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悪役令嬢の下っ端から見た転生ヒロイン【中編版】  作者: 佐々木尽左


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外れた子女

 4月になると学園の生活が始まった。学園の授業は子弟と子女で違っていて、更には教養と実技に別れている。前者は読み書き、詩歌、古典、語学、礼儀作法、音楽、歌、舞踏で、後者は糸紡ぎ、刺繍、乗馬、料理、植物の育成だ。


 田舎育ちのあたしは実技に関しては強い。何しろ実家でやっていたことだから基本的なことは教わる必要がなかった。逆に教養はどれも苦労している。こういうのは家庭教師から教わることが一般的だけれど、我が家にそんな余裕はなかったもの。救いがあるとすれば、これは田舎出身の子女に共通したことかしら。


 こういうときは同じ派閥の子女で教え合って支え励まし合う。ただの仲良しの集団というわけではなく、相互互助という一面も強いのが特徴なのよね。なので、基本的にどの派閥にも属していない子女というのはいない。


 けれど、派閥に所属していても助け合いの輪には入れるとは限らなかった。あたしは今、そのことを嫌というほど実感している。


 派閥に入ったご挨拶のためにアドリーヌ様へお目にかかったときに嫌われた結果、あたしの立場は決まってしまった。朝のお茶の味が気に入らないことから始まって嫌なことが続いた末に、あたしの田舎くさい所作が我慢ならなかったらしい。


 避けようのない事故に遭ったあたしは愕然とした。たまたまそのとき挨拶をしたというだけでアドリーヌ様に嫌われてしまったのだから。


 こういった階層のある集団では頂点の方に嫌われるとどうにもならない。実際にどう思っているのかに関わらず、上の方の顔色を窺わないと自分も嫌われてしまうからだ。嫌になったら派閥から抜けるなんてことはできない。この派閥は実家の寄親寄子の関係そのままなので逃げることができなかった。


 その結果、あたしは派閥の中で最も低い立場となる。そこまで嫌っているのならば追い出せば良いと思うが、これも実家の都合上そうもいかない。


 派閥の中で嫌われながら追い出すこともできない者の扱われ方は決まっている。周囲からいじめられるのだ。派閥の皆さん全員に。


 ならばあの日あたし以外に不機嫌なアドリーヌ様へ挨拶をした子女たちはどうなのかというと、今はあたしをいじめる側に回っている。最後に挨拶をしたあたしの印象が最も強かったからなのか、他の不興を買ったはずの子女は当たり前のように先輩たちに従っていた。伝手がなかったからかそれとも要領が悪いせいなのか、いじめられる対象はあたし1人に絞られてしまう。


 いじめの内容は無視、嘲笑、陰口が中心だ。最初は気のせいかと思っていたけれど、何度か避けられ小馬鹿にされることを繰り返されると嫌でも何をされているのか理解する。


 特にエロディ様とフェリシー様から会う度に馬鹿にされるのがつらかった。田舎者扱いされるだけでなく、両親のことまで馬鹿にされることもある。最初は抗議したが、そのせいで更に罵詈雑言を浴びた。反抗することは許されず、あたしの扱いは更にひどくなる。


 初めてのことにあたしは動揺し、最初の数日間は泣いた。アドリーヌ様の謂われのない不況を買っただけでこのような仕打ちを受けるなど予想外すぎる。謝罪は意味をなさず、それどころか視界に入るなと言われてしまい、度々立ち尽くした。


 けれど、学園に入ったからには勉学にも励まなければいけない。毎日ある授業にあたしは一生懸命取り組んだ。幸い実技に関しては何とかやっていける目処が付いたけれど、教養は1人ではどうにもならない。ところが困ったことに、いじめられているあたしは派閥内で助けてもらえないので1人で何とかするしかなかった。


 これが大変で、最初は周囲を注意深く見聞きしながら必死に合わせる。でも、これで解決できることは限られていた。そこで次に教員の方に授業後教えを請いに行く。何度も教えてもらううちに顔見知りとなるけれど、そうなると仲間に教えてもらえばどうかと勧められることもあった。今は曖昧に返事をしているけれど、いずれあたしの状況について知られるかもしれない。


 このままでは教養の授業についていけなくなるかもしれないと危惧したあたしは他の方法を探る。そこで、再び自分の周りを冷静に見直してみた。今のあたしはアドリーヌ様に嫌われて派閥内で仲間はずれに遭い、孤立している。いじめはエロディ様とフェリシー様を中心に嘲笑されたり陰口を叩かれたりしていた。他の子女からは基本的に無視されている。直接手を出されたことはない。


 改めて確認すると泣きたくなってきたけれど、派閥内でどうにかするのはもう無理だと思う。だから外に目を向けてみた。


 実家の寄親寄子の関係で派閥を作るあたしたち子女たちは派閥外の関係も基本的に実家に準じている。下手に実家の敵対派閥の子女と仲良くなっても立場が悪くなるだけだからだ。この点に関してはみんな気を遣っていた。


 ただし、何事にも例外はある。実家同士が敵対していなければ自由に付き合っても構わなかった。なので、社交的な子女は積極的に交友関係を広げている。


 この点を活用するべくあたしも派閥外の子女に目を向けた。派閥内での相互互助を期待できない今、たとえわずかでも外に友人関係を築いておく必要がある。勉学を助けてくれる子女がほしいというのが喫緊(きっきん)の理由だけれど、心の支えがほしいという切実な願いもあった。


 古典の講義が終わった後、祈るような気持ちであたしは派閥外の子女に接触してみる。狙うはアドリーヌ様の派閥と敵対していない子女で同じ男爵令嬢の子だ。できるだけさりげなく近づいて声をかける。


「ねぇ、少しいいかしら?」


「え? あなたは?」


「あたしはパスキエ男爵家のデジレよ。できれば少しお話をしたいの」


「ごめんなさい。わたし、今急いでいるから」


 あたしが名乗ると急に顔を引きつらせたその子女は若干焦るように去って行った。声をかけて名乗っただけで避けられたように見えたので首を傾げる。


 不思議に思いつつもあたしはその後何度か他の子女にも声をかけてみたが、結果はすべて同じだった。さすがにここまで同じ態度を示されていると気付く。けれど、その理由がわからない。


 更に何人かに断られながらもあたしはその理由を尋ねた。すると、理由が2つあることを知る。


 ひとつは、アドリーヌ様の派閥に所属していること自体が原因だった。というのも、アドリーヌ様は去年入園されて以来かなり横暴な振る舞いをされていたらしく、他の派閥の方々から避けられているようなのだ。入園して間もない上に派閥内で孤立していたあたしには知るよしもなかったことに頭を抱える。


 もうひとつは、あたしが派閥内でいじめに遭っていることが周囲の子女たちにも知られていたことが原因だった。今かなり調子付いているアドリーヌ様の派閥の厄介者と関わって一緒に狙われてはたまらないとのことだ。気持ちがわかるだけに何も言えない。


 追いつめられつつあったあたしは更に知恵を絞る。このままではずっと1人のまま過ごさないといけない。


 散々考えた末に、あたしは自分と同じ境遇の子女を探した。他の派閥でいじめられている子だ。あちらも切羽詰まっているはずなので協力し合えると考えた。


 ところが、あたしのようにいじめられている子女を見つけられずに終わる。それは良いことだけれど、なんだか寂しくもあり悲しくもあった。




 入園して1ヵ月もしないうちに学園生活が詰みつつある状況にあたしは肩を落とした。周囲の子女は楽しく過ごしているというのに、あたしだけがうまくいっていない。自分の境遇がひたすら恨めしかった。


 そんなある日、何とか講義を乗り切ったあたしは座学を受ける光聖堂から自室のある賢静館に戻ろうとしていた。階段を降りて廊下を歩こうとしたとき、舞踏館に続く屋根付きの通路でエロディ様とフェリシー様が声を上げているのを目にする。お2人の姿を見ていてもつらいだけなのですぐにその場を立ち去ろうとしたけれど、その奥に見慣れない子女が立っていて責められていることに気付いた。


 その方は小柄で、ややくせ毛な髪は桃色で愛らしい顔をした子女だ。ドレスの色も髪の毛と同じで似合っている。そんな子女があのお2人に責め立てられていた。


 その周囲には何人かの学園生が離れた場所から眺めている。あたしと同じように見ているだけで仲裁しようとする人はいない。今勢いのあるアドリーヌ様の派閥の機嫌を損ねるわけにはいかないからだろう。


 これがマイヤール子爵家のシャンタル様をあたしが初めて見たときの光景だった。この後、周囲の話し声に聞き耳を立てるなどしてあの方について知って驚くことになる。


 あたしと同じ田舎娘のシャンタル様はアドリーヌ様と同じく去年学園へ入学したそうだ。そして、最初からアドリーヌ様と早々に敵対したらしい。きっかけは派閥の誰かがちょっかいをかけたのが始まりだったという。


 それにしても随分と無茶なことをするものだとあたしは思った。普通、田舎出身の子爵令嬢が有力諸侯の侯爵令嬢に楯突いたら一瞬で潰されてしまう。それがわかっているからこそ、下位貴族出身のあたしたちは寄親の元へと身を寄せるのだ。


 でも、シャンタル様は違った。同位である他の侯爵令嬢でさえオスレム侯爵家と真正面からの敵対を避ける中、王太子になる予定のシルヴァン王子、父が宰相を務める侯爵家の長男セドリック様、代々騎士団長を輩出している伯爵家の長男レイモン様など、有力家の子弟を背景に真っ向からアドリーヌ様に立ちはだかったという。


 確かに同じ女性が駄目なら男性を頼るというのは理屈ではわかる。でも、普通そこまでして格上のご令嬢と敵対なんてしない。あたしにはシャンタル様の意図がわからなかった。


 同じアドリーヌ様の派閥にいながらあたしがこのことを知らなかったのはいじめられて孤立していたからだ。そのため、このシャンタル様へのいじめというか嫌がらせというか、とにかく対決のことを知らなかった。これがあたし自身の不幸中の幸いに繋がるのだけれど、それはまだこの時点では知るよしもない。


 ともかく、自分の所属する派閥と派手に敵対している子女がいることをこのとき知った。そして、シャンタル様との対決に忙しいからこそ、あたしへのいじめがこの程度で済んでいることを後になって気付く。


 このときはまだ何も知らない私はその後大きく関わるシャンタル様をひっそりと眺めた。

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