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悪役令嬢の下っ端から見た転生ヒロイン【中編版】  作者: 佐々木尽左


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14/15

卒園記念パーティー

 貴族の子女に与えられたものとしては最も質素な部屋の一角にある姿見の前にあたしは立っていた。クリーム色を基調とした質素なドレスを着てめかしこんだ自分の姿が映っている。明るい茶髪を結わえ、目立たない顔にはいつもより気合いの入った化粧が施されていた。両親が見てくれたらきれいになったと喜んでくれるに違いない。


 晴れ着を身に付けたあたしの顔は曇っていた。どんなに着飾ってもここでは田舎娘にしか見えないからではない。そんな視線はこの2年間でもう慣れた。そうではなく、この1年半の間にやってきたことの結果が今日わかると聞いたからこれ以上なく気分が沈んでいる。曖昧な言い方なのはあたしが具体的なことを教えてもらえる立場ではないせい。


 それでも今日で何もかもが終わることだけはわかっている。けれど困ったことに、あたしの身がどうなるのかはまだはっきりとしていなかった。助けてあげる、という言葉を信じて協力したけれど保証など何ひとつない。


 暗いため息をひとつついたあたしは姿見から離れた。いつまでも鏡で自分の姿を見ていても始まらない。


 鉛の入った靴を履いているかのような足取りで部屋を出たあたしは子女のための生徒寮である賢静館の廊下を歩く。これから会場である舞踏館へと向かう貴族子女の浮かれた声が身近になった。どの声も明るいけれどすべて他人事のようにしか聞こえない。


 あたし以上に着飾る子女たちがこれほど明るいのは今日が卒園記念パーティーであるためだ。これは一般的な呼び方で、ジャルダン学園生社交舞踏会というのが正式名称だと聞いたことがある。学園の卒園生がこれから臨む社交界に向けてのお披露目の場という意味があるらしい。


 学園で最も重要な催し物ということもあって毎年ひときわ華やかになる。更には自分の将来を左右することもあるため、特に卒園生の気合いの入れ様は在園生の比ではない。


 幸か不幸かあたしはまだ卒園しないので気が楽だけれども、別の理由で残念ながら今年のパーティは去年以上に楽しめないことが確実だ。胃の辺りが重い。


 そんなあたしが舞踏館に向かって歩いていると周囲の子女とすれ違うことがある。その反応はどれも似たようなものだ。あたしだと気付いて目を見開き、口元を押さえ、そして離れる。その視線が含む意味はいくつもあった。侮蔑、嫌悪、嘲笑、悲痛、そしてわずかな同情。表わす感情は様々でも関わりたくないという点は共通している。


 負の感情を次々と向けられるあたしは内心でため息をついた。同時にそうだろうなとも納得する。立場が入れ替わったとしたらあたしも同じ感情を示すことは間違いないから。


 賢静館を出たあたしは屋根付きの廊下を東に歩く。空は朱色から藍色へと変わりつつあるので周囲は暗い。その先には子女のための講義の場、光聖堂があった。この中を通って北に抜けると目的の舞踏館だ。


 周囲には徐々に生徒である子女や子弟が増えてゆく。相変わらず子女には気付かれると避けられるが、それ以上の反応はない。無視をすればいつも通り。


 舞踏館に入ると見た目はいつもとあまり変わりがないのに雰囲気がまったく違った。天井の大きなシャンデリア、白い石材で造られた壁、外がよく見える大きな窓、きれいに磨かれた板張りの床などが輝いて見える。


 楽団が演奏するための場所から控えめな音楽が既に流れていた。誰も大して気にしていないけれどこの華やかな館内を静かに彩っている。


 そんな中で暗い表情をしているあたしは周囲に目を向けた。パーティを楽しむためではなく人を探すために。目的の人たちはすぐに見つかった。他の子女とは違って暗く緊張した数名の集まりで、あたしが所属している派閥でもある。


 中心人物はオスレム侯爵家の子女アドリーヌ様で、半年前まではこの学園で最も勢いのあるご令嬢だった。けれど、その集まりは今や往時の何分の一にも縮まり、精彩もすっかり欠いている。


 今年で卒園のアドリーヌ様は美しい方だ。腰まで伸びたまっすぐな金髪を整え、伶俐(れいり)な印象を与える顔立ちを美しく化粧したその姿はまるで彫像のようにきれい。紫を基調とした派手なドレスがよく似合っている。片手でグラスを持っているその姿は絵画として描かれても不思議ではない。


 でも、その表情は不機嫌そのもの。今のご自身の境遇に不満を持っているのが誰にでもわかる。


 できればあたしも近づきたくなかったけれど所属している派閥なのでそうもいかない。本当に仕方なく頑張って無表情を維持しながらその横に近づき、頭を下げる。


「ご機嫌麗しゅうございます、アドリーヌ様」


 小さい声で挨拶をしたあたしへの反応はなかった。後ろに控えている同じ派閥の子女たちも同じ。特にあたしをよくいじめていたフェリシー様などは睨んでいらっしゃる。最初から全員に嫌われているのでわかっていたことだ。なので、一礼を済ませると集まりの最後方、その更に少し離れた場所まで歩いて立ち止まる。


 ようやく一仕事終えたあたしは全身の力を抜いた。無反応なのは今に始まったことではない。それに今日だけは下手に反応されても困る。だからこそ、いつも通りの受け答えができたことに心底安心した。


 後は待つだけとなったあたしは館内に再び目を向ける。卒園する方々も残る子女たちも一様に楽しそうだ。正直とても羨ましい。あたしもあんな学園生活を送りたかった。まだ1年は残っているけれど、この先も明るくないことだけははっきりとしているだけにつらい。


 小さくため息をついたあたしはその直後に見えた姿に再び全身を緊張させる。


「来た」


 誰にも悟られることなくつぶやいたあたしはその子女を見つめた。桃色がかったややくせ毛な髪を結わえ、愛らしい顔をうっすらと化粧した小柄な少女だ。髪の毛の色と同じ桃色の可愛らしい感じのドレスを揺らして近づいて来る。マイヤール子爵家のご令嬢、シャンタル様だ。


「ごきげんよう、アドリーヌさん」


 愛らしい顔に無邪気な笑みを浮かべたシャンタル様の挨拶を受けたアドリーヌ様の肩が震えた。斜め後ろからなのでその表情はわからないが、眉が上がったのは想像できる。


「今日の卒園記念パーティー、本当に楽しみですよね! この3年間、このときのために過ごしてきたんですから」


 今までの確執など実はまったくなかったかのように振る舞うシャンタル様の姿を見たあたしは顔を引きつらせた。アドリーヌ様たちの敵意など知らないとばかりにこれから始まるパーティのことを楽しげに語られてゆく。よくもぬけぬけと、というのがあたしの感想だ。これは間違いなくアドリーヌ様たちも思っていることだろう。


 何も知らないと世間話を向けられているようにしか見えない会話も内情を知っていると挑発としか思えない。それはあたしだけでなくアドリーヌ様や派閥の皆さんもそう感じたようで、最初はフェリシー様が、次いでアドリーヌ様本人が棘のある返答をされていく。


「よくもまぁあたしたちの前に姿を現せたわね! あんた、化粧並みに(つら)の皮が厚すぎない?」


「えー、わたしのお化粧はいつも薄いですよぉ?」


「きーっ、腹の立つ!」


「その醜い顔、すぐに視界から消してくださらないかしら。せっかくのパーティが更につまらなくなってしまいますわ」


「そんなこと言わないでくださいよぉ、お目にかかるのはこれで最後になるかもしれないんですからぁ」


 穏便に終わらせたいのであればアドリーヌ様はその場を立ち去れば良かった。けれど、取り巻きの皆さん共々そんなことができないほどシャンタル様を恨んでいた。そのほぼすべてが逆恨みだとあたしは知っているけれど、ご当人たちは気付いていない。だから、言葉はすぐに罵詈雑言へと変わっていく。


 次第に周囲の注目を集めつつも会話はアドリーヌ様とシャンタル様だけに絞られていった。でも、基本的に正論を並べれば良いシャンタル様に比べてアドリーヌ様の反論は弱い。だからこそ、最後に頼るべきものに縋って言い返すしかなくなる。


「お黙りなさい! 高々子爵家程度の田舎娘が、我がオスレム侯爵家に楯突くのですか!」


「わたしは事実を申し上げているだけで」


 シャンタル様が話をされている途中でその言葉が途切れた。液体がかかったからだ。


 なぜと思いながらあたしがその出所へと目を向けると、アドリーヌ様の右手にたどり着く。突き出された右手には空になったグラスが握られているのを目にした。そういえば飲み物を飲んでいらっしゃったわねとぼんやり思う。


 2人を中心に舞踏館の中は静まりかえった。正確には楽団が演奏する静かな音楽が流れていたが、人の言葉はすべて途切れる。


「口喧嘩だけならばまだしも、これはさすがに見過ごせないな」


 これからどうなるのだろうと固唾を呑んで2人を見守っていると、そこへ今年卒園する方が1人割り込んできた。さらさらの金髪に端整な顔立ち、更に長身で身に付けているお高い衣装が完璧に似合っている王子シルヴァン様だ。


 子女2人の争いに王子が割って入ってきたことで周囲が静かにどよめいた。アドリーヌ様とシャンタル様の確執と同様に、シルヴァン王子とシャンタル様が割と仲が良いことは学園生ならば誰でも知っていることだ。けれど、シルヴァン王子が面と向かってアドリーヌ様と対決するところは初めて見た。


 事ここに至ってあたしは自分が今まで頑張ってきた理由をぼんやりと理解する。良いように使われている自覚はあったけれど、なるほどと妙に納得できた。


 学園の子女なら誰でも憧れる王子様のご尊顔をあたしは一瞬見とれてしまったけれど、問題はまだ何も解決していない。


 派閥の皆さんがたじろぐ中、唯一アドリーヌ様だけが持ち直して反論される。


「王子様、これはわたくしとその女の問題です。割り込まれるのは控えてくださいませ」


「そういうわけにもいかない。長らくうまくやってきたようだが、ようやく証拠が集まったからな。この機会に君を追及する」


「どういうことです?」


「3年前に君がこの学園に入ってから今まで、シャンタル嬢を陰湿にいじめてきた証言がいくつもある。これを見過ごすわけにはいかないということだ」


 この宣言を皮切りに、シルヴァン王子はいくつかの事例を公表した。いずれもあたしの派閥内ではよく知られたことだけれど、実のところ証拠はほぼ残っていない。理由は2つあって、ひとつは証拠を残すようないじめはほぼしていなかったのと、いじめのほぼすべてをシャンタル様がことごとく回避されてきたのでどれもが未遂に終わっているからだ。


 そうなると後はオスレム侯爵家の権威でもってもみ消してしまえばなかったことになるんだけれど、今回は相手が悪かった。侯爵家以上の権威である王家が相手なので侯爵家の威光が通用しない。そのため、何人もの証言者が子弟子女を問わずに名乗り出てシルヴァン王子の背後に立つ。


 さすがに言い逃れできないアドリーヌ様が悔しそうに震えていらっしゃる。睨む先には怯えた振りをするシャンタル様がいらっしゃった。


 けれど、よくよく考えてみると変な話だ。特定の子女に対するいじめをなぜ卒園記念パーティーで暴露するんだろう。こんな晴れの日ではなく、もっと早くにでもできたはずなのに。


 あたしが不思議に思っているとシルヴァン王子の話は更に続く。


「そして、シャンタルに対するいじめについて調べていると、更に恐ろしいことがわかった。アドリーヌ嬢、君の実家であるオスレム侯爵家が我が父である国王陛下を弑逆する陰謀が発覚した。その上、君もそれに加担していることがな」


「なっ!?」


 初めて聞かされる話にアドリーヌ様だけでなく舞踏館にいるすべての人々が驚愕した。もちろんあたしも目を剥く。


 ところが、次いでアドリーヌ様は大いに笑われた。ひとしきり笑うと呆れたように反論する。


「ほほほ! 何をおっしゃるかと思えば。一体わたくしがどうやってそのような大それた事に加担されたというのです?」


「君とその取り巻きたちの侍女だよ。彼女たちがオスレム侯爵派の貴族の連絡役に一役買っていたわけだ。どうりでなかなか尻尾を掴めなかったはずだと陛下も感心していらっしゃったぞ」


「そのような証拠が一体どこに」


 反論していたアドリーヌ様の背後からいつの間にかその侍女が近づいて来た。青い顔のまま主人に小さく詫びると耳元で何かを囁く。


 効果は劇的だった。それまで気丈に振る舞っていたアドリーヌ様のお顔が蒼白になる。そして、信じられないという目をシルヴァン王子へと向けられた。


 そのすぐ後に舞踏館の入口近辺が急に騒がしくなる。そちらへ顔を向けると子弟子女が左右に分かれ、その間を真剣な顔つきの方が兵士を率いてやって来られた。焦げ茶色の短髪に精悍な顔立ちのレイモン伯爵子息だ。


 そのレイモン様がアドリーヌ様の近くで立ち止まると、長身でしっかりとした体にふさわしい声で王子様に挨拶をなさる。


「王子、来たぜ」


「ああ、頼む」


 うなずいたレイモン様が背後を振り向くと、栗毛色の髪でかわいい顔立ちのセドリック侯爵子息が前に出てこられた。やや小柄で線が細い体を堂々とさせてアドリーヌ様に告げられる。


「アドリーヌ殿、国王陛下からのご命令です。父君に加担して国王弑逆の陰謀に加担した罪で関係者共々逮捕いたします」


 令状となる羊皮紙をセドリック様が掲げられました。それを合図に兵士が一斉に動き始める。


 こうして、アドリーヌ様とその派閥の皆さんは次々と兵士に捕らえられていった。悲鳴や呻きを上げながら着飾ったご令嬢たちが次々と舞踏館の外に連行されてゆく。直前、1人逮捕を免れたあたしを見たフェリシー様がなぜという目を向けてこられた。けれど、あたしはそれどころではない。


 同じ派閥の一員であるあたしの元へも兵士はやって来た。約束では助けてもらえるということだったが、果たしてそれは本当なのか、その答えが出るときがやってくる。


「おい、そのご令嬢はいい。違うのはわかっているから手を出すな」


 あたしを捕まえようとした兵士に対してレイモン様が声をかけられました。すると、兵士は一礼して去ってゆく。どうやらあの約束は守られたらしい。


 用が済んだらしいセドリック様とレイモン様がシルヴァン王子に一礼すると舞踏館から去って行かれました。残ったのは王子様とシャンタル様の2人だけ。そのお2人は親しげに話をされている。


 凍り付いていた館内が次第に騒がしくなる中、あたしはシャンタル様を見つめていた。顔つきだけでなく、その振る舞いも実に愛らしい。けれど、あたしにはその姿が実に恐ろしく思えた。この2年間のことを思い返してその得体の知れなさに身震いする。


 その日の卒園記念パーティーでは、あたしはずっと壁際に立って周囲の人々を終始眺めるばかりだった。

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