下された密命(シルヴァン王子視点)
この春からジャルダン学園に通うことになった私はたった今配下の者からその準備が終わったことを報告された。手配はすべて下の者がしてくれるので私がやることはないものの、最低限何を用意したのかくらいは聞いておかなければならない。
いずれこのジュスティス王国の頂点に立つ私は現在そのための修練を積み重ねている身だ。今までは家庭教師や家臣から教えを請うていたが、これからの3年間は違う。確かに学園では座学で教養を、実習で実技を身に付けるわけだが、実のところそれらの大半は既に修得していた。王族としての修練は伊達ではない。
では、何のために入園するのか。それは社会の縮図である学園で人間関係を学ぶためである。王侯貴族や社交界の繋がりが大体そのまま体現される学園は人を見て繋がるには打って付けなのだ。聡い者なら入園前から意識するし、そうでない者も卒園するまでには大抵気付く。
なんともつまらないことを考える子供だと自分でも思うが、王族として躾けられると大体こうなってしまうのだ。それは私の父や祖父もそうであったし、私の子や孫もそうなるだろう。それが良いことなのか悪いことなのかはともかくとして。
しかし、わずかにだが期待していることもある。新しい出会いだ。普段の王族は幼少期から面会できる者たちが厳しく選別されている。下手な者に取り入られて国政を狂わせるわけにはいかないからだ。非常に窮屈ではあるものの、これは仕方がない。ところが、学園での3年間の生活ではそれが緩む。学園生同士なら基本的に自由に付き合うことができるのだ。上下関係が厳しい王侯貴族の世界にあって学園で学ぶ最大の利点である。
だから私は春からの学園生活に期待していた。気心の知れた仲間は既にいる。だが、他にも思わぬ相手と巡り会いたいのだ。王族の者としてこれを願うのは我が儘なのだろうか。
そんなことを私が考えていると、侍女が静かに部屋へと入ってきた。精緻な細工を施された椅子に座って窓の外の景色を眺めていた私に近づくと一礼する。父上からの呼び出しだった。その理由について侍女は知らないようである。
首を傾げつつも私は執務室へと向かった。呼び出される理由が思い浮かばない。褒められるようなことも叱られるようなこともしていないはずだ。あるとしたら学園関係かもしれないが、それでも今このときというのは腑に落ちない。
途中で考えるのを止めた私は執務室の前にたどり着いた。許可を得て室内に入ると父上である国王陛下に迎えられる。
「よく来た、シルヴァン。そちらに座ろう」
勧められた応接用のソファに父と向かい合って私は座った。侍女が音を立てずにお茶を置いてそのまま下がる。
「父上、どのようなご用件でしょうか」
「そなたは来月からジャルダン学園で学ぶことになるが、そこでひとつ調べてほしいことがある。オスレム侯爵家のアドリーヌ嬢の周辺についてだ」
「あの者をですか? 確かに我が王家はオスレム侯爵家と対立しつつありますが」
「男子でありながら子女の身辺を探るというのはなかなかに難しいものだが、学園の方も調べる必要が出てきたのだ」
「どのような理由でしょうか?」
「我が王家と政治的に対立しつつあるオスレム家は当然そのために色々と備えておる。これについて我らがとやかく言えたものではないのだが、最近オスレム侯爵派の貴族同士の連絡が妙に少なくなったのが気になるのだ」
「どういうことでしょう」
「具体的なことはわからん。しかし、それまで盛んだった使者の往来がオスレム家を中心にいきなり減ったのだ。何か考えがあってのことなのだろうが、その点が気にかかっておる。そこで、今年そなたと同じく入園する娘のアドリーヌ嬢の方も探ることにしたのだ」
「なるほど、理由は理解しました。しかし、その上でお尋ねしますが、アドリーヌ嬢がそのような政略や謀略に関わるものでしょうか?」
「その疑問は理解できる。しかしそれを言えば、そなたもこの調査を任されることで政略や謀略に関わることになるではないか」
父上に指摘された私は苦笑いした。確かにその通りだ。自分が関わるのに同年代の者が関わらないなどとは言い切れない。ただ、それでも納得しきれない部分はある。
「確かに。しかし、アドリーヌ嬢の人となりの話を聞く限り、父上が考えていらっしゃるような政略や謀略ができるとも思えないのですが」
「アドリーヌ嬢が差配しなくとも、意のままに動く者をその下に紛れ込ませれば用を成せることもある。もしかすると当人もしらぬ可能性もあるだろう」
「親に使われるのですか」
「当人の資質によってはそういうこともあるだろう。だからこそ、アドリーヌ嬢の周辺を探れと申したのだ」
「なるほど、承知しました」
親に利用されるアドリーヌ嬢のことを思うと何とも言えない感情がこみ上げてきた。しかし、王侯貴族にとっては珍しいことではない。自分たちの家を守り、繁栄させるためには必要なことだからだ。
学園に入る前から早速大人の世界を垣間見た私はげんなりとしたが避けることはできない。謹んで命を受けた。
王命を受けてから数日後、私はジャルダン学園の生徒寮に移った。立志舘という名の寮は子弟のための寄宿舎だ。王子である私は1階の最も広い部屋をあてがわれている。王宮の自室とほぼ同じように惜しげもなく財を使った調度品に囲まれていた。
その部屋に今、私は友人であり側近でもある2人を招き入れている。1人はヴァロー侯爵家の長男セドリック、もう1人はナビエ伯爵家の長男レイモンだ。幼い頃に引き合わされてから気が合い、大抵はいつも一緒である。
気心が知れた2人を椅子に座らせた私も同じように座り、父上から受けた命について打ち明けた。こういったことは仲間や家臣と共に成し遂げるものだ。なのでまずは何をするのかを教える。
私の説明を聞いたセドリックは表情を変えないまま無言だ。一方、レイモンは困惑したり渋面を作ったりと忙しい。
しばらくその顔を眺めた後、私は発言を促す。
「で、実際にどうやって探れば良いと思う?」
「アドリーヌ殿がどの程度関わっているかはともかくとして、子女の集まりを探ること自体僕たちには難しいですよね」
「だな。オスレム侯爵派の子弟ならともかく、そもそもどうやって子女の集まりに入り込むかだよなぁ」
「おいおい、いきなり手詰まりか」
「あそこの家は侍女や使用人の選別が厳しいですから間者を忍ばせるのも難しいですし」
「派閥の子女から話を聞くのも難しいぜ。そもそも俺たち男との接点もあんまりないからよ。こりゃ模擬試合を勝ち抜くよりも難しいな」
早くもお手上げという意見を述べた2人を見て私はため息をついた。わかっていたことではあるがいくら何でも結論を出すのが早すぎる。これでは何もできない。
力なく笑いながら私は友人2人に不満をぶつける。
「難しいとは思うが、これで終わってしまっては父上から与えられた役目を果たせないではないか」
「そうですね。だから、今の意見を踏まえた上で色々と考えるべきなのでしょう」
「どうするんだ? まさか強引に1人ずつ聞いて回るわけにもいかないだろ」
「そもそもの話ですが、僕たちと同様にアドリーヌ殿はまだ正式に入園していません。ですから、学園内で活動するのはこれからなんです。つまり、彼女の派閥もまだ実際に存在していないんですよ」
「でも、侯爵家のご令嬢なんだから入園したらすぐに人なんて集まるだろ。いや、今だって2年3年のオスレム侯爵派の集まりが小さいながらもあるはずだから、それを取っ掛かりに一気に派閥を作るんじゃないか?」
「その通りです。それは避けられないことですし、けれど狙い目でもあるんですよ」
「どういうことだ?」
セドリックと受け答えをしていたレイモンが首を傾げた。元々考えるのが苦手な方の男だが、今のセドリックの話については私もその結論が見えない。そのため、興味深げに2人の話を聞き入る。
「レイモンが言ったとおり、アドリーヌ嬢は実家の権勢を利用して派閥を作るでしょう。その際に自分と同学年の新入生と上級生を糾合するはずです。このとき、多少なりとも軋轢が生まれるはずなんですよ。新入生と上級生で」
「ああそうか、アドリーヌ殿が新入生だから、横の繋がりと縦の繋がりがねじれるのか」
「はい。上級生からすればアドリーヌ殿以外の新入生は実家が同格以下なら自分よりも下として扱うでしょう。しかし、新入生からするとアドリーヌ殿と3年間過ごすのは自分たちです。つまり、権力や権威により近い場所にいるのは自分たちだと考える者が現れるでしょう」
「その不満をうまく突くわけか。お前相変わらずひっでぇよなぁ」
「献策した者をけなすなんてひどいじゃないですか」
話を聞いたレイモンが呆れて首を横に振るのに対してセドリックが頬を膨らませた。やや小柄な上にかわいい顔立ちをしているので子供っぽく見える。それを当人に言うと間違いなく不機嫌になるので黙っているが。
ともかく、入園後どのようにしてアドリーヌ嬢とその周辺を探れば良いのかその方針に目処は付いた。私たち子弟が子女にどう接触すれば良いのかという問題は未解決だが、これは一旦持ち越しとする。
こうして、私たち3人はジャルダン学園の授業が始まるのを待った。
翌月、私はセドリックとレイモンの2人と共にジャルダン学園に入った。これから公私および表裏で色々と動くことになるのだが、ひとつ困ったことがある。王子である私は何をするにしても注目の的になるという点だ。普段ならばいつも通り近づいて来る者たちをあしらえば良いのだが、隠れて人に探りを入れるときは非常に都合が悪い。
それと当たり前の話だが、私に近づいて来る者たちはいずれも敵対していない者たちばかりである。本来ならばそれは結構なことなのだが、父上から拝命した役目を考えるとのんきに喜んでもいられない。オスレム侯爵派は王家と敵対しつつあり、学園生の間でもその影響で互いに距離を取り合っているのだ。
さすがに1週間もすると今のままではどうにもならないと私も気付く。なので、放課後に友人2人を部屋に呼び寄せて相談をすることにした。椅子を勧めると最初に愚痴る。
「ある程度は想像していたが、ここだと私へ近づいて来る者が実に多いな」
「そうでしょう。いつでも王子と会えるのですから当然ですよ。親から徹底的に媚びを売れって言われているはずですし」
「今までどれだけ守られていたのかをこの1週間で実感したよ」
「これから3年間はずっとこうだぜ。王子様は大変だよなぁ」
「お前なぁ」
茶化してきたレイモンに私は嫌そうな顔を向けた。もちろん、この程度ではまったく効果はない。忌々しいがいつものことだ。
吐き出したことでいくらか気持ちをすっきりとさせた私は本題に入る。
「それにしても、こう注目されっぱなしだと身動きが取れないぞ。そっちはどうなんだ?」
「シルヴァン様と違って僕はそこまで注目されていませんからまだ動きやすいですよ。それでも、侯爵家の跡取りなんである程度は見られていますが」
「俺もセドリックと似たようなもんだな。ただし、注目される理由は家柄というよりも親父が騎士団長だからなんだが、見られていることには変わりないか」
「オスレム侯爵派の子弟への接触はどうだ?」
「さすがに1週間では何とも。上級生はすぐには無理ですね」
「でもよ、同じ新入生だと話くらいはできそうだぜ。2人ほど世間話ができたし」
成果を聞いた私とセドリックがレイモンに目を向けた。思わず感心の声を上げる。
「早いな」
「とりあえず周りに声をかけてみたらたまたまオスレム侯爵派の奴だったんだけれどな。ただ、どっちも田舎から出てきたばかりだと言っていたから、王都のことすらろくに知らないみたいだったぞ」
「ということは、レイモンに応じたのはとにかく王都や学園の話が聞きたかったからかもしれないですね」
「きっかけとしては悪くないと思うぜ」
「僕もそう思います。これから時間をかけて仲良くしていってください。こっそりでいいですから」
「任せとけ!」
得意気に承知したレイモンを見た私はうなずいた。子弟に関してはとりあえずこれで良い。次は問題の子女側だ。これについて2人に問いかける。
「それで、子女の方はどうなんだ? 私は今のところさっぱりなんだが」
「俺も。とっかかりがないんだよな。舞踏の実習のときくらいにしか話す機会がないんだが、そのときだって大して話せないからなぁ」
「その件なんですが、僕たちと同じ新入生に僕の家の寄子の子弟がいるんですが、その者に在園中の姉がいるんですよ。そちら経由で子女についての話を少し仕入れました」
「寄子の子弟の姉か。それで、アドリーヌ嬢はどうしているんだ?」
「それがですね、思いの外派閥の立ち上げをうまく進めているようで、外から見る分には誰もが仲良く見えるそうです」
「本来なら結構なことなんだが、今の私たちにとっては都合が悪いな」
「そうですね。まだ入園して1週間ですから噂も大して集めてもらえていないんですが、いずれにしても団結して勢いがあるらしいです」
何とも面白くない話を聞かされた私は残念そうな表情を浮かべた。噂が本当なら付け入る隙がないということになる。セドリックの話の仕入れ先である子女の働きに期待したいが、あまり負担をかけるわけにもいかない。
その後も3人で話をしたが、この日は良い知恵が何も思い浮かばなかった。寄子の子弟の姉妹を活用する点については蒙を開かれた感じだが、そうそう都合良く在園しているわけではないのが難点だ。結局、しばらくは地道にきっかけ作りに励むという結論に至る。
何とも冴えない話だが、無理をしてこちらの思惑を察知されるのはまずい。私たちは尚もきっかけを掴むべく地道に活動を続けた。
そんなある日、舞踏館での実技が終わって講義を受けるために錬成堂へ向かう途中でのことだ。屋根付きの通路をまっすぐ歩くと子女のための講義堂である光聖堂を通り抜けることになるのだが、そこへ差しかかったところで廊下から飛び出してきた子女とぶつかりそうになる。
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!」
「怪我はないかい? 次からは気を付けてくれよ」
「あ、ありがとうございます! シルヴァン様!」
慌てて一礼をしたその子女は舞踏館へと去って行った。名前を聞きそびれてしまったが、ややくせ毛の桃色な髪に愛らしい顔が印象に残る。
以後、しばらくその子女とは会わなかったのだが、その名前を意外な所から耳にした。その日も寄ってきた子弟子女と雑談をしていたところ、何とアドリーヌ嬢関連の話で名前が出てきたのだ。
とある噂好きの子女が熱心に語ってくれる。
「今年入っていらっしゃったアドリーヌ様、早速たくさんのお友達を従えて思うがままに振る舞っていらっしゃるんですよ。侯爵家の方ですからある程度は仕方ないですけれども、やり過ぎは良くないですわよね」
「何かあったのかい?」
「わたしは幸いないですけれど、新入生の1人にマイヤール子爵家の子がいて、随分と目を付けられているそうなんですよ」
当人の特徴を聞いたところ、そのシャンタルという子女はどうもあのときぶつかりそうになった人物だということが判明した。このときはそのような偶然もあるのかとしか思わなかったが、以後度々このシャンタルという子女と会うことが増えてゆく。
その回数が増えるごとに私はシャンタル嬢に注目していくことになった。




