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悪役令嬢の下っ端から見た転生ヒロイン【中編版】  作者: 佐々木尽左


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2/15

決まっている身の振り方

 乗っている馬車の窓から見える風景が実家を出発したときと明らかに変わった。緑豊かな自然溢れる景色はほぼ見当たらず、街道の周囲は畑や牧草地が広がり、民家が点在している。さすがに王都の近くになると周囲に人の手が入ったものばかりになるなと感心した。


 ジュスティス王国の国境近くから今日で10日目、あたしは馬車の振動にようやく慣れ、お尻の痛みを諦められる境地に至っている。少なくとも王都近くの街道は整備されているからまだましね。実家付近だと歩いた方がましなくらいひどい。


 そうやってあたしが現実逃避をしていると街道は次第に広くなり、往来する人や馬車の数が増えていった。目に見える範囲の人々だけで実家の領地の人口より明らかに多くなる。


 更に街道を進むと王都の門のひとつが見えてきた。横幅は馬車が何台も並んで出入りできるくらいあり、高さは真下から首を向けるのが痛くなるほど高い。


 その門を通り抜けると馬車の速度が落ちた。人と馬車の往来が多いから。道の凹凸がひどすぎで速度が出せないなんていう理由よりずっとましね。少なくともお尻は痛くならないし、気分も悪くならない。


 憧れの王都に着いたあたしは気分が高揚する。噂以上の繁栄っぷりに驚くばかりだ。こんな場所にこれから住めるなんて本当に幸せだと思える。


 時間はかかったものの、あたしを乗せた馬車は目的地にたどり着いた。この春から入園するジャルダン学園だ。門を通って敷地に入ると想像していたよりもはるかに広い。


 門の南にある駐車場で馬車は停まった。そこであたしは御者に扉を開けてもらって足を地に着ける。まずは体を目立たないようにほぐして解放感を味わった。


 お付きの使用人と御者が荷物を降ろすのを尻目にあたしは歩き始める。子女のための生徒寮である賢静館という建物はここから離れた場所にあるらしい。通りすがりの方々に場所を教えてもらいながら進む。いくつかの建物を通り過ぎ、屋根付きの通路を越えてあたしは生徒寮である賢静館にたどり着いた。


 立ち止まったあたしはその大きさを見て目を見張る。


「うわぁ、実家のお屋敷よりも立派で広いわ」


 口にして少し悲しくなったが事実なので仕方がない。悔しいという気持ちも湧かなかった。


 荷物を持つ使用人が追いついてきたのであたしはそのまま中に入ると、入口のホールで立っている職員の方に呼ばれる。名前と新入生であることを伝えると部屋の位置を教えてもらえた。4階の角部屋らしい。


 階段を登って廊下の端まで歩くと扉を開けた。男爵令嬢のための部屋らしいけれど、実家の自室よりずっと良い。これで最も質素らしかった。


 窓を開けて外を見ると学園の敷地内が目に入る。正面に図書館、左手側に倉庫らしき建物、そして右手側には他の建物がいくつかあった。眺めは良いわね。


 機嫌を良くしたあたしはこれからの学園生活に期待した。




 賢静館の新しい自室で一晩を過ごしたあたしはその日の朝に寄親のご令嬢に挨拶をするために部屋を出た。まだ春期休暇中ということもあって廊下にはほとんど人影はない。


 静かな廊下を歩きながらあたしはこれから面会する方のことを思った。同時に不安がよぎる。


 貴族には大きな勢力の家が小さな家を傘下に加えて面倒を見るという寄親寄子という習慣がある。これは未成年である学園生も従って当然のものだから、あたしの一年先に入学している寄親のオスレム侯爵家のアドリーヌ様の派閥に加わるのは自然なことだ。


 けれど、そのアドリーヌ様についてとても気になる話をあたしは耳にしている。気分屋でとても我が儘な方らしい。それ自体は上位貴族のご令嬢によくあることね。生まれたときから周りの大人に(かしづ)かれ、何でも与えてもらえていれば誰でもそうなる。


 問題なのは、あたしがそんな方の側でうまくやっていけるのかということだ。何しろこちらは大自然に囲まれた正真正銘の田舎で生まれ育った下位貴族の娘だから、どう振る舞えば良いのかがわからない。うまくやって取り入るだなんて無理なことはあたしが一番よく知っている。だから、せめて無難に過ごせたらと内心で祈った。


 不安を抱えながらあたしが階段を降りていると、3階で1人のご令嬢と出会う。茶髪のセミロングヘアで少し幼い顔立ちのやや小柄な方だ。この階は子爵家の方々の部屋があるので恐らくこの方もそうなのだろう。


 あたしが近くで一礼するとそのご令嬢は足を止めてあたしを見つめられた。そうして小首を傾げて尋ねられる。


「あんた、見ない顔ね。もしかして新入生かしら?」


「そうです。パスキエ男爵家のデジレです」


「パスキエ男爵家? ああ、あの田舎の。ふ~ん、ということは、あたしたちの仲間ということね」


「ということは、そちら様も?」


「そうよ。あたしはギメ子爵家のフェリシーよ。アドリーヌ様と同じ2年生なんだから」


「これからよろしくお願いします」


 同じ派閥の先輩子女と知ったあたしは再び頭を下げた。見下す目を隠す気もなく向けられるが、今は気にしている場合ではない。ここで嫌われるとこれからの学園生活が台無しになってしまう。


 そんなあたしの態度が気に入ったのか、フェリシー様は得意気な顔をしながらついてくるように声をかけられた。そして、薄緑色を基調としたドレスを揺らして階段を降りて行かれる。


 逆らう理由もなかったあたしはフェリシー様に続き、その間ずっとお話を聞かされた。内容は学園での振る舞い方やアドリーヌ様の集まりでのしきたりなどだ。なんだか母の説教や小言のような感じに聞こえたけれど、必要な話でもあったので黙って聞く。


 1階まで降りたあたしたちは廊下を歩いた。すると、3人ほどのご令嬢が集まっている所で立ち止まる。


 前を歩くフェリシー様は3人の中で最も高貴そうなご令嬢に声をかけられた。背中の半ばまである赤茶色の髪の毛をまとめた目鼻がはっきりとした顔立ちの方で、洗練された雰囲気がある。


「エロディ様、おはようございます」


「見ない顔の子を連れてきたわね。新入生かしら?」


「はい、パスキエ男爵家のデジレです。今日からあたしたちの仲間に加わるそうで」


「パスキエ男爵家? まぁ、それは遠い所からいらしたわね。よく迷わずに王都までたどり着くことができたこと」


 若干驚いた様子のエロディ様がごく自然にあたしを小馬鹿にされると、周囲の子女たちは小さく笑った。ある程度予想していたあたしは我慢して頭を下げる。


「パスキエ男爵家のデジレです。今後よろしくお願いします」


「振る舞いは田舎くさいけれど、最低限の礼節はわきまえているようね。その辺りはおいおい直すと良いでしょう。バロー伯爵家のエロディよ。覚えておきなさい」


 黄色の派手めなドレスを小さく揺らしたエロディ様のお返事にあたしは再び頭を下げた。上位貴族の機嫌を損ねるわけにはいかない。


「あなたが今ここにやって来たのはアドリーヌ様へご挨拶するためかしら?」


「そうです。昨日ここに着いたばかりなんですが、早くご挨拶しないといけないと思って」


「良い心がけね。アドリーヌ様は今お部屋にいらっしゃるわ」


「それでは、今からご挨拶を」


「ええ、してくるといいわ」


 今まで小馬鹿にしていた表情を浮かべていたエロディ様があたしに向かってにっこりと微笑まれた。周りの方々はにやにやと笑うばかりで黙っている。


 何かあるとは思いつつも何があるのかわからないあたしは不安になった。でも、ここで立ち去るわけにはいかない。派閥の頂点に立つお方への挨拶は避けて通れないからだ。


 疑問を問いかけてもお目にかかればわかるとしか言われなかったあたしは侍女に取り次いでもらい、アドリーヌ様のお部屋に入った。昨日のうちに面会の話は通しているので大丈夫だと自分に言い聞かせて。


 室内は正に侯爵家のご令嬢にふさわしい広さで、惜しげもなく財を使った調度品に囲まれていた。初めて見るものも多く、それにどのくらいの価値があるのかさえもわからないものがほとんどだ。こういうものには近づかないのが一番だと母の小物を壊したときにあたしは学んでいる。


 侍女に案内されたあたしは部屋の主の前に立った。アドリーヌ様は美しい方だ。腰まで伸びたまっすぐな金髪を整え、伶俐(れいり)な印象を与える顔立ちはまるで彫像のようにきれい。紫を基調とした派手なドレスがよく似合っていた。繊細な彫刻がなされた椅子に座る姿は本当に絵になる。


 でも、その表情は不機嫌そのものだ。こういうときに目上の方へとお目通りするのはできれば避けたいけれど、こちらから取り次ぎを頼んでおいて目の前で背を向けるなど許されない。


 どんな表情をすれば良いのかわからずに苦労しつつも、あたしは精一杯習った通りに礼をする。


「お初にお目にかかります、アドリーヌ様。パスキエ男爵家のデジレです」


 窓の外を眺められていたアドリーヌ様はあたしの声に何の反応も示されなかった。もしかして声が小さすぎたのかもしれないと内心で首を傾げる。ただ、再び名乗るのは良いけれど、目上の方に反応することを催促しているように受け止められるのはまずい。


 どうしたものかと悩んでいるとアドリーヌ様がようやくあたしに目を向けられた。けれど、その視線はとても冷たく、むしろ無視されている方が良かったと思えてしまう。


「はぁ、今日は本当にひどいですわね。朝のお茶の味が苦すぎるのに始まって、挨拶にやって来る者たちはどれもが今ひとつ。しかもその最後がこんな田舎者だなんて」


 アドリーヌ様が不機嫌な理由がわかったあたしだったけれど、今の状況をどうすることもできなかった。何を言っても心を逆撫でしてしまうだけだろうし、だからといって退くこともできない。


 そんなあたしにアドリーヌ様が更に追い打ちをかけてこられる。


「まったく、気が利かないこと。何もしゃべらず立っているだけだなんて。あなた、いつまでそうしているつもりなの?」


「え、あ」


「もういいわ。下がりなさい。そんな田舎くさい顔なんていつまでも見せないでちょうだい」


 睨むように見据えられたあたしは震えながら一礼するとすぐにその場を離れた。部屋を出てとりあえず一安心したところでエロディ様たちと再び会う。フェリシー様も含めて誰もがあたしを見てにやにやと笑っていた。


 ここに至ってあたしは派閥の皆さんに陥れられたことを悟る。ずっと後になってそれが新人への洗礼だということを知ったけれど、あたしの場合はそれだけでは済まなかった。

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