることだ。去年から確執が続いているそうだが、なかなか屈しないシャンタル様に派閥の皆さんは快く思っていない。そうなると更にむきになっていじめようとする。その循環がこの1年間続いているらしい。


 このいじめについては特にエロディ様とフェリシー様が中心になってやっているそうだ。あたしへの仕打ちを思うと非常に納得できる。あのお2人は人をいじめることに喜びを見出しているように見えるから。


 そして、あのお2人がシャンタル様をいじめることに力を注いでいるからこそ、あたしへのいじめに熱心になりきれていないことにも気付いた。今でもひどい仕打ちを受けているとは思うけれど、それでもシャンタル様のおかげであたしはまだこの程度で済んでいるのだ。この点についてあたしはシャンタル様にとても感謝している。


 そのシャンタル様へのいじめだが、見聞きした分だけでも相当なことされていてあたしは震えた。同じことをされて何事もないかのように振る舞うことなどあたしにはできない。そして、更にすごいのはそのことごとくにうまく対応したり回避したりしている点だ。


 例えば、あたしは無視されたり、正面から馬鹿にされたり、陰口を叩かれたりしているけれど、そのすべてにじっと耐えている。うまく対応できないというのが主な理由だけれども、たとえできたとしても次の反撃がさらにひどいものになることがわかっているので怖くて刃向かえない。


 ところが、シャンタル様は違った。やられたらやり返されるのだ。馬鹿にされるとそのばでやんわりと小馬鹿にし、陰口を叩かれると広めた子女の欠点や醜聞を噂として広めるらしい。陰口などどうやって言い始めた人物を探し出したのか、その子女の欠点や醜聞などどうやって知り得たのかなど疑問は尽きないものの、シャンタル様はそういうことをされるらしい。


 そんなことをしてよく無事でいられるものだと不思議で仕方ないけれど、そこは仲の良い子弟であるシルヴァン王子、セドリック様、レイモン様の3人を頼られているという。さすがに王族、宰相家、騎士団長家が後ろ盾とあってはアドリーヌ様の派閥でもおいそれと手を出せない。


 これでよくアドリーヌ様は1年も我慢していらっしゃるとあたしは不思議に思った。朝のお茶の味が気に入らないだけであたしをいじめることを許したのに、派閥全体を敵に回してなぜご自身が動かれないのだろうか。


 その理由はある日の放課後に突然わかる。授業が終わって講義室から出たあたしは自室に戻るために階段へ向かって廊下を歩いた。すると、運悪く階段の踊り場でエロディ様とフェリシー様、その他派閥の方数名がお話をされていたのだ。


 会えばひどいことを言われることがわかっているのであたしは思わず手前の角に隠れる。目の前を通り過ぎる子女たちの中には不思議そうにあたしを見る人がいるけれど、構っている余裕なんてない。


 往来する人たちを気にすることなくお話をされるエロディ様たちの声が室内に響く。


「それにしても、本当に腹立たしいわね、あいつ!」


「フェリシー、言葉が乱れているわよ」


「申し訳ございません。つい朝のことを思い出してしまって」


「あなたがおっしゃるものですから、わたしも思い出してしまいました。まったくなんて無礼なんでしょう」


「今に始まったことではないとはいえ、いいえ、だからこそ怒りが収まりませんわ。言うに事欠いて、田舎者でもこのくらいは知っているだなんて!」


 どうやら今朝もシャンタル様と対決されたそうで、エロディ様とフェリシー様を中心に皆さんが怒っていらっしゃいました。あの様子ですと言い負かされたみたい。


 隠れて正解だとあたしは自分の判断の正しさに胸をなで下ろした。あのまま出会っていたら不満のはけ口にされるのは明白だ。


 尚もシャンタル様への悪口を言い続けていた皆さんの話はやがて少し変わる。


「それにしてもあの田舎者、ことあるごとにあたしたちに逆らって本当に忌々しいですよね。しかも何かあれば王子様を頼って!」


「フェリシーの言う通りよ。しかも、王子様の側近の方々とも親しくしているそうじゃない」


「あーもう何てふしだらな! 最低だわ!」


「そのせいでアドリーヌ様もあんな田舎者に強く出られないだなんて悔しいですわね」


「しかもあの田舎者ときたらあたしたちには平気で楯突くくせに、アドリーヌ様だけは巧妙にさけているのが本当に小賢しくて!」


「アドリーヌ様も対応に困っていらっしゃってお(いたわ)しいわ」


「あんなやつ、1人だったらすぐに潰せたのに!」


「フェリシー、言葉が乱れているわよ」


「申し訳ありません、エロディ様。つい我慢しきれなくて」


 こんな所で堂々と話しても良いのかと驚きながらもあたしは廊下の角に隠れてエロディ様たちの話を聞いていた。余程自分たちの派閥の力に自信があるらしい。実際に往来する人たちも見ないようにしているから、その自信はあながち過信とも言い切れない。


 それよりも、アドリーヌ様がシャンタル様に手出しされない理由がわかった。王子様が後ろ盾だからだ。更にはエロディ様たちはああおっしゃっているけれど、実際のところはこちらの派閥からシャンタル様をいじめようとして返り討ちに遭っていた。しかも、アドリーヌ様は直接シャンタル様に何もされていないので怒るに怒れない。


 聞けば聞くほど絶妙なやり口にあたしは感心した。シャンタル様はかなり頭がよろしいのだろう。ただ、それでもこんな綱渡りなことを1年以上も続けたいとは思わない。今以上に目を付けられるのは嫌だなと改めて思った。




 シャンタル様のおかげであたしに対するいじめがましになっていることを知った数日後の夕方、あたしは部屋に戻って休んでいた。学園内ではどこで派閥の皆さんと会うかわからないので常に緊張しているけれど、部屋にいるときだけは気を抜ける。


 しばらく休憩してから講義の復習をしようと考えたあたしは窓を開けた。生徒寮である賢静館の4階角部屋からの眺めは悪くない。最上階の部屋なのは貴族内でも身分が低い証拠だけれど、窓からの景色を見ている限り男爵令嬢で良かったと思える。


 ところが、平穏はすぐに打ち破られた。今回はあたしではない。下から不穏な声が聞こえてきたのだ。何事かと地上に顔を向けると、賢静館と倉庫の間あたりでシャンタル様がエロディ様他数人の子女に囲まれているのが見えた。フェリシー様もいる。


 あの場所は微妙に周囲からは見られにくい場所だ。賢静館の北側には人の多い庭園があり、倉庫の南側には馬場があるので開けている。一見すると目立ちそうだけれど、シャンタル様が囲まれているのは賢静館の西側であり倉庫の北側にある林に近い。


 なぜそんなところにと不思議に思いつつも階下の様子を窺っていると事態は危険な方へと推移していく。徐々に包囲網を狭めていくエロディ様たちが実力行使に移るかのような気配を見せたのだ。


 さすがにこれはまずいのではとあたしは危険を感じる。でも同時に、同じ派閥のエロディ様たちをあたしが邪魔したとなるとその後が恐ろしい。


 究極の選択を迫られたあたしだったけれど、この問題は関わることなく解決した。賢静館の南側にある図書館の方からシルヴァン王子がやって来たのだ。これによりエロディ様たちは動揺し、王子様の詰問に後ずさり、そうして庭園側へと逃げていった。


 その様子を4階の自室から見ていたあたしは体の力を抜く。偶然(・・)王子が来てくださったおかげで大変なことにならずに済んだ。


 誰にも言えないこの件を胸の内に閉まったあたしはその後も学園生活を送る。そんなある日、たまたま舞踏館に忘れ物をしたので自室を出た。舞踏館は放課後になると解放されるので人の出入りが割とあるので、取られていないことを祈りながら中に入る。


 忘れていた小物を置いた場所に目を向けようとしたあたしは、その前に反対側の人だかりへと顔を向けた。野次馬の奥に見えるのはシャンタル様と対峙しているフェリシー様と派閥の皆さんの姿だ。今回は舞踏について誹謗中傷されているらしい。


 ひどいことをされていると思いながらあたしが遠くから眺めていると、舞踏館へ入ってきたレイモン様がそちらへと向かわれた。そして、シャンタル様の側に立ってフェリシー様たちに反論なさる。たちまちフェリシー様たちは劣勢となり、シャンタル様を睨みながら舞踏館から立ち去られた。


 幸いあたしはフェリシー様たちに見向きもされなかったこともあり安心する。それにしてもシャンタル様は幸運だと思った。偶然(・・)レイモン様が来てくださったおかげで大事には至らなかったのだから。


 けれどその後、シャンタル様のこのような話を耳にする度にあたしは首を傾げた。別の件では食堂である健体堂でエロディ様と口論になったときにはセドリック様が駆けつけられ、光聖堂の講義室で持ち物を隠されかけたときはその直前にご自身が戻られて事なきを得たらしい。他にも話を聞くほど、シャンタル様は去年入園してからいつも致命的なことは回避されていた。アドリーヌ様の派閥に常にひどいことをされかけているけれど、それが成功したという話は1度も耳にしたことがない。


 一体何がどうなっているのかあたしにはわからなかった。まるで何が起きるかあらかじめわかっているみたいに何かされる度に躱される。


 あたしは不思議で仕方なかった。

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